武力に頼らない戦い
翌日、マユラ母さんの寝室で目を覚ました。
こんな広い部屋で一人寝るのはどうかと思ったけど、王が変なところで寝るのは良くないと、閉じ込められる形でこの部屋に押し込まれた。
王になったとは言っても戴冠式が終わっていないので、私はまだ正式な王じゃない。戴冠式はもっと後だ。その前にやらなくてはいけないことが沢山ある。
「失礼します」
ベッドから出ようと思ったところでメイドギルドのメイドさん達が五人も入ってきた。
なんの用だろうと思っていると、着替えを手伝ってくれるとらしい。でも、持っている服は私の物じゃない。どこから持って来たんだろう?
「服なら自分で着れるけど?」
「王が自分で服を着ることはございません。我々にお任せください。メイドの技をお見せしましょう」
メイドさん達はすごく嬉しそうにしている。メイドさんの仕事って本来はこういうものだからなのかもしれない。普段は偵察とか情報収集ばっかりだったし。
でも、着替えって技なんだ?
今後のために経験しておいた方がいいような、なんとなく止めた方がいいような……?
そういえばフェル姉ちゃんもメーデイアのメイドギルドで着替えさせられたとか。それを話したときのフェル姉ちゃんはものすごく疲れた顔をしていた。
うん、止めておこう。
「私はまだ正式な王じゃないから着替えの手伝いは不要。それよりも朝食をお願い。今日もモリモリ食べて頑張らないと。もしかしてもう食堂に準備してある?」
メイドさん達は残念そうだけど頷いてくれた。
「着替えの件は承知しました。食事はここへ料理を運びますからお待ちください」
「食堂なら自分で行くけど?」
「正式な王ではないとおっしゃいますが、アンリ様が食堂へ行くと他の方が委縮してしまいます。それにアンリ様が食べる料理の毒見などもありますので基本的に食事はお一人でお願いします」
昨日までそんなことをしていなかったのに。
王になると色々面倒だ。最初の政策で王はもっと自由にしていいという法を作ろう。だいたい、食事は皆で食べた方が美味しい。それは譲れない。
なんとかしようと思った矢先、扉からノックの音が聞こえた。
「スザンナ様がいらっしゃいました」
「ぜひ入ってもらって」
王なのにここはアウェー。いつだって私の味方をしてくれるスザンナ姉さんを引き込まないと。
でも、現れたスザンナ姉さんを見てびっくり。
いつもの革製品の冒険者的装備じゃなくて、綺麗な青のドレスを着ている。
それに顔にはうっすらと化粧をして、水色の髪は完璧にセットされていた。そしてその背後には満足げな顔をしたメイドさん達が三人ほど並んでいる。
当の本人はものすごくげっそりした顔をしているけど。
「助けて」
いきなりの救援要請。戦争中でも弱音を吐かなかったスザンナ姉さんがすでにグロッキーだ。メイドさんが最強というのは本当だった。
「えっと、申し訳ないんだけど、今日も私とスザンナ姉さんは色々と出回る必要があるからもっとラフな格好にしてくれない? それと食事はこの部屋でスザンナ姉さんと食べるからよろしくお願いします」
メイドさん達はちょっと残念そうな顔をしているけど、浮かれている場合じゃないし、やることもいっぱいだ。トラン王国を昔の状態に戻すまで――ううん、昔以上に良くするまでは戴冠式をやらないようにしよう。
でも、私は昔のトラン王国のことを知らない。おじいちゃんやお父さん、それにお母さんから色々聞こう。それに今は地下で眠っている住人の皆にも。
これからは単に戦えばいいという話じゃないし、私の得意分野でもない。でも、やらないと。
もう勉強はしなくていいと思っていたけど、私には知らないことが多すぎる。これからもっともっと勉強しないといけないだろう。
食事を終わらせたらすぐに行動だ。
いつもの身軽な服に着替えてからスザンナ姉さんと部屋で朝食を食べた。
スザンナ姉さんはいつもの格好にゴーグルを首にかけてはいるけど、顔の化粧は落とさないし、髪はセットしたままだ。もしかしたらそれは嬉しいのかも。
私は化粧をしなかったけど、髪を櫛で梳いてもらった。
メイドさんが「これからはお手入れもしっかりしていきましょう」と嬉しそうに言っていた。
