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少女と魔族と聖剣と  作者: ぺんぎん
第十七章

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勝利の魔神

 

 スザンナ姉さんの水竜が地面に着陸した。


 そして水竜はすぐに水に戻り、乗っていた二人はゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 落ち着こう。でも、自然に頬が緩むのを止められない。それに心臓が痛いほど鳴っている。


 自制しないとフェル姉ちゃんに突撃をかますかもしれない。


 昔みたいに全力で抱き着いてもフェル姉ちゃんなら問題はないと思う。でも、私はいつの間にかフェル姉ちゃんよりも大きくなっている。


 心を落ち着けるためにも二人を見た。スザンナ姉さんは笑顔で、フェル姉ちゃんはちょっとだけバツが悪そうな顔をしている。


 ギリギリまで来るのを渋っていたのかもしれない。ここにいるのは不本意なのかも。でも来てくれた。それだけで十分だ。


「勝負して私が勝ったから連れてきた」


「言っておくが、手加減してやったんだぞ?」


 よく分からないけど、二人は勝負したみたいだ。どんな勝負をしたのかは分からないけど、それは後で教えてもらおう。


 フェル姉ちゃんは大きく息を吐いた。呆れたというよりは、心を落ち着かせたという感じだけど、どうしたんだろう?


「救援の話は聞いた。スザンナに負けたし、私個人の事情もあるから、今回だけ手伝ってやる。でも、王位簒奪自体を手伝うつもりはないから期待するなよ? そっちは近くで見届けてやるだけだ」


 個人の事情? もしかして神の技術を持っているという博士のことかな?


 それはそれとしてフェル姉ちゃんはツンデレだ。そんなこと言いながら絶対に助けてくれる。でも、そんな指摘はしない。どんなに言ったところで否定するからだ。


 それよりも感謝だ。本当は来たくなかったのかもしれない。でも、スザンナ姉さんの説得、それに勝負してまで来てくれたんだ。まずはお礼をしないと。


「そばにいてくれるだけで十分。ありがとう、フェル姉ちゃん」


 久しぶりに口にした「フェル姉ちゃん」という言葉。


 たったそれだけのことなのに、なんでもできるような気分になってくる。私にとってこれは魔法の言葉だ。どんな強化魔法よりも強い。


「手伝わないと言ったんだから、礼なんかしなくていい。それにフェル姉ちゃんはもうやめろ。今じゃお前の方が背は高いだろうが」


 確かにもう私の方が背は高い。フェル姉ちゃんを見下ろす感じになるなんてすごく不思議な感覚だ。昔はあの背中に何度もおんぶしてもらった。今はもうそんなことができないくらい大きくなった。


 最後にフェル姉ちゃんに会った日は私が成人した日の誕生日。あれから三年以上経ったけど――ううん、出会ってから十三年ちかく経ったけどフェル姉ちゃんはあの頃から何も変わっていない。


 だからこそフェル姉ちゃんだ。フェル姉さんじゃない。あの頃からいつも変わらずに私を見守ってくれている。そんな私のお姉ちゃん。


 そんなことを思い出していたら、幹部の皆が笑顔でフェル姉ちゃんに話しかけていた。


「やっぱり来たな。まあ、アンリちゃんの事でフェルが来ない訳ねーよな」


「うるさい。そんな事よりも、今月のリンゴの支払いがまだだからエルフ達にちゃんと言っとけよ」


「フェルちゃん、今度ドワーフの村に行って親父を止めてよ。鍛冶師に戻ってフェルさんの武器を作るんだって息巻いてるんだから」


「そんなことは知らん。大体、あそこは狂信者達の巣窟になってるだろうが。絶対に行かんぞ」


「この戦が終わったら、今度は儂とお主と決着をつけるぞ。逃げるなよ?」


「決着はついただろ? それにお前の勝ちでいいぞ。面倒だから」


「フェルさん、お久しぶりです!」


「あの時の傭兵か。今度は見た目で相手を判断するなよ?」


「フェル様。ご命令通り、アンリ様を護衛しております」


「それはいいんだけど、お前ら増え過ぎじゃないか?」


 さっきまでの雰囲気とは全く異なって和気あいあいだ。重い雰囲気なんて一切ない。私も今が戦争中なのを忘れそうなくらいゆるい雰囲気だ。


 私ではこの雰囲気を作れなかった。フェル姉ちゃん一人来ただけで皆がもう大丈夫という意識になったんだと思う。おじいちゃん達や兵士の皆も同じだと思う。


 なんて高い山なんだろう。


 フェル姉ちゃんに追いついてさらに追い越すなんて、知れば知るほど無理だと思える。

 

