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閑話02. 萌黄色の希望


「まずは予定通り、調査を致しましょう」


 パン、と大きく手を打って、不穏な空気を霧散させたロイは、隊長へとそう言葉を掛けた。

 上司たちはすでに、父親と共に娘を覚醒させる方法を探り始めている。

 ならば自分も、今やれることをやるだけだ。


 しかし二度も出鼻を挫かれた灰色団の連中は、燃える目をしてロイへと食って掛かった。


「このような非常時にか!」

「このような時だからこそ、です。見方を変えればその方が早く済むことがわかるでしょう。例えば、見習いの魔力暴走が起こった際、調査項目はまず、それが本当に見習いによって成されたものなのか——という確認になるわけですが」

「……確かに、そこに疑う余地はなさそうだ。実際に今またこのようなことが起きているのだからな」

「その通りです。そして、そこに敵意がなかったこともまた、先ほど証明されました。こちらの防御壁が発動しなかったのですから」

「客人を還した時の暴走と、今のこれが同じだとどうして言える? 今、敵意はなくとも、その前にはあったかもしれない」

「そのような器用な使い分けが、できないからこその見習いだと申し上げましょう。特に彼女は両親が王城魔術師であったこともあり、より厳密な審査を受けたと思われます。そこで見習いとされたなら、所詮その程度なのです」

「……いいだろう。だが、敵意ある攻撃ではないのなら、客人を還さずとも良かったのでは?」

「いいえ、彼女は客人を慕っておりました。そこに係る魔力展開は未知。ゆえに、万が一を考えれば帰還やむなしと判断されたのです」

「ふうむ……」


 腕組みを組んで唸る隊長の傍らで、灰色隊員の一人が筆記の手を止めて質問を投げた。


「見習いの娘が客人を慕っていたとする根拠は?」

「それこそ、この暴走が証でしょう。暴走が恋心の原因とする根拠はと言われれば、それはもう、花と種のどちらが先かという命題と同じ、出口のない輪筒のように問答を繰り返すだけになってしまいます」


 灰色団の隊長はフードをはねのけ、わしゃわしゃと頭をかいた。


「ふん、確かに。どうやら、見習いの暴走が不可抗力であったこと、客人の帰還が適切であったことは共は証明されたようだが……、問題は今後だ。このような膨大な魔力暴走をこうもしょっちゅう起こされてはかなわん。監視か拘束が適切だと思うが」

「それは勿体ない話じゃ」


 いつから聞いていたのか、話を遮ったのは魔術師長だ。

 その背後で娘の意識を戻そうと試みる第一補佐と父親も、顔をこちらに向けている。


「これだけ稀有な能力もそうは無かろ。是が非でも国のために使いこなさにゃ」

「しかし魔術師長、それは至難の業ですぞ。このような非常識な——」

「はて、魔術師にとって、非常識は誉め言葉のはずじゃが」

「なれど! 現に今も、こうして我らが囚われているではありませんか。それも、国の筆頭魔術師が3名に、我ら灰色魔術師団が3名!」

「さて、そこじゃがの。心当たりがないでもない。故に、先に今後の話をしておきたい。二補よ」

「はっ」


 ロイは師の意図を汲み、審議に関する書類を呼び寄せる。

 そして灰色団たちには、魔力を含んだ問いを飛ばした。


「まずは見習いの魔力暴走と、客人の帰還についての灰色団の調査結果を伺いましょう」


 その言葉に、さっと目線を交わし合った3人は、複雑な形に手を組み合わせて目を伏せた。この国の正式な礼である。


「我々灰色団調査員は、正式にこの件を不問とする」


 すると彼らの結んだ印は、正式に書類へと刻み込まれた。

 満足そうに目を細めた魔術師長は、次にあご髭を撫でひねりながらある提案をする。


「さて、今後のことじゃが——そなたらの言うことも尤もじゃ。この娘には監視が必要じゃろう」

「はっ」

「しかし勿体ない。そこもまた譲れぬ。そこでじゃ」


 魔術師長は、ニィ、と悪い笑みを浮かべる。


「娘は魔術学校を再履修させる。監視はワシ。それでどうじゃ?」

「は? 一体……」


 事態を飲み込めない灰色団たちとは裏腹に、師の真意を悟った補佐達は目をむいた。

 しかしロイは頭のどこかで、それしか方法がないことを理解する。


「救国計画の中に、魔術教育の再編成があるでの。再教育して魔術制御が可能になれば良し、ならなければその時こそ、お主らの言うような対策も必要になるじゃろ」

「し、しかしそれでは、長の仕事が極めて多忙に——」

「待て待て、年寄りをどんだけ働かすつもりじゃ。両立なんぞせんぞい。そろそろいい頃合いかと思うとったで、丁度いいわい」


 そうして師は、補佐たちを振り返って言った。


「ワシはここらで引退する。長の座は一補に譲って、次は学校で用務員するんじゃ」




***




 ひゅうう、と空を切る音を響かせて旋回する思念鳩の下で、魔術師たちはぽかんと立ち尽くした。

 普段から飄々とした物言いをする最高位の魔術師だが、この言葉はここ最近で一番笑えない。


「なっ!!」

「用務員!?」

「そんなものは生活魔術師の仕事ですゆえ! お考え直し下され!」


 熱くなる灰色団員たちとは裏腹に、補佐の二人は険しく眉根を寄せたまま、口を開こうとしない。


「なんじゃ、お主らも反対かの?」

「……それが唯一の方法であることはわかりますが、しかし……」

「師よ、それは私の性に合わない。その役目はどうか二補に」

「兄者、それは……」

「わかっておる。詳しくはここで話すことではないが……ジル、お主はどうする?」


 ぼうっと立ち尽くしていた娘の父親は、のろのろと憔悴しきった顔を上げた。

 不覚にも一年半、心神喪失を患っていた身だ。しかも今、娘が同じ病に陥りかけており、そのせいで尊敬する師を引退に追い込もうとしている。目覚めて以降の急激な展開に、男は成す術なく俯いた。


