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01. 招かれざる客

 俺がその四つ角を、ろくな注意も払わずに曲がったのは、そこが歩行者専用道路だからな訳で。

 あんな暴走トラックが走って来るなんて、想定外だったんだ。


 出会い頭に見た、あの勢いで、この距離。

 これ死んだわ、と固く目をつむり息を詰めた。


 ところが、覚悟したはずの衝撃がいつまでもやってこなくって、恐る恐る目を開けてみたらさ。


「よおおおおこそ! あなた様こそが我が国を救う、聖なる泉の客人!」


 魔法使いみたいなマントを付けた白ひげジイさんが、銀髪おかっぱを振り乱しながらなんか言ってた。

 ちょっと何、と言おうとした俺の口には、ぺちんと何かを投げつけられて、なぜか物が言えなくなる。体も直立不動である。


 むっとしながら目だけで辺りを伺っていて気づいた。昼だったはずが夕暮れで、路地だったはずが異国風の地で……おい、ここはどこだ。


 パニクりそうな思考を落ち着けようと、確かなものを探す。

 自身は部屋着のジャージ姿、手にはコンビニの袋。

 そう、俺はコンビニから帰る途中だったんだ。だからコンビニ袋には、買ったばかりの俺のポテチと、妹に頼まれた豆乳プリンが入っているはず。

 けれど、そんな馴染みのある物は、俺自身とその持ち物だけで。


 目前には、整然と刈り込まれたツゲの植え込みが、左右対称の幾何学模様を描きながらどこまでも広がっていた。俺はひざ下まで水たまりにはまり込んでおり、水たまりからはツゲの庭園を割るように、白く長い水路がのびて、遠く高くそびえ立つ、城へと続いていた。


——城!?


 なんだこりゃ——俺はもう絶句するしかない。だってもう、そんじょそこらの城じゃないんだ。海外の絶景写真集とかで見るような、森深く霧をまとって鎮座しているような、そんな厳かな雰囲気すらある馬鹿みたいにでかい城なんだ。

 なんだこりゃ——思考がループしかけたその時、ガチガチと歯が鳴っていることに気づいた。


——寒い。


 そりゃそうだろう、俺は足だけでなく、全身ずぶぬれだった。まるで足元の水たまりから出て来たみたいに。

 いやいや、まさかな。


「見よ! この通り、聖なる泉の客人召喚は成功を納めた! 皆、安心するがよい! これで我が国は救われるであろう!!」


 ああ、これ水たまりじゃなくて泉なのか。ジイさんの言葉を拾い、俺はどうでもいいことを考える。

 ていうか今、ショウカンって言ったか? ショウカン……召喚!? いやその前に、この白ひげじいさんの目、一瞬だったけど金色に見えたんだが、それもどうなってるんだ? ああもう、頭が追い付かない。この際どっちでもいいや。とにかく寒い。水中から召喚するなら、季節考えて欲しかった……。


 ガックリ来る俺をよそに、うおおおお……という地響きのような歓声が沸き起こった。俺からは見えない場所に、たくさんの観客がいるようだ。


 聖なる泉からの召喚、か。異世界転移ってやつだよな。俺、死んだのか。こんなにあっけないもんなんだな。意外と未練も何もない……と思いかけたけど、違う、そうじゃない。そういう人生しか送ってこなかったんだ。20歳で人生達観していた。顔も成績も中くらい。ただプライドばっかり高くって、一生懸命努力することを恥ずかしく思っていたんだ。何もしなくても、なんでもそこそこできることにあぐらをかいて。つまり、人生を失敗しないように選択し続けていたら、がむしゃらになれない性格になっちまったんだ。中二病ってやつだったんだろう。大学進学を機に、生まれ変わるつもりでいたのに、やっぱり出来なかったもんな。その上こんな死んでる時にすら格好つけちまうなら、もう俺にはなりふり構わず何かをすることなんて、一生出来ないってことじゃないか。


 ——母さん、悲しむだろうな。


 不意にこみ上げてくるものを、ぐっと堪えた俺を見て、顔色を変えた白ひげジイさんが慌てて告げた。


「これから救国へと急ぐ! 皆、解散……!」


 ジイさんが振り上げた腕から、銀色の魔法陣が放たれた。空中で淡く光るそれは、中心部を緩やかに回転近づいてくる。

 

 なるほど、ちょうど俺の目の前で、外側と内側の絵柄が揃う訳ね——と思うと同時に、カチリと小さな音が響いて、魔法陣はカッと強い光を放った。思わず目を細めた俺の目の前で、景色が塗り替えられていく。徐々に、幾何学模様の庭園から煌びやかな室内へと。

 何これすごい。あっという間の瞬間移動だ。


 驚きに目を見張る俺の顔を、演説ジイさんが覗き込んだ。一緒に転移してきたらしい。


「やれやれ、魔術師7人もの魔力を使って召喚されたのが、こんな空気も読めぬ若造とは先が思いやられるわ。お主、あそこでにこやかに手を振るぐらいできんでどうする」


 いやいや、先におかしな術を解けよ。

 

「なんじゃその顔は。そんなことでこの国を救えるのか? 全く魔力を感じぬが、お主の力はどうなっておる?」


 知るかよジイさん。救ってもらう側がなに偉そうにしてんだよ。さっさとこの口のテープみたいなやつを剥がせ。


 転移した途端に自由が利くようになった手で、さっきからむーむー言いながら口に貼り付いたものを引っぱっているが、全く取れない。

 ジイさんは心底あきれたような顔をしながら、俺の口元に向けてさっと手を振った。途端にテープはどこかへ消え去り、話せるようになる。俺は大きく息をつき、口元をさすりつつジイさんを睨みつけた。ふざけたジジイに文句の一つでも言ってやろうかと思ったんだ。

