お忍びダンジョン
アーヴェスと最初に話をしてから、三ヶ月くらいが経った。
今では二週に一回くらいの頻度で会っている。
場所はいつも別邸の中庭。あそこでお茶を飲みながら少しだけ話をする程度の関係だ。
だって仕方ない。アーヴェスと話をしていると、私をこれでもかと褒めてくる。
褒められるのは嬉しいけど、身体がくすぐったくなるまで褒め称える。私の心が持たないのでそうなったら話は終わりだ。
色々と話をして分かったこともある。
アーヴェスは公爵家からほぼ勘当されている感じで、公爵家の嫡男ということは隠し、子供のころから世話をしてくれている執事とメイドの三人だけで王都にある小さな家に住んでいる。
やさぐれていた時期もあったけど、私に憧れを抱くようになってから実家の支援で生きるのではなく、せめて執事とメイドを自分が稼いだお金で雇おうと色々頑張った。
どんなことをするにもスキルは影響する。スキルを覚えられない以上、できることは人並み以下。失敗続きで心がくじけそうになったけど、私を見習って諦めなかったらしい。
そうしているうちに知識は別だと気付いたとか。何もできなくても知識がなくなることはない。他の人に持っている知識を教えるようなことができればいいんじゃないかと思って行動に出た。
昔から本が好きだったアーヴェスはその知識を活かしてアドバイザーのような仕事をするようになったらしい。
特に冒険者向けの知識が多いとか。薬草と毒草の見分け方とか、応急処置の仕方とかそういう知識を冒険者ギルドで教えることでお金を得ていたわけだ。
「一緒に来てくれた執事とメイドは違いますが、今でも家族や家臣、領民からは期待されていません。ですが、冒険者の皆さんから、私の知識で助かった、また色々教えて欲しい、と言われたことがあります。アンリ様には分からないかもしれませんが、たったそれだけのことで私は目の前が開けた感じがしたんです」
確かに私には分からない気持ちかもしれない。誰からも期待もされず認められることがなかったアーヴェスが冒険者に認められたのは相当嬉しかったんだろうな、と思える程度だ。
「私は自分の無能さを悲観するばかりで何もしてこなかった。ですが、アンリ様のおかげでそんなことはなにもしない理由にならないと思い直した結果です。きっかけをくださったアンリ様には、いつしか尊敬を通り越して――」
「ストップ。今日はそこまで」
そんなやり取りがあったわけだけど、聖人教の信者がリエル姉さんを信仰しているような感じに似ている気がする。
これはとてもキツイ。
純粋な気持ちで私に感謝をしているのは分かるんだけど、そこまですごくないよって声を大にして言いたい。
アーヴェスは私が良く知っている男性のイメージがほとんどない。紳士的な人なんだけど、その耐性がないというか、嫌いじゃないけどちょっと苦手だ。
イメージ的にはヴァイア姉さんの旦那さんであるノスト兄さんとか、クル姉さんと一緒になったルート兄さんみたいな感じだ。
もしかして私ってイケメンに弱い……?
ベインおじさんとかならどんなに来られても跳ね除けられるんだけど、物腰の柔らかい人にはなんとなく弱くなる。まさかこの歳で弱点が分かるなんて。
おじいちゃんはアーヴェスの事情を色々知っていた。その上で次の宰相候補として鍛えているみたいだ。
今ではおじいちゃんの補佐と言う形で結構なお給金が出ているのに、王都にある冒険者ギルドにも何日かに一度出向いて色々とやっている。さらにはフェル姉ちゃんと戦っているわけだ。
大変じゃないのか聞いてみたら「今までサボっていた分、色々と取り戻さないといけませんから」と言っていた。
さらに「これくらいできなければアンリ様の隣に並ぶことはできません」とさわやかな笑顔で言ったので、その日のお茶会はお開きにした。
昔からフェル姉ちゃんの横に並び、そして追い抜きたいと思っていた。そんな私の横に並びたいと努力している人がいる。なにか不思議な感覚だ。
とはいえ、私の心が限界だ。アーヴェスの言葉は私の乙女心にクリティカルヒットしてくる。これが褒め殺し……!
