王都での戦い
「アンリ、『全軍、突撃』じゃなくて普通に進軍じゃないの?」
スレイプニルに乗ってこれから攻め込もうという状態でもスザンナ姉さんはクール。だって仕方ない。私のテンションは上限を突破している。もう全軍で王都へ突撃してもいい気分になった。
でも止められた。今回だけは一番槍はダメみたいだ。私は最後にダズマと戦うことになるだろうからと温存された。一応軍の最前列にいるけど今日は突撃してはいけない。
それはそれとして、スザンナ姉さんのツッコミは久しぶりだ。最近はそんな余裕もなかった気がする。もちろん私もそれを返す余裕がなかった。ここは昔みたいに余裕を見せよう。
「スザンナ姉さんはノリが悪い。ここはもっとノリと勢いでいくところ――ごめんなさい、冗談だからそんなにショックを受けないで」
ものすごくがっくりしている。フェル姉ちゃんを連れてきてくれたスザンナ姉さんにこの仕打ちはない。謝っておこう。そうだ、お礼も言わないと。
「スザンナ姉さん、ありがとう。フェル姉ちゃんを連れてきてくれて。私のためにこの三年間、ずっとソドゴラに行ってたんでしょ?」
「気にしなくていいよ。私が好きでやっていたことだし。言ったでしょ、私がアンリを王にしてあげるって。そのために一番いいのはフェルをつれてくることだから」
スザンナ姉さんはいつだって私を一番に考えてくれている。本当の姉妹だってここまではしてくれないと思う。今なんて血のつながった弟と戦争している状態なのに。
「スザンナ姉さんが私の姉さんですごく嬉しい」
「私もアンリが妹で嬉しい。天涯孤独だった私があの村でアンリと出会って家族になれた。ああ、恩返しってわけじゃないよ。家族なら当然でしょ?」
こういうところで泣かせに来るのは良くないと思う。でも、嬉しい。いつか私もスザンナ姉さんのために行動しよう。もちろん、恩返しじゃなくて家族として。
「それにしてもフェルを連れてくるのは大変だった。色々と事情はあったみたいだけど、もうちょっと早く来て欲しかったよ」
「そうなんだ? どんな事情があったの?」
「詳しいことは本人から聞いてほしいんだけど、簡単にいえばフェルはアンリに期待しすぎてた」
「期待しすぎてた?」
「ちょっと違うかもしれないけど、フェルは自分が手伝わなくてもアンリが王になるって信じてた。信じてたっていうよりもそうあるべきだって思っていたみたい」
「そう思ってもらっていたのは嬉しいと言えば嬉しいけど、そんな理由で来てくれなかったの?」
「これは憶測だけど、フェルが助けに行くってことはアンリを信じていない行為になると思ったんじゃないかな。フェルが助けなくてもアンリは絶対に王になる、それがフェルの期待――理想のアンリだったって言えばいいかな。だから頑なに手伝わないようにしてた……と思う」
「そんな風に思ってくれてたんだ……」
「さっきも言ったけど詳しいことは本人に聞いて。ああ、そうそう。フェルが来てくれたのにはヴァイアさん達の説得もあったみたいだから、あとでお礼を言っておいた方がいいよ」
「そうなんだ? うん、今度王城へ遊びに来てもらおう。これでもかってくらい歓待する」
言ってて思った。王城へ遊びに来てもらうなんて、もう勝ったつもりでいる。
スザンナ姉さんを見習って少しクールになろう。テンションが上がりすぎてミスをしたら意味がない。それに今日は突撃してはいけない。私の出番は最後だ。基本的にはダズマとの一騎討ちのみ。
色々と迷っていたけど、ダズマに関しては命を奪うしかない。生きていれば禍根になる。そしてそれを他の人にやらせるわけにはいかない。
王になる覚悟とかそういうものじゃない。これはケジメみたいなものだ。多くの人を巻き込んだ姉弟喧嘩。その決着を他の人にはゆだねる訳にはいかない。
せめて戦いの中で散らせてあげよう。それが姉としての慈悲。
「アンリ様、ゴーレム兵が出てきました」
お父さんからの声で我に返る。そして王都の北門を見た。門が開き、そこからゴーレム兵が何体も出てくる。でも、これはいつも通りだ。
