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少女と魔族と聖剣と  作者: ぺんぎん
第十七章

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母と子

 

 マユラ母さんが使っていたという城の寝室に綺麗なベッドがあったので、そこで両手両足を広げて寝っ転がった。


 おじいちゃんが見たら「王がそんなことをしてはいけません」とか言いそうだけど、今の私はこんなことをしたい気分だ。


 ベッドの天蓋を見ながら溜息をつく。


 長い長い一日が終わろうとしている。


 太陽は完全に西に落ちたけど、王都マイオスは軍の皆が空き家を使っているのでそれなりに明るい。それに楽し気な声も聞こえてくる。一部の人はお酒を飲んで勝利を祝っているんだろう。


 私はそんな気分じゃないというのが正直なところだ。


 色々なことが終わって私は王になった。


 でも、なにかこう不完全燃焼だ。それにフェル姉ちゃんのこともある。心の底から楽しいという気分じゃない。


 王を目指して、ようやく王になった。これからはトラン国のために頑張るのが筋だろう。それが私を王にしてくれた皆への恩返しというか、皆を幸せにするという私の目標でもある。


 そのはずなんだけど、どうもしっくりこない。せめてあの魔素の身体を持ったダズマを自分の手で討ち取ることができればまた違ったんだろうけど、その機会もなかった。


 そもそもあのダズマは影武者だ。倒したところで意味はないんだけど、何かしらの達成感は欲しかった。何もかも中途半端で自分の手で何かを成し遂げたという感じがしない。


 本物のダズマはかなり以前に亡くなっていた。


 ノマの日記によれば、ラーファが私を殺そうとしたのは臓器を奪おうとしたからだ。それをダズマに移植するという方法で治したかったらしい。


 そんな方法があるとは知らなかったけど、地下の対応をしているオルドおじさんの話ではそういうことも可能だとか。


 ラーファは私が憎くて殺そうとしたわけじゃない。ダズマのために殺そうとしたんだ。結局私はおじいちゃん達と逃げたからダズマは臓器が移植できずに亡くなった。


 それを鵜呑みにするわけにもいかないので、今はおじいちゃんとスザンナ姉さんが事実関係を分かる範囲で調べてくれている。


 日記によればあの影武者のダズマは機神ラリスの手によって作られたらしい。ラーファとノマはあの影武者を使ってトラン王国を支配した。


 たとえ偽物でもダズマという人族がいて、王であった歴史を残してあげたいというのがラーファの望みだったとか。一歳にもならなかったダズマを不憫に思ったからと書かれていたけど、これはノマの想像だ。


 そのノマは自害した。日記の最後にそれが書かれている。


 ラーファが奥の手を使うと言うのはフェル姉ちゃんを暴走させること。ノマも本当ならあの場に残って一緒に死ぬはずだったが、逃げろと命令されたので逃げた。


 そしていつまで経っても王城は破壊されなかったのでフェル姉ちゃんの暴走は失敗に終わったと考えたらしい。逃げたところで何があるわけでもなく、私が生きている以上、影武者のダズマに関しては生かしておいても意味はないとのことで魔石を破壊したとか。


 おそらくだけどノマはラーファが好きだったんだと思う。その想いがあの日記からは伝わってきた。


 そう遠くない未来でこの日記が私に見つかることを期待していたんだろう。日記にはあらゆることで不幸だったラーファに対して同情的なことが書かれている。


 ラーファは悪くないことを説明しているようなものだ。不幸が重なり、それに贖うために私を暗殺しようとした、という同情的な説明だ。


 それは成功している。


 ラーファは多くの許されないことをした。でも、そこには情状酌量の余地があるように思えてくる。


 当時王であったザラス父さんを殺したのも、私を暗殺しようとしたことがバレてダズマもろとも死刑にしようとしたから、死刑にされる前に返り討ちにしたという内容だった。


 全部ダズマを守るためだったんだろう。ダズマを王にするために邪魔者を消したのではなく、ダズマを守るためにラーファはなんでもやった。


 それを母の愛と言っていいのかどうかは分からないけど、そういうこともあるのかなと思う。


 マユラ母さんも命懸けで――本当に命を落としてまで私を救ってくれた。形は違うけどラーファも同じだったんだと思う。


 でも、結局ダズマは助からなかった。


 他人である以上、完全には理解できないけどラーファの人生はなんだったんだろうと思う。


 ラーファは自分自身とマユラ母さんを比較して、妬みや嫉妬といったドス黒い気持ちしか生まれないと言っていたけど、もしダズマが健康であれば何も起きなかったような気がする。


