第一話・晩餐の缶コーラ
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まだ自動販売機から取り出されたばかりの缶は、夏の日差しに晒されて、必死に汗をかいていた。僕はゆっくりと蓋を開ける。圧縮されていた二酸化炭素が僕の指を冷やす。缶ジュースを傾けると炭酸が胃の中へ落ちていく。喉は酸素を欲しがり、口からジュースを離すと僕は不揃いな呼吸を繰り返した。
ジュースを飲んだら死んでやろうと思っていた。用意ももちろん出来ていた。テーブルに置いた睡眠薬。致死量がどれぐらいであるのかは判らないが、一掴みも飲めば十分だと思う。飲み終えて横になる。ゆっくりと閉じられたまぶたは二度と開かない。瓶の隣に置いてある缶ジュースみたいに変な汗をかいて、僕は段々と冷たくなる。そう想像する。
世の中の死刑囚の中には、死刑の前にでる食事が一番旨かったと思う奴がいるらしい。本当にそうなら良かったのにと僕は思う。僕にとってコーラは惰性と退屈を意味していた。
まあ、120円で幸福が買えるなら誰も大麻なんか買わないだろう。コーラのように泡のように浮かんでは消えていく自分の過去。最後の一口を飲みきる前に僕は缶をテーブルに戻した。薬を飲み込むのに使うためだ。最後に体を動かしてみた。腕を回したり、伸びをしてみたりした。息を大きく吸うとゲップが出てきた。まだ僕は生きているし、息をしている。お別れだな自分。キザっぽい台詞を吐いて薬瓶から掌に薬を振り落とす。飲めばエンディングもなく、看取られる事もなく僕は終わる。そう思っていると、何も食べていないのに炭酸飲料なんか飲んだからだろう。僕は突然シャックリに襲われカプセルを撒き散らした。
何でこんな時にシャックリなんか……。シャックリをしながら僕は思った。僕はそれから薬を拾ってみたが飲もうとするとシャックリが出てカプセルがこぼれ落ちそうになった。まるで体が自殺をする事を拒んでいるようだった。僕は薬を拾うのを止めて汗を拭いた。時計を見ると十二時を少し過ぎたところだった。通りで暑いわけだ。とにかく時間はだけはあった。僕はシャックリを止めるためのいくつかの方法を頭の中で思い浮かべ実行していった。例えば息を止めてみるだとか、水を飲んでみたりだとか、思い出す限り様々な方法を行ってみた。しかし、締まりの悪い蛇口のようにしばらく時間が経つととシャックリは飛び出した。夏の暑さと思い通り行かない腹立たしさに僕は残ったコーラを飲んだ。一口しかないコーラは僕の乾きを増幅させただけだった。
もう無いのか……。と僕がジュースの缶を眺めるとそこには一枚のシールが貼ってあった。
『あたりが出たら宇宙旅行』
僕は空き缶を潰した。親のせいで借金漬けにされた僕を、そのシールは見下ろしているように見えた。『希望』なんて生まれたときから僕にはなかった。まるで見た目では判らない甘い味。アスパルテームとL-フェニルアラニン化合物。
「何が宇宙旅行だ」
僕は空き缶を投げた。缶は跳ね返ってどこかへ飛んだ。怒った所で、無言の返事は僕を憂鬱にさせるだけだった。ふと、何か忘れている気がした。シールを見た瞬間からシャックリが止まっていた。僕はソファーに横になってとにかく早く死のうと思った。それが最善の策だと自分を元気付けた。錠剤の蓋を開け手の上にのせる。十粒は軽く超えているだろう。僕は無理矢理それを飲み込んだ。溶けきるまでにはまだ少しある。少しずつだが眠気を覚える。ベット反対側を向くとそこにはさっき投げたはずの空き缶が落ちていた。目の前には先ほどのシールが僕を見ていた。何か、運命的な出会いなのかも知れないと僕は思った。最後ぐらい開いてやろう思った。僕は何気なくシールを捲った。すると僕の予想に反して『当たり』の字。僕は再びシャックリが飛び出て、飲んだはずの薬を吐きだした。僕は慌てて飛び出したカプセルを集めようとしたが、時すでに遅し。ぐらりと頭が揺れてベッドが弾んだ。僕は奈落の底に堕ちていった。




