勘違い
その日の夜、妖精王国の食堂を貸し切って村に住んでいる皆に来てもらった。
冒険者の人達には悪いけど今日は別の宿に泊まってもらっている。そのあたりはラスナおじさんが手配してくれた。村にはヴィロー商会の宿もあるからそちらに無料で貸し出してくれたみたいだ。
そして村の皆が集まったところで、おじいちゃんが事情を話した。
驚きの声があったけど、おじいちゃんが嘘をつくわけないと信じてくれたみたいだ。
その後はなぜか宴会になった。私の門出を祝うような話になったからだ。そういうおめでたい話でもないんだけど、せっかくだからお祝いされる立場になった。私の誕生日だし、それくらいいいと思う。
それに明日はこの村を出る。皆と騒げるのは今日が最後になる可能性が高い。
おじいちゃん達は別の場所に拠点を構えてそこに移り住む。今や迷宮の町と言われているこのソドゴラを巻き込まないためだ。
皆はそんなこと関係ないって言ってくれたけど、これはけじめのようなもの。皆を戦争に巻き込むためにこの村を作ったわけじゃない。そういう意味というか意志がある。
場所は城塞都市と言われているズガルだ。あそこはルハラでもトランでもウゲンでもない場所。いわゆる永世中立国という立場。どの国にも組しないという場所だ。
……こんなところでもフェル姉ちゃんに助けられている。あそこは元々フェル姉ちゃんの国。でも、今はいろんな種族が集まる国というか都市になっている。
トラン国からは近い場所だから危険に思えるけど、あそこは魔族の人もいる。トラン国もそう簡単には攻めてこない。そもそもこの十年、トラン王国は不気味なほど動きがないらしいけど。
ただ、ラスナおじさんの話だと、シシュティ商会と頻繁に取引をしているとか。この辺りは調べておかないといけない。
そしてレイヤ姉さんもおじいちゃんについていく。でも行き先は別。レイヤ姉さんは帝都に行ってクル姉さんに事情を話してくれる。
念話でもいいんだけど、それだと冗談に思われるかもしれないから、前触れみたいな感じでクル姉さんに話してから後で直接会いに行くことになった。
そして私とスザンナ姉さんは戦力になりそうな人と交渉して仲間に引き込む。誰かに任せるんじゃなくて、私が頭を下げて頼む。そうするのが筋だ。
少数での行動は危険だけど、ジョゼちゃん達が護衛をしてくれるみたいだから問題はないと思う。それにアビスちゃんも来てくれることになったから全く問題ない。
仲間にするのは一騎当千の人とか将軍みたいな人とか、そういう人達のスカウトだ。それにロモン国へ行ってティマ姉さんにも会わないといけない。私の乳母だったみたいだけど、それとこれとは話が別。ちゃんと頭を下げて協力を仰ぐべきだ。
まずは大陸の東側。オリン国でクロウおじさんにも話をして味方をしてもらいたいし、グラヴェおじさんの話だと、鍛冶師ギルドのドワーフさんにもお願いした方がいいだろうって話だ。
……やることがいっぱい。でも、そんなことは苦にならない。私にはすでにたくさんの味方がいる。これで負けるわけがない。
「アンリちゃん、大変な誕生日になっちまったね」
「ニア姉さん。それにロンおじさんとハクちゃんも」
ハクちゃんは事情が分かっていない顔をしているけど、ニア姉さんとロンおじさんが苦笑いのような顔で来てくれた。
「アンリちゃんがトラン王国の王女様だったなんてね。なにか大きなことをしでかす子になるとは思ってたけど、さすがにこれは予想できなかったよ」
「うん。私も今日知った。でも、やることは決めた。もともと人界を征服するつもりだったらその練習みたいなもの」
二人ともきょとんとした顔になったけどすぐに笑顔になった。さっきの苦笑いのような顔じゃない。満面の笑みだ。
「そうだね。アンリちゃんならそれくらいやらないとね!」
「あ、そうだ。ロンおじさんには謝っておく。昔、ルハラとトランは戦争をしていたし、私に対して色々と思うところがあると思うから。ごめんなさい」
数十年前の話になるけど、トラン王国とルハラ帝国は戦争をしていた。ロンおじさんはそれに参加していたはずだ。部下やお友達なんかをその戦争で亡くしているはず。たしかヴァイア姉さんのお父さんとかお母さんはその戦争で亡くなったはずだ。今度、ヴァイア姉さんにも頭を下げないと。
