残念で素敵なお姉さん
ヴァイア姉さんに「入って入って」と言われて家に招待された。
私とスザンナ姉さんだけじゃなくて、アビスちゃんやジョゼちゃんもだ。
そしてリンちゃんとモスちゃんは私への挨拶はそこそこでジョゼちゃんと戯れている。ジョゼちゃんは強いけど見た目は幼女のスライム。仲間だと思われたみたいだ。
大事な話もあるし、リンちゃんとモスちゃんはちょっと別の部屋で遊んでいてもらおう。私は話が終わってから遊ぶ。
話とは言っても依頼なんだけど、ヴァイア姉さんは私がお願いする前になんでもやるくらいの勢いだった。
これにはちょっと驚いた。
ヴァイア姉さんはルハラ帝国の出身。そしてご両親はトラン王国との戦争で亡くなっている。元々魔術師だったヴァイア姉さんのご両親はいわゆる魔法兵として徴兵されていたとか聞いたことがある。
直接どうこうしたってことはないんだけど、どう考えてもトラン王国の人にいい感情を持っていないと思ってた。その上、私は王族だ。私も成人してから知ったことだけど、その事実は変わらない。
会ったら一発くらい鉄拳制裁されるかと思ったんだけど、実際には抱きつきのみ。窒息するという可能性はあったけど、殺気はなかった。
そのヴァイア姉さんはニコニコしながらテーブルの上に料理を準備している。
「えっと、ヴァイア姉さん?」
「なあに、アンリちゃん? あ、もう食べてもいいよ。お腹すいてるでしょ? まだまだ料理はあるから遠慮しないでガツガツいっちゃって!」
台所の方からヴァイア姉さんがそう言った。いつの間にかもてなしを受けていて驚いた。まだ夕飯には早い時間なんだけど、どう見ても、ものすごい歓待を受けている。
「あの、ヴァイア姉さん、食事の前にお話ししよう?」
ヴァイア姉さんが台所の方からやってくると、首を傾げていた。
「えっと、なんの話? もしかして恋バナ? その話、くわしく」
「もっと大事なこと。ほら、私がトラン王国の王族だって話を聞いたって言ってたけど、何か言うことはない?」
「え……? もしかして昔アンリちゃんにヒマワリの種をおやつにあげたけど、あれって不敬になるのかな……?」
「あれは美味しかったから大丈夫――そうじゃなくて、ヴァイア姉さんのご両親のこと。その、私はご両親が亡くなったきっかけの国の人族って言うか……ほら、色々あると思うんだけど」
ヴァイア姉さんは首をかなり傾げた。本当に何を言っているのか分からない。そんな顔だ。
「特にないけど? そんなことよりたくさん料理を作ったからいっぱい食べて! ニアさんから教わっているから安心の味だよ。それにノストさんも毎日美味しいって食べてくれるから自信あるよ!」
いきなり惚気をぶっこんで来た。やはり本家は違う。傭兵仲間のベルトア姉さんも惚気を言っていたけど、比べ物にならないくらいスムーズにぶっこんで来た。
それはともかく、ヴァイア姉さんがまったく気にしてないのが逆に気になる。分かっていてとぼけているという感じもしないし、これは最初から説明しないといけない。
「ヴァイア姉さん、ちょっと座って。一から説明するから」
「そうなの? じゃあ、料理は状態保存の魔法をかけておくね。これなら冷めないから」
ヴァイア姉さんは何やら魔道具らしきものを取り出して魔力を込めた。
……状態保存の魔法って熱とかを保存できたっけ? いや、それはいいや。ヴァイア姉さんの術式ならなんでもありだ。
「ヴァイア姉さん、落ち着いて聞いて。私はトラン王国の王族」
「うん、知ってる。ディアちゃんから連絡があったよ。妖精女王のフェアリーアンリちゃんが本当の王族なんてすごいよね」
「たしかにそうだけど、それはいいとして、ヴァイア姉さんはルハラ帝国の出身でご両親もそう。間違いない?」
「うん。間違いないよ」
「そしてヴァイア姉さんのご両親はトラン王国との戦争で、その、亡くなった」
「うん。それもあってる。その後、ニアさん達と一緒のソドゴラ村へ行ったんだ。そこでアンリちゃんに会ったんだよね。十年くらい前の話だけど、なんだかもっと昔の事みたい」
「ここからが大事。ヴァイア姉さんのご両親が亡くなったのはトラン王国のせい。そして私はトラン王国の王族。ここから導きだされる答えは?」
ヴァイア姉さんは腕を組んで首を傾げた。軽く一分くらい考えてから、ハッとした顔になる。
「もしかして、両親が亡くなったことをアンリちゃんのせいだって私が思っているってこと?」
「そう、それ!」
「なんだ、お話ってそれ? そんなこと微塵も思ってないよ。じゃあ、話は終わりだね。ご飯にしよう!」
「ちょっと待って。え? 本当に? 何かあるんじゃないの? トラン王国の王族なんて滅んじゃえ、とか、末代まで祟ってやるとか、いつか超殲滅魔法をトラン王国にお見舞いしてやるとか、そういう怒りを感じてないの?」
「アンリちゃん、私をなんだと思ってるの?」
「昔は残念なお姉さんだと思っていたけど、今は術式理論の天才で最高の魔女だと思ってる」
「昔そう思われていたことの方が怒りを感じるよ! はぁ、もうアンリちゃんは分かってないなぁ」
私が分かってない?
