三国会談
あれから一週間ほどが過ぎて、ルネ姉さん達は帰って行った。
帰って行ったというよりも、今はウゲン共和国で獅子王のオルドおじさんと会っている頃だ。獣人さん達を多く連れてきているのも、もともとそういう予定があったからだと聞いている。
魔界は魔族さんでも生きるのが大変な場所だ。獣人さんならなおさらだろう。生まれ育った魔界に骨をうずめたいという人もいれば、ウゲン共和国へ行ってみたいという人もいる。
今回は魔界の獣人さんをウゲン共和国で受け入れが可能かどうかを視察すると言っていた。今すぐに、という話ではないだろうけど、そういう計画が始まっている。
ルネ姉さんの発案ではないみたいだけど、思っていた以上に魔王らしいこともちゃんとやっていてちょっと驚きがあった。
それに嫉妬を感じるくらいルネ姉さんはトラン王国の国民に支持された。特に子供達から。
コロシアムでの戦いのあと、恐怖を覚えた皆にルネ姉さんは笑顔を見せた。
「ふははは、トラン王国のちびっこ諸君! この魔王ルネに忠誠を誓うなら、この巨大人形に乗せてあげよう! 上から眺めるトラン王国は絶景だぞ!」
人形の肩の上で、マントをなびかせながらルネ姉さんはそう言った。あれは送風の魔法を使って自己演出しているらしい。
コロシアムで観戦していた子供達の心をわしづかみだ。私も危なかった。
一緒にいた親は心配していたみたいだけど、子供達にそんな不安は一切なし。好奇心を刺激されて、ルネ姉さんに忠誠を誓う子供が続出だった。
オリスア姉さんは「魔王の威厳が……」と言っていたし、バルトスおじさんは苦笑いだったけど、フェル姉ちゃんはなんとなく嬉しそうだったな。魔族と人族がとくに何の隔たりもなく楽しんでいる姿に喜んでいたんだと思う。
ルネ姉さんは次の日もコロシアムで人形劇をして「魔王ルネちゃん」と慕われ始めた。
王都を出発するときもメインストリートには子供達が多かった。ルネ姉さんはそれに応えるように大量の人形を操って可愛い人形達による大パレードを実施した。
見送りに来た子供達は大喜びで「帰らないで」とか「また来てね」とか、私よりも支持されている気がした。ただ、その「魔王ルネちゃん」のお友達という認識の私も少しだけ支持された。ちょっともやっとするけど、これは心の中に留めておこう。
そういえば、レモ姉さんも人気があった。主に闇属性の人達に。
あの眼帯が闇の心にクリティカルヒットするとか。しかもニャントリオンのマークがついているディア姉さんの作った物だ。ニャントリオンの支店に客が殺到したらしい。
結果的にルネ姉さん達を呼ぶことで色々といいことがあった。そして色々なことも教わった。
よくよく考えたら私がやっていた催しは大人向けだ。子供もコロシアムに来ていたけど、ほとんどは大人。もうちょっと誰にでも楽しめる催しも考えるべきだった。
ご老人向けも必要だろう。おじいちゃんなんかは「音楽演奏なんかどうだろう?」とトランペットをチラチラとこっちに見せてアピールしてくるし。
料理コンテストとかダンス勝負もしているけど、争いばかりではなく、文化的なことを披露するような出し物も必要だと思う。そういうのにお金を使うのもいいかもしれない。
お金を稼がなくちゃいけないし、国内の仕事を増やさなくちゃいけない。教育機関も必要だし、私自身ももっと王として勉強が必要。やることはいっぱいだ。
でも、慌てずに一つ一つ対応していこう。
さらに数ヶ月が過ぎて、今回初めてとなる三国会談が城塞都市ズガルで行われることになった。
ソドゴラでの大宴会で決めた話ではあるけれど、しばらくは音沙汰がなかった。トラン王国の状況を配慮してくれたんだろう。一週間程度ではあるけれど、大変な時期に王が国を離れるのはどうかと思ってくれたに違いない。
今回はおじいちゃんをトラン王国に残して、私、スザンナ姉さん、レイヤ姉さん、クル姉さん、それに親衛隊の皆でやって来た。
正直なところ、おじいちゃんがいない状況で王として話をするのはちょっと不安だ。そのおじいちゃんは「勉強させてもらいなさい」と言って優しく微笑んでいた。
意訳すると「ボコボコにされてきなさい」だろう。おじいちゃんはそういうところがある。戦うわけじゃないんだけど、国のトップとして足らないところをしっかり把握してきなさいということだ。
重要なことだと思う。戦いでも同じだ。まずは自分のことを知ること。これが一番強くなれる。
今回はディーン兄さんやオルドおじさんが国のトップとしてどんな感じなのかを知ることに徹する。王としてまだまだな私が背伸びしても相手に見抜かれるだけだ。二人は気にしないだろうけど、相手のお付きの人にどう思われるかはまた別。
まだまだ勉強は足りないけど、王として舐められないように頑張ろう。
城塞都市ズガルに到着すると結構な歓迎を受けた。
昔ここを拠点にしていたから凱旋みたいに思ってくれたのかもしれない。ありがたい話だ。
ここはもともとルハラ帝国の領地だったけど、前の皇帝がフェル姉ちゃんとの約束であげてしまった。簡単に言えば挑発と言うか言葉の綾だったらしいけど、フェル姉ちゃんはそのままもらった。
でも、本当はルハラでの帝位簒奪中にトラン王国からの侵略を防ぐために貰ったという話もある。当時の状況から考えれば、ルハラで内戦的なことが起きれば当然トラン王国は攻めてくる。そのための壁というわけだ。
