表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女と魔族と聖剣と  作者: ぺんぎん
第十五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

339/477

閑話:闇に呑まれし者

 

 トラン王国の紋章が描かれた馬車が迷宮都市の南門をくぐった。


 八本足の巨体な馬であるスレイプニルが二頭で引く馬車はかなり目立つが、この迷宮都市ではそれほど珍しい光景ではない。ここは人界の中心と呼ばれ、あらゆるものが集まる場所。これくらいのことは日常茶飯事なのだ。


 エルフ、ドワーフ、獣人、ドラゴニュート、そして魔族。人族以外の種族もこの場所には多く集まっている。


 その一番の理由はここにある人界最大の大きさを誇るダンジョン「アビス」であろう。


 ここで発見される物は貴重なものが多く、それこそ一生遊んで暮らせるだけのお金を手に入れることも可能だろう。だれもが一度はここで一獲千金を夢見る、そう言われているほどなのだ。


 そんな場所へやって来たアルベルトは馬車の窓から外を見て、少しだけ懐かしい気持ちになっていた。


 アルベルトはこの迷宮都市で生まれた。そして五歳の頃までここで過ごす。


 その頃の記憶はすでに曖昧というよりもほとんど覚えていないが、覚えていることもある。


(久しぶりに妖精王国で食事ができる。仕事とはいえ、それだけは楽しみだ)


 五歳になるまでは老舗ホテル「妖精王国」に母ナキアと共に住んでいた。トラン国の王族であってもこの迷宮都市に土地を構えるのは難しい。そもそも迷宮都市に土地を持っていて売るような人はいないのだ。


 迷宮都市の周囲は森であるため、開拓して広げればいいという話もあるのだが、迷宮都市はそれを絶対に行わない。それはエルフとの盟約とも、森の魔物との約束とも言われているが、昔からここに住んでいる住人の中には、迷宮都市を防衛する結界の範囲がそこまでだから、という言葉も伝わっているとのことだった。


 とはいえ、その結界が作動するのを見た者はいない。歴史学者達は長い歴史の中で二度、結界が張られた形跡があるという証拠を提示しているが、それを信じる人はあまりいない状況だ。


 何が本当なのかはアルベルトも知らないが、この迷宮都市の市長は何度代わっても拡張はしないらしい方針を打ち出していた。そして最長の任期を持つ今の市長もその方針に従っている。


(スタロさんはお元気だろうか。あの頃から市長は変わっていないはずだから、もう三十年以上市長をやっていることになる。せっかくだし、一度挨拶をしておかないとな)


 アルベルトがここに住んでいた頃、市長であるスタロとも何度か会う機会があった。どのような形で知り合ったのかは知らないが、母であるナキアとスタロは友人のような関係だったとアルベルトは記憶している。


 どちらかと言えば、スタロの妻と友人だったようだが、よく夫婦そろってアルベルトに会いに来てくれたのだ。


(うろ覚えのところもあるが、あの頃は色々な人が母上に会いに来ていた気がする。アルマさんはもちろん、スタロさんご夫妻や、魔女の夫婦、それに白衣の女性や執事服の魔族にもなんとなく覚えがある。名前も聞いた気がするんだが忘れてしまったな……)


 アルベルトは何とかその名前を思い出そうとしたが駄目だった。そしていつの間にか馬車が止まったことを認識した。余りにも集中して思い出そうとして周囲の状況に気づかなかったのだ。


「二人ともすまない。ちょっと考え事をしていて、目的地に着いたことに気づかなかった。今日はこの妖精王国に泊まるのだが、聖剣は何か言っているか?」


 アルベルトと一緒に馬車の中にいる二人の少女。レインとルナ。ともにアルベルトの持つ剣、聖剣フェル・デレの声が聞こえるという。アルベルトはこの二人を護衛しながら、聖剣の言葉通りに迷宮都市まで来たのだ。


 アルベルトはふと気づく、二人は一緒に窓の外をみており、首を傾げているのだ。


「どうかしたのか?」


 アルベルトの言葉にレインがハッとする。


「あ、いえ、私はこの迷宮都市に来るのは初めてなのですが、なんとなく懐かしい気がしまして」


「じ、実は私もです。初めて来たのに以前から知っているような感じで」


「そうか……」


 アルベルトはそもそもこの二人は何なのだろうと改めて考えることになる。聖剣フェル・デレの声が聞こえるという二人の少女。それにどういう意味があるのか全く分からないのだ。


 そもそも聖剣フェル・デレの今の所有者は自分であり、本当の持ち主である簒奪王アンリの血筋でもある。自分には全く聞こえず、何の関係もなさそうな二人には聖剣の言葉が聞こえる。そこに何の差があるのだろうかと、不思議に思うのだ。


