シシュティとの交渉
地下墳墓のダンジョンから地上に出た。
今はお昼前かな? たぶんだけど、丸一日くらいダンジョンにいたんだと思う。やっぱり外の空気はいい。湿地帯だからまだちょっと残念な感じだけど、思いっきり深呼吸しよう。帝都に戻ったら改めて深呼吸だ。
それにしても帰りは早かった。
あの後、最下層と思われる場所から傭兵さんが二人いるところに戻って、そこで眠ってからダンジョンの出口へ向かった。行きよりも帰りのほうが楽。人数も多いし、余計なところに寄ることもないから、もしかすると三、四時間くらいだったかも。
ダンジョンの外には紅蓮の人達がいた。ここでキャンプを張って待っててくれたみたいだ。
そしてルート兄ちゃん達を見て大喜びしてる。
帝都までは戻っていないけど少しくらいは喜んでも問題ないと思う。ここからは馬車だしちょっとくらいは気を緩めてもいい気がする。
「おや、お帰りでしたか。ずいぶんとお早い帰還ですね」
近くにいたスザンナ姉ちゃんがすぐにアンリの前に出る。アンリ達に声をかけてきたのはシシュティって人だ。この人もこの場にずっといたみたい。
というよりも、シシュティ商会っていうのはダンジョンの入口付近に陣取って商売をしている人達って話だったかな? ならここにずっといるのも不思議じゃないのかも。
でも、なんとなく不安な感じがする。あまりお近づきにはなりたくない。
「なにか面白い物は見つかりましたか? よろしければ、割増しで引き取らせていただきますよ?」
この人のせいであの若い傭兵さんは無理をした。元々嫌な感じだけど、アンリの中ではかなり評価は低い。
そういえば、あの剣を知っていたみたいだけど、あの状態の剣でも買ってくれるのかな? たしか大金貨で千枚だったはず。ここはアンリが交渉しよう。久々のネゴシエーターアンリ。
「ダンジョンの奥で結構価値がありそうな剣を見つけた。若い傭兵さんが言ってたんだけど、大金貨千枚で買うって本当?」
「ええ、その通りです。私の仕入れた情報では最下層に魔剣フラガラッハがあるはず。それを持って来てくれたら大金貨千枚で買いましょう……しかし、どなたもお持ちではないようですね。最下層まではいかなかったと見える」
なんでそんなことを知っているんだろう? 誰の情報なのかな?
でも、それはどうでもいい。言質は取った。でも、念には念を入れる。
「本当に? どんな状態でも大金貨千枚で買ってくれる?」
「ええ、もちろんですよ。もう一度ダンジョンへ潜るおつもりですか? お仲間を見つけたようですし、改めてダンジョンへ潜るのなら是非にでもその剣を持ち帰って欲しいものですね」
「分かった。ならその剣を売ってあげる。大金貨千枚でよろしくお願いします」
「……何をおっしゃっているのです? どこにも剣など見当たりませんが?」
スザンナ姉ちゃんが亜空間から剣を取り出した。何度も分析魔法で確認したから問題ない。この剣はただの剣。普通に持っても操られることはない。
シシュティって人は驚いてる。何をそんなに驚いているのかは分からないけど、この剣は最下層にあった剣だ。たとえどんな状態でも大金貨千枚。
「……これは貴方達が? いえ、貴方達しかいないでしょうね」
「うん。でも、さっきどんな状態でも大金貨千枚で買ってくれるって言った。お買い上げありがとうございます」
「これは一本取られましたね。まさかこんな状態にするとは……」
「まさかとは思うけど、これの元の状態を知ってるの?」
スザンナ姉ちゃんの声が険しいというか、かなり警戒している。
確かにアンリも気になる。
フェル・デレのおかげでアンリは操られることはなかったけど、普通の人が持ったら大変なことになってた。ルート兄ちゃん達は別の剣で操られていた感じになっていたけど、この剣に操られる可能性だってあった。そうしたら破壊と殺戮をまき散らす感じになっちゃう。
それを知っててこの人は取ってくるように言ったのかな? それは外道過ぎる。
「……インテリジェンスソードであることは知っていましたよ。しかし、この状態では切れ味がいい剣でしかありませんね」
人を操る剣ということは知らなかったのかな? よく考えたら、さすがにそこまでの情報はないかも。そもそもそれを知ってる人はいないはず。近づいたら操られちゃうわけだし。
