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少女と魔族と聖剣と  作者: ぺんぎん
第十五章

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負けられない戦い

 

 傭兵団の幹部だと思う女性の人がアンリの五メートル前くらいに立つ。


 幹部の人は赤毛のショートカットで小柄だ。見た限り武器を持っていない。でも、ちょっとごつそうなグローブをしている。もしかしてフェル姉ちゃんみたいに格闘術で戦うのかな?


 ……これは負けられない。それにフェル姉ちゃん対策は結構考えている。これはいい模擬戦。全力で行こう。


「私の名前はベルトア。よろしくね、アンリちゃん」


「うん、よろしく。でも、負ける気はないからそれはよろしくしないで」


「それはこっちもそうだよ。あのダンジョンはアンリちゃんみたいな子供に行かせる場所じゃない。私が代わりに行くからアンリちゃんはお留守番してて」


「お留守番はアンリがピーマン並みに苦手なこと。悪いけどベルトア姉ちゃんを倒してクル姉ちゃん達について行く。それにそのスタイルで戦う人に負ける訳にはいかない」


 アンリが目指すフェル姉ちゃんはもっと遥か高みにいる。普通の人に負けている場合じゃない。


「ふうん? 良くは分からないけど格闘で戦う人に思い入れでもあるのかな? もしかしてロックさんとか?」


 ロック……? クル姉ちゃんが言ってた人かな。なにかこう上半身が裸の人だ。たしかソドゴラ村にも一度来たことがある。背中をバシンと叩いてモミジを作りたいと思ってた。そのロック兄ちゃんも格闘で戦う人なのかもしれない。


「えっと、ロック兄ちゃんとは全く関係ない感じ。アンリが越えなくちゃいけない人が格闘のスタイルだから負けたくない感じ」


「へぇ? その人は強いの?」


「たぶん、最強。もっと強い人はいないと思う」


「ずいぶんと大きく出たね。アンリちゃんはその人を越えたいんだ?」


「うん、そう。だからベルトア姉ちゃんで足止めされるわけにはいかない。悪いけど、アンリはもっと先を見てる。こんなところで止まっている暇はない」


「言うねぇ。なら私も本気で行くよ。大人げないかとも思ったけど、そういうことなら手加減なしだ。ああ、でも、怪我に関しては気にしなくていいよ。訓練場では結界が張ってあるからどんなに戦っても致命傷にはならないようにしているからね」


「うん、分かった。ならアンリも本気でやる。アンリの強さに恐れおののいて」


 訓練場の中央に移動してからベルトア姉ちゃんと相対する。そして魔剣フェル・デレを構えた。


 そして「始め」の声が聞こえた。


 クル姉ちゃんの言った通り、アンリはこの状態が最強。この状態で負ける訳にはいかない。


 ベルトア姉ちゃんは軽くジャンプしながらタイミングを計っている感じだ。隙を見せたらすぐに飛び込んできそう。


 先に飛び出すか、それとも一度は防御に回るか。難しいところだけど、アンリはベルトア姉ちゃんのことを知らない。まずは出方を見よう。


「アンリちゃん、来ないの?」


「先手は譲る」


「へぇ。後悔しないようにね?」


 ベルトア姉ちゃんがそう言った直後、一瞬でアンリの間合いに入られた。驚くほど速いけど、ちゃんと見えてる。


 まずは左手によるジャブ。それが三発。フェル・デレの腹部分で受けた。この辺りはフェル姉ちゃんと一緒だ。あれで相手の出方を見ているのかも。


 体勢は崩してないけど、ベルトア姉ちゃんはかなり大振りの右ストレートを放ってきた。カウンターできそうだったけど、まずは受けよう。


 ジャブの時と同じように剣の腹部分で受ける。結構な攻撃だから後ろに飛んで衝撃を逃がそう。


 力に逆らわないように後ろへ飛ぶ。思ったより吹っ飛ばされたけど、アンリにダメージはない。


 そのはずなんだけど、皆がすごく盛り上がってる。聞こえてくるのは「数メートル吹っ飛んだよ!」「さすがお姉様!」「アンリちゃんもここまでかぁ」だった。


 おかしい。アンリにはダメージがないはずなんだけど。気づかないうちにダメージを受けてた?