 そして聖剣の使い心地が悪くなっていく一方であるという事実。自分はもう聖剣に認めてもらえない使い手なのかとショックを受けている。


 とはいえ、それを顔に出すわけにもいかず、アルベルトは二人を馬車から降りるように促した。ここに馬車を止めているわけにも行かないので話は妖精王国でしようと考えたのだ。


 三人は馬車からホテル妖精王国の前にある広場に降りる。


 広場は都市の中心と言うこともあり、多くの人でにぎわっている。すでに日が少し傾いている時間だが、それでも多くの人が忙しそうに広場を行き来していた。


 まずは宿で手続きをしようと三人で中に入る。すでに念話で予約をしているので、問題なく泊まれるはずだと、一階の食堂を通りカウンターへ移動した。


「予約しているアルベルトという者だが――ヘレンさん」


 カウンターにいた四十代くらいの女性はアルベルトを見てニコニコしていた。


「おおきくなったねー、アルベルトちゃんは元気だった?」


「もう三十なのでちゃん付けはちょっと――その、困ります」


 アルベルトには頭が上がらない人物が何人かいる。それはアルマと同じようにアルベルトの幼少期を知っている人達だ。そして目の前にいる女性もそうだ。


 ホテル妖精王国の主人で料理長でもあるヘレン。アルベルトはこの女性にも頭が上がらない。


 アルベルトが小さかった頃はヘレンに良く遊んでもらっていた。たとえ今はアダマンタイトという冒険者としては最高のランクになっていたとしても、勝てる気がしないのだ。


「あはは、ごめんね。つい懐かしくなっちゃって。そっちの子達がレインちゃんとルナちゃん?」


「よくご存じですね? 宿を予約するときにその話はしなかったはずですが」


「ナキアさんとアルマちゃんから連絡があったよ。レインちゃんとルナちゃんもよろしく頼むって」


 アルベルトはナキアにも迷宮都市へ行くことは連絡していた。母はそれを聞いてここへ連絡したのだろうと納得する。


「そうでしたか。では、よろしくお願いします。久々にヘレンさんの料理が食べられると思って楽しみにしてましたので」


「うんうん、いつもそうだけど今日は腕によりをかけて料理を作るからね。それと部屋の鍵、二部屋ね」


「ありがとうございます――ああ、母と一緒に住んでいた部屋ですね。二階の一番奥から一つ手前の部屋、そしてもう一つ手前ですか。部屋が隣なのはありがたいです。ここはいつも満室なので、予約しても部屋が離れるかと思ったのですが」


「二階はこの宿の関係者しか泊めなくなったから、普段は空けるようにしているんだよね。だから気にせず使って」


「はい――あの、昔もそうでしたが、二階の一番奥の部屋ってその関係者の方が住んでいるんですか? 子供の頃もあの部屋には誰かが住んでいるって聞いたことはあるのですが、会ったことはないと思うのですが」


 ヘレンはきょとんとした後、すぐに笑い出した。


「ちゃんと会ってるよ。まあ、忙しい人だからあまり部屋にはいないけどね」


「そうなのですか。全く覚えがないのですが――ちなみになんという方ですか?」


 ヘレンは少しだけ考えてニヤニヤする。


「神様だね」


「……は?」


「あの部屋には神様が住んでいるんだよ。アルベルトちゃんはその神様にもあっているはずなのに覚えていないのかー」


「あの、ヘレンさん、からかってます?」


「大真面目に言ってるよ。でも、本当に覚えていないんだ? あんなに可愛がってくれたのに」


「そ、そうなんですか? 全然記憶にないのですが」


「可愛がったって言っても赤ちゃんの頃だからね。何度もほっぺたを突いていたよ」


 そんなことを覚えているわけがない。さらに誰なのかを聞こうとしたら、逆にヘレンの方が口を開いた。


「それはいいとしてアルベルトちゃんにお願いがあるんだ」


「お願いですか?」


「うん、知り合いの子にちょっと問題があるんだけど、ナキアさんとかアルマちゃんから聞いた話だと何となく似た感じだなって思ったから、相談に乗ってあげて欲しいんだよ」


「……それってまさか頭の中に声が聞こえるという話ですか?」


「そうそれ。本人は否定しているんだけど、間違いないみたい。これからここに来る予定だから話だけでも聞いてあげてくれるかな?」


 ヘレンの頼みを断れるわけがない。それにレインとルナの方をみると、静かにうなずいた。つまりそういうことなのだ。


 アルベルトはヘレンに頷いた。




 食堂で十五分ほど待つと、入口から身なりのいい男性と女性、そして十歳になるかならないかくらいの女の子が入って来た。


 男性と女性についてアルベルトは知っている。迷宮都市市長のスタロとその妻。連れている子は初めて見るが、おそらく身なりからして孫なのだろうと推測する。理由は簡単、ニャントリオンの服を着ているからだ。安くて良い既製品の服もニャントリオンでは売っているが、仕立てた子供服はよほど裕福でなければ無理であろう。


