忘れることのない思い出
フェル姉ちゃんとルネ姉さん達は色々な話をしている。
どうやらルネ姉さんが魔王であることを疑っているみたいだ。ルネ姉さんの魔王っぷりは結構評判がいいと聞いているんだけど、フェル姉ちゃんは信じられないのかな?
納得いくまで話し合ってもらいたいのでその場を離れると、スザンナ姉さんがこっちに手を振っていた。テーブルにはマナちゃんもいる。
「アンリ、フェルにお礼は言えた?」
「スザンナ姉さんのおかげでゆっくりお礼が言えた。ありがとう」
「気にしないでいいよ。私も色々と話したかったけど、今日は無理そうだね。皆がフェルに話しかけてるし」
いつもならフェル姉ちゃんの部屋に泊まる感じだろうけど、今日は無理だろう。ヴァイア姉さんにお願いしてトラン王国に送ってもらわないと。王や宰相が不在なのはダメだと思う。
「あ、アンリちゃん――じゃなくてアンリ王?」
「マナちゃん、ここでは肩書があまり関係ないからいつも通りで。それに知り合いしかいない場所でも同じ。アンリちゃんって呼んで」
「うん。それじゃそうさせてもらうね、アンリちゃん。それでまだ先の話なんだけど、トラン王国の王都に聖人教の支部ができるんだ。そこに私が配属されることになったから」
「え? 本当?」
「うん。本当。私ももう十八になったし、そろそろ孤児院を出ようかと思って。リエル母さんと離れるのは辛いけど、リエル母さんのことを人界中に布教しないと!」
「すごく嬉しい。ちょっと王の力を使って立派な支部を作るから」
「アンリちゃん、そういう不正は良くないと思う」
真面目だ。マナちゃんはいつも真面目。
「でも、リエル母さんの肖像画はすごく大きいのを飾るから、そこには色々と便宜を図って。内緒で」
そしてリエル姉さんに対してはいつだって狂信的。さっきも、ディア姉さんを見る目がちょっと暗殺者っぽい感じだった。狙われたことがあるから分かる。
それはそれとして近くにいてくれるのは嬉しい。王都にいたとしても頻繁に会えるわけじゃないだろうけど、親友がそばにいてくれるのはそれだけで心強い。
そういえば、他の皆はどうするんだろう?
今はまだトラン王国の復興作業を手伝ってくれているから戦乙女部隊の皆も残ってくれている。でも、それが終わったらルハラ帝国へ帰るだろう。
トラン王国で雇いたいけど、ディーン兄さんがそれを良しとしないかな。人の流出はそれだけで国力の低下を招く……というのはおじいちゃんの言葉だ。
クル姉さんやベルトア姉さん、それにレイヤ姉さん。
全員がルハラ帝国の出身だし、クル姉さんとベルトア姉さんの二人は、この戦いが終わったら結婚するって話だった。さすがに家族でトラン王国へ住むことはないと思う。実家もあるわけだし。
すごく寂しくなる。
他にも一緒に命を懸けて戦った仲間はいるけど、紅蓮に関しては王位を取り戻す前から一緒に戦っていた仲間だ。その皆と別れるのはかなり寂しい。
「アンリ、大丈夫?」
いつのまにかスザンナ姉さんが私の顔を覗き込んでいた。マナちゃんも心配そうに見ている。
「大丈夫。ただ、ちょっと紅蓮の皆は今後どうするのかなって考えていてたら寂しくなった。トラン王国の復興がある程度終わったらルハラ帝国へ帰っちゃうんだなって」
「……あ」
スザンナ姉さんも今気づいたみたいだ。
というよりも、ちょっと汗をかいてる? いつもクールなスザンナ姉さんとしては珍しいような……?
「あ、クル姉さんが来たみたい。レイヤ姉さんも一緒だ」
マナちゃんが入口の方を見てそう言った。
そちらを見ると、ディーン兄さんを筆頭にルハラ帝国の重鎮が全員そろっている。そしてすぐにフェル姉ちゃんのいるテーブルへ向かった。
あのテーブルはいつでも人が多い。フェル姉ちゃんはさっきまでルネ姉さん達と話していたのに、ヴァイア姉さんの家族やニア姉さん達とも話をしていたみたいだ。そして今はディーン兄さんと話をしている。
人のことは言えないけど、皇帝や王が話をするために出向くっていうのもすごい気がする。
あれ? ディーン兄さんがクル姉さんとレイヤ姉さんを連れてこっちに来た?
