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少女と魔族と聖剣と  作者: ぺんぎん
第十六章

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閑話:魔女の末娘

 

 アルベルト達の乗った馬車は迷宮都市のある境界の森を東に抜けた。そして森を抜けたすぐにある商業都市リーンを北上し、魔導都市エルリガを目指している。


 レイン達の話では聖剣フェル・デレがそこを目指すように言っているとのことだった。


 馬車の中では三人の少女達が楽しそうにおしゃべりをしている。性格も年齢も違う三人が随分と親し気に話をしている様は、つい最近会ったばかりとは思えないほどだった。


(不思議だな。三人とも昔からの知り合いのように振舞っている。レインは無口な方だが、ルナやイクサの話を楽しそうに聞いている。俺と一緒の時はそうでもなかったんだが)


 アルベルトは別に傷ついているわけではない。単に不思議なだけだ。三人があまりにも仲が良く、人見知りすると思っていたレインがうっすらと笑みを浮かべるほど楽しそうにしているからだ。


 基本的にはルナとイクサが色々な話をしてそれをレインが黙って聞いている。そういう役割というか立場がずっと昔から決まっていたかのようになっているのだ。


 そもそも聖剣フェル・デレはこの子達を集めてどこへ行こうとしているのか。この子達はフェル・デレにとってなんなのか。


 考えはまとまらないが、馬車は北へと進んでいく。吐く息が徐々に白くなるのを見ながら、次は何が待っているのか、アルベルトはそれを考えていた。




 魔導都市エルリガ。


 この都市に存在しない魔道具はない、そんな風に言われている。


 人界でもっとも術式の研究がされている場所であり、魔法使いや魔法付与師ならだれもがここで働くことを夢見るだろう。


 オリン国の王都ヴァロンにある魔道研究所、そしてエルリガにある魔術師ギルド、この二つはオリン国でも最高位の職場だ。ここに所属できたなら人生安泰、そんな風に言われるほどだが、そういうタイプは所属しない。どちらかといえば、寝食を忘れて術式の研究するようなタイプくらいしか務まらないだろう。


 その魔術師ギルドに所属している――というよりもそこのトップであるグランドマスターとアルベルトは知り合いだ。そしてその夫である男性とも知り合いである。その男性は冒険者ギルドのグランドマスターだ。


 フェル・デレの目的は分からないが、せっかくエルリガまで来たのだから二人に挨拶をしておこうと考えていた矢先だった。


 レインがフェル・デレの言葉をアルベルトに伝えたのだ。


「エルリガに入るわけではなく、近くの高台に行け? 聖剣がそう言ったのか?」


「はい。エルリガに用はないそうです」


「用はなくても宿泊の必要はある。まずはエルリガに入って宿を取らないといけないのだが」


「それも必要ないそうです。高台に行けば分かると」


 不思議なことを言う。そろそろ暗くなる時間でもある。早めに宿を取らないといけないはずだが、聖剣はそれも必要ないと言っている。


 そんなところまで指示してくれるのはありがたいような怖いような微妙な感覚だが、それを了承して御者に高台へ行くように伝えた。


 馬車が方向を変えてゆっくりと坂道を上がっていく。スレイプニルの強靭な足ならこれくらいの坂はものともしない。平坦な道とほとんどスピードを変えることなく坂を登り終えた。


 そこには一軒の家がある。そこそこ大きな家でかなりの年季を思わせた。


(強力な状態保存の魔法がかけられているのか? 途中から時間が進んでいないから分からないが、五百年以上前の建築物に見えるが)


 アルベルトは建築に詳しくはないが、それでも多少は知っている。冒険者として色々な場所に出向くことがあるが、そこでは色々な知識を身に着ける必要がある。知識がなければ命を落とすからだ。


 とくにダンジョンや遺跡の建造物はどれくらいの年月の物なのかを知らないと危険だ。遺跡とこの家では全く違うものだが、ある程度の基本は同じ。その知識から考えると、この家は相当古いものとなる。


「アルベルトさん、聖剣が言うにはここに連れて行きたい人がいると」


「そう言っているのか……分かった、行ってみよう」


 アルベルトと三人の少女はその家の玄関に近づく。そしてノックをした。


 すると、玄関のドア近くに埋め込められた丸い水晶玉のような物から声が聞こえてきた。


「おう、誰だ? 今日は何の予定も入ってなかったはずだぞ?」


 女性の声でそう聞こえた。


(この声……まさか、あの人の家なのか?)


