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閑話05. 薔薇の記憶 〜蕾から花へ〜


「あんな好戦的な若木に近づくとか、一体何考えてるんですか?」

「全くもって同意いたします。好奇心旺盛なところは貴女の美徳ですけれど、無鉄砲さとはまた別の話でしてよ」


 単純な回収作業ですら、無駄に先走って怒られているのはリエルだ。


 終わってみれば、いつもよりかなり早い時間に全ての採取を終えることができた三人は、沈黙の湖のほとりでつかの間のティータイムを楽しんでいた。

厚い敷布の上、銀のトレイに用意されたのは、フィリグリオ家御用達の茶菓子と、令嬢自ら契約農家と共同開発したというお茶だ。

 戦闘後の反省会も、フィリグリオ家ご令嬢が絡むとまるでお茶会のような優雅な様相となるのである。


「ホロホロしてる! レイさま、このお菓子ものすごく美味しいです!」


 散々ダメ出しを食らってしゅんと肩を落としていたリエルは、令嬢自らが取り分けてくれた茶菓子を口にした途端、いつも通りのテンションを取り戻した。

 この様子だと次もまた、如何にして彼女の暴走を止めるかがパーティ連携の要となるに違いない。

 ロイはため息と共にお茶を飲みほす。


 今日のお茶は清々しい花の香で、ロイの好きな味である。

 名残惜しくカップの底を覗き込んでからトレイに戻そうとしたところで、すっとたおやかな手が差し伸べられた。

 陽を受けた金髪が、美しく彼女を縁取っている。


「とはいえ、一番反省するべきはやはりわたくしですわ。ロイが居てくれて助かりました」


 儚げに微笑みながらお代わりを注ぐ白い腕の内側が、うっすらと赤い線で傷ついている。

 バラのトゲによるものだろう。

 ロイは、褒められた嬉しさと傷を目にした罪悪感とで何も言えないまま、小さく会釈だけをして、二杯目のカップを受け取った。


「あ! あたしも思ったよ! ロイ、指揮向いてるよね! ってか、まだ戦力にならないから、指揮してくれた方が、イテッ」

「リエル、口が過ぎます。ですが確かに、魔物知識が豊富で俯瞰の視点に長けている所が指揮向きですわ。貴方の指揮の元だと、パーティ戦力もぐんと上がるように思われます。ロイは将来、王城魔術師を目指していて?」

「い、いえ、そんな恐れ多い! 僕はあの、村に恩返しがしたくって、だから将来は研究職をと……」

「あれえ? それなら尚更、王城魔術師じゃない?」


 指についた菓子の粉をお行儀悪くなめながら、リエルが首を傾げる。


「え……?」

「だって、お金を稼いで恩返ししたって、自分がいなくなればそれで終わりじゃん」

「ロイ、リエルの言うのは、組織的な対応のことですわ。国の開発計画に参加できるのは、役職付きの王城魔術師だけですもの」

「そう、それですレイ様! ね、ロイ、村が豊かになるような、決まりを作っちゃえばいいんだよ!」

「そ、んな、こと……」


 考えもしなかった、まるで雲をつかむような話。

 呆然とするロイに、令嬢が微笑みかける。


「困難な道ではありますが、個人での対策より余程長期的に有効ですわ。ロイ、貴方には才能がある。努力もできる。なら後は、やるだけではなくて?」

「ぼ、僕、才能なんて」


 おどおどと謙遜するロイに、令嬢はいたずらっぽく眉を上げてみせた。


「無ければ、わたくしと同じパーティのメンバーには選ばれませんわ。無作為の中の作為——この学校に在籍する数少ない貴族籍の生徒には、総じて能力の高い生徒が組まれますもの」

「ええっ、知らなかった! ってことは、もしかしてあたしも?」

「ええ、もちろん。これはわたくしの見解ですけれど、リエルの場合は魔力量を、ロイの場合は応用力を評価されたのだと思いますわ。もちろん、課題も多々ございますので慢心は禁物ですけれど」

