第四話 使えないものと扱えないもの
数十分ほど横になり、ある程度疲れが取れたところで起き上がる。ほんの少しの休憩だったものの、休憩するとしないとじゃやっぱり違うな、思っていたよりも気が楽になった。
一つ伸びをして部屋の中を見回す。そこにあるのは先ほどと変わらない最低限の家具に、山積みになった巾着袋。……そうだ、そういえばまだあれの中身を確認していなかった。
ゆっくりと立ち上がり、山積みになった巾着袋の方へ向かう。本命である姫様たちの荷物はあとだ。捕まえたうえに荷物まで漁るのは少し……いや、なかなかに罪悪感を感じるが、姫様たちを助けるための手掛かりがあるかもしれないんだ、そこは目を瞑ってもらおう。
巾着袋の山の前に来てわかったが、零れているものが意外と多い。先にこれを整理しないといけないか。幸いというべきか巾着袋の中身は一つ一つわけられているようで、片付けるのに時間はかからないだろう。それに、この様子ならほかの巾着袋もしっかり中身だけはわけられているはずだ。
口の開いた巾着袋の中身を溢さないよう、ゆっくりと口を上にして丁寧に下ろす。巾着袋から溢れているものだけで、五種類もある。背負わないと持てないような大きさの巾着袋から溢れているのは、はたから見たらただの雑草にしか見えない草。線香花火のような形をした花を咲かせているそれは、俺が知らないだけでもしかしたら元の世界にも生えていたのかもしれないが、生憎と記憶にはない。なにに使うものかわからないが、今の俺が使えるとしても料理に混ぜ込むくらいだろう。これが毒になるのか薬になるのか定かじゃない今、使うという選択肢はないか。
次のこれは……彼岸花か? 流石の俺でも見たことのある花だ。毒があるかどうかまでは覚えていないが、これも前の草同様、今のところ選択肢には入らないだろう。
そのあとも溢れているものを整理していったが、全てが素材で加工品は一つも溢れてはいなかった。
この整理だけで、山積みになっている巾着袋の半分ほどが使い道のないものだとわかった。しかし、こういう素材は基本的に足が早いはず。なんでこんなところで使わないまま放置されているんだろうか。……いや、今はそんなことを考えている暇はない、残った巾着袋の確認をしなければ。
既に中身のわかっている巾着袋を横へ置き、中身のわかっていない巾着袋は大きさを基準にして横並びに置く。一番大きいものでも素材が入っていた巾着袋より一回りほど小さく、一番小さいものに限ってはベルトポーチくらいの大きさしかない。
まずは……そうだな、大きい巾着袋から見ていくか。一番大きい袋の中には素材しか入っていなかったし、そこまで有用なものは入ってないだろうという安直な考えだったが、そんな考えも間違っていなかったようで、開いた口のなかにはぎっしりと干し肉が詰められていた。
一つ取り出して匂いを嗅いでみても特に変な匂いはせず、指の背で叩いてみれば、見た目からは考えられないほどに硬い。
「いっへぇ……」
試しにと一口齧ってみれば、逆にこちらの歯がダメージを負ってしまった。噛んだ場所を見ても歯型はついておらず、噛んだ際についた唾液だけが歯が立たなかったことを惨然と物語っている。
……まあいい、次の巾着袋を見ることにしよう。この唾液がついた干し肉は袋に戻せないから咥えておくことにした。そのうち唾液が染み込んで柔らかくなるだろう。
新しく手元に引き寄せた巾着袋の中に入っていたのは、丸みを帯びた黒めのパンだった。こちらも干し肉と同様にかなり硬い。せっかくのパンだが、今はまだ干し肉を食べている。これは一先ず置いておこう。
このあと順々に中身を確認していったが、それぞれが水や干した果物、ナッツ類の保存食ばかりだった。すぐに痛むなまもの系は、やっぱり置いておくことはないようだ。しかしそう考えると、足の早い素材が置かれていた理由に納得がいかない。
……盗賊と取引ができる商人に伝手でもあるんだろうか。それとも俺か、あるいはあの下っ端の誰かがこの素材を扱えるかの二択だが、流石にこれは前者だろう。あんな顔をした奴らが調合なんていう、繊細な作業を行えるとは思えない。
残った巾着袋は残り一つ、ベルトポーチほどの大きさをした巾着袋だけ。正直に言えば全く期待できない。
なんて思っていたのだが、口を開けても底が見えず、口を下に向けてもなにかが落ちてくる様子もない。……どういうことだと耳に近づけて振ってみても音はしないし、物が入っているような重さも感じない。なにも入っていないのかとも思ったが、空の袋をここに積むのもおかしいだろう。
そう考えて袋の口を覗いてみても、やっぱり底は見えない。元の体よりも大きいこの体の手と同じくらいの大きさにもかかわらず、まるで深淵に続いているんじゃないかと錯覚してしまうほどに暗いそこへ手を突っ込むのは少し勇気がいる。