 でも、こんなにうれしいことはない。小さな山に登るなんてことはしない。いつだって最高に挑まないと。そしていつか必ず超えて見せる。


 そうだ。私だってここまで頑張ってきたというところを見せておきたい。私のために戦ってくれる大事な仲間だ。


 皆が見える位置へと移動した。そして背中のフェル・デレを空に掲げる。


「今日の戦いは勝ちが決まったも同然。理由は言わなくても分かると思う」


 皆が笑う。そう。皆も分かってる。今日はもう祝勝会のことを考えているだけなのかもしれない。


 おじいちゃんやお母さん、お父さんにベインおじさん達。それにここまで一緒に戦ってくれた皆。その皆が笑顔だ。負けるなんてことは微塵も考えていない最高の状態。


 勝利の女神――ううん、勝利の魔王――それも違った。勝利の魔神だ。そんな魔神がこちらの陣営にいるんだ。負けるわけがない。


 その本人は「なんで?」って顔をしているけど、それでこそフェル姉ちゃんだ。


 でも、戦うのは私達。フェル姉ちゃんはそばにいてくれるだけだ。私がこの戦いに勝利を導かないと。


「そして私も皆に約束する。この戦いに必ず勝利をもたらすと! この聖剣フェル・デレに誓って!」


「それは魔剣だろうが! というか、名前変えろ!」


 フェル姉ちゃんの声をかき消すように歓声が起きた。大爆発と言ってもいいほどの歓声。


 もう相手に気付かれても構わない。正面から戦って王都を落とし、弟のダズマと摂政のラーファ、そして博士も倒す。


 それにしてもフェル姉ちゃんは情報が遅い。この剣は聖剣なのに。そして未来永劫残る私の相棒だ。


 この聖剣フェル・デレとフェル姉ちゃん、それに皆がいてくれれば誰にも負けない。


「全軍! 突撃!」


 そう発すると、大地が震えるほどの雄叫びが上がった。魔物さん達も一緒になって声を上げているから相当な音量だ。そして五万の軍が動き出す。


 さあ、行こう。これが最後の戦いだ。


 フェル姉ちゃんの方を見る。腕を組んで立っていたフェル姉ちゃんはこっちを見ていた。


 行ってきますと感謝の意味も込めて頷いて見せた。その目に私の雄姿を刻み込んで欲しい。


 それなのに、なぜかフェル姉ちゃんは溜息をついた。これから最後の戦いなんだからもうちょっと空気を読んで欲しい。


 フェル姉ちゃんは口を動かした。周囲の音にかき消されて言葉は聞こえない。だから分かったのは口の形だけだ。


『負けるなよ』


 確かにそう言ってくれた。「勝ってこい」じゃなくて「負けるなよ」。どんな言葉だっていい。フェル姉ちゃんの言葉は私の全ステータスを三倍くらいに上げてくれる。それに精神耐性の魔法を受けたのかと勘違いするほど、心の中から不安や心配はなくなって勇気だけが無限に湧いてくる。


 フェル姉ちゃんが見ている。


 そんな状況で無様な姿は見せられない。この戦いに勝利して少しでもフェル姉ちゃんに近づけたと証明する。


 高台から改めて王都を見た。


 物心がつく前だけど、私は全てを奪われた。


 そのおかげで最高の出会いがあったから怒ってはいない。本当のお母さんやお父さんのこともあるから感謝しているとも言えないけど、怒りで我を忘れるほど憎んでいるわけでもない。


 でも、おじいちゃんを危険な目に遭わせた。それは許せない。それに私が育った村には掟がある。


 やられたらやり返す。徹底的に。禍根は残さない。


 勝つ。奪われたものを全て奪い返す。そして私は――王となる。


 それこそがフェル姉ちゃんに近づく第一歩。


 会ったこともない弟のダズマ。私の野望のために踏み台になってもらおう。


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