「あー……」


 コントロールだよねえ、とがっくりうなだれるリエルの隣で、ロイはぎゅっと両手を握りしめて喜びに震えていた。

 真面目に取り組みさえすれば、学校側は身分や出身など無関係に正当な評価を与えてくれるのだと——やっと、信じることができたからだ。

 令嬢は、言葉を紡ぐ。


「ロイ、村を救いたいなら、王城魔術師を目指しなさいませ。手始めにまずはこのパーティで指揮を執り、その腕を磨くのです」

「でも、でも——僕、村のみんなに、入学のために借りたお金を返さなくちゃいけなくて」

「平気だよ! 魔力の才能さえあればお金なんて、幾らでも生み出せるって、パパもママも言ってたし」

「国の英雄と一緒にしないでくれる!?」


 ロイの涙目の非難に、ひょいと肩をすくめたリエルは、すっと立ち上がった。


「あたしは、王城魔術師を目指す! パパとママみたいに、たくさんの人を救うの!」

「急に何!?」

「決意表明だよ! 口に出した方が、きっと叶うからさ。ほら、ロイもやってみなよ!」


 腕をひっぱられてしぶしぶ立ち上がったロイ。

 微笑む令嬢に見上げられて息を飲む。


「ぼ、僕は……。……。」

「ロイ、方針だけでも、いいのではなくて? 進路はこれから、自身の資質を見極めてから、ゆっくり悩めばよいのですわ——ロイはまだ、一年生なのですから」

「……はい。僕は、国中の貧しい地域の暮らしをよくできるよう、頑張ります」


 どうにかそれだけの言葉を絞り出し、力尽きたように座り込んだ。


「ふふっ。では、次はわたくしですね。——わたくしは、何事もそつなくこなせる生活魔術師を目指しますわ」

「えっ」

「えええええっ!?」


 やはりそういう反応ですのね、と令嬢は、白い指先で両頬を抑えてほうっと小さく息をついた。


「家の者も皆、わたくしが王城に入ることしか考えていないようですけれども……わたくしは、どうもあの競争社会が息苦しくて。元々貴族の付き合いも苦手でしたから、生来そういう性質なのでしょうね。身分も家柄も関係なく、皆平等に生きられる場所で、周りの方々を助けながら、愛しい人と慎ましやかに暮らしていきたいと願っているのです」


 そう言って彼女は視線を落として微笑んだ。

 はああ、と長い溜息をついたリエルが呟く。


「フィリグリオ家の方たちが聞いたら、卒倒しそうですね……」

「でしょうね。ですから今はまだ、内緒なのです。でもわたくし、いつか必ず叶えてみせましてよ」


 好戦的な輝きを隠すように、令嬢は瞳を閉じる。

 何を馬鹿なことを、と思う。

 けれど、上気した頬は薔薇色で、これまで見たどんな令嬢よりも美しく感じられて。


 言い表せない感情に付き動かされて、ロイは固くこぶしを握った。

 立ち上がり、もう一度、決意表明をし直す。


「ぼ、僕は、やっぱり僕は、王城魔術師を目指します! 貧しい地域だけじゃなく、国中の全ての人々が過ごしやすい世の中にするために……!」

「おっ、やるじゃんロイ! よく言った!」


 ばんばんとリエルに背を叩かれ、よろめくロイの目の前で、令嬢は華やかに笑った。


「まあロイ、それはわたくしの決意に後押しされて、かしら? だとしたら、とても嬉しく思いますわ」

「は、はい、フィリグリオ様、僕……」


 ロイの返事に、令嬢は微かに眉を下げた。


「あら、そう言えば……戦闘中も少し気になったのですけれど、ロイ。わたくしのことはこれから、レイと呼ぶようになさい」

「え」

「王城魔術師を目指すなら、相手が誰であろうと胸を張るべきですわ。それにこのパーティで指揮を執るなら、少しでもロスを無くさないと。それが本日の、わたくしから貴方へのアドバイスです」

「は……い、レイ様」


 その愛称を口にした途端、ロイの脳裏に、令嬢の手を取る己の姿がよぎったのは何故か——。


 恐れ多いことだ。

 夢のまた夢だ。


 でもそれは——もしかすると。

 もしも自分が、王城魔術師になれるなら。

 彼女が、本当に子爵家を出るのなら。


「レイ様、あたしは? あたしにアドバイスは?」


 一人ドギマギするロイの隣で、リエルがぴょんぴょん跳ねながら言う。

 そんな彼女に答えて令嬢は、優雅に広げていた扇子をぴしゃりと閉じ、リエルの鼻先を小さく弾いた。


「リエル、貴女は待てを覚えなさいませ」


 ロイは思わず吹き出した。




***




 夢を見ているのだとわかっていた。


 だからゆっくりと意識が浮上しかけた時、すでに部屋の中に、他者の気配を感じていたのだ。

 警戒しかけて、それも無駄かと思い直す。


 なぜなら、ロイがいるのは王城の北東塔、その最上階にある魔術師長室なのだ。

 当然、幾重にもある防御魔法が掛けられているし、彼自身しか知りえない罠もある。

 そのどれもが反応しなかったと言うことは、魔術範囲対象外の指定がなされている程の重要人物か、太刀打ちできぬほどの実力者か——しかし、今や魔術師の最高位にいる自分が得意とする罠を、無効化できる人物など――、そう思いを巡らせた時、ふと浮かんだのは。


「邪魔しとるぞい」


 そう、この老魔術師だ。


聞きなれた声に緊張を解く。

 心地よい夢の残滓を振り払いつつ頭を起こしたロイは、窓際に佇む来客へと小さく礼を取った。


「ようこそお越しくださいました、師よ。今お茶を入れます」

「いや結構。実は、いろいろ寄り道をしてな、もう頂いてきたんじゃ」


 窓のふちに腰かけて書棚の一冊を手にしていた老人は、本を元通りの場所へと飛ばすと視線を合わせてにこやかに笑った。

 