 第二王妃という立場ではあるけれど、ダズマと二人、もしかしたら私やマユラ母さん、それにザラス父さんの五人で幸せに暮らせたのかもしれない。


 年の近い弟と一緒にこの国を盛り立てる。それは悪くないように思える。弟や妹が欲しかった私にとっては夢のような未来だ。


 ……ありえたかもしれない未来を想像するのは意味がないことかな。


 現実はそうならなかったことが全てだ。


 現実では私一人だけが生き残って肉親と呼べるのはおじいちゃんだけ。それが不幸だと嘆いたことはないし、いまではスザンナ姉さんが私のお姉さんだ。アーシャ母さんもいれば、ウォルフ父さんもいるし、ベインおじさん達もいる。


 それにフェル姉ちゃんにも出会えた。


 何が幸せで何が不幸なのかは私が死ぬ直前まで分からない。せめて私は幸せな人生だったと思えるようになろう。


 両手で自分の頬を叩く。


 落ち込んでいる暇はない。


 私は王になった。私の両親やラーファ、それにダズマのような不幸な人を作らないように頑張ろう。具体的には何も決めていないけど、何事もまずは気持ちからだ。


「アンリ様、よろしいですか?」


 おじいちゃんの声が聞こえたので「入って」と部屋に促した。


 そのおじいちゃんは部屋に入ると、少しだけ顔を歪める。


「お疲れだとは思いますが、王がそんな姿を人前にさらしてはいけません」


 上半身を起こしながらおじいちゃんを見る。


「予想通りで安心した。スザンナ姉さんも来てくれたんだ?」


「村長と――シャスラ様と一緒に日記の検証をしていましたので」


「この部屋には三人しかいないんだから普通にしゃべって」


 公の場ならともかく、ここは私室で他には誰もいない。堅苦しい話し方は苦手だ。


 二人とも頷いてくれた。


「ならそうさせてもらうよ。日記のことだけどね、最初から最後まで全部読んだ。書かれていた内容の裏付けが全部終わったわけじゃないけど、少なくとも矛盾はない。それに一部は裏付けも取れている。書いてあるようにノマは昔から王都で医者をしていたようだ。その跡地を調べたのだがそれは間違いなかったよ」


「なら、ダズマが十七年前に亡くなっていることも?」


「それも間違いないだろう。あくまでもノマの資料によるものだが、臓器の適合者と言うのかな? それがアンリだけであったことがノマの資料に書かれている。どうやって調べたのかは不明だが、血縁者であるアンリの適合率はかなり高いとのことだよ」


「血縁者……それならザラス父さんやラーファも適合者だった?」


「可能性はあるが、年齢が違いすぎるから駄目だったんだろうね。適合者でも似たような体形でないと移植とやらは厳しいそうだ。だからあらゆる面でアンリが最適だったんだろうね」


