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異世界の始まりはイチモツから【リメイク版】  作者: 床に落ちたちくわ
異世界の始まりはイチモツから
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第三話 八方塞がり

 牢を出てから数十秒、大人が二人から三人ほど並んで歩けそうな洞窟内をゆっくりと歩いていく。岩壁には松明が不規則に並べ掛けられているが、揺らめく明かりは奥が見通せないくらいには薄暗い。


「ん?」


 これからのことを考えていると、不意に視界の奥に牢のようなものが映る。

 一周して戻ってきた、なんてしがない考えを横に捨て、すぐにあの盗賊が言っていた村娘たちのことに思い至る。

 足元に転がる小さな石ころを踏まないように気を付けつつ、少し歩く速度をあげる。


 それほど掛からずに着いた牢の中では、数人の女性が薄汚れた毛布に身を寄せ合っていた。

 恐怖に体を震わせてこちらを見る村娘たちの中には、まだまだ小学生といってもいいほどに幼い子もいる。幼くても今自分がどういう状況にいるのかよくわかっているんだろう、ほかの村娘たちと同様、こちらを恐怖の眼差しで見つめている。

 ここにいる村娘たちは手足を拘束されていないらしい。チョーカーのようなものも首に巻かれている様子もないのは、この村娘たちがなにをしようと問題にならないからだろうか。

 毛布の中で抱き合い、ただ震えるだけなのを見ていれば、確かに万が一が起こることはないだろう。

 しかし毛布か……先ほどから吹いてくる風は少し冷たい。あの姫様たちが着ている薄着だけでは風邪を引く可能性がある。飯を持っていくついでに、毛布も持っていけばいいか。何故頭である俺が態々持ってきたのかと聞かれても、ほかの奴らが信用できないとでも言っておけば大丈夫なはず。

 これ以上無駄に怖がらせるのは可哀想だ、さっさと立ち去ることにしよう。

 毛布が一枚なのも寝るときに辛いだろうし、姫様たちに飯と毛布を持っていく際は、ついでにこの人たちの分も追加しておくか。


 再び薄暗い洞窟内を歩いてから暫く、今までよりも横幅が二人分ほど広い場所に着いた。俺から見て左右に続く道がある。いわゆるY字路というやつで、今はそのどちらに進むべきか悩んでいる。

 というのも、俺が通ってきた道を除く、左右にある道のどちらからも風が吹いてきているのだ。

 これではどちらが外への通路で、どちらが居住区への道か区別が付けられない。

 なんとか左右の道に差がないか確認をしていると、向かって左側から来る風のほうが、少しだけ風が淀んでいるというか、どこか悪臭のようなものが漂ってきていることに気が付いた。もしかしたらただの気のせいかもしれないが、どちらに進んだところで居住区に出るか出口に出るかだろう。それなら少しでも合っていそうな方向に進もう。

 少しずつ悪臭が強くなっていくのを感じ、俺の判断が間違っていなかったことを察した。

 しかし鼻が曲がるまではいかないが、鼻を押さえたくなるくらいには臭い。居住区が未だに見えてこないのにこれだ、居住区に着いたら本当に鼻が曲がってしまうかもしれない。


 徐々に強くなっていく悪臭に辟易してきたところで、薄暗い通路の奥から少し強めの光が届いてきた。

 光の先へ辿り着いてみれば、そこは今までの通路とは違い、十人が横に手を伸ばしてやっと届くといったくらいに広い広場だった。

 そこでは先ほどまで文句をたれていた盗賊たちが、思い思いに過ごしていた。人数は目算で約二十人前後。牢にいた人数よりも何人か増えている。

 錆の浮いている剣を大雑把に手入れしている奴、蝿の(たか)っている茣蓙(ござ)のようなもので寝ている奴、姫様たちの誰が一番かと低俗な議論を繰り広げている奴ら。ここから見える限りでは皆が皆不衛生で、とてもじゃないが一日でも同じところで生活をしたくない。悪臭も予想通り今までとは比べ物にならないほどに強く、これに慣れることができるかと問われれば正直厳しい。