 アルベルトは聞き覚えのある声に驚いてから口を開いた。


「冒険者のアルベルトと申します。失礼ですが、ルゼさんですか?」


「おー、アルじゃねぇか! なんだよ、早くそう言えよ。ちょっと待ってくれ、いま、ドアを開けっから!」


 嬉しそうな声が聞こえてくるとドアの鍵が開く音が聞こえ、自動的に開いた。


(ドアに魔道具を仕込んでいるのか? あの人らしいと言えばらしいが、どんな術式を組めばこんなことができるんだろうな)


 アルベルトは三人の少女と共に家に足を踏み入れた。


 床には光る矢印のようなものが点滅しており、奥の部屋を誘導しようとしていた。普通の人の感覚では術式の無駄使い。こんな場所を魔道具化はしない。


 アルベルトは呆れながらその矢印の示す部屋へ向かう。直後に扉越しに声が聞こえてきた。


「遠慮はいらねぇから入って来てくれ」


 そう言われてアルベルトは扉を開ける。


 そこには二人の女性がいた。正確には一人の女性と、十五、六くらいの女の子だ。


 部屋は執務室のようで、窓際にある大きな机に女性がおり、女の子は机の手前にある椅子に座っていた。


「おー、久しぶりだなアル! デカくなったなぁ!」


「ルゼさん、俺ももう三十なのでそういう扱いはちょっと」


「そんなになるんか! 時の流れってはえぇなぁ……年取るわけだよ」


 ルゼと呼ばれた女性は見た目だけなら三十代前半で通るが、実際の年齢は五十近い。黒い髪をショートカットにしているのは昔からで、その色に合わせた黒い服を好んで着ていた。


 アルベルトは小さい頃によくこのルゼに遊んでもらったことがあり、術式の勉強を教えてもらったこともある。


(この人は昔から変わらないな。口が悪いのもそのままだ)


 ちらりと部屋にいた少女を見る。よく見ると黒い髪だ。ルゼに似ていると言ってもいい。ルゼの娘である可能性はあるが、それだと計算が合わないとアルベルトは不思議に思った。


 ルゼの娘はアルベルトの記憶が正しければ、今は二十前後。目の前の少女だと少し若すぎる。一度も会ったことはないのだが、話は聞いていたので、それが不思議だったのだ。


 アルベルトの表情に気づいたのか、ルゼが少しだけ笑ってから口を開いた。


「会うのは初めてだったか? 三番目の末娘で名前はノイラだ。まあ、よろしくしてやってくれよ」


「そうだったんですか。アルベルトと言います。ルゼさんには昔からお世話になってます。よろしくお願いします」


「ノイラです。こちらこそよろしくお願いします」


「おいおい、何を畏まってんだよ。最近は会ってねぇけど、家族ぐるみの付き合いしてんだから堅苦しいのはなしにしろって。ところでよ、そっちの女の子達はどうしたんだ? 冒険者見習いってわけじゃないんだろ? ……まさかとは思うが嫁じゃないよな? 複数なんてダメだぞ、コラ」


 殺気にも近いルゼの魔力がアルベルトにまとわりつく。


 やましいことは全くないのだが、アルベルトはルゼの殺気に呑み込まれる。


 アルベルトはアダマンタイトの冒険者だ。どんな状況であろうと相手に呑まれるなんてことはありえない。ドラゴンの前でも恐怖を感じたことがないアルベルトはルゼの魔力に命の危険すら感じた。


(なんて魔力だ。これが魔女と呼ばれるルゼさんの本気か……! 魔法すら使わずに俺を殺せるほどなのか……!)


