無敵の軍団
ティマ姉さんの部屋で四角い机を囲むようにソファに座った。
私とスザンナ姉さんとアビスちゃんが同じソファで、対面にバルトスおじさんとシアスおじさんとティマ姉さんが座っている。テーブルにはティマ姉さんが入れてくれたお茶。美味しい。
ティマ姉さんはさっきからずっと私の方を見て涙目。事情が分かっていないバルトスおじさんは慌てている感じだけど、シアスおじさんだけはアゴに手を当てて私の方を見てる。
そんな状況でバルトスおじさんが口を開いた。
「ティマ、一体どうした? そもそもアンリに勝利をもたらすとはどういう意味だ?」
今のティマ姉さんに説明は無理な気がする。
「それは私から説明する」
「アンリ、これはサプライズとかではなく、ちゃんと理由があることなのか? なら教えてくれ。こんな状態になったティマは初めて見た。事情を知っておきたい」
「うん。簡単に言うと、私がトラン王国の王位継承権を持ってるって話。そしてティマ姉さんは私の乳母。今度トラン王国と戦争するからその協力をお願いに来た」
「お願いなんて水臭いことを言わないでください。ご命令下されば、必ずアンリ様のお力になりましょう」
ティマ姉さんがまた跪きそうだったのでそれを止めた。
バルトスおじさんは目を白黒させていたけど、ははーん、と言う顔になって笑い出した。
「実は儂にサプライズをかけようと前から計画していたな? そんなことでは騙されんぞ? シアスもなんか言ってやれ、そんなことで勇者と賢者は騙されないぞと」
シアスおじさんはバルトスおじさんを見て溜息をついた。
「いままでも気づく要素はいくらでもあったろうに。アンリは間違いなくトラン王国の王位継承者じゃ」
「な、なんだと……?」
シアスおじさんが優し気な目でアンリを見ている。
「アンリも最近まで自分のことを知らなかったのだな?」
「うん。十五歳の誕生日に聞いた。継承権を破棄しようと思ったけど、弟が放った暗殺者がおじいちゃんを刺したからやり返す。国なんかいらなかったけど、弟には任せておけない」
「……そんなことがあったんじゃな」
「待て待て待て! どうしてシアスはアンリの言葉を信じている!? どう考えてもおかしいだろう!?」
「おかしくないぞ。トラン王国で第一王妃が暗殺された後、その子供が宰相と逃げたというのが十五年ほど前。アンリと同じ年齢じゃ」
「いやいやいや、年齢だけだろう?」
「第一王妃の子供の名前はアンリだ。なら間違いない。お前はもう少し外の国に目を向けておくべきだったな。魔族憎しで生きてきたツケじゃ」
「し、しかし、そのアンリが亡くなって、このアンリが名前を授かっただけじゃ……」
名前は生まれたときに授かる。同じ名前の人は絶対に現れない。それは世界規則という不可侵のルール。でも、その人が亡くなった後には同じ名前の人が生まれる場合がある。
確かに私の前にアンリって名前の子がいて、その子が本当の王位継承者っていう可能性もあるけど、乳母だったティマ姉さんもおじいちゃんも私が王位継承権を持っていると言ってくれている。なら間違いない。
「バルトスおじさん、諦めて。私はアンリ。トラン王国の王位継承者。というよりも本来の王。跪くがいい……冗談だからティマ姉さんはソファに座って」
「し、しかしだな……」
「バルトス、お主もルハラでアンリ達が魔素で作られた相手に襲われたのを見ただろう? あれはトラン王国の技術で作られた奴らだ。おそらくあの場でやつらがアンリを見て、生きているのに気づいたのだと思う。だからアンリを殺そうとしたんじゃ」
二年くらい前だったかな? 確かにルハラで変な人達に連れ去られそうになった。スザンナ姉ちゃん達がいたから無事だったけど。
「い、言われてみると確かにそうだが……本当なのか?」
「本当。だからトラン国と戦争して王位を取り戻す」
それは決定事項。どんなことがあってもそれをやり遂げる。
「そう、か。そうだな……しかし、戦争か……」
「すごく悲しそうだけどどうかした?」
「……アンリにはアンリの事情があって、それをする理由も権利もある。だがな、人族同士が戦うことが儂には少し……辛い」
バルトスおじさんが少しだけ息を吐く。
「五十年、いや六十年近く前だが、儂らは魔族と戦った。そのときの人族は一致団結して魔族と戦ったものだ。だが、魔族が人界に来なくなってから人族は戦争を始めた。何をしているんだと嘆いたものだ。また魔族が攻めてくれば人族は一致団結する。そんな風に思って魔族を殺す術だけを磨いた――結局それには意味がなかったが、色々あって今は魔族との戦いも無くなり、平和になったと言えるだろう。それなのにまた戦争が始まるかと思うとちょっとな……」
バルトスおじさんは人族同士が争うことが嫌なんだと思うけど、それは間違っている。今から戦争をしようとしている私の言葉じゃ意味はないけど、それでも言っておかないと。