「しかし、これに大金貨千枚ですか……もう少しまかりませんか?」
「まからない。必要なければ鍛冶師に頼んで金属に戻してもらうだけだから、いらないなら返して」
強気の交渉に出る。もともと売れなくてもいい。こういう危険な物は金属に戻したほうがより安全。
「……降参です。わかりました。すでに意志がない剣であってもコレクターには売れるでしょう。大金貨千枚で買わせていただきますよ。いま、大金貨を用意しますので少々お待ちください」
心の中でガッツポーズ。これであの台座も売れば紅蓮も余裕ができるはず。アンリはいい仕事をした。
シシュティって人は商隊のほうへ歩いて行った。入れ替わりにクル姉ちゃんがやってくる。
「アンリ、スザンナ、シシュティ商会の人と話してたみたいだけどどうしたの? そろそろ馬車の用意ができるよ?」
「クル姉ちゃん喜んで。あの剣が大金貨千枚で売れた。これでしばらくは紅蓮も安泰」
「ぅえぇぇ!?」
大人の女性が出しちゃいけないような声がクル姉ちゃんの口から出てきた。ちょっと落ち着いて欲しい。
「お金を用意してもらっているから、それを貰ったら帰ろう。あ、勝手に売っちゃっていいよね?」
今度は口をパクパクしてたけど、ゴクンとつばを飲み込むと、クル姉ちゃんは一度深呼吸をした。
「そ、その剣はアンリの物だよ? なら大金貨千枚だってアンリの――」
「そんなことない。これはみんなで取ってきたお宝。ならお金に代えて紅蓮の物にしよう。そういえば、ここもアビスちゃんのところみたいに売り上げの一割はどこかに収めるの? 遺跡機関がそんなことをしてるんだよね?」
たしか、ダンジョン内で手に入れた物はそのダンジョンを管理しているところに値段の一割を収めないといけない決まりだ。アビスちゃんのダンジョンだと村が管理してるから、お金が村に入ってる。おじいちゃんはお金が入り過ぎて困ってるとか言ってた。
「ああ、うん、ここの管理はルハラ帝国だから国に収めるよ。その辺は紅蓮でやるからいいんだけど、本当にいいの?」
「いいに決まってる。スザンナ姉ちゃんもいいよね?」
「もちろん構わない。言っておくけど私はお金持ち。ディアちゃんからも利子付きでお金を返してもらったし、大金貨千枚くらいじゃ揺るがない」
久々にスザンナ姉ちゃんのお金持ち宣言を聞いた。ソドゴラ村じゃお金を使うことがほとんどないから言わなくなってたけど。
その後、シシュティって人が来た。大金貨が百枚入った袋を十個用意してくれたみたいだ。
「確実に入れてはありますが、確認していただけますか?」
クル姉ちゃんが袋に分析魔法をかける。これで大金貨が何枚入っているか分かるらしい。おじいちゃんから算数を教わっていたけど、分析魔法を教わったほうが早いんじゃないかと思ってちょっとモヤッとした。
全部確認が終わると間違いなく大金貨が千枚あったみたいだ。
スザンナ姉ちゃんが剣をシシュティって人に渡した。
「取引成立ですね……しかし、お嬢さん達は素晴らしい。さすが――の因子を持つ方達だ」
ん? よく聞き取れなかったけど、なんて言ったんだろう?
「ではまたどこかでお会いするかもしれません。その時はまたよろしくお願いしますよ」
シシュティって人は一度だけお辞儀をしてからこの場を離れて行った。持っている剣に対してブツブツ言ってる気がする。もうあの剣はしゃべれないはずなんだけど……まあいっか。
よし、これで大金貨千枚を手に入れた。それに台座もある。それはヴィロー商会に売るとか言ってたっけ。かなりの稼ぎになるはずだ。
それなのにクル姉ちゃんは涙目だ。いわゆるうれし泣きみたいなものなんだろうけど、こういうときは大喜びするべき。
「二人とも本当にありがとうね。ルートを助けてもらったばかりか、お金まで――私にとっては最高の結果になったよ」
「クル、私達は親友。なら助けるのは当然。気にしなくていい」
「その通り。でも、宴の料理には期待してる。お金持ちになった紅蓮の本気を見たい。アンリも本気出す」
「うん! 最高の宴を開くからね!」
よし、馬車に乗り込もう。帝都に戻るまでは冒険だ。最後まで気を抜かずに行くぞ。




