古代竜とドラゴニュート
ヴァイア姉さんから歓待を受けてから数日後、エルリガを後にして西の方へ移動を始めた。
目指すは大霊峰にいるドラゴニュートのムクイ兄さん達がいる村だ。
もともと大霊峰にいるモンスターは凶暴なのであまり近づいてはいけないことになっている。そもそもドラゴニュートさん達も凶暴だと思われているので、そこへ向かうには冒険者ギルドの許可が必要だった。
エルリガの冒険者ギルドで申請したんだけど、アダマンタイトのスザンナ姉さんはともかく、私やアビスちゃんの許可がなかなか下りなくて滞在していた日が増えた。
その分、ヴァイア姉さんやノスト兄さん、それにリンちゃんやモスちゃんと遊べたからいいんだけど、足止めをされたのは間違いない。
それを救ってくれたのが貴族のクロウおじさんだ。
私の話を聞いて王都に居たみたいで、色々と根回ししてもらった。
直接頼んだわけじゃないけど、ヴァイア姉さんから話が行って申請が通る様に色々とやってくれたみたいだった。国王様にも私の話が届いているようでそのあたりも影響しているとか。
その間、リンちゃん達と遊んでいるだけじゃなくて、一緒に術式の勉強をしたり、魔術師ギルドに行って仲間を募ったりもした。
半信半疑というか、あまり信じてもらえなかったけど、いつか私が声明を出すときがあったら駆けつけてくれるみたいだ。
色々あったけど許可証を貰えたからヴァイア姉さんの家を出た。
リンちゃんやモスちゃんは寂しそうにしてたけど私も寂しい。でも、ここはソドゴラ村みたいに居心地が良すぎる。かなりの意思の力を持っていないとなかなか抜け出せない。
だから心を鬼にしてヴァイア姉さん達と別れた。
馬車からヴァイア姉さん達が見えなくなるまで手を振った。ヴァイア姉さんがエルリガに引っ越すときくらいに寂しい。
「アンリ、大丈夫? 無理してない?」
馬車に揺られながら、スザンナ姉さんが私の顔を覗き込んでいる。スザンナ姉さんはいつだって私のことをお見通しだ。
「ものすごく無理してる。でも、ここは無理をするべきところ。あそこはソドゴラ並みに居心地がいいから、これ以上いるとトラン王国の事なんてどうでもよくなっちゃう」
おじいちゃんが刺されたんだから本当にそうなるわけじゃないけど、それくらい良い場所ってことだ。
いつか王様になったら、トラン王国にヴァイア姉さん達を呼ぼう。今度は私が歓待する番だ。そのためにもとっとと国を取り戻す。
それに胸のつかえがおりた。ヴァイア姉さんは私がトラン国の王族でも気にしていない。むしろそんな肩書はどうでも良くて、ヴァイア姉さんから見たら、私はソドゴラ村のアンリちゃん、という肩書しかないのかも。それがすごく嬉しい。
「ヴァイア姉さんは私のことを恨んでいないし、逆にすごく応援してもらってる。その期待に応えないと」
スザンナ姉さんやアビスちゃんが頷いた。たぶん御者をしているジョゼちゃんも頷いている。
うん。同じ場所に留まっている時間はない。色々な所へ行って仲間を募り、すぐにでもトラン王国を取り戻そう。
オリン魔法国がドワーフさんと一緒に建てたという砦で許可証を見せてから大霊峰へ入った。
ここはすでにオリン魔法国の領土じゃない。とはいっても、ドラゴニュートさん達の領土でもないので、無法地帯なのかもしれない。
実はムクイ兄さん達がいる村の場所を良く知らない。ただ、アビスちゃんが知っているようだから、ジョゼちゃんがそれを聞いて今はそこへ向かっている最中だ。
しばらく進むと、ジョゼちゃんが馬車の小窓から中を覗いてきた。
「ワイバーンが空をうろついているのですが、どうしますか? 叩き落します?」
「ワイバーンの肉ってそこそこお高いんだっけ? 戦争の資金をラスナおじさんから融資してもらえるけど、こういうのでお返ししておいた方がいいのかな?」
「それでしたらドラゴンの肉とか卵の方が喜ばれるかもしれませんね」
「確かに。ならワイバーンはこっちを襲ってくるようなら迎撃して。無益な殺生は止めておこう」
「はい。では私の威圧で追っ払います」
ワイバーンを威圧だけで追い払えるというのもすごいけど、ジョゼちゃんならできると思う。フェル姉ちゃんなら睨んだだけで追っ払えるかも。
「そういえば、大狼、あ、今はフェンリルか。あのフェンリルが大霊峰に古代竜がいるとか言ってた気がする」
スザンナ姉さんが急に何かを思い出したようにそう言った。
「ナガルちゃんのこと? そういえば、フェンリルに進化するための情報を古代竜に聞いたことがあるって確かに聞いたことがあるかも。そういう強そうなドラゴンの肉ならもっと高値で売れるかな?」
「売るんじゃなくて、何か助言を貰ったり、一緒に戦ってもらったりしたほうがいいと思うけど」
「それは良い考え。どこにいるか知らないけど、ちょっと探してみよう」
