第五話 一筋の光明
袋の口を開け、中を覗きこんで愕然としてしまった。端から見たら確かに物が詰まっているように見えるのに、これも内容量が拡張されている類の袋らしい。十個ある袋はアイテムポーチと同じようなものだとは思っていたが、流石にこれまで内容量が拡張されているとは思わなかった。一応十個あるうちの幾つかを確認してみたが、しっかりと内容量は拡張されている。
しかしあの姫様たちだけで系十一個ものアイテムポーチを持っているのか……。元々この部屋にあったであろうあろうアイテムポーチは一個なのを鑑みると、それだけ貴重な品か、ただ手に入れる機会がなかったかのどちらかだろうが、おそらくは前者だろう。どれだけ拡張されているかは不明だが、おそらくは数倍か数十倍まで内容量が増え、あまつさえ重量さえも抑えられているこのアイテムポーチがそこまで大量生産されているとは思えない。まあ悪いことではない、全部がアイテムポーチであれば――一つはアイテムバッグと呼ぶべきだろう大きさだが――期待値はそれだけ高くなる。
このアイテムバッグに入っているものもわかっていないので、先ほどと同じく適当に取り出してみれば、出てきたのはテントの骨組みに使うであろう木の棒だった。そのあとはテント関連のものを取り出そうと意識してみれば、どんどん木の棒やテントの屋根に使うであろう、面積の広い布が出て来る。数分かけて取り出したそれはテント複数個分の量で、思った以上に場所を取ってしまったため丸机や椅子をベッドの横に置き、テントの部品を代わりにそこへ置いておく。
テントの部品を取り出したあとのアイテムバッグは少しだけ萎んで見える。どうやら中に入っている量で袋も膨らんだり萎んだりするらしい。次に出てきたのは一抱えほどもある袋で、中には白パンが詰められていた。一つだけ取り出そうと触ってみれば相当に柔らかく、黒パンとは比べるまでもなくいいパンなのがわかる。唾液でいい感じにほぐれた干し肉を噛みちぎり、それをおかずに白パンを口に含んでみる。……まあまあいけるって程度だな。腹を膨らませるには丁度いいかもしれないが、率先して食べようとは思えない塩梅だ。
勝手に姫様たちの食料をつまみ食いしてしまったが、一応確認のためでもあったし、俺の手で触ってしまったこれを戻して、助け出された誰かがそれを口にするのは憚られる。何日風呂に入っていないかわからない現状では病気が怖い。既に色々と手づかみで食べてしまっているが、そういった病気に対する抗体は持っているだろう。人の上に立つのに、ぽっと出の人間では些か信用に足らないはずだ。力で支配してのし上がった可能性も無くはないが、まあだからと言ってもこのグリードという人間が病気に弱いということはないだろう。
さくっと白パンを食べ終え、白パンの入っていた袋を脇へ置く。
次にアイテムバッグから出てきたのは革張りの黒い箱。なんの革かはわからないが、とても手触りがいい。大きさはそれほどでもなく、今の比較的大きめの手なら片手で持てるくらいには小さいが、その大きさとは裏腹に意外と重みがある。
黒箱の正面には小さな鍵穴があり、金のような金属を使って盾のような趣向が凝らしてある。
開かないとは思いつつも鍵を使わずに開けようと箱の縁に手をかけてみるも、流石にしっかりと施錠されていた。試しにアイテムバッグの中に入っていないかと探してみたが、そこらの盗賊とは違い、他の場所に保管しているようだ。
となれば見込みのある場所はあの十個もあるアイテムポーチだろう。普段であれば十個もの袋を虱潰しに探さなければならないとなると気が滅入っていただろうが、このアイテムポーチであれば手を入れて鍵を思い浮かべれば出てくる分、非常に気が楽だ。
◇
黒箱の縁に手をかけ、ゆっくりと鍵を鍵穴に差し込み恐る恐る回す。軽い音とともに鍵の開いた感触が手の先に拡がる。
結局のところ、鍵は一つ目のアイテムポーチからすぐに出てきて拍子抜けしてしまった。別の鍵という可能性もあったが、どうやらその心配もいらなかったようでほっと一息つく。
開けた黒箱の中には透明度の高い水晶と、それを置くための金の刺繍がされた白い座布団が丁寧に仕舞われていた。しかし緩衝材が入っていないのに、閉まっている状態で横にしても水晶が転がっている様子はなかったが、どういう原理だろうかと蓋の裏を見てみれば、なんとなく察してしまった。そこにはびっしりと読めない文字が敷き詰められ、本当に薄く、注視しなければ気がつかないほどに淡く光っていた。
これも使い方のわからない魔法関係の道具で間違いないだろう。魔法の道具で管理されている水晶が、なんの効果もないっていうのは考えられない。
今までの道具と同様、なんの反応も起きない可能性も捨てきれないが、なんとなく……漠然とした感覚だが、この水晶なら現状を打破するきっかけになる気がする。ただの高級感からくる錯覚かもしれないが、期待するだけならタダだ。