問題は魔素の身体を持つ相手だ。今のところその姿はない。なら、ここで手こずるわけにはいかない。
「弓兵とエルフ部隊は攻撃の準備を。いつも通りにやって」
お父さんとミトル兄さんは頷くと、それぞれの部隊に伝達する。
準備が整ったのを確認してから聖剣フェル・デレを掲げた。
最後の戦い。まずは相手の出鼻を挫こう。
剣を前方に勢いよく倒す。すると一斉に攻撃が開始された。
ここはさすがのエルフ部隊。ほぼ魔法といってもいいほどの矢が上空に放たれてからいくつかに分かれて雨のように降り注いだ。
以前はなかなか倒せなかったゴーレム兵も今は普通に倒せている。グラヴェおじさん達の弓や矢の性能が上がったからだろう。
うん、ゴーレム兵は半分近くに減った。それでも千体以上残っているみたいだ。
「弓兵、エルフ部隊は矢を装填しておいて。次は突撃部隊。可能な限りゴーレム兵を蹴散らして。分かっていると思うけど、爆発には気を付けて」
ゾルデ姉さん、オルドおじさん、レイヤ姉さん、それにお父さんが頷いた。
「よーし! 私達も行くよ! エルフ達に後れを取らないようにね!」
「儂らも行くぞ! 獣人が最強であることをこの戦いで示すのだ!」
「戦乙女部隊、突撃です!」
それぞれの部隊がゴーレム兵に突撃していく。いつもなら私もあの中にいるんだけど、後ろから見るっていうのは少し変な感じだ。
その視点で見るとよく分かる。皆も強いけど、あの三部隊は特に接近戦は強い。
ドワーフ部隊は一丸になった突進力が凄いし、獣人部隊はものすごく速い。戦乙女部隊は全員が一つの生き物のような団結力だ。はっきり言って味方で良かった。どの部隊も敵に回したくない。
しばらくすると乱戦状態の場所で爆発が起きた。しかも一ヶ所じゃない。複数だ。
ゴーレム兵の自爆攻撃。最初は魔素の身体を持っている人しか使って来なかったけど、今はゴーレム兵もよくやる。最初はそれで大怪我した人もいた。
でも、自爆するのが分かっているなら対策もある。それにこっちにはマナちゃんが率いるローズガーデンの衛生兵がいる。
「治癒魔法を展開して! リエル母さんの治癒魔法に少しでも近づけるよ!」
マナちゃんがそういうと、部隊全体が治癒魔法を展開した。青い薔薇の絵が描かれた旗を振ることで全員が魔法の発動を併せる。そうやって広範囲に強力な治癒魔法を展開している。
マナちゃん曰く、これでもリエル姉さんの治癒魔法には及ばないってことらしい。
相手はゴーレム兵だから治癒魔法はどれだけ広く展開しても問題はない。人族なら相手も回復させるからできない芸当だけど、これがあるから助かっていると言ってもいい。
でも、いたずらに怪我をさせる訳にはいかない。傷は治っても受けたときは痛い。突撃部隊は一旦退却だ。
お父さんやお母さん、そしてミトル兄さんに指示を出して遠距離攻撃に切り替えた。
突撃部隊や他の部隊も戻ったのを確認してから改めて攻撃を開始する。
うん。順調だ。このまま押し切ろう。
時間が経ってゴーレム兵がすべて倒れた。
でも倒れているだけで死んだふりをしたまま自爆という手段をよくやってくる。原型をとどめないほど破壊しないと危険だ。
「ゾルデ姉さん、いつものをお願いしていい?」
「もちろんだよ! こういうのはウチの部隊でやっとくから少し待ってて!」
ゾルデ姉さんはそう言って嬉しそうに倒れたゴーレム兵の方へ走って行った。慌てて追いかけるのがドワーフさん達。いつもの光景だ。
直後に地面が振動する。
ゾルデ姉ちゃんの技である「巨人の一撃」という地面にクレーターを作るほどの攻撃が炸裂している。
それを使って倒れたゴーレム兵を潰していく。あそこまで原型がなくなると自爆できないとアビスちゃんが言っていたからいつもお願いしている。慣れたもので順調に破壊してくれているみたいだ。
三十分ほどかけてゴーレム兵は全て破壊された。改めて進軍しよう。
軍を進軍させながらフェル姉ちゃんがいる方を見た。
陣を張っていた高台とは別の丘にアビスちゃんと一緒にいるみたいだ。
