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第二話・放心した僕は……。

 僕は多分放心していたのだろう思う。家の近くにあるコンビニエンスストアの飲み物を入れる什器の前に僕は座り、並んでいるコーラに付いたシールを剥がしていた。

「お客さん?」

 そう声を掛けられて、僕はふと意識を取り戻した。振り向くと、女の人が手を前に組んで僕をのぞき込んでいた。彼女は目を諫めていた。しかし怒ってるというよりどうしたらいいか困っているようだった。自信なさげに彼女は言った。

「あの、売り物にならなくなってしまうんですが……」

 彼女の目は深海のような澄んだ色をしていて、僕は見合った顔を背ける事が出来なかった。おかしな事に彼女も僕から目を離さなかった。目元で切りそろえられた前髪がエアコンの風に揺れていた。

「もしかして、コウちゃん?」

 大きな目を広げて彼女は言った。すると意識を失う前に駆け抜けて行った走馬燈の中に幼い彼女の姿を見付けることができた。松本詩杏。彼女は昔から深い色の目をしていた。彼女の家は酒屋を経営していて、僕の家はクリーニング屋だった。町の商工会で、僕は彼女と知り合い、家族ぐるみの付き合いになった。中学まで同じ学校に行っていたが、バブルがはじけて、僕の家庭が散れじれになってそれ以降会っていなかった。

「いつ、帰って来たの?」

 詩杏は囁くように言った。コンビニの入り口からざわめき声が聞こえる。彼女は振り返る。部活帰りの少年たちが四、五人ジャージ姿ではしゃいでいる。僕は何も言いたくなかった。彼女の深い瞳にはもう悲しみは潜んでいなかったからだ。幸の無さそう薄い唇にもずっと綺麗なグロスを付けて、形の張ったクリーム色のショートパンツと黒いハイソックスが子供っぽく、制服の内側に見える襟の張ったシャツがちょっと大人びて見える。対して僕は昔から来ている安物のジーンズによれのよれのシャツ姿だ。髪の毛だっていつ切ったか忘れてしまった。でも瞳を再び合わせられると見透かされているような気がして口が開いた。

「2年前には戻ってきてた」

 このコンビニに来た事を僕は後悔していた。酒屋がコンビニエンスストアに変わっていたから、彼女も引っ越していったものだと思っていた。彼女は何か言おうと口を開いたが、ちょうど棚の間から少年たちが覗き込んできて「すみませーん」と彼女を呼んだ。

「ごめん、レジしなきゃ」

 彼女は走っていってしまう。途中で振り向いて「もう少しで休憩だから、良かったら外で待っててよ。そのジュース飲んでていいからさ」と言い残した。死んでいるつもりだったから僕には予定も何も無かった。家に帰った所で待っているのは催促状だけだ。僕は買い物かごにコーラを入れてバックヤードにしまい。籠の中のコーラを一本とって外に出る事にした。

 僕が眠っていたのは僅かな時間だったようで、外は暑く眩しかった。アスファルトも焼けていて触っただけでやけどしそうだった。蝉がどこからか騒がしく鳴いている。僕はコンビニの横の方にビルの影を見つけて座ることにした。彼女を思い出すとき付いて回るのは弁当箱だった。うちの中学校には給食が有るが、第一、第三土曜日だけは弁当を持参する事になっていた。もちろん僕の家には殆ど余裕がなかったので、お弁当の中身などたかがしれた物だった。だからいつも屋上に上がり一人で食べていた。そんな僕を知ってか、彼女は僕のためにおかずを用意してくれたりした。

 あの頃はまだ幸せだったな。僕は空を見ながら思った。太陽は見えないくせに日差しが眩しくて僕はすぐ視線を戻す。今から考えれば中学時代、彼女は僕の事を好きだったのかもしれない。コーラの蓋を開けて喉の奥に流し込む。今日二本目のコーラは胃に溜まった。缶に僕がはがしたシールの跡がある。宇宙旅行が当たったのは事実なんだろうか?と僕は疑問に感じる。現実感が薄れていると思った。僕はポケットをまさぐり後ろのポケットにシールを見つけた。シール二センチぐらいの正方形で「当たり」と真ん中に書いてある。よくよく見てみるとあたりの所に透明に文字が入っていたりロットナンバーが振られていたり、偽造されないように作られていた。

「あたりが出ましたら、まずこちらにご連絡下さい。」

 シールの表側にはそんな事が書いてあった。僕は公衆電話に急いだ。


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