「やあ、ここいいかい?」
ディーン兄さんが空いている席を指さして座っていいか聞いている。
「もちろん構わない。ぜひ座って。でも、私に用事?」
「こういうところで話をすることじゃないんだけど、せっかくだからね。話は聞いていると思うんだけど、クルとレイヤ達のことをちゃんとお願いしておこうと思って」
「クル姉さんとレイヤ姉さんのこと?」
「あ、あの、ご、ごめん、アンリ。実はレイヤから聞いてたことがあった。私、ずっとソドゴラに行ってたから言うの忘れてた……」
「え……?」
スザンナ姉さんが両手を合わせて謝っている。
「ああ、聞いていなかったのかい? なら言っておこうか。まず、クルなんだけど、ルートと一緒に外交官という立場でトラン王国の王都マイオスに住まわせてほしいという話だよ。本人からの強い希望でね。もう少し先の話になるけど、どうだろう? 許可を貰えるかな?」
外交官? そういえば、ソドゴラ村にオリン魔法国のクロウおじさんが住んでいたことがあったっけ? あの行為も外交官としての仕事だとか聞いたことがある。
でも、そんなことはどうでもいい。クル姉さん達が王都に住むってことだ。
クル姉さんはディーン兄さんの後ろに立って笑顔をこちらに向けている。たぶん、私も笑顔だろう。
「うん。許可する。ジャンジャン来て」
「即断即決は王としていいのかもしれないね。それと、もう一つある。レイヤ君達、戦乙女部隊のメンバー大半がトラン王国に移住したいということだよ。皇帝としては頭がいたいところだけど、ルハラでは傭兵の仕事が減っているし、トラン王国なら未踏破のダンジョンも多いからね。クル達とは違ってトラン王国の国民になるという形になるんだけど、どうかな?」
レイヤ姉さんはビシッと立っているけど、すごく頬がピクピクしている。笑顔になるのを耐えているんだと思う。
「それも許可する。トラン国が皆を雇うからジャンジャン来て」
「いや、移住をジャンジャンされたら困るんだけどね……ところで私が気にすることじゃないんだけど、レイヤ君達を雇えるほどトラン国には余裕があるのかい?」
たぶん、ディーン兄さんはトラン王国の状況を詳しく知っているんだろう。下手すると私よりも詳しい可能性がある。
私的な理由もあるけれど、今は一人でも多くの仲間が必要だ。残念だけど、私は一人じゃ何もできない。その上、トラン国民からは良く思われていない感じがある。
信頼できる人達をそばに置けるなら、どれほど借金が増えても痛くはない。
「大丈夫。今トラン王国に必要なのは心から信頼できる人。戦乙女部隊の皆は全員信頼できるから、借金してても雇いたい」
レイヤ姉さんが上を向いている。ちょっと震えているのは涙がこぼれないようにしているのかもしれない。正直、私の方がそれくらい嬉しい。
「なら問題はないようだね。クルのこと、それと戦乙女部隊のことをよろしく頼むよ」
「もちろん。トラン王国へ来てよかったって絶対に思わせるくらいよろしくする」
ディーン兄さんが不敵に笑った。
「それは私に対する挑戦かな? ならこっちはトラン王国へ行って失敗だったというくらいルハラ帝国を栄えさせるよ」
「うん。どっちが国を栄えさせるか勝負。言っておくけど手加減はしない」
ルハラ帝国とはいい関係でいられそうだ。
「お主らはここにおったか。儂も座ってよいかな?」
オルドおじさんがやって来た。すごく大きいから椅子が危険な気がするけど、大丈夫かな?
「椅子が大丈夫ならどうぞ」
「うむ。なら状態保存の魔法をかけておくか」
オルドおじさんが魔法を使っている間に、なぜかスザンナ姉さんとマナちゃんが立ちあがって私の後ろに立つようになった。
……よく考えたらこのテーブルを三人の王が囲んでいる。この場所で肩書はあまり意味がないんだけど、なんだかすごいことになってきた。
「ルハラ帝国のディーン殿だな。いつも世話になっておる。ウゲン共和国のオルドだ」
「直接会うのは初めてでしたね。いつもは代理の方がいらっしゃいますので」
「獅子王などと呼ばれておるが王などではないからな。とはいえ、今日はそんな肩書などどうでも良いことだ。なのでせっかくだから挨拶に来た」
「ええ、よろしくお願いしますね。ああ、そうそう、実は――」
なんだか三国の王が意見を交わす場所になっちゃった。
でも、これはこれでいいのかも。それに戦争が始まる前にディーン兄さんは三国で話し合いをしたいと言っていた。それがこれに該当すると言ってもいいのかも。
そして定期的に話し合いをすることがすぐに決まった。恒久的な平和のためにもそういう会談は必要だって話だ。
それにしてもディーン兄さんもオルドおじさんもさすがはその国のトップだ。今の私では提案ができず、質問をするばかり。王として何もかも足りない。
王になったばかりなんだから当然だとは思う。でも、それを理由にしていいわけがない。もっともっと勉強しないと。
でも、それは明日からだ。
「ちょっとごめんなさい。やることがあるから席を外したい。皆、行くよ。最後の戦いが私達を待ってる。レイヤ姉さんも一緒に来て」
なぜかみんな首を傾げている。
やれやれ。大事な話をしていても忘れちゃいけないことがあるのに。