「それは残念……。今日の菓子は、我が妻の手作りなのですが」

「おお、それを早く言わんか」


 甘い物に目がない老人は、しかめ面をして見せながらいそいそとテーブルに付く。

 相変わらずの様子に心が温もるのを感じながら、ロイがローブの袖を振れば、瞬時に沸いた湯が茶器を満たし、部屋に甘い花の香が満ちた。 


「ほぅ、あの家の茶葉か」

「はい、懇意にして下さっています」

「ふん、のろけなどつまらん」


 そう言いながらも老人は、カップに顔を寄せて十分に香りを堪能した。

 そしておもむろに、ふうと冷気を吐く。

 猫舌なのだ。

 粗熱が取れたところでようやくお茶に口をつけるところは、現役の頃と変わらない。


「のろけと言えばお主、寝言で奥方の名を呼んでおったぞい。結婚して2年も経つのに仲睦まじいことじゃの」

「これは恥ずかしいところを。学生の頃の夢見ていたのです。一年次の、老ララ・ローズ戦の」


 その討伐の様子が、当時の師の元にも届いていたことは知っている。

 新入生がレアな魔樹相手に冴えた采配を見せたと聞いたことがあったが、あれがお主かと、ロイが王城に入る際の面接で話を振られたからだ。


 思えば紆余曲折こそあったものの、自分たちは皆、あの時口にした夢を叶えて、今に至る。

 

——本当に優秀なパーティだったのだ。


 ロイは幼き日の自分たちを思い出して、小さく笑みを浮かべた。


 師もまた同様に目を細めてはうなづいていたが、骨ばった指で白く固められた粉菓子をつまみ、ぽいと口に放り入れた途端、その表情は大きく変わる。


「……また、旨ぅなっとる」

「ええ、豆の粉を炒って加えたのだそうですよ。最近は、栄養価の高い携帯食の開発に向けて、試行錯誤しています」

「ほぅ、楽しんでおるようじゃの。噂では、以前の容姿を取り戻したと聞いておるが」

「ええ、すっかり。家の重圧から解放されたことと、適度に体を動かす村での生活が幸いしたようです」

「そうか。達者なようで何よりじゃ」

「ありがたいお言葉です」

「何を。ワシは何もできなんだ」


 初めて聞く師の弱気な発言に、ロイははっとなった。


「ワシは引き時を誤った。あの者に王城の空気が合わぬことはわかっておったんじゃが」

「いいえ、そんなことは決して。彼女の王城務めは、当時のフィリグリオ家ご当主が強く押したと聞いています。それに僕たち、あの出来事は必要なことだったと考えているんです」

「……そうじゃろうか」

「ええ。あの時病んだ事実がなければ、ご当主は彼女が王城を辞すことを許さなかったでしょう。また、ストレスからくる過食があれほどの体型変化を引き起こさなければ、早急に貴族筋との縁談をまとめられていたに違いありません。キクストンでの療養も、変わり果てた彼女を隠すために許されたこと。だとすれば、全てが僕たちをここに至らせるための機縁——ではないでしょうか」


「……お主は——……いや、詮無きことかな」


 老人は、飲み込んだ言葉を消し去るように、茶をすする。

 そうして続けざまに1つ、2つと菓子を口に運ぶと、ゆっくりと時間をかけて味わった後、粉糖にまみれた指を洗浄した。


「明日の退任式に向けて、幼児園の校長より伝言を預かっておる。ご苦労様じゃったと。あと、春の遠足はキクストンだそうじゃ」

「ありがとうございます」

「ワシからも、心からの労いと感謝を」

「勿体ないお言葉でございます」

「して、この後は」

「子が産まれるまでに、各所の連絡塔設置を終えられればと。そうすればキクストンに居ながらにして、全ての管理ができますから」

「ふむ、まずは辺境整備からというわけじゃの。長期的に国を思えば有用なことよ。しかし王城には痛手じゃのう。一部重臣の間には、お主をどうにか引き留めようと、奥方の王城復帰をフィリグリオ家に打診する輩がおるようじゃが——――ワシが止めておる。それで良いな」

「ええ、ありがとうございます。僕であれば、何時でも協力致しますので」


 全く引退後も楽じゃない、と困ったように微笑みあう師弟。


 やがて老人は、暇を告げて立ち上がる。

 来訪も突然なら、往訪もあっさりしたものだ。

 礼で送る元部下の促す扉には向かわず、背後の大きな窓から飛んだ。

 バサリ、羽ばたきの音にはっと視線を上げたロイは、その先に羽ばたく鳥を見つけて息を呑む。


「鳥!? 幻術? いや、変化……? っていうか、わざわざ窓から出ますか……」


 正攻法で扉から入ってきたのなら、対不審者用の攻撃陣は作動しない。

 魔術師長室には、歴代師長の魔力登録がされているからだ。

 なのにわざわざ、一見普通に開け放たれているように見えて実は、一番厳重に守られている窓から来ていたとは。


 ロイはこめかみを押さえて溜息をつく。

 相変わらず、底知れない。

 だが次第になんだか可笑しくなって、くすくす笑いながら窓の呪を掛け直した。


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