高いハードル
さすがに男性を自室に呼ぶわけにはいかないので、お忍びで親衛隊の待機施設へと足を運んだ。
親衛隊の前身は紅蓮の戦乙女部隊なので女性が主体だ。ただ、男女関係なく実力者を雇い入れているということもあって、最近は男性も増えている。
安定した仕事に就きたいという考えもあって冒険者から転身したいという希望者が多いとか。
とはいえ、親衛隊は狭き門。冒険者で言えばオリハルコン級以上の強さがなければ親衛隊の誰にも勝てない。そういう人達は親衛隊ではなく、お父さんが団長を務めている方の兵士を勧めている。
トラン王国は未踏派ダンジョンが多い上に誰も行ったことがないような場所も数多くある。そういうところの探索も親衛隊はやっているので強くないと危険だ。
スザンナ姉さんを想っているらしいヴァレリーはその探索部隊の部隊長に推薦されるほどなので、強さで言えば文句なし。
問題なのは地位だ。周囲が認めてくれるほどの地位に就かないとスザンナ姉さんとの結婚は無理だろう。
ただ、その前にスザンナ姉さんのことをどれくらい想っているのかは知っておきたい。単にちょっといいなくらいの感じだったら、この話はなかったことにする。
そんなわけで、ヴァレリーを親衛隊の幹部が集まる会議室へ呼んだ。
ここにいるのは私とレイヤ姉さんのみ。他の皆には内緒だ。
椅子に座って待っていると、部屋の扉がノックされた。
「未踏領域探索部隊、部隊長ヴァレリーです。お呼びと伺い参りました」
「入ってください」
レイヤ姉さんがそう言うと、扉が開いて男性が入ってくる。
年齢は三十のはずだけど、もっと年上のように見える。金髪を短く切りそろえているというかほぼ坊主と言っていいかも。
ヴァレリーは私を見て驚いた顔を見せた。そしていきなり膝を付く。
私のことに気付いたんだと思う。でも、今この場にいる私は謎の国王で、スザンナ姉さんの妹という立場に過ぎない。権力は使ったけど。
「頭を上げて。今の私に敬意を払う必要はないから。今は単にスザンナ姉さんの妹として来ているだけ」
「あの、アンリ様、そうは言っても無理ですよ。本来なら私からしても雲の上の人なんですから」
「えっと、じゃあ、無礼講と言うことで。頭を上げて。あと発言も許可する」
「はっ。失礼いたします」
元冒険者とは思えないほど礼儀他正しい。私としても好感度が上がった。
「あまり時間が取れないので単刀直入に聞く。スザンナ姉さんのことが好きなの?」
「え、あ、はい。それはその通りなのですが、あの、大変失礼ですが、これは一体……?」
「スザンナ姉さんにお付き合いしてほしいと言ったことは分かっている。そして振られたことも。ただ、スザンナ姉さんは結婚できないから付き合えないと言ってた」
「そうですか、スザンナはそんなことを――あ、いえ、スザンナ様はそんなことをおっしゃっていましたか……」
思いのほかショックを受けている気がする。でも、それは事情がある。私のためを思って結婚しないと言っているだけだ。
「まあ、待って。スザンナ姉さんに話を聞く限りでは貴方のことを遠からず想っている感じはした。問題になるのは地位」
「地位……」
「そう。スザンナ姉さんは私に最も近い立場の人。結婚するためには周りを納得させるだけの功績と言うか地位が必要。残念だけど、親衛隊の部隊長という肩書だけでは周りが認めてくれない」
ヴァレリーも状況を理解してくれたんだろう。「はい」と頷いてくれた。
個人的なことを言えば、そんなのはどうでもいいと思うんだけど、それは庶民の感覚であって王族や貴族の感覚じゃない。世の中には五歳くらいから婚約者が決まっていて、そのために英才教育を施される人もいるとか。
オリン魔法国では魔力至上主義というのがあって、魔力さえ高ければいいという話もあるみたいだけど、それはかなり特殊だと思う。トラン王国も強ければいいという状況にしたい。
おっと、それはどうでもいいや。まずはこっち。