万が一にも水晶を落とさないように黒箱の蓋を閉め、ベッド脇に退けた丸机がぐらつかないかを確認してから黒箱を置き、取り出した水晶を慎重に丸机の上へ置いた。
さて、こうやって取り出したはいいものの、どうやって扱えばいいものか。とはいえ手をかざすか、手を乗せる以外に取れる手立てはない。
そんなわけで手をかざしてみたが、特にこれといった反応はない。まあこれは予想の範囲内だ。
ダメでもともとだと、気を落とさずにかざしている手をそのまま水晶の上へ乗せる。
「ん? お、おぉっ!?」
手を置いた直後、手の奥から得体の知れないエネルギーのようなものが掌を伝い、水晶に流れ込んでいく感覚に襲われ、思わず変な声が出てしまった。
数秒ほどそのまま待機していると、水晶の内側から淡い光が徐々に漏れ出してくる。薄黄色の光はどんどんと強さを増していき、溢れんばかりに増したその光はぽつぽつと宙へ浮き始めた。
ふわふわと目の前で漂うそれは、昔一度だけ見たことのある蛍を思い起こさせる。その幻想的な光景に目を奪われていると、その光は少しずつ水晶に置いた手の上へと凝集していく。
形成されていく光はゆっくりと文字を模っていく。呆けていた俺が我に返ったのは、辺りに漂っていた光が全ての文字を模り終わったあとだった。
淡く光っていたそれは、纏まった後でもその光は淡いままで、ともすれば儚く消えてしまいそうなほど。しかしそこに描かれた文字はハッキリと読めるほどに明瞭だ。淡いのに明瞭という、どこか矛盾をはらんだそれが、本当にファンタジーの世界に来てしまったんだという実感と、なんとしてでも助け出さなければいけないという覚悟を決めた瞬間だったのかもしれない。
改めて覚悟を明らかにした後、未だ目の前に浮かぶ光の文字に目を通す。それはこの世界で生きてきたグリードという人間を数値化したもので、有り体に言ってしまえばゲームでよく見るステータス。友人と遊んでいたオンラインゲームでもお馴染みのもので、こつこつとレベルを上げるのが割りと好きだった。
一番上に書かれているのは自分の名前。そこに表示されていたのは残念ながら元の世界で使われていた名前ではなく、こちらの世界で生きてきたグリードの名前だったのがなんとも言えないところだ。
次に書かれているのはレベル。数値は二十七と、高いとも低いとも言えない微妙なところだった。
その少し下には体力と魔力の最大値と保有量……少しだけ魔力の保有量が減っているのは、先ほど水晶に吸われたときのあれだろう。魔力の最大値が体力の最大値と比べて三分の一なところをみると、やっぱり盗賊や戦士といった類いのタイプだからだろう。
その更に下を見てみれば、筋力や生命力、知力や精神力など、定番と言えるほどのものばかりだ。その数値も当然戦士よりの割り振りがされている。筋力や生命力が高く、知力や精神力はおおよそ筋力値の半分ほど。基準がわからないからなんとも言えないが、レベルからして中堅少し手前といった具合だろうか。
そして最後に書かれていたのは自分の会得しているスキルの一覧だった。これも例に漏れずグリードの会得しているスキルしか表示されていない。前の世界でなにかのスキルを会得していたかと問われるとなんとも言えないが、ここに表示されているのは全部戦闘用のスキルだけだ。となると、前の世界で格闘技の経験なんてない俺では、こういったスキルを会得していた可能性は低いだろう。
しかしここに表示されているスキルは使えるんだろうか。剣術や格闘術、足捌きなんていうのはまだわかるが、身体強化や気配察知なんてどうやって使えばいいかすらわからない。この体に憑依して、更にはこうやってステータスとしてしっかり表示されているなら使えるはずだろう。
そしてスキルの横に添えられている数字はそのスキルのレベルだろう。身体強化のレベルが五と一番高く、気配隠蔽が一と一番低い。もしかしたら一のほうがレベルが上なのかもしれないが、流石にそういったことはないだろう。
だとすれば身体強化の練習は至急しなければいけない。一生この世界で生きていくつもりはさらさら無いが、この世界で生きていくうえでこういったスキルが使えないとなれば、色々と不都合な場面に出くわしてしまうのは避けられないだろう。とはいえ身体強化や気配察知の練習方法にはある程度見当をつけている。身体強化なんて、名前からして魔力を使うものだろう。それに、元の世界ではありえないだろう事柄は、基本的に魔力を絡めてしまえばいい。少し単純すぎる気もするが、間違ってはいないだろう。
あの水晶に吸われたときに感じた、魔力が体の中を移動する感覚。あの感覚さえつかめてしまえば、身体強化を使うこともそう難しくないだろう。
今ある問題が解決したわけではないが、初めて見えた光明に思わず頬が緩んだ。
ステータスは基本書かない方針で。もしかしたらいつか備忘録とか作ってそこに載せる日が来るかもしれない