 スザンナ姉ちゃんのほうを見ると、いつものクールな顔だ。でも、アンリには分かる。あれはそのままでいいっていう時の顔だ。つまりアンリは間違っていない。


 ただ、クル姉ちゃんはちょっと不満げな顔だ。でも、それはアンリじゃなくて傭兵さん達のほうに向いている気がする。


 もしかして周囲の人達はアンリが衝撃を逃がすために後ろに飛んだことを分かってない?


 ベルトア姉ちゃんのほうを見ると、右の拳とアンリを交互に見てから驚きの表情になった。たぶん、アンリが衝撃を逃がしたから殴ったときの感触が変だったんだと思う。


「アンリちゃんはおっかないことをするね?」


「これは基本。ソドゴラ村でそれができないとすぐに倒されちゃう」


「ははっ! 一度その村に行ってみたいもんだね!」


「いつでも来て。歓迎する」


 今度はこっちからと思ったんだけど、ベルトア姉ちゃんはさっきよりも速いスピードで襲ってきた。大振りはしない感じで、手数を増やしてきた。絶え間なく攻撃してくる。


 でも、全部見える。この攻撃はアンリに当たらない。剣で受けたり、躱したりしてすべての攻撃を捌く。威力が低い攻撃なら衝撃を逃がす必要もない。相手のリズムが良くなりすぎるとまずいけど、まずは何をしても無駄と思わせるのは大事なことだ。


 しばらくするとベルトア姉ちゃんは攻撃をやめて距離を取った。これはチャンス。


 今度はアンリが間合いを詰めた。


 動けないなら今がチャンス。アンリの渾身の一撃を食らってもらう。


 フェル・デレを背中の方から振りかぶって体全体で相手に叩きつける。かなり隙だらけの攻撃だけど、疲れて動けそうにない状態なら当たる。


 ベルトア姉ちゃんは腕をクロスさせて魔剣フェル・デレを受け止めた。


「いっだー!」


 さっきのアンリとは違ってこの攻撃の衝撃は背後へ逃がせない。地面にめり込ませるつもりでやったから、全部の衝撃がベルトア姉ちゃんにかかっているはず。


 でも、そこはさすがの傭兵さん。膝をついて耐えていたベルトア姉ちゃんは剣を受けたまま、変な体勢になりながらも足でアンリを蹴り飛ばそうとしてきた。


 剣で受けるのは無理そうなので、バックステップ。そして距離を取ってから剣を構える。


 ベルトア姉ちゃんは両手をぶらぶらと振っている。あれは痛みを和らげようとしているのかな?


 ……あれ? そういえば、さっきから周囲が静かだ。今の攻防はダメだったのかな?


 よし、ならもっとすごいことをしよう。みんなの度肝を抜く。


「アンリちゃん、待った待った。私の負け。参りました」


「え?」


「いやぁ、この結界内で痛いって言うのは実際だと結構すごい攻撃なんだよね。結界がなかったら真っ二つだったと思うよ。その若さでその強さかぁ。お姉さん、ちょっと自信を無くすねぇ……」


 ベルトア姉ちゃんがそう言うと、今日最高くらいの歓声が上がった。


 そしてレイヤ姉ちゃんが近づいてくる。


「す、すごいですよ! アンリさん! ベルトア様ってこの傭兵団でもクルさんの次に強いって言われてるんですよ! それなのに圧倒的な強さで倒しちゃうなんて! 後半あまりよく見えなかったんですけど、アンリさんがめっちゃ強いことだけは分かりました!」


 良く見えなかった?


 もしかしてみんなが静かだったのは、速すぎて何をしているのか分かってなかった?


「はい、それじゃみんな、アンリが強いのは分かったよね? 明日、私とスザンナ、そしてアンリの三人で地下墳墓に行くから、みんなはそのサポートをよろしくね」


 クル姉ちゃんがそう言うと、傭兵さん達は「はい!」って規律正しく返事をした。


「はい、それじゃ解散」


 さらにクル姉ちゃんがそう言うと、アンリは皆に囲まれた。色々と質問攻めだ。


 よし、ここはアンリが何でも答えちゃおう。


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