「探しても一緒に戦ってくれないでしょうね。それにドラゴンの肉にもなりません」
アビスちゃんがそんなことを言い出した。
「もしかしてアビスちゃんは古代竜のことを知ってるの?」
「一応は知ってます。思考プログラムが搭載されたアダマンタイト製の戦車です。第二世代で破棄されたのですが、その後の調整を生き延びてしまいまして、ずっと放置されています」
アビスちゃんは何を言っているんだろう? 第二世代は分かるんだけど、それ以外のことが良く分からない。
「えっと、もっと簡単に教えてもらえる?」
「そうでした。この説明では分かりませんね。簡単に言うと、インテリジェンス系のアイテムです。意思を持つ武器は覚えておいでですよね? 村長様を刺した剣は意思を持っていたはずですが」
「もちろん。忘れるわけがない」
「アビス、ちょっとデリカシーがない」
スザンナ姉さんがアビスちゃんに怒ってる。あの剣はもうぶった斬ったし、おじいちゃんは無事だったかから気にしていないけど、確かに普通なら配慮するところかな。
「失礼しました。申し訳ありません、アンリ様」
「気にしないで。それで古代竜はインテリジェンス系のなに?」
「戦車です。戦う車と書いて戦車。古代竜と言われていますが、実際は戦う乗り物ですね。すでに駆動系の大半が破壊されていて動けませんが、知識はあるので話をすることはできると思います。私の方が色々知ってますが」
アビスちゃんの表情は変わらないけど、最後の方はちょっと自信ありげに見えた。
詳しく聞いても良く分からないけど、もう戦えないってことなのかな。でも知識はあると。ナガルちゃんもそれでフェンリルに進化するための情報を貰えたのかもしれない。
「アビスちゃんの方が物知りなら別に会う必要はないのかな?」
「一度は見ておいた方がいいかもしれませんね」
「えっと、どうして?」
「同じ型の戦車がトラン王国に運び込まれた形跡があります。その時に驚かないように一度見ておくというのも悪くはないかと」
「そうなんだ? なら一度会っておこう。実はちょっと興味がある」
ドラゴンを探すついでに古代竜さんにも会っておこう。ナガルちゃんに色々と情報を教えたみたいだし、悪い人――乗り物じゃないと思う。
「アンリ様、ドラゴニュートの村が見えてきました。こちらを見てかなり警戒されていますがどうしますか?」
「うん。なら一回停まって、ムクイ兄さんを呼んで貰おう」
「え? お前がアンリ? もっと小さくなかったか?」
「人は成長する。私がアンリだってば」
なぜか私はムクイ兄さんに疑われている。確かに会ったのは小さい頃だけど、ちょくちょく村に来てたから大きくなった私も見ているはずなんだけど。
確かにルハラに行っている間にかなり大きくなった気はする。でも、大事なのは背じゃなくて心意気とかそういうところ。
「ううん……? もちろんジョゼさんは覚えてるぜ。というか、幼女の恰好をしたスライムなんてジョゼさんしかいないし」
「その私がこの方はアンリ様だと言っているのだが」
「いや、そうなんだけど、人族は短い期間でこんなに背が高くなるのか? それに他種族の顔って皆一緒に見えてよく分かんねぇ。昔ゾルデさんとグラヴェさんを間違えてすげぇ怒られたし、アンリと言われてもピンとこねぇなぁ」
それは分かる。私もムクイ兄さんのトサカがなかったらドラゴニュートさんを見分けられない。
でも、このままじゃ話が進まない。
「それじゃ今の私をアンリと思って頭に入れて。特に私とこの剣をセットで覚えてもらえればいい」
「あー、確かにその剣はソドゴラで見かけたことがあるな。フェル・デレっていうフェルさんの名前がある剣だよな……うん、確かにアンリか。いつも背中に背負っていた気がする。サイズが合ってないとは思ってたけど、今はちょうどいいか、ちょっと大きいくらいか?」
「うん。でも私と一心同体と言ってもいいくらい一緒にいる。たぶん、ムクイ兄さんにも負けない」
そう言うと、周囲がざわっとなった。
「ほー、確かにアンリは小さくても強かったが、背が大きくなったら言うことも大きくなったな。よし、顔じゃ分かんねぇから戦ってアンリだと証明して見せろ!」
「望むところ。昔の私だと思ったら大間違い――ところでスザンナ姉さんのことは疑ってないの?」
「……さっき、パトルとウィッシュが水で吹っ飛ばされたからなぁ。あれはスザンナしかできねぇ技だし疑いの余地もないな。まあ、スザンナと一緒にいる時点でお前がアンリだとは思うが、いつも色々疑えって言われてるから戦って決めようぜ!」
スザンナ姉さんはちょっとドヤ顔だ。私を拘束しようとしたパトル兄さんとウィッシュ姉さんを水で吹き飛ばしたから疑いは晴れているみたい。
よし、それじゃムクイ兄さんをぶっとばして、私がアンリって証明しよう。