今までは戦っていたこともあって髪や肌はボロボロだけど、しっかりケアをすればすごく綺麗になるとも言っていた。
王の見た目がボロボロなのもよくないので、そこまで言うならお願いしよう。私としてはワイルドな感じでいいんだけど。
「アンリ様、シャスラ様がいらしています」
「入ってもらって」
わざわざ取り次がなくても勝手に入って来てくれていいんだけどな。
ソドゴラ村に住んでいたころはノックしないで部屋に入って来ないでと思っていたけど今は逆。私ってわがままかもしれない。
おじいちゃんが入ってくると、なぜか不思議そうな顔をした。
「アンリ様、スザンナ様、なぜそんな恰好を? メイド達にドレスの着替えを依頼したのですが……」
「おじいちゃんが諸悪の根源だということが分かった。どういうことか説明して」
スザンナ姉さんもちょっとぶすっとしながらおじいちゃんを見ている。
おじいちゃんは何かに気付いたのか、目をちょっと大きく開いてから溜息をついた。
「まさかとは思いますが、お二人とも何かをするつもりですか?」
「何かをするって当然する。王位は取り戻したけどやるべきことはいっぱいある。とくに地下で眠っている人達のこともあるし、フェル姉ちゃんの事だってある。それに昨日聞いた細かな問題点だって色々やらないといけない」
悲しいことに宝物庫にはほとんど何もなかったと報告を受けた。
インテリジェンス系の装備を揃えるためにラーファ達がシシュティ商会へ支払いで使ったのではないかとのことだ。正当な取引だとはいえ、シシュティ商会は余計なことばかりする。
私が以前売った剣までトラン王国に売りつけているし、あの商会とは取引停止だ。これからはヴィロー商会とだけ取引しよう。
結局、またヴィロー商会から借金することになった。
ラスナおじさんやローシャ姉さんのおかげでそれほど利子は高くないけど、借金が多いという事実にちょっとへこんだ。私の代で返せるかな……?
というわけで金策も必要だ。兵の皆にお金を支払わないといけないし、地下で眠っている人達にも保証が必要。いくらあっても足りないくらいだ。
今度トラン王国のダンジョンに行ってお金を稼ごう。
それらも含めて色々と決意をしたのに、おじいちゃんは首を横に振った。
「そういったことは私やウォルフ、ベイン達にお任せください。そもそもアンリ様やスザンナ様は昨日まで常に最前線で戦ってきました。特にアンリ様はユニークスキルの反動があるでしょう? 戦いは終わりましたので、しばらくは体をお休めください」
おじいちゃんは何を言っているんだろう?
「まだ戦いは終わっていない。私の戦いはこれからが本番だと言ってもいい。確かに体は少し重いけど、動けないわけじゃないし、皆にだってこれまでかなり無理をして戦ってもらった。その皆がまだ頑張っているのに私が寝ていていいわけがない」
「しかし――」
「しかしも、かかしもなし。それにフェル姉ちゃんはいまだにアビスで苦しんでいるだろうし、それを止めるためにヴァイア姉さん達もアビスで頑張ってる。そんな状況で休めという方が無理。せめて地下にいる人達が目を覚まして、フェル姉ちゃんが元に戻るまでは休んでなんていられない」
「……スザンナ様も同じ気持ちですか?」
「同じ気持ちです。特に私はフェルが元に戻るまでは休んでなんていられません。本当に何もしないでいいのなら魔力供給のためにすぐにでもアビスへ行きます」
そうだ。私も一度はアビスへ行こう。
フェル姉ちゃんは私のためにあんなことになった。その結果に目を背けてはいけない。
おじいちゃんは諦めてくれたのか、困った顔をしつつも頷いてくれた。
「分かりました。ですが、アンリ様やスザンナ様が色々な場所へ出かけられると逆に周囲が気を使って効率が落ちます。王都の人が少ない場所へ視察する形でお願いします。何をするにも状況把握は必要ですから。そこから何を汲み取ってどう行動するか、それが王に必要なことです」
「分かった」
「スザンナ様は護衛をお願いします。メイド達も何人か付けますのでアンリ様と一緒に行動を」
「はい、任せてください」
武力で戦いに勝つ。それはもう終わった。
これからは武力に頼らない戦いが始まる。でも、負けられない。頑張ろう。