「事情は説明した。そして重要なのは貴方の気持ち」
「私の……?」
「スザンナ姉さんのために貴方に適当な地位を与えることはない。本当にスザンナ姉さんと結婚したいというなら行動を起こして。少なくとも今の状況じゃ無理と言うことは伝えた。後は貴方次第」
「私次第……」
「そう。スザンナ姉さんは誰とも結婚はしないと言っている。だから時間はあると思う。でも、何十年も待たせるのは良くない。数年でスザンナ姉さんに見合うだけの地位を手に入れて。ハードルが高すぎて無理だと思うなら今この場で諦めて」
「諦めません」
「その即答には好感が持てる。後は口だけじゃないことを見せて」
「はい。誰にも文句を言わせない地位を数年で手に入れて見せます」
「うん。なら話は以上。必要以上に便宜を図るつもりはないけど、心の中で応援しているから頑張って」
「ありがとうございます」
ヴァレリーはそう言って頭を下げた。
「分かっていると思いますが、アンリ様との会話は他言無用です。それとこれも言わないで欲しいのですが私も応援しています」
レイヤ姉さんが笑顔でそう言うと、ヴァレリーはちょっと驚いてから少しだけ口元に笑みを浮かべた。
「レイヤ副隊長、ありがとうございます。期待に応えられるよう頑張ります」
「はい。では話は以上です。退出してください」
ヴァレリーはもう一度頭を下げてから部屋を出て行った。
部屋には私とレイヤ姉さんだけが残る。
「焚きつけたけど大丈夫かな?」
「大丈夫だと思いますよ。無茶なことをしないように注意はしておきますので」
「うん、それは大事。無茶なことをして大怪我するようなことがあったらスザンナ姉さんが怒るだろうから」
「その時の怒りの矛先ってこっちに向きませんか?」
「バレなければ大丈夫。でも、もし怒られる時は二人で怒られよう」
「アンリ様、だから私を共犯に……」
「人聞きの悪いことは言わないで。共犯じゃなくて共闘」
「同じことですよぉ……」
とりあえず私にできることはここまでだと思う。
本当はもっとガンガン介入したいけど、なんとなくスザンナ姉さんはヴァレリー自身に色々やって欲しいような気がする。そんな乙女心を感じた。
なぜなら私に内緒にしていたから。
私が知ったら有無を言わさない介入をしてくると思っていたに違いない。それに、もしスザンナ姉さんの方から結婚したい人がいるから手伝ってと言われたら、あらゆる権限を使って結婚させるつもりだ。
スザンナ姉さんはヴァレリーの本気度を試しているのかもしれない。一度は振ったけど、それにもめげずに追いかけてくるような男性を待っているのかも。
口だけだったら誰にでも言える。スザンナ姉さんはあの美貌から傭兵時代でも多くの人に言い寄られた。でも、ちょっと脅すとすぐに逃げて行った。そういう過去が関係しているのかもしれない。
二人で食事をするくらいにはヴァレリーを認めている。でも、結婚となるならこれまで以上の覚悟を見せてくれなくちゃ認められない。そんな恋愛小説的な考えがあるとみた。
不謹慎だけどワクワクしてきた。スザンナ姉さんの幸せのためにも、ヴァレリーには頑張って欲しいな。
そんな風に思っていると、レイヤ姉さんが私の顔をじっと見つめた。
「あのー、アンリ様にそういう話はないんですか?」
「え? 私?」
「ええ、スザンナ様の結婚はかなりのハードルがありますが、それはアンリ様にも言えるかと」
「スザンナ姉さんほどハードルは高くない。私より強ければ結婚する。王位が欲しいって人がいなくなったから、私と結婚したい人をトーナメントで募集しようかな」
「ハードルが空に輝く太陽とか月までいってませんか? 人族には無理だと思いますけど……」
その考えはなかった。もう少し低くしないとだめかもしれない。
また聞くところによると、レイヤ姉さんや親衛隊の皆も結婚相手のハードルが高くなってしまったそうだ。皆のことも色々お世話しないとだめかもしれない。おじいちゃんに任せよう。