 そういえば、以前リエル姉さんに人体の仕組みという本を見せてもらったことがある。子供と大人じゃ臓器の大きさが違って移植できないとかあるんだろう。


 でも、これでダズマが亡くなっていることがはっきりした。あくまでもノマの日記や資料による証拠でしかないけど、それに嘘をつく理由が分からないし間違いないと思う。


「私は日記の内容は真実を語っているとお思うけど、おじいちゃんとスザンナ姉さんはどう思った?」


「私は特に何も思ってないかな。それに疑う部分もない」


「スザンナ姉さんは私と一緒だ。おじいちゃんは?」


「そうだね、気になる点がないわけじゃない」


「例えば?」


「矛盾がなさすぎる。なんというか完璧なんだよ。ラーファやノマ、そしてダズマのことがこの日記ですべて説明できる。普通ならもっと疑問が出てくると思うんだけどね」


「確かにそれはあるかも……分かった。なら裏付けを進めて」


 おじいちゃんが頷く。とりあえず、こっちはこれでいいと思う。


 よし、他のことも頼んでいたから聞いておこう。


「話を変えるけど、地下に閉じ込められている住人については進展があった?」


「オルドさんとドゥアトさんが色々と調べてくれているよ。アンリも見た通り、住人の皆は神の技術によって眠りについている。下手に起こすと危険だということで慎重にやってくれているみたいだね」


 おじいちゃんの言葉に頷く。


 地下には大量のガラスの円柱が横になって並んでいた。そこに一人一人が眠っている。最初は死んでいるのかと思えたほどだ。


 これは体を極端に冷やして時を止める神の技術だとか。あそこに眠っている人達は十年前と同じ姿ということだ。


 軍にトラン出身の人がいて、家族の姿を確認してもらった。名前やら何やらがちゃんと管理されているようで、大量の人がいるにもかかわらず、すぐに場所が分かったらしい。


 私は見ていなかったけど、その人は泣いたそうだ。


 それは家族が生きている喜びもあれば、自分だけが十数年も歳を取ったという悲しさからだとか。自分を見たとき、家族は気づいてくれるどうか心配しているとも言っていたらしい。


 報告を聞いたときはよく分からなかったけど、今考えると確かにそれはあるかもしれない。


 十数年という月日は長い。しかも、一緒に歳を取るのではなく差ができた。目を覚ました家族にとっては一瞬のことだろうから、いきなり十数年経った家族が現れることになる。


 当時、そこまでトラン国から出ていた人は多くないらしいけど、それでも色々と問題はあるだろう。手厚くフォローしていかないといけない案件だ。


 溜息をつきたいところだけど弱音は吐けないし、辛いのは私じゃなくてその人や眠っている人達だ。もっと頑張っていこう。


 他にも聞きたいことがある。王として優先はできないけど、知らなくちゃいけないことだ。


「フェル姉ちゃんの様子はどう?」


「向こうにいるヴァイア君から連絡を受けたよ。今、アビスのダンジョンには各国の魔力の高い人達が集まっている。ギリギリではあるけれど、なんとかフェルさんを暴走が終わるまで閉じ込めることはできるらしいよ」


「本当!? 良かった……」


 一つ悩みが解決しただけでもありがたい。


「フェルさんの人徳なのだろうね。オリン魔法国からはヴァイア君もそうだけど、貴族のクロウさんや魔術師ギルドの人達が来てくれたそうだ。ロモン聖国からは聖人教の人達や勇者のバルトスさんに賢者のシアスさんも来ているとか」


「そっか。皆、フェル姉ちゃんと関わりがある人達だ」


「そうだね。それにルハラ帝国からは皇帝自らが来ているようだし、メイドギルドからは魔導メイドが全員が来たそうだよ。魔界からは残念ながら色々と制限があって来れないようだけど、もともと人界にいた魔族の人はオリスアさんを筆頭に全員アビスへ来たそうだ」


 これこそが王の器だろう。


 フェル姉ちゃんは私がどんなに落ちぶれても助けてくれる仲間を見つけろと言ってくれた。そのフェル姉ちゃんにはピンチになったときにこれだけの人が集まってくれる。


 もちろんフェル姉ちゃんが暴れたら国が危険という話もあるだろうけど、それを言うならアビスの中が一番危険だったはずだ。それでも多くの人がフェル姉ちゃんのために危険を顧みずに集まった。


 もし私が同じ状況になったとき、これほどの人が助けてくれるかどうか分からない。


 王になったことで少しは近づいたと思ったんだけどな。


 まだまだ先は長そうだけど、一歩一歩、少しでも近づけるように頑張ろう。


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