「確かに両親が亡くなったときは悲しかったし辛かったけど、そんな昔のことを引きずって生きてないよ。たった十年ちょっと前の話だけど、私にはもう遥か昔のことなんだ。ソドゴラ村に着いたときにそれを知っていたら恨んだかもしれないけど、今更そんなことを言われたくらいで何かを思うことはないかな」
「ヴァイア姉さんの立場じゃないからなんとも言えないけど、そういうもの?」
「そういうものだって。そんな負の感情がなくなるくらいソドゴラ村で一緒にいたからね。あの村にいる皆は家族だってアンリちゃんは言ってたでしょ? 私もそう思うし、家族なのに恨むわけがないよ」
そういえばそうだった。ソドゴラ村に住む皆は家族。国や種族なんて関係ない。皆が家族だ。
ヴァイア姉さんが私の方を見て微笑んだ。
「アンリちゃんはね、ソドゴラ村にいた皆の妹みたいなものなんだ。フェルちゃんが来る前、ソドゴラ村って周囲にモンスターが多くて大変だったのは覚えているでしょ? そんな状況でも村の皆が明るかったのは、アンリちゃんの元気いっぱいな姿を見ていたからだと思うな。私もアンリちゃんの元気に励まされたと思う」
「うん。ソドゴラ村は結構大変だったけど、皆は明るかった。あれは私のおかげなのかな?」
「私はそう思うな。そのアンリちゃんを恨むわけないよ。大体、アンリちゃんが王族だとしても、アンリちゃんがルハラ帝国と戦争しろって言ったわけじゃないでしょ。もしかしたらアンリちゃんの本当のお父さんである国王様が指示を出したのかもしれないけど、アンリちゃんにはなんの関係もないよね」
「ヴァイア姉さんはそう思ってくれるんだ?」
「私だけじゃなくて皆そう思うよ。それにアンリちゃんが王様になったら、人界はもっと平和になるでしょ? ルハラ帝国や獣人さんの国であるウゲン共和国とも戦わないだろうし」
「うん。戦争なんかしない。そんなことしたらフェル姉ちゃんが怒ると思う。むしろ他国には勝ててもフェル姉ちゃん一人に勝てないレベル」
「だよね。ルハラ帝国のディーン君やウゲン共和国のオルドさんも戦争を仕掛けることはないだろうし、アンリちゃんがトラン王国の王様になれば、人界はこれまで以上に平和になると思うんだ。それを手伝ったほうが私の両親も喜ぶと思うな」
ヴァイア姉さんはすごく大人。性格的に誰かを恨んで生きるような人じゃないんだろうけど、過去よりもより良い未来のために行動できる人なんだと思う。
「成人したばかりだけど私はまだまだだった。私もヴァイア姉さんみたいな大人になりたい」
「私みたいな大人になりたい……? 分かったよ、アンリちゃん。つまりノストさんみたいな素敵な旦那さんが欲しいってことだね? アンリちゃんにはちょっと早いけど、いい人と結ばれるヒントはエプロンだよ!」
「ヴァイア姉さんは何も分かってない。でも、それでこそって気もする」
ヴァイア姉さんは今も残念だった。でも、残念で素敵なお姉さん。そんなヴァイア姉さんが好き。いつまでも変わらないでいて欲しい。
「それじゃお話はもう終わりかな? なら早速料理を食べよう! 細かい話はあとで聞くから必要な魔道具があったらなんでも言ってね!」
ヴァイア姉さんは料理の状態保存の魔法を解除すると、また台所の方へ向かった。すでにテーブルは料理でいっぱいなのにさらに増えるみたいだ。
「良かったね、アンリ。ヴァイアさんは特になんとも思っていないみたい。それに全面的に支援してくれる感じ」
「うん。さすがにリンちゃん達がいるからヴァイア姉さんを戦争に参加させるわけにはいかないけど、魔道具を作って貰えるのはありがたいかも」
ヴァイア姉さんも本当は戦争という行為が嫌だと思う。でも、私の支援をしてくれる。それは私を全面的に信じてるからだと思う。私はその期待に応えないと。
ヴァイア姉さんの言っていた平和な人界。それを作るための戦争。私にとって都合のいい考えではあるけれど、単なる復讐だけで国を取り戻すのは健全じゃない気もする。
うん。復讐もあるけど、新しい目的というか目標ができた。いつか皆にこの戦争を手伝ってよかったと思われるように頑張ろう。
今はそのための腹ごしらえだ。その後にリンちゃん達と遊ぼう。