フェル姉ちゃんは視線の先へ転移ができるから戦場が見えるならどこにでも移動できる。ちょくちょく念話用のイヤリングを通してアビスちゃんとの会話が聞こえるけど、どうやらイヤリングをフェル姉ちゃんも付けているみたいだ。
それにしてもフェル姉ちゃんは戦場に来たら来たで過保護だ。
ゴーレム兵が爆発しただけで「私が出るか?」ってアビスちゃんに言っていた。王位簒奪の方には手伝わないって言ってたのに、もう助けようとしてくれている。
やっぱりフェル姉ちゃんはツンデレだ。フェル・デレみたいにずっとデレてくれればいいのに。
そんなことを考えていると城壁の上にもゴーレム兵が現れた。
クロスボウを構えてこちらに狙いを定めている。
「魔法障壁を展開しなさい!」
お母さん率いる魔術師部隊による大規模魔法障壁。前方にしかないけど、五万の軍、ほぼ全部を覆えるほどだ。
矢による攻撃はここまで届かないけどちょっと問題がある。矢が連続して飛んでくるから障壁の解除ができず、皆の魔力が減りっぱなしだ。
でも、ここで後退はしたくない。ここは魔物の皆にやってもらおう。
「ジョゼちゃん、魔物部隊であの城壁を破って」
「承知しました。ナガル、ロス、ルノス。アンリ様からの命令が下った。あの城壁を破壊してゴーレム兵を蹴散らせ」
「ようやくか」
「承知」
「やっとクモ!」
ジョゼちゃんからの命令が飛ぶ。
直後に、ナガルちゃんとロスちゃんの遠吠えが聞こえた。そしてものすごいスピードで城壁へと駆け、数秒で城壁にたどり着き、体当たりをかました。
城壁を破壊するまでには至らなかったけど、衝撃でかなり揺れたみたいだ。ゴーレム兵達はその振動に耐えられずにバランスを崩している。
「下らぬ。我に任せればこんな城など数時間で落として見せるのに」
「ナガル殿。此度の戦いはアンリ殿の戦い。我々がでしゃばるのは場違いでござろう。それにフェル様からアンリ殿を甘やかすなとも言われておりますからな」
「フン、分かっている。おい、ルノス。とっとと城壁を壊してしまえ。それで我らの仕事は終わりだ」
「おまかせクモ。【一糸不乱】クモ」
ルノス姉さんが城壁に向かって左右に大きく両手を広げてから勢いよくクロスさせた。
何も変化はなかったけど、それは数秒だけだ。すぐに城壁が細切れになって崩れだした。紫電一閃・乱よりもはるかに細かく範囲の広い攻撃なんだろう。たぶん、両手から見えない糸があの周辺に展開されて斬ったんだ。
当然城壁が細切れになって崩れれば、上にいたゴーレム兵も当然地面に落ちる。あっという間に決着がついた感じだ。
それを見ていた皆も歓声を上げるというか「えぇ?」って感じになっている。
一応アビスちゃんの情報操作で、これは何度もできないから今回のために温存していたということにしてある。こんなことができるなら戦争が始まったときからやってくれよ、という不満は出ないはず。
正直、皆が味方で良かった。ナガルちゃんが言ってたけど、トラン王国を攻めるよりもアビスのダンジョンでジョゼちゃん達と戦う方が厳しいのは間違いない。
それはいいとして瓦礫や落ちたゴーレム兵が多い。またゾルデ姉さんにお願いしよう。
そう思ったら、ナガルちゃんが動いた。
「邪魔だな。我の糧となるがいい。【神々の黄昏】」
ナガルちゃんが開けた大きな口の近くに黒い球体が現れた。そこに瓦礫やゴーレム兵が吸い込まれている。あれは食べているのかな?
そして一分程度で周囲が更地になった。
北側の城壁はほぼ全壊。そして地面は更地。攻め込んでくれと言わんばかりの状況になっている。
「役目は果たした。これからは高みの見物とさせてもらう。アンリ、お前が王になるところを見ているからな」
ナガルちゃんはそう言うと、ロスちゃんとルノス姉ちゃんを連れて離れて行った。
魔物の皆から見れば、本当にたいしたことじゃないんだろう。本当はもっと暴れたいだろうに私の事情に合わせてくれた。皆にもあとでしっかり感謝しよう。
よし、改めて進軍。次は市街戦だ。
「アンリ、待った。厄介な奴らが出てきた」
スザンナ姉さんの声で動きを止める。そして城壁が壊れたところを見た。
魔素の身体を持った人達が出て来た。どうやらここからが本番みたいだ。