 膨大な魔力は人を酔わせる。だが、それ以上の魔力は人を死に至らせる。ルゼはピンポイントでアルベルトに魔力の渦をぶつけているのだ。


「お母さん、やめて。そんなわけないでしょ」


 ノイラの言葉にアルベルトへまとわりついていた魔力が無くなっていく。


「おお、悪い悪い。ちょっと頭に血が上っちまったぜ。でも、アル、複数の女性とお付き合いしたり結婚したりするのはダメだぞ。お前はモテそうだけど人生に伴侶は一人でいいんだからな!」


 アルベルトは何度か深呼吸をしてから苦笑する。


「子供のころからそう言ってましたね。大丈夫ですよ。お付き合いしている人なんていません。この子達は――」


 アルベルトはそこまで言ってふと気づく。


 聖剣はこの家に連れていきたい人がいると言った。そしてこれまでの状況から考えると目の前にいるノイラがその人ではないかと思えたのだ。


「ルゼさん、不躾な質問なのですが、ノイラさんはなにか声が頭に響くとか言ってませんか?」


 アルベルトのその質問に、ルゼとノイラの二人は驚きの顔を見せたのだった。




 アルベルト達はルゼの家に泊まることになった。


 色々と事情を話したところ、まさにその通りでノイラは少し前から言葉が聞こえていた。そしていつかこの場所に仲間達がやってくるからその者たちと一緒にある場所へ行けとの話だった。


 ルゼは魔術師ギルドのグランドマスター、つまり魔女として意思のある魔道具などもたくさん見ている。もしかすると何かの魔道具に魅入られたのかもしれないとこの家で調査をしている最中だった。


 そしてその理由が聖剣フェル・デレだと分かると、それなら心配ないと言い出し、今日は家に泊まってけいけと歓待の準備を始めたのだ。


(ここがルゼさんの家だということもフェル・デレには分かっていたということか。お前は俺やレイン達に何をさせるつもりなんだ? そして何を知っている?)


 アルベルトは借りた部屋でかなり重くなってしまった聖剣を両手で持ちながらそう問いかける。だが、その答えはない。


 そうしていると、部屋をノックする音が聞こえた。


「フェレスだが、入っていいか?」


「はい、どうぞ」


 アルベルトは普通に声を出したつもりだが、少々声が上ずっていると言ってもいいだろう。冒険者の憧れであるフェレスが部屋に来たのだ。子供のころからの知り合いとはいえ、憧れているのは昔から変わっていない。


 ルゼの夫であり、冒険者ギルドのグランドマスター、冒険王フェレス。若かりし頃、百を超える遺跡を発見し、冒険者ならその名前を知らない人はいないという程まで有名なアダマンタイトの冒険者だった。


 ほとんどソロでの活動であったが、ある時期を境にパーティで行動するようになる。その後、同じパーティだったルゼと結ばれたというのは冒険者や恋愛好きな女性達をかなりにぎわせたという。


 それは別としても、冒険者としての技量はまず間違いなく最高であり、多くの冒険者の憧れだ。強面であり、顔や体は傷だらけ。だた、それこそが冒険者の勲章と言えるので、絶大な支持があった。


