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少女と魔族と聖剣と  作者: ぺんぎん
第十八章

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出会いと別れ

 

 結婚式の絵画をみて懐かしい気持ちになった。


 ヴァイア姉さんの魔道具で作った精巧な絵画。ソドゴラで宴会したときの絵画と同じように私の宝物だ。


 あれからもう七年か。月日が経つのはあっという間だ。


 それだけ充実した日々を送れているから――というのもあるけど、最近は別のことでも忙しかったからだろう。


「アンリ様、ウィザリー様とレニー様がいらしてます」


 扉の外からメイドさんの声が聞こえてきた。


 もうそんな時間か。時が経つのが早いと感じるのはこのせいだろう。でも、こんな幸福な時間もない。


 私の宝物達が来てくれた。


「入れてあげて」


 そう言ったと同時に、勢いよく扉が開いた。そして二人が飛び込んでくる。


「おかーさん! 勝負しよう!」


「ウィザリーちゃん、室内で木剣を振り回すのは良くないと思う。アンリ様、こんにちは」


「はい、こんにちは。二人ともいらっしゃい」


 私の娘であるウィザリー。そしてスザンナ姉さんの娘のレニーちゃん。二人ともそれぞれ私とスザンナ姉さんに似ている。目元とかそっくりだ。


 二人とももう五歳――レニーちゃんは六歳かな。本当にあっという間だ。赤ちゃんだったのなんてつい昨日のように感じる。


 二人とも本当の姉妹のように育っているけど、ちゃんと教育もしてくれているんだろう。


 レニーちゃんはウィザリーを仕える相手として認識してくれているみたいだ。スザンナ姉さんやヴァレリー兄さんの教育のたまものだろう。


 そして私の娘であるウィザリーは――私にそっくりだ。容姿じゃなくて行動が。


 宝物庫にしまってあった魔剣七難八苦をいつの間にか見つけ出して愛用している。


 私の九大秘宝……今はフェル・デレが抜けて八大秘宝に戻ったけどあれはお宝だから宝物庫にいれてたんだけどな。いつの間に宝物庫に入ったんだろう?


 それに最近はフェル・デレを持ちたいとまで言い出した。今は無理だろうけど、将来が楽しみだ。


 でも、私に似すぎているのはちょっと問題かもしれない。


「今日はお父さんとお勉強の日じゃないの?」


「戦略的に撤退した。勝てない勝負は挑まない。それが鉄則。逃げられないときは玉砕覚悟で突っ込むけどそれは最終手段」


 私の子だなって思う。そういうところはちょっとくらいアーヴェスに似て欲しかったけど。


「勉強しないと将来大変になる。今のうちにちゃんとやっておいた方がいい」


「大丈夫。おかーさんも勉強の時は逃げたって聞いた。そういうところはリスペクトしていきたい」


 母としての威厳が無くなるけど事実だから言い返せない。でも、誰が言ったんだろう?


「それは誰から聞いたの?」


「フェルねーちゃん」


 聞くだけ野暮だったかも。色々な配慮をしてくれないのはフェル姉ちゃんの困ったところだ。


「ところでフェルねーちゃんは今度いつ来るの? ちょっと新しい技をフェルねーちゃんで試したい。今度は度肝抜く感じの技になった」


 そして相変わらず子供に好かれると言うか、フェル姉ちゃんは人気者だ。遊びに来るとウィザリーとレニーちゃんはいつもべったり。そして帰るときは駄々をこねる。


 この歳でクールなレニーちゃんですらフェル姉ちゃんの足に引っ付いて離れないし。ぶっきらぼうな感じでも優しいところが分かるんだろうな。


「一応、今日来ることになってるよ」


「本当!?」


「本当。でも、今日はおじいちゃんと話があるから、それが終わるまで待って」


「ひーおじーちゃんと?」


「そう。今日はそのために来るからそれが終わったら遊んでもらうといい」


「うん。分かった。順番は守る」


「じゃあ、それまでは勉強しよう」


「それはどうかと思う」


 その後、二人はメイドさん達に連行された。これは仕方ない。私も勉強は嫌いだけど、ここは心をオーガにして送り出そう。


 それじゃおじいちゃんのところへ行こうか。


 部屋を出て廊下を歩く。


 おじいちゃんはベッドで横になっていることが多くなった。もう歳だから仕方ないとは思う。今年でもう八十二。人族の平均的な寿命をかなり超えている。


 あまり考えたくはないけれど、おじいちゃんもそろそろなんだろう。だから今日おじいちゃんはフェル姉ちゃんを呼んだ。


 少しだけ胸の辺りが痛い。この数年で多くの人が旅立ったというのもあるけど、とうとうおじいちゃんもかと思うと心が苦しい。


 最初はオルドおじさんだった。いきなり念話で連絡がきたっけ。


『フェルに寿命で死ぬ方が偉いんだぞと言われてな。こんな死に方も悪くないと思えるようになった。不思議なものだな。あれほど戦場で死にたいと思っておったのに最後はこんな感じとは。儂には贅沢過ぎる死に方だ』