「なんでアンリが謝るんだ? 確かにトラン王国とは戦争をしていたが、アンリが命令していたわけでもないだろ? 大体生まれてもいないじゃないか」
「でも、私は戦争の命令を出した王族の一人。全くの無関係とは言えない」
そういうと、ロンおじさんは私の頭を撫でた。すごく雑。でも、おっきくて暖かい手。
「確かに無関係とは言えないな。でも、関係というなら俺とアンリは同志だろう? 同志ならそれくらい許すもんだ」
「同志?」
「おいおい、ルハラへ行ってて忘れたのか? 俺達は同じ猫耳同盟の同志だろ?」
そうだった。私とスザンナ姉さん、それにベインおじさん達やロンおじさんは同じ猫耳同盟の仲間。
「忘れていたけど思い出した。うん、確かに私とロンおじさんは同志」
「ああ、だから気にするな。そうだ、どうしても気になるっていうなら、トラン王国の王になったらもっと同志を募ってくれればいいぞ」
ロンおじさんはたまに恰好いい。いつもそうしてればいいのに。
「約束する。聖人教並みに同志を集める。それとウゲン共和国とも仲良くして獣人さんを城に招待するつもり」
「それは最高だな。そんときは俺も招待してくれ。たまには家族旅行とかもしてやらないといけないからな!」
そのときは最高のもてなしをすると約束してロンおじさん達と別れた。
この村にいる皆は最高だ。王なんか目指さないでずっとここにいたいって気持ちにさせてくれる。
でも、それはもうない。つまらない真似をする弟から王位を取り戻す。
……王になったらこの村に来るのもほとんどなくなるんだろうな。仕方ないとは思っていてもかなり寂しい。
まだまだ先の話だけど、皆のことをちゃんと頭に焼き付けておこう。たぶん、未来の私はこう思うはず。この村にいた皆のおかげで王位を取り戻せたって。
よし、今は私の誕生日。辛気臭いのはなしだ。今日の主役としてちゃんと場を盛り上げよう。
妖精王国での宴が終わった後、家に帰ってきた。
今日はスザンナ姉さんと一緒の部屋で寝ることになった。この小さいベッドだと、二人で寝るのは無理だから、スザンナ姉さんは床に布団を敷いて横になっている。
この家、そしてこのベッドで寝るのも今日が最後になるかもしれない。そう思うとちょっと寂しい。
「アンリ、大丈夫?」
「なにが?」
「王になるなんて簡単に言っているけど、それは難しいと思う。元気そうに振舞っているけど、本当は無理しているんじゃないかなって」
スザンナ姉さんはいつだってお見通しだ。私のことをいつでもよく分かってる。
「無理はしてる。心の整理もできてない。簡単に王になれないのも承知の上。でも王になる。おじいちゃんが刺されたとき、自分のせいだと思った。継承権を破棄すればそんなこともなくなるかと一瞬思ったんだけど、私が生きている以上、たとえ破棄しても刺客を送ってくる、そんな気がした。それは私の大事な人を巻き込む」
それに私の本当のお母さんとお父さんの仇がトラン王国にいる。その落とし前を付けさせないといけない。
「フェルちゃんさえいてくれたら――」
スザンナ姉さんがポツリとそんなことを言う。
「フェル姉ちゃん自身には手を借りない。それにもうかなり手伝って貰っているといってもいい」
「どういうこと?」
「戦争をいつでも開始できるくらいの人達がこの村に集まっているってこと。皆はフェル姉ちゃんを慕ってここに来た。こうなるのが分かっていたと思えるほどに」
鍛冶師のグラヴェおじさん、商人のラスナおじさん、それに戦力として従魔のみんなを貸してもらえる。その上、フェル姉ちゃん自身に力を借りたら、本当に何もしないで王になれる。
それじゃ本当に傀儡の王様だ。せめて戦力に関しては自分の力で集めないと。従魔の皆も極力戦わせない方向で戦争するつもりだ。
それにフェル姉ちゃんにはもう大事な物を貰っている。
部屋の台座に置かれたフェル・デレを見た。窓から入る月明かりに照らされてすごく綺麗。
私の剣、魔剣フェル・デレ。
フェル姉ちゃん本人は助けてくれないかもしれないけど、私にはこの剣がある。フェル姉ちゃんの名を持つ魔剣、この剣が私を守ってくれる。
それに一番はスザンナ姉さん。フェル姉ちゃんに付いてきて、それ以降ずっと私のそばにいてくれる私の大事なお姉さん。