 アルベルトはフェレスを見る。すでに六十を超えているはずだが、その体に衰えは見えない。今戦ったとしても絶対に負ける、そう思わせる雰囲気を感じさせていた。


「久しぶりだな。十年ぶりくらいか?」


「それくらいですね。二十歳のころに一度ギルドの本部へ行きましたから」


「そうか、もうそんなに経つんだな。なら酒は飲めるよな? 一緒にどうだ?」


「はい、ぜひ」


「助かる。うちは女性ばかりで肩身が狭くてな。酒を飲む場所を探すのも一苦労だ」


 アルベルトは心の中で苦笑する。どれほど強くても家族には勝てないようだ。


 ルゼはレイン達を集めて「恋バナするぞ!」と食堂を占領した。さすがにその場所にはいられないだろう。


 フェレスはガラスのコップに魔道具で氷を作り出しそこへ酒を注ぐ。そして二人でコップを合わせて乾杯をしてから、すぐに飲み干した。


 二人で息を吐きだしてから、同じ量の酒をまた注いだ。だが、すぐには飲まず、氷がじわじわと解けるのを待つ。


 フェレスはアルベルトを見た。


「聖剣がノイラの頭に声を送っていたんだって?」


 アルベルトは頷く。


「そうらしいですね。私には聖剣の声は聞こえませんが、あの子達には聞こえるようです」


「なぜ信じたのか聞いてもいいか?」


「あの聖剣を通して自分の父のことを聞きました。魔王アールだとレインが答えましたので信じようかと」


 その言葉にフェレスは「そうか」と言って酒を少しだけ飲んだ。


「確かにあの剣ならそれを知っていただろうな。いや、それだけではなく、あの剣が生まれてからこれまでの記憶があるはずだ」


「フェレスさんは物に魂みたいなものが宿るとお考えですか? この聖剣にも魂みたいなものがあると?」


「そもそも魂とはなんなのか、という話にもなるから、それに対しては答えを持っていないな。ただ、冒険者をしているとな、色々と不思議なことに出会う。剣が意志を持つくらい大したことはないと言えるくらいにな」


「もっと不思議なことがあると?」


「不思議というわけじゃないが、説明のできない何かしらの縁はあると思う。聖剣とノイラ達には何かしらの縁があるんだろう。言い換えると運命とでもいうかな」


 フェレスの言葉にアルベルトは驚く。そういう言葉には最も無縁な人だと思っていたからだ。


「フェレスさんの口から運命という言葉を聞くとは思いませんでした。もっと現実主義者だったかと」


「生きていれば色々なことがあるということだ。あり得ないと否定したところで、現実ではそうなっている。なら、それを受け入れるしかない」


「そういうものですか」


「そういうものだ。ところで、これからどうするんだ? ノイラ達を連れてどこかへ行くとのことだが」


「ここから東にある町へ向かうみたいです。レイン達の話ではそこが目的地だとか」


「……ここから東の町?」


「何か気になることでも?」


「いや、あそこには知り合いが一人いるのだが、そこが目的地なのか。関係があるかは分からないが、これも不思議な縁なのかもしれないな」


「フェレスさんの知り合いですか? どんな方です?」


 フェレスは冒険者ギルドのグランドマスター。その知り合いとなれば、有名な冒険者の可能性が高い。アルベルトはそれを期待して聞いてみた。


「以前はアダマンタイトの冒険者だった人だ。今では引退して家族とパン屋を開いている。美味いと評判で繁盛していると聞いた。俺も食べたことがあるが、確かに美味かったな」


「引退したアダマンタイトの冒険者ですか。強かったんですか?」


「強い……そうだな、俺が知っている範囲では世界で二番目に強かった。人族の中では最強だっただろう」


 アルベルトは一瞬、フェレスが何を言っているのか分からなかった。そして冗談だと理解した。


「フェレスさんもお酒が入ると冗談を言うんですね。一瞬あっけにとられてしまいました」


「冗談? いや、本当のことだぞ。人界、魔界、天界、その三つを合わせて世界。その範囲で言えば二番目に強い――いや強かった、だな。今は普通の人よりも劣るくらいだが」


 アルベルトはフェレスが本気で言っているのか冗談で言っているのか分からない。そもそもなぜ世界で二番目に強いと言えるのか。


「その方が世界で二番目に強かったというのはどうやって知ったんですか?」


「その人は元々最強だったからな。だが、負けた。だから二番目だ」


「……ならその最強に勝った人というのは誰です?」


 フェレスの強面の顔がさらに凶悪になる様に笑う。


「人かどうかは怪しいところだ。魔神と呼ばれているから、どちらかと言えば神様に近いだろうな」


 アルベルトはやっぱり酒に酔ってるんだなとそれ以上は追及しなかった。ただ、神様という言葉は最近もどこかで聞いたなと、少しだけ首を傾げた。


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― 新着の感想 ―
[一言] セラの後日譚楽しみにしています。 幸せになっていてほしいなあ
[気になる点] 聖女?のかほりが…ww
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