「私は……私には、もはや王城は務まりませぬ。しかしこの上なく掛けてしまったご迷惑を、今更どのように返せばいいのか……」

「ならば、ワシと来るか?」

「師と……でございますか?」

「教育の場から救国を支えるんじゃ。周囲の嫌味なんぞ、耐えてみせろ。お主の寝こけとった分くらい、ワシがこき使って取り戻してやるわい」


 はっと顔を上げた男へ、師が目を細めてみせる。


「王城の酸いも甘いも知るお主だからこそ、できることもあろう。娘に直接指導できる機会とて、あるやもしれん。悪い話ではなかろうて」


 一度は上げた顔を、同じ勢いで伏せた男は、震える声を抑えて答える。


「ありがたき……勿体なきお話でございます……。師よ、私は……」

「なんの、礼よりまずは教員試験に通れ。話はそれからじゃ」

「はっ」


 礼を取って答える男の頬に、涙が光った。




***




 額に苦々しい皺を刻んでそのやり取りを見守っていた灰色団隊長が、口をはさむ。


「つまり、魔術師長と娘の父親、2名の監視がつく、ということですな」

「左様。さらに、娘の王都来訪は禁ずる。その条件で様子観察、ということでどうじゃ」

「……期限は?」

「ジル」

「……一年。一年間の猶予を頂きたく」

「だそうじゃ」

「——いいでしょう。次の春より再教育とし、その一年後の見習い卒業試験に我らが立ち会いましょう」


 それは灰色団なりの譲歩だった。

 次の春から一年を数えることで、この冬から次の春まで、プラス5カ月ほどの猶予を付けたのだ。


 思いもよらぬ温情に、ジルは深々と頭を下げる。

 己の休職中、迷惑を掛けたであろうかつての部下だ。幾ら謝っても謝り足りない。


 一方、隊長はそのような礼を返されるとは思ってもみなかったのだろう。

 苦々しく目をそらし、「あの娘が化けたら、我々にとっても名誉挽回になりますから」と呟いた。


 その場の空気が、ほんの少しだけ緩む。

 と、第一補佐が冷静に話を戻した。


「して師よ、心当たりとは?」

 

 老齢の魔術師は、その問いを受けてロイを見る。


「……?」

「お主の拾い物じゃ。そこかの?」


 顎でしゃくって示されたのは、腰に下げた薬瓶だ。

 そこには咄嗟に仕舞い込んだ、客人の落涙が収められていた。

 気づかれていたかと肝が冷えつつ、ならばとロイは、一案を申し出た。


 涙から読み取ることのできる、私事に関する情報を伏せる事——それは客人への配慮として、また不安定な彼女の力への影響を、最小限に留めるための措置として許可されたが、ロイ自身は全く逆のことを考えていたのである。




***




 落涙に含まれた彼女への想い。

 それを抜き取ってから薬瓶を差し出せば、師は残る感情成分を見事な手際で増幅していく。

 ロイは娘の前に立ち、項垂れた頭へと手をかざした。

 泣き出してしまいそうになる感情をどうにか押さえつけて。

 

 ——滲み出た残滓に酔っている場合ではないのです……!


 ロイは絡みついてくる思いを振り払い、息をついて集中を取り戻すと、師から戻されたものをゆっくりと滴下していった。


 共に過ごした魔術師達への親愛。

 美味しい食事を楽しむ幸福。

 還ることを選んだことへの後悔。

 感謝。感謝。感謝。

 そしてその奥の、何か——。


 やがて、娘の指が——顔を覆ったその手が、ぴくりと反応する。

 ロイは思念鳩で畳み掛けた。


『ナイト様の心残りが何か、知りたくはありませんか? 貴女がその力をコントロールできれば』


 それを解明できるかもしれません、と続けようとした言葉はしかし、ゆっくりと開かれていく鮮烈な緑眼に遮られる。


「やります。まだ——終わりじゃないわ」


 強い意志で紡がれる言葉は、まるで宣戦布告のようだ。

 たぎる魔力にあてられて、ロイは目を細める。

 想いは抜いたが痕跡は残した、そんな小さなはかりごとは、思惑以上に彼女を刺激していた。


 ゆっくりと立ち上がる彼女の耳元で、耳飾りがきらめく。


 贈り主の青年の、規格外の力。

 彼を盲目的に信じる娘の、未知の力。


 らしくないとわかっている。

 それでも、あの涙を拾った者としてロイは、何かしらの奇跡を彼らにと、願ってしまうのだった。


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