視界に一瞬だけ映った姫様たちの荷物に心引かれるも、すぐに頭を振って目の前にある巾着袋へと意識を戻す。……そうだ。よくよく考えてみれば、そんな不安になるようなものを無造作に積んでいるわけがない。それに、袋の形をした危険物なんてそうそうないだろう。
そう自分に言い聞かせ、恐る恐る右手を袋の口に近づけていく。
「んっ……んぐっ」
袋の口に広がる闇に指先が沈み込んだ瞬間、ぬめりとした感触に変な声が漏れてしまう。それは、まるで粘性の強い水のようだが熱はなく、沈み込む際の抵抗も感じない。ただただぬめりとした感触だけが沈み込む右手に広がっている。
既に手の先が袋の底に付いてるはずなのに右手はまだ奥へと入り込んでいき、右手首が埋まりきったあとも、中になにかが入っているような感じはしない。
「ん?」
ゆらゆらと手首を揺らしながらどうしたものかと思案するも、特に案が浮かんでこず、もうなんでもいいから出てきてくれと嘆願すれば、不意になにかが指先に触れた気がした。
その感触を逃さないように指先を探らせ、それをしっかりと掴む。ゆっくりと引き出したそれは、どう見ても袋の口から入れられないような大きさで、見た目はグリップの付いた筒のようなもの。筒の表面にはなにやら文字のようなものが彫り込まれているが、残念ながら読むことはできない。
拳銃の形に似ているがトリガーはなく、筒は直径四センチメートルくらいで、両端には穴が開いている。グリップ側から筒を覗いてもただ奥が見えるだけで、特別なものが見えたり、双眼鏡のように遠くが見えたりするといった様子もない。
それから少しの間だけ弄ってみたが、結局なにもわからずじまいだった。
便宜上拳銃と呼んでいるこれは一先ず横に置き、再び巾着袋からなにかを取り出せないかと手を入れる。
あの時はなにか出てきてくれと望んだら出てきたんだ。次も同じように望めば……そう考えたところで、また指先になにかが触れた。二度目ともなれば慣れたもので、あっという間に取り出したそれはコンパクトになって、持ち運びが可能になった竈……だろうか。少し形は異なっているが、どこから見ても竈だ。薪を焚べるところもしっかり作られていて、本来であれば釜がある場所にはなにもなく、下が丸見えになっている。
これも先ほどの拳銃と同様、表面には文字が彫り込まれている。ということは、これもただの携帯用竈ではないんだろう。スイッチのようなものも当然見当たらず、こちらもお手上げだ。
それから幾つか巾着袋から取り出したものの、その尽くが俺には扱えず、それら全てには、やはりなんらかの文字が彫られていた。
……結局ここで山積みになっていた巾着袋の中身は、生活する上での必需品ばかりでなにかに使えるかと問われれば、決してイエスとは言えないものばかりだった。唯一使えそうなのが、この色々と入る巾着袋。昔少しだけ読んだことのあるライトノベルでは、アイテムバッグだとかアイテムボックスだとか呼ばれていた気がする。とくれば、これはアイテムポーチとでも呼ぶべきか。しかしこういうものがあるならば必然、魔法も存在するということで……このアイテムポーチから出てきたものは全て、そういった魔力だかなんだかで動くものなんだろう。
使えねえ……と、思わず悪態をついてしまったのも仕方がないだろう。魔力の扱い方なんてわからないし、そもそもこれらがどうやって使うものなのかすら知らない。後は……今食べている干し肉は意外と美味いし、パンや水は食べ物に困らないという点では文句のつけようがない。だが、根本的な解決になるものではないのも確かだ。
さて、次はあの姫様たちの荷物だ。俺の扱えない魔法関係の品ばかり出てこられると正直詰みなんだが、できればアイテムポーチのように誰でも使えて、尚且つ現状を打破できるような、そんな夢みたいなものが出てきてくれないものか。まぁ、流石にそんなお誂え向きのものがあるとは思っていないが。
姫様たちの荷物はアイテムポーチよりも少し大きめの袋が十個に、それより二回りほど大きい袋が一つ。あとは姫様と一緒にいた女性たちが着ていたであろう鎧に剣や槍、弓などの防具や武器が、ある程度規則的に並べてある。鎧とは言ってもフルプレートのように全身を覆うようなものではなく、胸当てや篭手、グリーブなど局所を守るための鎧だ。それぞれの体に合わせているからか、胸当てには平たいものもあればやけに盛り上がっているものもある。
姫様以外はしっかりと見てはいなかったが、あぁ……確かに胸がやたら大きい女性がいた気がしなくもない。頭のなかにその光景が浮かんできそうになるが、頭を振ってそれを追い払う。
危なかった……どうにも、この体になってから性的なものに対して、過敏に反応してしまう。想像だけで下半身が熱くなる寸前で、それは思春期で性欲のやたら強かった中学生のころを思い出した。
それはさておき、まずは大きい袋から中を見ていこう。
更新は不定期になりますご了承ください。
主な執筆状況はTwitterで行っていますので、気になるかたはフォローしていただけると幸いです。