大壁の戦い
「私がおとりになって戦場を駆ける。エルフ隊は獣人部隊の援護。それ以外は魔法障壁を作りながら後退。急いで」
矢継早にそう指示してから、スレイプニルに乗って東の方へ駆けだした。
「アンリ!」
スザンナ姉さんの声や、幹部の皆から驚きの声があがったけど、意見を聞いている暇はない。私を狙っているならおとりにならないと。
見た限りあれは直線的な攻撃。つまり横に動いていれば当たらない……ような気がする。
そして攻撃を躱していればオルドおじさん達が壁の上にいる何かを倒してくれる。見た限り光るなにかは一つ。時間はかかりそうだけど何とかなるはず。
駆けていると後方で爆発音が響いて、その後に爆風を感じた。
オルドおじさんが言った通り、私を狙っている。スレイプニルが速いから当たらなかったんだ。
よし、これで軍の方は少しだけ安全になったはず。
あとはオルドおじさん達に期待しよう。
「おいおい、アンリちゃん、援護だけってそりゃねーよ?」
「ミトル兄さん?」
急にミトル兄さんから念話が届いた。イヤリング型の魔道具だから幹部達は共有しているんだけど、なにか問題だったのかな?
「エルフは遠距離攻撃のエキスパートなんだからもっと頼ってほしーね。むしろあれを倒せと命令してくれよ」
「やれるならお願い。でも、獣人部隊の援護を優先して。今は私の方を狙っているから大丈夫だとは思うけど、向こうに近づいたら分からないから」
「おう、任せてくれ」
ミトル兄さんにそういうと、ゾルデ姉さんがブーイングしてたけど、これはいつもの事。何をするかは分からないけど、やれるなら何でもやって欲しい。
「ミトル様、なにが光っているのか見えますか?」
「アビスちゃんか。えーと、あれは長い金属の筒、か? 木彫りだったら戦利品として持ち帰りてーけど、金属じゃだめだな」
「さすがエルフは目がいいですね。正解です。あれは戦車と呼ばれる過去の遺物。普通の攻撃では傷をつけられません」
戦車といえば、大霊峰にいた古代竜さんのことだ。確か長い筒から魔力弾を放つ乗り物だとか。
なるほど、あの爆発は魔力弾なんだ。
「マジか。さっき、恰好良く任せろって言ったんだけどなぁ」
「ですが、あの筒の中に強力な一撃を入れれば倒せます。狙えますか?」
「あの筒の中か? 難しいけどやるしかないな。俺には無理だけど、こっちには狙いが正確なスナイパーが何人もいるから任せてくれ。よし、腕利き十人で筒の中を狙おう。他のメンバーはこっちの意図を悟られないように獣人部隊を援護しながら戦車っていうのを攻撃。初戦の一番槍はエルフがいただくぜ」
普段はチャラいミトル兄さんが恰好良く思える。
「おーい、アンリちゃん。あの戦車ってアンリちゃんを狙って筒が動いているから、こっちを向くようにエルフ部隊の前を通ってくれねーかな? 見た感じ十秒に一回攻撃してくるみてーだから、そのあたりを踏まえて通ってくれると助かる」
「分かった。これから方向転換してまたそっちに向かう。軍の後退は終わってる?」
「攻撃範囲外への後退、完了しています」
お父さんから連絡を貰えた。
よし、なら今度は戻ろう。
背後で爆風を感じた直後に方向転換。今度はミトル兄さん達がいる方へ向かう。
「スザンナ姉さん、ミトル兄さん達を水の壁で守ってあげて」
「アンリを守る方が優先。というか、いきなり駆けださないで」
スザンナ姉さんは水竜に乗って上空からアンリを守ろうとしている。でも、それは不要だ。
「大丈夫。あの攻撃は私に当たらない。私を守る必要はないからミトル兄さん達の方をお願い。向こうの攻撃を気にせずに射撃できる状況を作ってあげて」
「アンリは王の意識が足りない。でも、仕方ない。とっととあの戦車を倒したほうが安全な気がしてきた」
「おおー、スザンナちゃんが守ってくれるならやる気出るぜ」
「ミトルさんは接近戦専門だからやる気は必要ないでしょ」
そんなやりとりのあと、上空で水竜が高速でエルフ部隊の方へ向かって行くのが見えた。うん、これでなんとかなりそう。
「獣人部隊! ミトル達に先を越されるな! 壁ごと壊すぞ!」
「わりーな、オルド。今日のMVPはエルフで決まりだ」
戦争中ではあるけど、なんだか競い合っている感じだ。
緊張感がないわけじゃないんだろうけど、大丈夫かな?
