隣に立つ資格
大部屋に戻ってくると、フェル姉ちゃん達が話をしていたみたいだ。
レイヤ姉さんの目がキラキラしている。もしかすると私のことを聞いたのかも。
フェル姉ちゃんはおじいちゃんの方を見て心配そうな顔をしている。
「村長、歩いて大丈夫なのか?」
「すみません。ですが、アンリの話を聞いて、いてもたってもいられなくなりまして」
おじいちゃんが嬉しそうに椅子に座る。私もその横の椅子に座った。テーブルを挟んでフェル姉ちゃんの正面だ。
フェル姉ちゃんは真面目な顔で私を見ている。なぜかちょっと悲しそうっていうか、残念そうな目をしている。どうしたんだろう?
「アンリ、本当にトランを攻めるんだな。そして王位を取り返す。間違いないか?」
「うん、間違いない。だからフェル姉ちゃんにも――」
「悪いが私は手を貸せない」
――え? フェル姉ちゃんが手を貸せないって言った? なんで? 今までだってフェル姉ちゃんはいつも私の味方だった。どうして今回だけは手を貸してくれないの?
「言っておくが、直接は手を貸せないという意味だ。私の従魔達を貸そう。だから頑張って王位を取り戻してくれ」
そんなことを聞きたいんじゃない。
「フェル姉ちゃん、理由を聞かせて。どうしてフェル姉ちゃん自身が手伝ってくれないの?」
「アンリに言ったことはなかったかもしれないが、私は人族を殺すと暴走して周囲を敵味方関係なく襲うんだ。私はそれを、魔王の呪い、と言っている。だから戦争のような行為は手伝えない」
フェル姉ちゃんが人族を殺すと暴走する? 魔王の呪い? で、でも――。
「でもよ、ディーンの時は手伝ってやったじゃねぇか。あの時だって誰も殺さなかっただろ? 今回も大丈夫なんじゃねぇか?」
リエル姉さんがそんなことを言ってくれた。
そう、その通り。フェル姉ちゃんは昔ディーン兄さんの手伝いをした。どちらかというと、ニア姉さんをルハラの貴族から取り戻すためだったけど、あれは戦争の行為だったはず。
「そうだな。だが、あの時は私の意識が足りなかった。正直、いつ暴走してもおかしくなかっただろう。それに、あの頃は魔王様がいた。もし私が暴走しても何とかしてもらえる可能性があったんだ。だが、今、魔王様はいない。私が暴走したら誰にも止められないんだ」
フェル姉ちゃんが優し気な目で私を見た。
「アンリ、お前は私の親友だ。だが、私が手伝うことはリスクが高すぎる。だから手伝わない」
「……一緒にいてもくれないの? 戦ってくれなくてもいい」
戦ってとは言わない。隣にいて欲しいだけ。フェル姉ちゃんが隣にいてくれたら、私はなんでもできる。
「それもダメだ。お前は王になるんだろう? なら王位を奪還するまでに王の器を見せろ。お前は弟のことを器が小さいと言ったが、アンリの器だって大きいかどうかは分からないんだ。だから、自分自身の力で頼りになる仲間を探せ」
王の器……フェル姉ちゃんは私にも王の器がないと思ってる……?
フェル姉ちゃんが真面目な顔で私を見つめている。その目はなぜか厳しい。
「私は十年前、ディーンの手助けをした。だが、そのせいでディーンには不名誉な二つ名が付いた。知っているか?」
ルハラで聞いた。たしか――。
「傀儡の皇帝?」
「そうだ。ディーンは帝位を簒奪した。だが、それは全て魔族のおかげという事になっている。皇帝が変わった時は前皇帝のヴァーレが酷かったせいもあってディーンは民から好意的に認められた。だが、簒奪の実情が分かってくると、ディーンは何もせずに魔族の力だけで皇帝になったと言われるようになった――ディーンはその評判を覆そうと相当頑張ったのだろう。十年かけてようやくそれを払拭できたわけだな」
「うん。今は傀儡の皇帝なんて言う人はいない」
「そうだ。そしてそんな辛い十年間、ディーンを支えたのが傭兵団の『紅蓮』だ。おそらくディーンと『紅蓮』との間に強固な信頼関係が無かったら、ディーンはいまだに傀儡の皇帝と言われていただろう」
私がフェル姉ちゃんに頼って王位を弟から取り返すと、同じようなことになると言っている気がする。だから手伝わない。たぶん、そういう理由なんだろう。
フェル姉ちゃんがまた私を見つめた。でも、今度は優し気な目だ。
「アンリも信頼できる仲間をちゃんと作れ。お前を王と認めて、お前がどんなに落ちぶれても支えてくれるような仲間だ。一人二人じゃないぞ? それこそ何千、何万人だ。それくらい集められなければ、アンリも王の器じゃない。アンリ、私は直接手を貸せないが、間接的にならいくらでも力を貸してやる。だから、頑張れよ。アンリが王になるところを私に見せてくれ」
フェル姉ちゃんは私に期待してくれている。ディーン兄さんのようなことにならないようにという事情も確かにあるんだろうけど、フェル姉ちゃんは自分が手伝わなくても私なら王になれるって思ってくれている気がする。
それに私は何を勘違いしていたんだろう。
隣にいてもらうんじゃない。私が隣に立つんだ。隣に立つなら、それ相応の力を見せないと。何もせずにフェル姉ちゃんの横に並ぶことは許されない。今の私にはフェル姉ちゃんの隣に立つ資格がないということだ。
「分かった。フェル姉ちゃんに私が最高の王であることを見せる」
フェル姉ちゃんが笑顔になった。
「ああ、期待してる。遥か何百年後まで、お前が最高の王だったと思わせてくれよ?」
フェル姉ちゃんは不老不死。これから何年も生き続ける。
私が最高の王だったと思わせてほしい――なんて難しいことを言うんだろう。でも、フェル姉ちゃんは私ならそうなれるって言ってくれたんだと思う。
ならその期待に応えるまで。
何百年じゃない。遥か何千年――ううん、永遠に私が最高の王だったとフェル姉ちゃんの頭に刻み込んでもらおう。




