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第六話・藍色のスニーカー

「ごめん、遅くなったね」

 僕はお店に掛っている時計を見る。二十時半、三十分の遅刻だ。

「どうしても調べておきたい事があったの」

 そう言って彼女は席に座るとお店のレシピを開いた。

「お腹減っちゃったんだよね。もうコウちゃん食べた?」

「ごめん」

 彼女は静かに笑う。

「謝らないでよ」

 彼女はエビグラタンを店員に注文しレシピをテーブルに置いて両腕を組んだ。

「それでね、宇宙旅行の話なんだけど、ただ貰うっていうのはなんだから、明日一緒にショッピングセンターに行ってみない? 商品券が余ってるから」

彼女は財布の中から一万円分の商品券を五枚出した。

「そこのショッピングセンターが出来たとき近隣の家に配られた物なの」

 僕は返答に困り首を掻いた。

「でも、あのショッピングセンターには行かないんじゃなかったの?」

「変わらなきゃいけないってコウちゃん言ってたじゃん。コウちゃんもその服じゃ行きにくいだろうけど、新しい服を買えばきっと気分も変わるよ」

 女の子らしい発想だった。だからといって僕の借金がなくなる訳じゃない。僕は先程もらったチケットと彼女の分の契約書をテーブルにだし、代わりに商品券を受け取った。

「じゃあ、これでいいわけだね」

「うん。とりあえずはね」

 彼女はバッグの中から筆記用具を取り出しながら言った。正直宇宙旅行が5万円分の商品券に引き換えられるというのは、安い気がした。でもこれを転売することは出来ないし、彼女に僕の借金を肩代わりしろなんてもってのほかだ。僕がそんな事を考えている間に彼女のエビグラタンが届いた。書類をバッグにしまい、エビグラタンを彼女はほおばる。しばらくたわいもない会話を弾ませた。大学がどういう所なのかとか、僕にどんな服が似合うかとか、そんな話だ。彼女が食べ終わり飲み物を一口飲むと一呼吸置いて話を切りだしてきた。

「言いにくい事だと思うんだけど、コウちゃん借金幾らあるの?」

 勿論借金の額を自分から言いたがる人はいない。僕もそうだ。でも彼女の目は真剣だった。

「一ヶ月10万円くらい利息として払ってる。要するに借金は膨大な数字って事だよ」

 彼女はため息を付いて肩に耳をつける。僕も同じポーズを取る。借金さえ無ければ、服を買ってデートスポットを雑誌で探して、彼女を誘ってみるなんて事も出来るのかもしれないが、僕にそんなことは出来ない。

「ねえ、よかったらなんだけどさ、うちのコンビニで働いてくれないかな? もちろん店長候補としてなんだけど……」

「だめだよ」

 僕は首を振る。彼女に情けを掛けられたら、僕は絶対後悔すると思った。

「別にコウちゃんを助けたいから言ってる訳じゃないの。今は私が店長の代理をやってるんだけど、卒業したら私の代わりになってくれる人を探さなきゃいけないの」

 お互い黙りあった。仕方なく僕は言う。

「明日どうせまた合うんだから考えさせてよ」

 目を伏せたまま彼女は「いいよ」と言って、無理な笑顔で僕を見た。重たい空気の中僕らは店を出ることにした。外の並木道にはカップルや残業したサラリーマンがちらほらいて柔らかな暑さを感じる。彼女の体。僕の体。どれ位の距離がちょうど良いのかわからなくて、近づいたり離れたりした。彼女は何かを考えているようだったから僕も考えた。コンビニの店員を職業にすることはどういうことなのだろう? そうする事でどういう弊害があり、借金はどう変化するのか考えた。でも、僕の頭は上手く働いてくれなかった。これだけ突然に色々な事があって、整理が上手くついていないのだろう。だから僕の考えは半端なまま、僕と彼女の距離みたいに行ったり来たりしていた。


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