「人族同士だけじゃなくて、獣人さんとも魔族さんとも戦争するのは良くないこと。もうちょっと考えて」
みんながぽかんとしている。ものすごく説得力ない言葉を言ったというのは自分が良く分かってる。でも言うべき。
「アンリ殿の言葉、聞かせてもらったぞ!」
部屋の扉が勢いよく開いた。
そこにはオリスア姉ちゃんがいた。なんでここにいるんだろうと思ったけど、よく考えたら、バルトスおじさん達に付いて行った気がする。この聖都まで来てたんだ。
オリスア姉ちゃんは肩にかけているコートをなびかせながらズカズカと入って来た。
「戦争は確かに良くない。それは種族に関係なくな。そこのバルトスはよく分かっていないようだが」
「ぐぬ……いや、儂も今では魔族や獣人と戦争をしたいなんて思ってはおらん。だが、人族同士だと余計に辛いというか」
「その気持ちも分かる。私だって人族と戦争するよりも魔族同士で戦争するほうが嫌だ。まあ、フェル様がいる限りそんなことにはならんがな。それはそれとして、アンリ殿だって人族同士の戦争など嫌だろう。それでも戦うと決めたのならあらゆる責任を背負って全力で戦うべきだ!」
「責任を背負って……」
「戦争によって得られるもの、失くすもの、色々なものがあるだろう。そのすべてをアンリ殿は背負わなくてはならん。アンリ殿にはその覚悟があるのだろう?」
「……まだよく分かっていない部分もあるけど、その覚悟はあると思う――ううん、これからしっかり覚悟する」
「うむ! それでいい! 大体、覚悟なんて口で言うのは簡単だ。行動で示すことが覚悟だぞ!」
「うん。その言葉は心に刻んでおく」
口を動かすだけじゃなくて行動で示さないとダメってことは分かった。何をどうするべきか良く考えないと。
「その心配は多分いりませんよ」
珍しくアビスちゃんが口を開いた。こういう場所ではほとんどしゃべらないのに。でも気になる。その心配がいらないってどういうことだろう?
「アビスちゃん、それってどういう意味?」
「パンドラ遺跡でも少しいいましたが、少なくともトラン王国の人族と戦う覚悟はいらないという話です」
「確かにそう言ってたけど、どういう意味?」
「トラン王国で戦うのはおそらく、先ほどそこの賢者が言っていた『魔素で作られた相手』だからです。人族とは戦わないでしょう」
トラン王国で戦うのは「魔素で作られた相手」……?
「トラン王国は今、シシュティ商会を使って遺跡の装備品を買い集めています。それは第二世代の意思のある武具。その者達に魔素の身体を与えている。アンリ様が攻め込んだ時、戦うのはその相手でしょう」
「そうなの?」
「ほぼ間違いありません。あとはその技術を利用したゴーレムのような者達だけ。実際に攻め込んでみないと分かりませんが、その可能性が高いです。そもそもトラン王国の人族は――」
そこまで言いかけてアビスちゃんは止まった。
「人族は何?」
「いえ、これは憶測なので止めておきます。確定したら教えます」
こうなったときのアビスちゃんは意地でも何も言わないから聞くだけ時間の無駄だと思う。それは後にしよう。
それで今度の戦争で戦うのは魔素の身体を持つ相手――つまり、おじいちゃんを刺したあの剣みたいな奴だってことだ。性格がいいのか悪いのかは分からないけど、ルハラで襲われたときはあまりいい感じじゃなかった。
それに自爆とかしなかったっけ? ルハラでスザンナ姉さんが水で閉じ込めたのに、そのまま自爆した気がする。あれは厄介。
「人族とは戦わない……?」
「スザンナ姉さん、どうかした?」
「えっと、実際には戦うまで分からないみたいだけど、相手に人族がいないなら……!」
なんだろう? スザンナ姉さんが嬉しそうにしている? なにかいいことがあったのかな?
それはいいとして、トラン王国の戦力を考えなおさないといけない。
「えっと、アビスちゃん、魔素の身体を持っている第二世代の武具ってどれくらいトラン王国にあるのかな?」
「少なくとも百以上はあるでしょう。つまり、勇者や賢者並みの強さを持つ相手が百人以上いると見た方がいいです」
「なんじゃと!」
バルトスおじさんが勢いよく立ち上がった。ちょっと慌てすぎだ。
「バルトスおじさん、落ち着いて」
「い、いや、儂らレベルの相手が百人? それは戦いになるのか……?」
バルトスおじさんは間違いなく相手の方が戦力的に上だと思っている。
やれやれ。たとえバルトスおじさんが百人いようとも私が集めるメンバーには勝てないのに。でも、それなら何の遠慮もなく過剰になるくらいの戦力を集めてもいいと思う。
それに相手が人族じゃないというならなんの憂いもない。むしろその方が本気を出せるというもの。
よし、無敵の軍団を作ってトラン王国を取り戻そう。