「ねーねー、アンリちゃん、私達ドワーフ隊にはなんかないの? これじゃ今日のお酒が美味しく飲めないよ」
「あ、あの! 戦乙女部隊の方も何かあれば……」
ゾルデ姉さんとレイヤ姉さんから不満そうな声が聞こえてくる。
ドワーフさん達は体が小さい分、移動速度が遅い。レイヤ姉さん達は大丈夫だけど獣人さん達程でもない。向こうに着く前に攻撃されそうな気がする。
今は私を狙っているけど、これ以上壁に向かう人が多いとそっちを狙う可能性があるから、あまり向かわせたくない。
「えっと、秘密兵器は温存するもの。今回はエルフ部隊と獣人部隊に譲ってあげて」
「秘密兵器なら仕方ないね!」
「分かりました。私達も戦争は初めてなので今日は勉強に徹します」
ゾルデ姉ちゃんはともかく、レイヤ姉さんは意外と冷静だ。部隊を率いているということで慎重になっているのかも。
「アンリ様、我々魔物部隊はどうしましょうか?」
「ごめんなさい、待機で。極力戦闘で魔物部隊の力は借りないつもりだから、周囲の警戒と軍隊の方を援護をお願い」
「承知しました。では一旦下がります……ナガル、下がれ。アンリ様の命令を無視するようなら私がお前を叩き潰すぞ」
なにか怖い言葉が聞こえた。
フェンリルになったナガルちゃんが壁を壊したかったんだろうな……あとでちゃんと見せ場を作ってあげないと。
「アンリ、そろそろエルフ部隊の前を通り過ぎる。もう少し手前を通る様にして」
スザンナ姉さんの声に「了解」と伝えてから、少しだけ駆ける位置をエルフ部隊の手前にずらす。
それにしてもこのスレイプニルは速い。さすがにスザンナ姉さんの水竜やカブトムシさんほどじゃないけど、地上でこれほど速く走れるって相当だ。
これで作戦が上手くいったらこの子に美味しい物を食べさせてあげよう。
「よし! 構え! 筒がこっちを見るのは一瞬だ! そこを狙ってくれ!」
ミトル兄さんがそんな指示を出した。
よく考えたら私が動いている間は筒も動く。
スレイプニルの速さを考えたら筒がエルフ部隊の正面を見るのはほんの一瞬。それを狙って攻撃するのは不可能に近いと思う。
「ミトル兄さん、エルフ部隊の手前で止まるから」
「え?」
「筒の向きがエルフ部隊の正面になるように待機する。そうじゃないとエルフさん達が筒の中を狙えない」
「おいおい、アンリちゃん。そんなことしなくても任せなよ。エルフ達の腕を信じなって」
「エルフさん達のことは信じてる。だから、私が攻撃される前に倒してくれる」
やられたらやり返すは村の方針。でも、やられる前にやるというのもあり。
「スザンナちゃん、水の壁はあの攻撃を直撃でも防げっかな?」
「ミトルさん、それってアンリにやらせるってこと?」
「だってさー、あんなやる気の出ること言われたら、やらないわけにはいかねーし。まあ、スザンナちゃんは念のために待機してくれればいーからさ」
スザンナ姉さんからものすごい溜息が聞こえた。
「アンリは言い出したら聞かないから、それしかないね。任せて、アンリは守るから攻撃に集中して」
「あいよ。よーし、皆、うちのお姫さんからエルフさんを信用しているって言葉を頂いたから、ご期待通りに一発で仕留めるぞ。二発目はねーからな!」
なんだかすごく頼もしい。
そうこうしているとエルフ部隊が見えた。弓で矢を大量に射かけて、あの戦車がいるあたりを攻撃している。矢と言うよりも、閃光のような矢だ。たぶん、術式を乗せた魔力の矢なんだと思う。
そしてそのちょっと後方には、エルフさんが十人ほどすごい装飾がある弓を構えている。それに矢も術式がかなり込められているのか、まぶしいくらい光ってる。
「アンリちゃん、俺のところまできて。ここにいてくれれば筒が正面に向くから」
よく見たら、ミトル兄さんが隊を離れて前方に移動している。
「ミトル兄さん、私と一緒にいたら危ない。というか、そんな前にいたら――」
「へーきへーき。俺も皆やスザンナちゃん、それにアンリちゃんを信じてるからさ。危険な場所なんてどこにもないさ」
ミトル兄さんはたまに恰好良く見えるから困る。
また背後で爆風を感じた。よし、次の攻撃まで十秒ある。
数秒でミトル兄さんのところまで来た。そして止まる。これで筒はエルフ部隊の正面を向いているはず。
直後に十人のエルフさん達から矢が放たれた。
……全然違う方向に。ものすごく上空に向かって射かけた?
「ミトル兄さん、方向が違う」
「いやいや、あれでいいんだよ」
光の矢が放物線を描くように飛んだ。
それが頂点に達したところで、小さな爆発音を発するとものすごい速さで戦車の方へ向かった。途中で十本ある光の矢が同じ方向へ向かいながら重なると一本の巨大な閃光になる。
「お、完璧」
ミトル兄さんがおでこに手を当てながらそう言うと、戦車がある場所で爆発が起きた。
「ミトル様、お見事です。戦車の破壊を確認しました」
アビスちゃんの声が聞こえてきた。
遠目にしか見えないけど戦車があった場所でモクモクと煙が上がっている。
「俺は何もしてねーって。でも、これでMVPはエルフ部隊で決まりだ。今日の俺達はモテモテだな!」
その後、エルフ部隊や後方の軍隊からも大きな歓声が聞こえた。
うん。良い感じだ。
でも、オルドおじさんが悔しそうにミトル兄さんに絡んでる。オルドおじさんをなだめる方が大変そうだ。