 たぶん、満足して逝けたんだろう。会いにいけなかったけど、最後は安らかに眠る様だったと聞いた。葬儀には参加したけど、フェル姉ちゃんはいなかったな。


 それから立て続けに、レメト湖に移住した司祭様、バルトスおじさん、シアスおじさん、それにオリスア姉さんも亡くなった。


 メノウ姉さんからは、メイドギルドのグランドマスターであるナミ姉さんも亡くなったって聞いたし、ドワーフのゾルデ姉さんからはお父さんのガレスおじさんが亡くなったとも聞いた。


 出会いがあれば別れがある。


 数年に一度しか合わないような人でも、亡くなったと聞けば悲しいし、もっと会っておけばよかったと思うこともある。


 ただ、一つだけよかったと思えるのは皆が幸せだったということだろう。


 それは全部フェル姉ちゃんのおかげだ。フェル姉ちゃんと関わって人生が大きく変わった人は多い。悪い方に変わった人もいるだろうけど、ほとんどがいい方向に変わったはず。少なくともソドゴラ村の人達は皆が幸せになった。


 私もその一人だし、おじいちゃんもそうだ。


 今日、おじいちゃんはフェル姉ちゃんにお礼を言うのだろう。


 他の皆もそうだったと聞いた。亡くなる前にフェル姉ちゃんを呼びだして話をしたらしい。フェル姉ちゃんも忙しいはずだけど、その要請にはすべて応えたと聞いている。


 フェル姉ちゃんはどんな気持ちで皆に会ったんだろう。フェル姉ちゃんは不老不死。出会ったころから姿形は何も変わらない。それに性格も変わっておらず、いつだって皆のために頑張ってくれる。


 でも、いつか皆がいなくなった後は?


 昔は気にしなかったし、完全には理解できていないけど、それを考えると言いようもない不安に駆られる。


 フェル姉ちゃんは強い。身体だけじゃなくて心も強い。でも、いつか一人ぼっちになったとき、どうなるんだろう。


 私がフェル姉ちゃんと同じ立場だったとしたら、多分耐えられない。知り合いが亡くなっていく中、自分だけが生きている。生きている意味を見出すことができない気がする。


 私が想像したり考えたりしても意味はないことなんだけど、フェル姉ちゃんには恩があるし、これからも恩は増えるだろう。


 何ができるかは分からないけど、なんとかしてあげたいな。


 そんなことを考えていたらおじいちゃんの部屋の前に着いた。


 部屋へ入ると、すでにフェル姉ちゃんが来ていた。ベッドのそばにある椅子に座っておじいちゃんと話をしていたようだ。


 おじいちゃんは珍しく元気だ。ベッドの上で上半身を起こし微笑んでいる。


「起きてて大丈夫なの?」


「今日はね、すごく調子がいいんだよ。フェルさんが来てくれたからなのか、少し若返った感じだね」


「そんなスキルは持ってないぞ。まあ、元気なら何よりだ」


 フェル姉ちゃんは普通の顔だけど、少し無理をしている感じもする。悲しいのを無理矢理普通にしているような顔だ。


「さて、アンリも来ましたし、本題に入りましょうか」


 おじいちゃんはそう言ってから軽く身だしなみを整えて、フェル姉ちゃんに頭を下げた。


「フェルさん、いままでありがとうございました」


「……いきなりなんだ。礼を言われるようなことなんて何もしてないぞ」


「そう思っているのはフェルさんだけです。フェルさんは私が望む全てをやってくれました。そのお礼を言わなければ死んでも死に切れません」


「そんなことはない。ちょっとくらい手を貸したことはあったかもしれんが、本当にちょっとだけだ。それに死にきれないとか言うな」


 今度は明確に悲しそうな顔をしている。


「相変わらずですな。ですが、アンリが王となり、トラン王国が復興して、私はひ孫を抱けるまでになった。それは全てフェルさんがソドゴラ村に来てくれたおかげです。本当にありがとうございます」


