思い出の宿
夕方になるちょっと前にゴールヴという町に着いた。
手続きをしてから中に入ると結構大きな町だった。町というよりも都市かな。たくさんの人が道を行きかっているのを見ると帝都よりも人が多いような気がする。
ただ、こっちは帝都と違って土の家が多い。そのせいか、砂ぼこりが多い感じだ。スザンナ姉ちゃんの付けてるゴーグルみたいのがアンリも欲しい。
「それじゃベルトアとレイヤは盗賊達を冒険者ギルドに連れて行って」
「了解。宿はいつもの場所か?」
「うん、そう。今回はバランさんが用意してくれたんだけど、たまたま私達が使う宿と一緒だったよ」
ベルトア姉ちゃんとレイヤ姉ちゃんは頷くと盗賊達を連れて行った。
「クル姉ちゃん、盗賊を連れて行くのはアンリ達みたいな下っ端がやる仕事じゃないの?」
「そういうわけじゃないけど、レイヤに色々と経験を積ませたいからね。こういうのもやっておくべきかなって」
「そうなんだ?」
「そう。それにアンリ達はいつか紅蓮を抜けるでしょ? こういう仕事は覚えなくてもいいかなって」
確かにそれはあるかも。紅蓮に所属しているのは腰掛け的なあれ。ここに永久就職ってわけじゃない。いつかアンリはアンリの軍団を作って人界すべてに喧嘩を売る感じになる。
今のうちから紅蓮を味方につけておこうかな?
……いけない。まだまだ先のことを妄想しちゃった。まずは力をつけてフェル姉ちゃんを倒さないと。
そんなことを考えていたら、今日泊まる予定の宿に着いた。
ここは土じゃなくて石でできた建物だ。かなり豪勢な感じだけどこんないい場所に泊まっていいのかな?
宿からたくさんの人が出てくると、馬車から宿の入口までの等間隔に人が並んだ。並んでお出迎えってことなのかも。
バランおじさんが馬車から顔を出した。
「到着したか。なら手続きは頼んだぞ。あと、馬達も休ませてやってくれ」
お弟子さんと護衛の人に色々指示を出してから馬車を降りた。すると身なりのいい人が宿からやって来てバランおじさんに頭を下げている。
あの人は宿の偉い人なのかも。バランおじさんはお得意様だから偉い人自ら挨拶にきたのかもしれない。
話が終わるとバランおじさんがクル姉ちゃんのほうを見た。
「それじゃ同じ宿に部屋を取っているから休んでくれ。この宿での護衛は必要ないから明日の朝まで自由にしてくれていい」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えます」
バランおじさんは頷くと、偉い人と一緒に宿に入って行っちゃった。お出迎えした人達もそれを追うように中へ入っていったみたい。
アンリ達にはお出迎えはないみたいだ。まあ、あっても困るけど。
「さて、それじゃベルトア達が来るまでここで待とうか」
ホコリっぽいから中で待ちたいけど、それはちょっと不義理。ちゃんと待っていよう。
……なんだか気になる。さっきからクル姉ちゃんが少し笑顔だ。というよりも思い出し笑い的な笑みを浮かべてる。宿のほうを見上げているけど、この宿で何かあったのかな?
「クル姉ちゃん、さっきから楽しそうだけどどうかした?」
「え? 私、楽しそうにしてた?」
「ちょっと笑顔だった」
「そっかぁ、実はこの宿なんだけど、紅蓮御用達の宿でもあるんだよ。昔ちょっとあってね」
「そうなんだ? それでなにかを思い出して笑ってたの?」
「んー、実はここでフェルさんと会ったことがあるんだ。私にとっては思い出の宿かな」
「フェル姉ちゃんと?」
フェル姉ちゃんの名前が出たらスザンナ姉ちゃんもちょっと興味がわいたみたいでクル姉ちゃんのほうへ体を向けた。
「ディーン君が皇帝になる前、ここでフェルさん達と合流して、その後でルハラに攻め込んだんだよ」
「そうだったんだ?」
「そう。あのときは当時の皇帝に戦いを挑んで負けたんだ。ルートもディーン君の影武者として捕まってたし結構苦しい状況だったんだけど、フェルさんが皇帝と敵対したって話を聞いてね、これなら何とかなるって思ったもんだよ」
アンリはその頃スザンナ姉ちゃんと一緒にソドゴラ村でお留守番だ。一緒に行きたかったけど、ボスは安全なところでふんぞり返ってろって言われたからそうした。
あのときはみんな大きな怪我がなくてよかった。これはアンリがいい子にしてたからだと思う。勉強もしてたし、ピーマンも食べてた。その後は闇落ちして魔王になろうとしたけど。
「そのときに初めてフェルさんが元魔王だって聞いてびっくりしたもんだよ。それにドレアさんに殺されそうにもなったね。あの時はびっくりしたけど、いま思うといい思い出だね……」
「そんなことがあったの?」
「うん、あまりにもフェルさんに馴れ馴れしいというか、雑用的な仕事を依頼したからドレアさんの逆鱗に触れたんだろうね」
ドレアおじさん……虫を操るユニークスキルを持ってる魔族さんだ。たしか魔界の開発部部長って聞いた気がする。あれ、でも今は帝都でディーン兄ちゃんの補佐として働いているんじゃなかったっけ?