「妖精愚連隊として踊る。レイヤ姉さんは新メンバーとして踊るから一緒に来て」
皆が目を丸くしているけど、スザンナ姉さんがちょこんと右手を上げた。
「あの、アンリ、私そろそろそういうのはちょっと……もう結構な歳だし恥ずかしくて顔から火が出そう」
スザンナ姉さんのその言葉にクル姉さんも高速で首を縦に振っている。
でも、それはヤト姉さん達に喧嘩を売る行為だと思う。
「そんな恥ずかしさはごみ箱に捨てて。これが私達の最後の戦いになるんだから有終の美を飾ろう。それにあれを見て。リンちゃん、モスちゃん、ハクちゃんの余裕そうな顔。たぶん、お姉ちゃんダンスを超えた、姉弟親友ダンスを披露するつもりだと思う。今日倒して上には上がいることを示しておかないと」
「あの、私は一度も皆さんと踊ったことがないんですけど……」
「レイヤ姉さん、踊りは技術じゃない。心」
レイヤ姉さんはびっくりしているけど、踊りってそういうもの。
「大体、私達は王位を奪還するほどのチーム。あれに比べたらこんなのは余裕だから大丈夫。というか、トラン王の命令だから拒否権はなし」
皆から横暴という言葉出たけど、私は使える権力は使っていくタイプ。
それに今日だけだ。
今日だけはソドゴラ村で育った、何の肩書もないただのアンリ。
さっきは王の命令とか言ったけど、今日だけはトラン王国の王族とか関係ない。
この素敵な場所で皆と一緒に忘れることのない思い出を作ろう。
負けた思い出になった。
リンちゃん達に勝てるわけがない。三人で必死に動きを合わせて踊っている姿なんか感動ものだ。これを心に焼きつけておきたい。
ヤト姉さんやメノウ姉さん、それにウェンディ姉さんと精霊達もがっくりしている。
でも、いっか。これも忘れない思い出だ。
「はい、それじゃ、皆ステージに上がって! 皆の絵を記念に残しておくから!」
ヴァイア姉さんがなにか黒い脚立のついた四角い箱らしきものを用意して、そんなことを言い出した。
「ヴァイア姉さん、何それ?」
「これは瞬間的な映像を絵にして残しておく魔道具だよ。皆が揃うなんてそうないから記念にしようと思って」
皆の絵……?
「その絵って私も貰える?」
「うん。絵に焼き付けるのにちょっと時間が掛かるから二、三日後になるけど、皆に渡すつもりだよ」
なんて素敵な絵を貰えるんだろう。家宝……じゃなくて国宝にしよう。
「もー、フェルちゃんもリエルちゃんもほっぺたが伸びるよ? もっとおおらかな気持ちでいようよ。ダーリンと私みたいにね!」
なんだかディア姉さんの声が聞こえてきたと思ったら、リエル姉さんがご立腹だ。
「ふざけんな、この裏切り者がぁ! ディアだけは……ディアだけは真の親友だと思ってたのに! 男といちゃつくディアなんてディアじゃねぇ! 絶対にお前らの結婚を潰してやるからな! 聖母の名にかけて!」
大丈夫、いつも通りだった。
「どうしたの? ほら、皆も早く集まって!」
「ヴァイア? 集まるってなんだ?」
フェル姉ちゃん達は皆がステージに集まっているのを初めて知ったみたいだ。こっちを不思議そうに見ている。
「昔、オリン国の王都で映像を残す魔道具を使ったことがあったでしょ? あれをまたやるから皆ステージにあがって。記憶した映像は紙に転写して皆に配るからね」
「分かった。一時休戦だ。変な顔が残るのは嫌だからな」
「おう、それには同意するぜ。最高の笑顔を残してそれを見た男にプロポーズされよう」
「孤児院にリエルちゃんの肖像画があるよね? 美しさが五割増しで。プロポーズされたの?」
ディア姉さんはいつも余計なことを言う。でも、それが親友っぽくていい。私もマナちゃん達とあんな感じになれるかな?
色々あってようやく全員がステージに上がった。端っこに行こうとしたフェル姉ちゃんをど真ん中に配置して皆は好きに移動する。
私としては当然フェル姉ちゃんの隣だ。皆でフェル姉ちゃんにくっつくように立つ。私の近くにはクル姉さんやマナちゃん、それにレイヤ姉さんがいる。こうやっているだけでも楽しい。
「はーい、それじゃ皆、笑顔になってねー。十秒後に魔道具が光るから目を瞑らないようにね!」
ヴァイア姉さんは魔道具に魔力を込めるとすぐにステージの方へやって来て、フェル姉ちゃんにくっついた。
そして魔道具が光る。これで絵ができるっていうんだからヴァイア姉さんはすごい。
しかも映像だけはすぐに確認できるとか。どこからどう見ても国宝級の魔道具だ。
それに見せてもらったこの映像。気持ち悪いくらい精巧だ。フェル姉ちゃんの眉間にちょっとだけしわが寄っているところもちゃんと再現されている。
「皆には後日、転写した絵を額に入れて送るからね。それまで楽しみにしていて!」
楽しみだ。忘れたくない思い出が絵になって残る。こんなにうれしいことはない。
素敵な時間をソドゴラで過ごせた。それは今日だけじゃなくて、子供の頃からそうだったんだろう。
でも、それも今日で最後。色々迷ったこともあったけど、今はもう大丈夫。これからはトラン王国の王として生きる。
いつかフェル姉ちゃんに最高の王だったと思われるように頑張ろう。




