副料理長とおめでたい報告
今日は妖精王国でイベントがあるからダンジョン攻略には行かなかった。
そもそもアラクネ姉ちゃん――じゃなくてルノス姉ちゃんに勝てない。最近になってスザンナ姉ちゃんの攻撃が当たるようになったかなってくらい。残念ながらアンリ達は誰も攻撃を当てられないから勝つなんてまだまだ先の話。
スザンナ姉ちゃんは絶対倒すって気合を入れているけど、アンリ達の訓練にならないから早めに魔物さん達でトーナメントをやって階層の入れ替えをお願いしている最中だ。
アンリ的魔物さんランキングだと、今のルノス姉ちゃんはほぼ最下層に近い場所にいるべき。ジョゼちゃん達の近くにいるのが正しいと思う。だから無理してルノス姉ちゃんに勝てなくてもいいはず。これは戦略的撤退に近い何か。
それはいいとして、そろそろイベントが始まる。そっちに集中しよう。
アンリはスザンナ姉ちゃん達と一緒に同じテーブルに座ってる。そしてすぐ隣のテーブルにはフェル姉ちゃん達がいた。今日はヴァイア姉ちゃんとリンちゃん、それにノスト兄ちゃんもいる。
そしてテーブルの上にはたくさんの料理。これからお祝いがあるから、そのための料理なんだと思う。
今日はヤト姉ちゃんが妖精王国で副料理長にクラスチェンジする日。ウェイトレスを辞めて、料理一筋の料理人になる。
なんでこんなイベントをするのかは分からないけど、何かのケジメみたいなものかな? アンリとしてはみんなで騒げるから嬉しいけど。
森の妖精亭から妖精王国になった時に出来た食堂のステージで、ニア姉ちゃんとヤト姉ちゃんが立っている。それを皆で見ている状態だ。
「それじゃヤトちゃん、今日から副料理長だ。これからもよろしく頼むよ」
「ふ、ふ、副料理長の名前に負けないように、が、が、頑張るニャ!」
クールビューティーと言っても過言じゃないヤト姉ちゃんがものすごく緊張している感じだ。しかもしっぽが大変なことになってる。
「ヤトの奴、魔王軍の強襲部隊隊長に任命したときでもあんなに緊張してなかったんだけどな? ヤトにとっては副料理長のほうが緊張するのか……」
フェル姉ちゃんがちょっと驚いている感じだ。
強襲部隊隊長……確かヤト姉ちゃんは人界に来る前までそんな役職と言うか肩書があったって聞いたことがある。フェル姉ちゃんと一緒に危険な魔物を狩りに行ったとか。
ヤト姉ちゃんにとってそれは問題のないことで、副料理長という肩書のほうが嬉しいっていうか、責任が重いって感じなのかな。
とりあえず、皆が拍手したから、アンリも拍手。クールだけどヤト姉ちゃんは嬉しそうだ。
「さて、ヤトちゃんを副料理長にしたんだけど、皆にはもう一つ報告があるんだよ。それを聞いてもらいたくてね」
ニア姉ちゃんが皆のほうを見渡してからそう言って微笑んだ。その隣にロンおじさんがやってくる。
なんだかロンおじさんが緊張している感じなんだけど、どうしたんだろう?
ニア姉ちゃんはロンおじさんのほうを見て少し微笑んでから、またこっちを見た。
「実はね、赤ちゃんが出来たんだ。私とロンの子さ。その報告をしたくてね」
一瞬、全てが止まった。でも次の瞬間には大歓声だ。みんなが拍手しながら大きな声を上げて喜んでる。もちろんアンリも嬉しい。もっと体全体で喜びを表現したい。
「驚いたな、ニアとロンの子供か」
「アンリは初めて知ったけど、フェル姉ちゃん達も初めて知ったの?」
聞いてみたらみんな初耳だったみたい。
「それでね、旦那がどうしても休めっていうから少しの間、仕事はしないことにしたんだよ」
お仕事をしない……? ニア姉ちゃんは妖精王国の料理長だ。その料理長が仕事をしないってことになったら、必然的にヤト姉ちゃんが妖精王国の料理人としてトップに……?
ヤト姉ちゃんはステージの上でボケっとしてる。もしかしてヤト姉ちゃんもニア姉ちゃんに赤ちゃんが出来たことを初めて知った?
