永遠に残る物
「……見事だ」
オルドおじさんは地面に片膝を付いてそう言った。
周囲から歓声が上がる。これで私の勝ちだ。
「ユニークスキルを四つ使えるようになっているとはな。使えても一つ程度だと思っておったぞ」
「これは師匠のおかげ。生死を彷徨う感じの戦いをしたら使えるようになった」
オリスア姉さんとの修行はいつだって命の危険を感じる。生存本能を刺激したと思っているけど、普通の人は彷徨うことなく死に向かう気がする。
私がいつか誰かに剣を教えるときは優しくしよう。
「アンリよ。お主は一撃を入れるどころか儂に勝った。約束通りなんでも言うことを聞こう」
「うん。今度トラン王国と戦争するから力を貸して」
「いいだろう。この獅子王オルド、アンリのために力を貸す。代わりに死に場所をよこすといい」
死に場所? 何を言っているんだろう?
「不思議そうな顔をするな。儂は戦うことしか能がない男だ。このまま朽ちるのが儂への罰かと思ったが、アンリは儂に戦う機会をくれた。力は貸そう。代わりに儂が死んでもいいと思えるほどの戦場を用意してくれ」
「……分かった。死にたいって思うほどこき使う。それでも死ななかったら諦めて」
オルドおじさんは少しだけ目を丸くしてから「ガッハッハ」と口を大きく開けて笑い出した。
「契約は成立だな。儂を常に最前線に置くといい」
「うん。私も常に最前線で戦うからどっちが一番槍なのかを競争する。負けない」
「アンリは最前線に出たらダメではないのか?」
「フェル姉ちゃんにも同じことを言える?」
フェル姉ちゃんは魔王なのに自ら率先して色々やってる。あれこそが私が目指す王の姿。魔族が誰かと戦争することになったら、フェル姉ちゃんは常に最前線で戦うはず。
不老不死とか関係なく突撃する。賭けてもいい。
「同じことは言えるが、聞くわけがないか」
「そう。つまり時間の無駄。私が最前線で戦うのは決定事項。それにその方が犠牲は減るかもしれない」
「……未来のことは分からんが、アンリはいい王になる。そう思えるぞ」
いい王という定義はよく分からない。でもフェル姉ちゃんみたいなことをいうに決まってる。ならまずはそこを目指す。そして追い抜く。
オルドおじさんが優し気な目で私を見つめていた。
「今日はなんだか気分が良い。これから宴をするが、もちろん参加するだろう?」
「当然。私のダンスを披露してもいい」
「決まりだな。聞け! 今日は久々に宴を開く! ヴィロー商会からありったけの食料を買い占めろ!」
獣人さん達が喜びの雄たけびを上げた。
これは楽しい夜になりそうだ。
夜空には星が宝石のように輝いている。
その明かりだけでも相当明るそうなんだけど、キャンプファイアーとか獣人さんのパワフルな踊りがものすごい熱気を帯びていて空の星まで霞む感じだ。
「アンリはもう食べないで大丈夫?」
「うん、かなり食べた。後は飲み物だけで十分。パイナップルジュースはリンゴジュースに負けない感じ」
「オルドさんはよく食べるね。体型的に食べるとは思うけど年なんだし無理しない方がいいと思うけど?」
「今日くらいは大目に見てくれ。久々の戦いで腹が減っているというのもある。それに今後のことを考えたら栄養をしっかり採って体を鍛えなおさねばな」
私が勝てたのはそういうところもあったんだと思う。
オルドおじさんは体ががっしりしているけど、戦うのは久しぶりで勘が戻っていなかった可能性が高い。一ヵ月もしたらもう勝てないんじゃないかな。
「ところで死に場所ってどういうこと? アンリの戦いで士気が下がるようなことは言わないで欲しいんだけど」
スザンナ姉さんは少し怒っている感じだ。
オルドおじさんは少しだけ笑ってからお酒を飲み、息を吐いた。お酒臭い。
「すまなかったな。年寄りの戯言だ。戦っている最中にそんなことは言わんから安心してくれ」
「それならいいけど。でも、どういう意味なの?」
珍しくスザンナ姉さんが食いついている。
私も興味がある。ぐぐっと身を乗り出した。
「若いお主らには分からんだろうが、長く生きると死を意識する。自分の人生をどう締めくくるか。それを考えられるくらいに儂は長く生きた」
相槌を打つように頷く。
完全には分からないけど、なんとなく分かる気がする。
「儂は人に誇れるような人生を歩んだわけじゃない。獣人として生きるために人族と殺し合いをしたこともある」
「うん」
「そんな儂が寿命で幸せに死んでいいのかと思うことがある。儂は死ぬまで戦い続けて、いつか誰か強い奴に倒される。そんな人生でなければ、今まで戦って命を散らした者達に申し訳がない、そんな風に思っておる。だが――」
オルドおじさんは改めてお酒を飲んだ。