「私が王になるには色々と必要なものがあるけど、その中でも一番必要なのはスザンナ姉さんだと思ってる。私が王になるために力を貸してほしい」
「当然。アンリを王にするためなら何でもするつもり。フェルちゃんに手伝わなかったことを後悔させるくらい最高の王にしてあげる」
「期待してる。それじゃ、明日は早いからもう寝よう。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
ゆっくりと目をつぶる。すべてが夢だったらと一瞬だけ思ったけど、これは現実。さあ、明日から頑張ろう。
朝早くから村の広場で皆が集まっている。私やおじいちゃん達の見送りにきてくれた。
皆とは一旦お別れ。
おじいちゃん達は城塞都市ズガルに拠点を作る。グラヴェおじさんやラスナおじさんも少ししたらズガルへ行くみたいだ。
そしてレイヤ姉さんはルハラ帝国に戻ってクル姉さんに話をしておいてくれる。紅蓮を仲間に引き込めたらありがたい。
マナちゃんはリエル姉さんのとこでもっと修行して、戦争になったら駆けつけると言ってくれた。戦争時の治癒魔法はかなり大事。お互いに抱き合って再会を約束した。
そして私とスザンナ姉さんはロモン聖国へ行く。それにジョゼちゃんとアビスちゃんが付いてきてくれることになった。
「アビスちゃん、いいの?」
「はい、構いません。フェル様には許可をもらっていますし、トラン王国を相手にするなら私が必要だと自負していますので」
「良く分からないけど、それならお願い」
でも、そうか、フェル姉ちゃんは見送りには来てくれていないけど、アビスちゃんにも手伝うように言ってくれたんだ。うん、なら連絡しておこう。
『フェル姉ちゃん、聞こえる?』
『……アンリか。これは新しい念話のチャンネルか?』
『うん。前のチャンネルはトラン王国にバレているから新しいチャンネルを開いた』
『その方がいいだろうな……従魔から話を聞いたんだが、今日村を出るのか?』
『うん。アンリ達はロモン聖国に向かう予定。おじいちゃん達はズガルに行って拠点を作る』
『そうか。頑張ってくれ。直接は手伝えないが、間接的には手伝うから』
『もうたくさん手伝って貰ってる』
『まだ何もしていないぞ?』
『そんなことはない。フェル姉ちゃんのおかげですぐにでも戦争できるような状態になっていると言っていい。グラヴェおじさんやラスナおじさん、それにスザンナ姉さん、みんなフェル姉ちゃんが村に来てくれたおかげ。ありがとう、フェル姉ちゃん』
『……アンリは大きな勘違いをしているぞ』
『勘違い?』
『そうだ。この村が住み易いから皆がここにいたんだ。私の影響でここに人が集まったのかもしれないが、嫌な村なら出て行ったはずだ。もちろん、私だってそうだろう。アンリは私じゃなくて村長や村の皆に感謝するべきだぞ。ここに来た人達が村を出て行かなかったことが今に繋がっているんだからな』
その考えはなかった。フェル姉ちゃんが来てくれたのは偶然だったかもしれないけど、ずっといるのは村が良かったからなんだ。フェル姉ちゃんへの感謝は変わらないけど、私はもっと感謝しないといけない人達がたくさんいるってことだ。
やれやれ、こんなんじゃ最高の王になれない。もっとよく考えないと。
『フェル姉ちゃん、ありがとう。私はまだ王として全然足りてなかった』
『それに気づくのが王として最初の仕事だ……でもな、アンリ、もし、お前がどうしても苦しくなって逃げだしたくなったら――』
『フェル姉ちゃん、その先は言わないでいい。私にはもう、やるかやられるかの二択だけ。逃げ出す選択肢はない』
『……そうか、馬鹿なことを言いそうになってしまったな。なら行ってこい。私はここでアンリのことをずっと見ているからな』
『うん、見てて。次に直接会うときは最高の王になっておくから』
『ああ、楽しみにしてる。気を付けてな』
チャンネルの接続が切れた。
念話もこれでしばらくはないと思う。次に会う時は私が王になってからだ。でも、そんなに時間はかけない。
三年――そう、三年で終わらせる。だらだらやるつもりはない。三年後の誕生日までに王位を取り戻す。そしてフェル姉ちゃんに私が最高の王であることを見せつけるんだ。
さあ行こう。これが私の王としての第一歩。最強の軍団を作って王位を取り戻すぞ。