フェル姉ちゃんにそれを聞いたら、ものすごく間を空けてから「その通りだ」と言っていた。なにか裏があるのかもしれないけど、深くは追及しないでおこう。
そしてフェル姉ちゃんがここにいない間は目の前にいるクリフおじさんが国王代理だったらしい。今は、人族、魔族、獣人の三種族が協力してこの国を治めているという形だ。クリフおじさんはその三種族のさらに代表でもある。
「アンリ国王陛下。良くいらしてくださいました。トラン王国の尊き方達をお迎えできること、存外の喜びです」
「……クリフおじさん、顔が怖いから、もう少し嬉しそうな顔をしてもらっていい?」
どう見ても顔と言葉が合ってない。
面倒くさいことをここでするなって感じの顔だ。
「この顔は昔からだ。だが、こちらの事情を考えてくれ。三国のトップが集まる会談だぞ。変な奴らを入れないように、何日も前からずっと警備していたんだ。この国にどれだけ負担をかける気だ?」
これはかなりのお怒りだ。
確かにクリフおじさんの言う通りではある。
そもそも城塞都市ズガルはどの国とも関係がないというスタンスを取っている。つまり私達の言うことを聞く必要はまったくない。もちろん無料ってわけじゃないけど、無理矢理お願いしたと言うのも間違いじゃないだろう。
そんな無茶なお願いなのに警備やらなにやらの準備をきちんとしてくれるところにツンデレの匂いを感じる。この国でなにかあったらまずいという部分もあるだろうけど、ちゃんと感謝しておかないと。
「トラン王国秘蔵のお酒を持って来たのでお納めください」
「……そうか。フェルの奴から毎月のように酒が送られてくるが全く足りなくてな。ありがたく頂こう」
少しは機嫌を良くしてくれたみたいだ。フェル姉ちゃんから聞いておいて良かった。
他にもトラン王国で採れた野菜などをお土産として持って来た。美味しいと思ってくれれば、今後は買い付けてくれるかもしれない。こういうところでもアピールだ。
その後、クリフおじさんが城の中にある部屋へと案内してくれた。すでにディーン兄さんやオルドおじさんは到着しているようで、今日は歓迎パーティを開くとか。
今日の予定はそれだけだから、それまではゆっくりしよう。
私とスザンナ姉さんは親衛隊達へ労いの言葉をかけるために皆がいる部屋へと移動した。クル姉さんはルハラ帝国から来ている人に会いに行くとかで別行動だ。
レイヤ姉さんがいる部屋に入ると何人か集まって話し合いをしていたようだ。先にねぎらいの言葉をかけておこう。
「皆、今日はご苦労様。歓迎パーティがあるみたいだからそれまではゆっくりして」
レイヤ姉さんを筆頭に皆がキチンと敬礼をしてくれる。
こういう場所では別にしなくていいんだけど、常にやるべきというのがレイヤ姉さんの言葉だ。
「それで皆はなにか話し中だった?」
レイヤ姉さんが頷く。
「実はクリフ様の立場というか、アンリ様との関係を説明しようとしていました」
話を聞いてみると、クリフおじさんが私に対してフランクすぎるというか、他国の王に対してあの対応はないんじゃない、という意見が出ていたそうだ。
私が説明するよりも親衛隊の副隊長で直属の上司であるレイヤ姉さんの方から説明してもらったほうがいいかもしれない。
レイヤ姉さんに説明をお願いすると、「分かりました」と言ってから皆の方を見た。
「クリフ様はこの国の王という立場ではありませんが、この国の人族の代表という立場であり、ひいては三種族の代表としてこの国の運営に関して全権を任されているほどの方です。国の在り方、大きさに違いはありますが、立場的にはアンリ様と同じと言っていいでしょう」
私とスザンナ姉さんが頷くと、一部の人から「おお」という驚きの声があがった。
城塞都市ズガルは色々と特殊だから知らない人も多いんだろう。成り立ちからして首を傾げることが多い国だし。
「それにアンリ様は王位簒奪を始める前、ここを拠点としていました。それが可能だったのはクリフ様の温情でしょう。トラン王国から見てもクリフ様は恩人。アンリ様への態度に対して思うところはあるでしょうが、ちゃんとした理由があることを知っておいてください。もし、私達がクリフ様に無礼を働けばアンリ様が頭を下げることになりますよ」
レイヤ姉さんの言葉をうんうんと頷いているのは戦争前からいる戦乙女のメンバーだ。
知らなかった新人の人達もこの説明で色々理解してくれたと思う。
どう考えてもクリフおじさんは私の恩人。でも、それをわざわざ口に出して言わないし態度にも出さない。暗に恩を感じる必要はないと行動で示してくれている。頭が上がらない人の一人だ。
レイヤ姉さんの話を聞いて色々と思い出した。
ちょっと前の事なのに大昔の事のように感じる。
戦争前はこの城で色々やっていた。人を集めるのも訓練をするのも全部ここだった。一年と半年くらいは滞在していた気がする。
あれ? 一部の人達がちょっと暗い顔をしている。というか震えている?
「レイヤ姉さん、どうかした?」
「い、いえ、昔ここでオリスア様に鍛えられたことを思い出しまして、身体が少し震えてきました」
「休んで。皆しっかり休んで」
オリスア姉さんの特訓はトラウマを植え付けてしまったみたいだ。戦争に勝てたのは良かったけど、犠牲は多かった。しっかりフォローしていこう。