 市長であるスタロの妻は服飾の大ブランド、ニャントリオンの血筋だ。そして仕立てにはかなりの腕を持ち、子供用の服を得意とするとアルベルトは聞いたことがある。おそらく孫のために作ったのだろうと判断した。


「やあ、アルベルト君、久しぶりですね」


「お久しぶりです、スタロさん。奥様もお変わりなく」


「はい、お久しぶりですね。すごく大きくなりました――そろそろ闇の力に目覚めてませんか? 目が疼くとか、角がかゆいとか、変な紋章が体のどこかに浮かんできたとか」


「……いえ、そういう傾向は特にないですね」


「残念です。でも、そういう兆候があったらいつでも言ってください。相談にのりますので」


 アルベルトは相変わらずだなと少しだけ心の中で溜息をついた。


 それは顔に出さず、二人が連れてきた少女に目を向ける。スタロやその妻から引き継いだような茶色の髪をショートカットにした女の子だ。年齢の割にやや目つきがキツイ様な気がするが、怒っているわけではなさそうだった。


「初めまして。イクサと申します。以後お見知りおきを」


「あ、ああ、こちらこそよろしく……」


 年齢に比べて随分と畏まった形で挨拶をされたアルベルトは少しだけ気後れする。


 そんなイクサの挨拶にダメ出しをしたのがスタロの妻だ。


「もう、初めて挨拶するときはこうやって手をクロスさせて『我が真名を知りたいか?』ってまずは聞くって教えたでしょ?」


「おばあ様。私はそういう恥ずかしい真似はちょっと」


「恥ずかしくないのよ? 恥ずかしさのその先に扉があって、それを開くの。それは深淵の回廊って呼ばれていて――」


「そんな扉も回廊もありません」


 祖母と孫の微笑ましい会話なのかどうかは分からないが、このままでは埒があかないとアルベルトは話を切り出した。


「スタロさん、それでご相談があるとヘレンさんから聞いているのですが。なんでも声が聞こえるとか」


 スタロはその言葉に頷く。


 それはここに連れてきているイクサのことだった。数ヵ月前から頭の中に声が聞こえると両親に訴えたのだが、いわゆる「血筋」のこともあり、とうとう来たか、という程度のことにしか思われなかった。


 だが、教えていないはずの闇と炎の加護やブラッディニードルという称号のことを言いだした。


 これは間違いないと家族全員でパーティをしたのだが、イクサはそれを嫌がり、もう声は聞こえなくなったと言うようになってしまったのだ。


「頭の中に声なんて聞こえません。私はそういう病気じゃありません」


 キリッとした顔でそう言い切るイクサに、レインとルナは少しへこんだ。


「でも……そちらにいるレインさんとルナさんにはなぜか初めて会った気がしないです。どういう方達なのでしょうか?」


 イクサの疑問にはアルベルトが答えた。


「この子達も声が聞こえるんだ。この聖剣フェル・デレからな」


 アルベルトはそう言って亜空間から剣を取り出した。


「今、その声に従って色々な場所を巡っている。ここへ来たのもその一環だ。もしかしたらイクサもこの剣の声を聞いているのではないかと思ったんだが」


 イクサは聖剣を見ると顔が引きつった。


「お前が私の脳に直接……! 誰が闇に呑まれし者だ……! あ、いえ、何でもありません。独り言です――あの、おばあ様、どうされました……?」


「これではっきりしましたね。とうとう私達の血筋から『本物』が生まれましたか。長い旅路もようやく終焉の時を迎えると言うことでしょう」


「私にも分かるような言葉で言ってください、おばあ様」


「イクサ、聖剣の声に従いなさい。その先に貴方の運命が待っています」


「それっぽいことを言ってるだけですよね?」


「さあ、行くのです、闇に呑まれし者よ……!」


「おばあ様、帰ってきてください。それとさっきから頬を振るわせて嬉しそうにしないで」


 孫と祖母の攻防が夜遅くまで続いたが、結局連れていくことになった。しぶしぶと言う感じだが、イクサも旅行ができると言うことで承知したようだ。


 そしてレインやルナもイクサを連れていくことがフェル・デレの言葉だと言った。アルベルトはそれを信じて連れていくことにしたのだ。


 スタロの妻がイクサに言った言葉は、単にそれっぽいことを言っただけだとアルベルトは思う。だが、運命が待っているという言葉、それにはアルベルトも少しだけ期待している。


 とはいっても、次の瞬間には、俺もこの歳でチューニ病になったのか、と少しだけへこみつつ、妖精王国の一室で眠りにつくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