「だからね、ヤトちゃん。しばらくの間、妖精王国の料理長として頑張ってくれないかい? ヤトちゃんなら私も安心して休めるからね!」
ヤト姉ちゃんのしっぽがピンって上に伸びた。
「ニャ!?」
「そんなわけで、しばらく料理をしないから今日は食べ納めだよ。まあ、これからはヤトちゃんが作ってくれるから味の方は心配ないけどね!」
ニア姉ちゃんがそう言うと、また盛り上がった。ステージの上では、ヤト姉ちゃんが倒れそうになっているのを他の獣人さん達が支えている感じになってる。そうとうショックだったみたいだ。
「ヤトの奴、大丈夫か? ずいぶんとショックを受けてるようだが」
「料理でニア姉ちゃんの代わりをするって難易度が高すぎると思う。アンリ達がルノス姉ちゃんに勝つくらいの難しさ。ショックを受けるのは当然だと思う」
「それはそうなんだが……ヤトって人界に来てから随分と変わったな。魔界にいたころ、どんなに魔物を倒しても返り血を浴びない黒猫ってことで漆黒って呼ばれてたんだぞ? なんかこう、遥か昔の事みたいだ」
ヤト姉ちゃんが来たのはアンリが五歳の頃。つまり四年前だ。普通に遥か昔の事だと思う。でも、アンリはちょっと前のような気もする。感覚的には二、三日前。
でも、実際は四年。いつの間にかそんなことになってた。もうちょっとで十歳になるし、そうなったら五年前だ。なんかこう、あっという間だった気がする。
チラッと皆を見た。
スザンナ姉ちゃん達はあの頃よりもすごく大人になってる。そしてヴァイア姉ちゃん達は大人化がさらにすすんだ。リンちゃんは相変わらず可愛いくて、アンリ姉ちゃんって言ってくれると体がくすぐったい感じだ。いつかアンリの妹になってもらうつもり。
でも、フェル姉ちゃんだけはそのままだ。いつ会っても同じ姿。遺跡に向かって出かけるときと、帰ってきたときが全く一緒。
何となくだけど、アンリはそれが嬉しい。村も皆も色々なことが変わっていく中でフェル姉ちゃんだけが変わらない。いつまで経ってもフェル姉ちゃんはフェル姉ちゃんだ。
「アンリ、私を見つめているようだが、何か用か? 言っておくが、このジャガイモ揚げは渡さんぞ?」
「色々台無しだけど、そういう話じゃない。フェル姉ちゃんはいつも通りだなって思ってただけ」
「……いや、少しくらいなら分けてやるぞ。私だってオーガじゃない。その、なんだ。しばらくニアの料理が食べられないから食い溜めしておこうと思っただけで絶対にあげたくないってわけじゃ――」
「フェル姉ちゃん、食べ物の話からはなれて。それに安心して。アンリの狙いはチョコレートアイス。これはヤト姉ちゃんでもなかなか作れないはずだから、しばらくは食べられない。今日はがっつり行くつもり」
「そうか。だが、安心する理由がないな。私もそれを狙っている。負けんぞ」
「フェル姉ちゃんは大人なんだからアンリ達に譲るべきだと思う。アンリだってリンちゃんとの戦いになったら大きな心で譲るつもり」
「ぐ……そう言われたら、その通りなんだが。いや、そんなに争奪戦になるほどじゃないだろう。皆に行き渡るはずだ。そのうえで余ったら取り合いだな」
フェル姉ちゃんは見た目だけじゃなくて中身も変わらない。それは悪いことじゃない……気がする。
「アンリ姉ちゃん、今日、リンは村にお泊りだから、また夜更かししよう?」
色々考えていたらリンちゃんがやってきた。やれやれ、すごくかわいい。妖精女王たるアンリでもタジタジ。
「ヴァイア姉ちゃん、今日もリンちゃんと夜更かしパジャマパーティをしていい?」
「もちろん構わないよ。私達もフェルちゃんの部屋でパジャマパーティだからね! というか一緒にやろう!」
皆から賛成の意見が出た。
うん、許可がでたなら問題ない。今日も遅くまでリンちゃんとお話しよう。エルリガってところに興味があるからぜひ聞きたい。あと、リンちゃんがアンリの妹になるように色々画策しないと。
「リンちゃんはいつ頃アンリの妹になる? いまなら特典付きで妹になれる。アンリの九大秘宝から一つあげるつもり」
「んー、もう一声!」
リンちゃんが交渉してきた。これはアンリへの挑戦と見た。でも、秘宝を二つ渡すのはちょっと難しい。どうしよう?
「それに内緒だけど今度リンはお姉ちゃんになるんだ」
「もしかしてアンリのお姉ちゃんになりたいの? それはちょっと困る。妹のほうが色々いいよ?」
「そうじゃなくて、リンに妹か弟ができるんだ。だからリンがお姉さん。内緒だけど」
「ちょ、リンちゃん、まだそれは誰にも言っちゃダメって――」
ヴァイア姉ちゃんが皆に囲まれた。特にリエル姉ちゃんの追及が激しい。
どういうことなのかアンリもヴァイア姉ちゃんを追求しないと。