「ドレアおじさんって帝都で働いているんだよね?」
「そうだね、あとラボラさんとフフルさんの三人で色々やってくれてるみたい。でも、あまり魔族さんに頼り過ぎるとまたディーン君が傀儡の皇帝って言われちゃうからあまり派手にはやってないけどね」
最近はそう言われなくなってきたって聞いた。ディーン兄ちゃんのことが認められてきたってことかな。
「なつかしいな……あの頃は私もアンリくらいの年だったからよく分からないこともあったけど、すごいことをしたんだなぁって今更ながらに思うよ」
「うん、普通、帝位簒奪なんて一生に一回あるかないかだと思う」
「普通、一回もないんだけどね……そうだ、ラボラさんとフフルさんで思い出した。ウル姉さんがお二人に色々教わっているんだけど、そろそろディーン君に勝てるかもって言ってたよ」
「そうなんだ? でも、勝ってどうするの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? ディーン君に勝てれば結婚できるんだよ。ウル姉さんはそれを狙ってるんだ」
そういえば聞いたことがあるようなないような。
「ロックの話だとすでにディーン君はウル姉さんに傾いてるって感じだけどね」
「それじゃそのうち結婚するのかな? 皇帝の結婚ともなればかなり大規模だよね?」
もしかしたら帝都全体でお祝いになるのかな?
「たぶん帝都でパレードはすると思うよ。さすがにお城のパーティには全員は呼ばれないだろうけど、私やルートは呼ばれるかも」
「クル姉ちゃんはウル姉ちゃんの妹さんなんだから呼ばれるに決まってる。その時はなにか美味しいものを持って来て。ニア姉ちゃんほど美味しい物はないと思うけど」
アンリの言葉にスザンナ姉ちゃんもうんうんと頷く。
「うん、亜空間に入れてくる。でも、結婚が近いって言うなら帝都を離れるべきじゃなかったかな。それにドレスも新調しておかないと!」
「皇帝の結婚が数日で決まるわけないと思う。余裕はあるから大丈夫。そうだ、服を新調するならニャントリオンに頼んだら?」
「それはいいね! ニャントリオンは結構名前が売れてきてるしルハラでも人気なんだ。結婚が決まったらまたソドゴラ村へドレスを作りに行こうかな」
アンリは戻ったらもう村の外へ逃げられないかも。なにか別の方法を考えてもらおう……そうだ。
「ディア姉ちゃんを呼ぶ方がいいかもしれない。出張仕立屋みたいな」
「それもアリだね!」
クル姉ちゃんは色々想像して楽しそうにしている。
でも、言ってて何か引っかかった――出張で思い出した。ソドゴラ村から誰も来てないんだ。誰か送るって聞いてたんだけど、まだ来てないだけかな?
一応毎日おじいちゃん達に念話してるけど、そんな話は聞いていないからまだ出発してないのかな?
まあ、いっか。そのうち誰か来るからアンリがちゃんと傭兵として頑張っているところを見てもらおう。
『アンリ、聞こえるかい?』
びっくりした。おじいちゃんからの念話だ。
スザンナ姉ちゃん達にその旨を伝えて、おじいちゃんと念話することにした。
『うん、聞こえる。急だったけど何か大事な用事?』
普段ならアンリが夜に念話を送る。今日は珍しくおじいちゃんの方から連絡が来た。たぶん、何かあったんだと思う。
『以前言ったと思うが、アンリの様子を見てきてもらおうと村から人を送る準備ができたよ』
なんてタイムリー。ちょうどそのことを考えてた。でも、ちょっと困った。いま、アンリは帝都にいない。護衛でウゲン共和国へ行く予定だ。
『おじいちゃん、連絡してなかったけどアンリはウゲン共和国へ向かっている途中。帝都へ来るなら出発は遅らせてもらったほうがいいかも』
『そうなのかい? でも、どこにいても大丈夫だと思うよ』
『どうして?』
『どこにいても基本的にはすぐに行けるからね。場所は固定されているが長距離転移魔法が使えるからすぐにアンリのいる場所へ行けると思うよ』
その情報だけで誰が来るのか分かった。
『フェル姉ちゃんが来るの?』
『そうだね。やっと遺跡から帰って来てくれたからアンリのことを頼んだよ』
『もしかしてアンリを連れ戻しに……?』
フェル姉ちゃんが敵に回ったらアンリ達は無力。どうあがいても勝てない。いつかは勝つつもりだけど、まだその時じゃない。
『安心しなさい、そんなことはしないよ。元気にしてくれればいい。フェルさんにもそう伝えてあるから。でも、怠惰に暮らしているようなら何をしてもいいとは言っておいたよ』
最近ちょっと夜更かしが多くなってたからもう少し早めに寝よう。あとピーマンも食べる。勉強も文字の書き取りくらいしておかないと。
フェル姉ちゃんに会うのは久しぶりだ。いつ会えるか分からないけど、その日を楽しみにしておこうっと。