なにかで心を回復させないといけない。ちょっと休まないと。
「お忍びでダンジョンに行きたい?」
「ダンジョンで暴れないと私の心がブレイク寸前。このままだと暴君になりそう」
「何言ってんだ? ところでアーヴェスのことだが――」
「その話題はできるだけ避けて」
「フェル・デレをこっちに向けて言う程か? アイツ、アンリと話ができるようになったってかなり喜んでたけど、そんなに会ってるのかと気になっただけなんだが……」
まさかの遠隔攻撃。そんなに長い時間話してないんだけど。
「どうした? 変な顔して?」
私の心が限界かもしれない。早くダンジョンで暴れないと。
「どこでもいいから転移門を開いて。すぐに暴れないと命に係わる」
「魔王の呪いじゃないよな……? ならアビスに行こう。ジョゼ達が会いたがっていたからな」
「うん。お願い」
モヤモヤを吹き飛ばすくらい暴れよう。
久しぶりにアビスちゃんのダンジョンで暴れた。やっぱりこのダンジョンは最高だ。
今ではかなりの階層になっていて、私やスザンナ姉さんが攻略していたころよりも皆は強くなってたし、魔物ランキングも色々変わったみたいだ。
楽しく暴れることができてちょっとスッキリ。今ならアーヴェスにも勝てるような気がする。
今は私が久々に来てくれたということで皆に歓待されている。
皆とワイワイ騒ぐのも最高。国の方も安定してきているし、これからはお忍びでこまめに来るようにしよう。
「少しは気が晴れましたか?」
「うん、ジョゼちゃん、ありがとう。久しぶりに全力で剣が振れてモヤモヤが吹き飛んだ感じ」
「モヤモヤ……? ああ、アーヴェスの件ですか」
むう。ジョゼちゃんまで知っているとは驚いた。
フェル姉ちゃんの方へ恨みがましい視線を向けると、首を横に振って言ってないアピールをしている。
「アビスからの情報です。なんでもアンリ様に求婚中だとか。ボスのつがいになりたいと言うなら、それに見合うかどうか色々調べておかないといけませんね……」
「個人情報の漏洩だと思う。でも、確かにその件でモヤモヤしてた。今はスッキリしたけど。定期的に暴れた方がいいからこれからはこまめに来るつもり」
皆が嬉しそうにしている。うん。何かあったらすぐにここへ来よう。
「しかし、どうするのですか? アーヴェスはいまだに戦いを挑んでおりますが、フェル様はアンリ様の許可なく負けるとは思いません。アンリ様はかなり気持ちが傾いているとの情報ですが」
「ちょっとアビスちゃんを呼んで。お話しないといけないから」
「その情報は私からではありませんよ」
ダンジョンにアビスちゃんの声が響く。
その後、皆が女王蜘蛛のルノスちゃんを見つめた。
「ち、違うクモ! トラン王国にいる知り合いのクモから聞いただけクモ! 情報共有しただけで私は悪くないクモ!」
そもそも知り合いのクモって誰? もしかして別邸の中庭にいるのかな……?
「アンリが負けてくれって言うなら、いつでも負けてやっていいぞ。というか、そろそろ面倒なんだが」
「ちょっと待って。まだ気持ちの整理がつかない。しばらくはボコボコにして」
「その表現はどうかと思うぞ。それにしてもアンリがそういうことでモヤモヤするとか、時の流れを感じるな……」
フェル姉ちゃんがしみじみとそんなことを言っている。
私としてももうちょっとスパッと決めたかったんだけど、なんとなく踏み切れないところがある。
アーヴェスが本当に私のことを好きなのか怪しいからだ。
最初に言っていた通り、憧れとか尊敬の方が強くて、好きとはちょっと違うような気がする。話をしていて、アーヴェスにとって私は単なる恩人なんじゃないかって思うようになった。
私と結婚したところでアーヴェスは幸せになれるのかな?
「アンリ様、大丈夫ですか?」
「あ、ごめん、考えこんじゃった」
「アンリは何を迷っているのだ? 気になるなら結婚とやらをしてしまえばいいだろうに」
フェンリルのナガルちゃんがそんなことを言っている。
「まあまあ、ナガル殿。人族の世界は色々とあるのでござろう。某も詳しくは知りませんが」
ケルベロスのロスちゃんもそんなことを言い出して、皆でワイワイと私の結婚について話を始めた。
とても居たたまれない。
でも、ナガルちゃんの言葉。それは真理かもしれない。アーヴェスがどうこうじゃなくて、私がどうしたいかだ。
参考にならないのはフェル姉ちゃん達も一緒だし、ここはジョゼちゃん達に色々相談してみよう。