「人界は平和になった。獣人が美味い酒を飲めるほどにな。今度の戦争を最後に大規模な争いはなくなるだろう。儂にとってはこの戦争が戦いで死ぬ最後のチャンスだということだな」
「理由は分かったけど、なんで大規模な争いがなくなるの?」
スザンナ姉さんの質問は私も思った。争いがなくなる理由が分からない。
「何を言っとる。フェルがいる限り、そんな大規模な争いがあるわけないだろう。今回はフェル公認の戦争だからできるだろうが、それ以降はありえんな」
「そうだろうけど、フェルの話はしなくていい」
最近スザンナ姉さんはフェル姉ちゃんの話題を出すと機嫌が悪くなるけど、今回も同じだ。これでもかと眉間にしわを寄せてる。納得はしているみたいだけど。
私も納得した。
フェル姉ちゃんがいる限り大規模な戦いがあるとは思えない。事前に色々と手をまわしてなかったことにしちゃう気がする。
オルドおじさんはスザンナ姉さんを見て少し微笑んだ。
「儂はまだ幸せだと思うときがある」
オルドおじさんは夜空を見上げた。
「生きることと死ぬこと。どちらがつらいと思う?」
「いきなりなんの話? 死んじゃう方でしょ?」
スザンナ姉さんの言う通り。私もそう思う。
「つらいと感じるのは生きている方で死んだ方ではない。死んでしまった方はどうなるかは分からん。いつかまた人として生まれ変わることもあるかもしれんし、なにもないのかもしれん。死んでしまった後につらいと思うこともない」
「それは――」
「儂が幸せと言ったのは、どんな形の死かは分からんがいつかは訪れるということだ。戦って死ぬかもしれんし、寿命で死ぬのかもしれん。状況はともかくいつかは死ぬ。それを自分の意思で選べる。それはアンリもスザンナも同じだ。若いお主らにはピンと来ないかもしれないがな」
「うん。ピンとこない」
「だが、これならピンとくるだろう。フェルは死を選べん」
少しだけ心臓が速く動いた。
そうだ。フェル姉ちゃんは不老不死。会った時から全く変わっていないし、これからもずっと変わらない。
「儂は生きる方、生き続ける方がつらいと思う。フェルはこれから多くの死と向き合うだろう。そしていつか一人になるかもしれん。もしかしたらもうそれを考えているだろう。それを思うと儂はなんて幸せで贅沢なのだろうと思うときがある」
上手く想像はできないけど、私やスザンナ姉さんがいなくなった後もフェル姉ちゃんは生き続ける。
「だからな、スザンナ。フェルが手伝わないことに対する怒りも分かるが、あまりフェルを嫌わないでやってくれ。アイツにはアイツの事情があるし、お前達との思い出はフェルにずっと残るんだからな」
「……嫌ってなんかいない。ちょっと怒っているだけ」
「そうか」
なんだかしんみりしちゃった。せっかくの宴なのに。それにそんな先のことを考えても仕方ない。もっとポジティブに行こう。
大体、フェル姉ちゃんは大丈夫だ。
「オルドおじさん、大丈夫」
「大丈夫? なんの話だ?」
「フェル姉ちゃんのこと。フェル姉ちゃんは一人ぼっちにはならない。他にもフェル姉ちゃんと一緒に永遠に残る物がある」
「アビスの事か?」
「アビスちゃんもそうだけど、この剣のこと。聖剣フェル・デレ。この子は不壊の剣。永遠に生き続ける。王位を取り戻したらこの剣を国宝にしてずっと飾っておく」
「その聖剣もフェルと同じように永遠に生き続けるということか」
「それだけじゃない」
「というと?」
「いつか私が死んじゃっても気合で生まれ変わる。姿形が変わってフェル姉ちゃんのことを忘れているかもしれないけど、このフェル・デレが私のところに戻って来てくれるからそれで思い出す」
自信満々に言ったのにオルドおじさんもスザンナ姉さんも目が点になっちゃった。
数秒後、オルドおじさんが笑い出した。
「そうだな、アンリだったら気合で生まれ変われるな。フェルは生き続けるから、生まれ変わればいつかまた会える。お主やフェルが忘れてもフェル・デレがそれを思い出させてくれる。たしかにフェルは大丈夫だな」
「うん。問題なし」
「……その時は私もお願いしようかな」
「スザンナ姉さんは私のお姉さんなんだから生まれ変わったら私と一緒にフェル姉ちゃんに会おう。もしフェル姉ちゃんが私達のことを忘れていたら、フェル・デレの一撃を食らわせて思いださせる」
それよりも何年経っても私のことを忘れないように、しっかりフェル姉ちゃんの頭に私のことを刻み込んでおこう。
そのためにもトラン王国を早く取り戻して歴史に名を残しておかないと。
なんだかやる気が出てきた。王位を取り戻すよりもやる気が出るなんてさすがはフェル姉ちゃんだ。
明日からはルハラ帝国。王位を取り戻すためにも、しっかり戦力を集めるぞ。