 けれど、俺を見上げるジイさんの目が、やはり金色であることを確認して——思わず言葉を飲み込んだ。別にジイさんに怯んだ訳じゃない。見慣れないその容貌やこれまで見た現象に、どこか別次元の場所へ来たことが胸にずしりと来ただけだ。

 けれどそんな俺を見た、ジイさんの言い草ときたら。


「けっ。魔力なしの上に意気地なしときたか。口のテープはほんのわずかな魔力にも反応して消失する仕組みじゃ。それすら消せんとは笑止。お主、来るところを間違えたようだの」


 いやいや、お前が呼ぶ奴を間違えただけだろ。

 どんだけ失礼なんだ。さすがの俺も我慢が限界。だから言っちゃった。


「ジイさんの腕が悪いんじゃね?」


 ほら、あまりの酷い言われように、苛立ちが礼儀を上回ることってあるよね。言いながら興奮してきちゃうことってあるよね! 大体、なんで俺がこんな目に合わなくちゃならねえんだよ。


「なんだと小僧……」

「うるせえジジイ。魔術師が聞いて飽きれるわ。勝手に呼んどいて予想と違うからって、こっちに文句付けるんじゃねえよ。魔力? バカじゃねえの。そんなチートがどこの世にもあると思うな」

「なっ!」


 その時、ゴウンと鐘が鳴った。

 重そうな正面奥の扉が音も無くゆっくりと開き、ひと際豪奢な身なりの人物が現れる。ずいずいと歩いて来たイケメンは、どっかと正面の豪華な椅子に座って、足を組み、尊大な態度で俺をしばらく見つめた後、肘掛けに頬杖をついた。


 この高圧的な態度。圧倒的な存在感。この国の王様かな? 30代くらいでまだ若いけど。

 俺の予想は当たったらしい。青筋を立てて俺に言い返そうとしていたジジイが、ざっと跪きながら囁いた。


「小僧、跪け。御前である」

「誰が小僧だよ。あとお前って言うな」

「このっ……」

「陛下に向かってなんと無礼な!」


 ジジイへと放った言葉なのに、王の後ろに控えていた側近2人が色めき立った。うち1人は、腰の剣に手を添える。あれ、なんか俺、間違えたの? とは思ったが、後の祭りだ。


「よい」


 しかし王がすっと腕を上げ、わいわい騒いでいた側近たちは一斉に口を閉じた。すごい揃ってる。その様子になぜか、さっきの整然とした左右対称の庭園を思い出した。こいつ潔癖性かも。だとしたら俺、苦手なタイプだわ。


「名はなんと申す」


 そっちが先に名乗れよ、とはさすがに言えなかった。そんな煽りは即、命のやり取りに直結する相手だろう。


「……ナイト」

「何?」

「だから、名前はナイト」


 騎士と書いてナイトと読む。キラキラネームで申し訳ない。


「……どう思う」

「大嘘でございましょう」

「ふむ」

「立ち姿ひとつ取っても、体幹維持がなっておりません。首、肩、上肢、背、尻、下肢……そのどこにも騎士たる筋肉が見受けられません。見習いの粋にすら達していないことは、私でなくとも看破可能かと」

「いやそのナイトじゃなくて!」


 護衛騎士らしき側近との会話があまりにも予想外で、俺は思わず口を挟んだ。

 王が険しい視線を戻す。


「ではなんだ」

「いやだから、ナイトは名前で、職業じゃない」

「如何にも。ナイトとは職業等と言う生易しいものではない。国に忠誠を誓い、その命を捧げた尊き存在に授けられる称号、真の名だ。それを騙ることは、不敬に値する。それを踏まえた上で、もう一度聞こう。——名はなんと申す」


 何さらっとハードル上げてんだよ? そんなこと言われても、名前は名前だ。異世界から召喚しといて、こっちの文化を理解しないとか意味不明。適当でいいかな、と思った瞬間、ジジイが指を組んで何かを唱え、俺はシャボンのような薄膜の中に閉じ込められた。ゆる服の裾をばさりと払い、立ち上がったジジイがニタリと笑う。


「……真実結界を張った。虚偽を申せば八つ裂きじゃ。これでもう嘘は付けんぞ」


 なんて余計な事を! ジジイ、その腕をなぜ召喚の人選に発揮しないんだよ。大体そんなことしなくても、俺は嘘なんかついてない。


「……何度も言うけど、名前はナイトだ。嘘じゃない、本当だ」

「なっ、真実結界が作動しない!?」

「そりゃ、本当のことだからな」

「待て、名前は、と言ったな? どういう意味だ? 名前以外に何かあるのか?」

「……名字は、王寺だけど」

「もう一度、申してみよ」

「だから、王寺だって」


 その途端、王の目がこれ以上ないくらいに冷たい光を宿した。すっと細まり、しばらくじっと見つめてきたかと思ったら、ふっと鼻を鳴らした。それが謁見の終りだった。


「時間を無駄にした。処分は任せる」

「は? ちょっ……」

「その不届き者を捕らえろ!」

「よりにも寄って、王太子を騙るとは!!」

「いや、違っ」

「魔術師長さま、真実結界が作動しないとなると」

「わかっておる。異界の力じゃ!」

「いや待て違うだろ! 聞けよ!」


 俺はなんの弁解もさせてもらえないまま、またあの口テープを貼られ、地下牢に放り込まれた。


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