 フェル姉ちゃんは首を横に振った。


「馬鹿を言うな。あの頃の魔族を受け入れてくれたのが村長だろう。あの村に滞在できたおかげで魔界にいる魔族達の生活は向上した。それに今では魔族を悪くいう人族も減った。それは最初に魔族である私を受け入れてくれた村長のおかげだ。礼を言うのはこっちのほうだ」


「フェルさんはそう言ってくださるのですな……なら最後にもう一つお願いをしてもよろしいですかな?」


「なんだ? 村長には恩がある。できる事ならしてやるぞ」


「これからもアンリのことをよろしくお願いします。この子はよくやっていますが、私から見たらまだまだ。フェルさんがしっかりアンリを見てやって欲しいのです」


「そんなことなら任せろ。言われなくてもしっかり見ているつもりだし」


「そういうのを本人の前でいうのはどうかと思う」


 私が呆れた感じにそういうと、おじいちゃんが笑った。


「アーヴェス君には全てを教えたと思っているが、アンリに甘すぎるところがあるからね。ちゃんと怒れる人がいないとアンリは暴走するかもしれないだろう?」


「それは否定しないけど、それも本人の前で言うのはどうかと思う」


 悲しそうな顔をしていたフェル姉ちゃんが笑った。


「村長、安心してくれ。アンリが何かしでかしそうなら私の方からきつく言っておくから」


「そこはゆるめでお願いします」


 さっきまでの雰囲気とは打って変わって部屋の中が明るくなった。うん。こっちの方がいい。


 何か別の話をしようとおもったところで、扉が勢いよく開いた。


 そしてウィザリーとレニーちゃんが駆け込んでくる。


「ちょっと勉強が嫌になったから家出してきた。ひーおじーちゃん、匿って」


「ここもウィザリーちゃんのお家の一部だからまだ家出じゃないと思う。あ、フェル姉ちゃんだ。こんにちは」


「あ、本当だ。よし、戦力確保。ここを拠点に籠城しよう。フェルねーちゃんなら誰にも負けない――むしろ打って出るべき? 一ヵ月くらいは勉強しなくてもいいようにおとーさんを殲滅しよう」


「アンリにそっくりだな。容姿じゃなくて行動の方だが」


「私ならまず交渉するけど? 殲滅は最後の手段」


「そういうことじゃなくてな……」


 なぜかフェル姉ちゃんは苦笑いをしている。


 そしておじいちゃんは、いつの間にかベッドによじ登っていたウィザリーとレニーちゃんの二人の頭を撫でている。


「アンリの昔を思い出すよ。アンリもね、昔はこうやっていつも勉強から逃げていたものだ。それにレニー君もそんなアンリに振り回されていたスザンナ君にそっくりだよ」


「うん。でも、おかーさん達は結局勉強をさせられたって聞いた。だから私はその上を行くためにも絶対に勉強しない。代わりにフェルねーちゃんとレニーねーさんの三人で遊ぶ」


「お供します」


 ……どこからどう見ても私の子だ。それにレニーちゃんはどう考えてもスザンナ姉さんの子で間違いない。


 私としては応援したいところだけど、勉強は大事だと思う。


 それにここはソドゴラ村じゃない。屈強な人達が多くいるトラン城だ。


 コンコンとノックの音が聞こえると、扉の向こうからメイドさんの声が聞こえてきた。


「シャスラ様、こちらに逃亡者がいると判明しております。部屋の中を確認させていただきたいのですが」


 ウィザリーが口に指を当てて「しー」というポーズをしながら、おじいちゃんの布団に潜り込もうとしている。


 でも一歩遅かった。おじいちゃんがメイドさん達を中に入れてしまった。


「逃亡者を発見! 確保!」


 何人かのメイドさん達が入って来てあっという間にウィザリー達を連れて行った。


 その手際の良さは今の私でも逃げ出せるかどうか怪しいくらいだ。たぶん、常習犯だからメイドさん達も慣れているんだろうな。


「昔のソドゴラ村を見ているみたいだな。アンリが勉強から逃げて捕まるのはいつもの事だったし」


「そうですな……」


 フェル姉ちゃんとおじいちゃんが懐かしそうな顔でそんなことを言っている。


 そしてあの頃の話で盛り上がった。


 話題が私の事ばかりなのはちょっと居たたまれないけど、楽しいのならまあいいかな。仕方ない、ここは捨て身の覚悟で子供の頃の恥ずかしい思い出を披露しよう。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 更新ありがとうございます。 オリスア姉さん、早死にですか? まだ亡くなるような歳ではないと思うのですが・・。 特訓のし過ぎで寿命を縮めたのなら、彼女らしいとは思いますが。 あの楽しい部…
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