「んなとこに突っ立ってどうしたんだ。すんげえ顔になってんぞ」


 辺りを軽く観察していると、不意に声を掛けられる。そちらに視線を向ければ、先ほど俺と対等に話をしていた男が怪訝そうにこちらを見ていた。


「なに、ここはやっぱり臭えなって再認識してただけさ」

「ま、慣れたっつっても臭えもんは臭えからな」


 苦笑いでのたまう男。自覚しているならその臭いを消す努力をしろと言いたいが、所詮盗賊なんてそんなもんだろう。思わず溜め息をつく。息を吸う際にまた悪臭で顔を顰め、目の前にいる男に笑われてしまった。臭いの元になってる奴らが臭いって言ってるんだ、慣れていない俺が顔を顰めるのは当然の反応だ。

 しかし、ここで過ごさなければいけないとなると、思った以上に厳しいことになりそうだ……。姫様やあの村娘たちを救うとなると、この盗賊共をどうにかしないといけない。それをこの場で考えるのは色々と都合が悪い。

 ……そういえば戦利品がどうのこうのと言っていたな。そこならなにか使えるものが見つかるかもしれないし、下っ端連中が態々何度も戦利品のある場所に来ることもないだろう。


「そういや、集めた戦利品はどうしたんだ?」


 俺の台詞に笑っていた表情が呆れ顔に変わり、一つ大きな溜め息をついた。


「さっきいつもの場所に置いたっつったろうが。ボケてんのか? ほれ、あそこの奥にあるてめえの部屋だよ」


 そう言って親指を自身の後ろへ向ける男。その先には一つの通路があり、横幅は先ほど歩いていた通路よりも多少狭く見える。

 しかしいい事を聞いた。戦利品の場所だけでも知れればと思っていたが、このグリードの部屋が戦利品置き場になっているなら都合がいい。


「さっきはあいつらと話していたからな、聞き逃したんだろうさ」

「おう行け行け。あの聖女が持っていた荷物だ、いつもより楽しめるだろうよ」


 さっさと行けとでも言うように手を振られ、俺がその横を通り過ぎる際、あくどい顔をした男がそう告げた。

 悪臭漂う広場を抜けて細い通路に入れば、途端に悪臭が途絶えた。なるほど、Y字路で感じた風はここから吹いているものだったのか。

 それよりも、悪臭が途切れていたのは不幸中の幸いだ。あと何日過ごすかもわからないのに、ずっと悪臭の中で、しかもこの連中と同じところで過ごさなければいけないというのは、本当に気が滅入るどころの騒ぎじゃない。

 頭の中に思い浮かべた嫌な想像を霧散(むさん)させ、悪臭の乗っていない風を少し軽くなった気分で受けつつ歩を進める。

 高さ二メートルほどに掛けられた松明は、先ほどの通路と比べるとその量が二倍ほどに増え、足元に限らず奥の方までよく見えるようになっていた。そして、そのよく見えるようになった先には木でできた扉がある。その扉には明かり窓は付けられておらず、ただ木の板をこの通路の間に埋め込んだような形になっていた。それでも所々隙間が空いていて、そこから風が吹いている。一応蝶番のようなもので留められてはいるが、開けようとすると少し重ための手応えが返ってくる。

 部屋の中は約二十畳ほどの広さで、右奥にはどうやって入れたのかわからないベッド、右手前にはこれまたどう入れたのか謎な丸机と二脚の椅子に、大きめのソファーが一つ。丸机の上には飲みかけだろうワインのボトルと、木のコップが置かれていた。

 左の空間はほとんど物で溢れかえり、左奥には大きさが疎らな無地の巾着袋が山積みになっていて、巾着袋の口からは詰めきれなかったものが転げ落ちたりもしている。左手前にあるものは比較的しっかりと纏められ、奥にある者よりも質が良さそうな巾着袋に、手入れが届いていそうな剣や槍、盾に鎧などが松明の光を反射して煌めいている。これはもしかしなくてもあの姫様たちの荷物だろう。


 置かれているソファーで仰向けに寝転がり、大きく息をつく。ほどよく体が埋まるクッションが、精神的に疲れている俺を癒やしてくれる。このまま眠ってしまいたい衝動に駆られるが、まだ寝るわけにはいかない。

 とりあえず、情報を整理しよう。今わかっている情報は大まかに分けて三つ。

 一つ目は俺がグリードという男に憑依するような形でここにいること。

 二つ目が姫様と呼ばれていた女性と、九人の護衛であろう女性たち。あの男が言っていた聖女というのは多分その中の誰か。おそらくはあの姫様だろう。

 そして三つ目は俺が頭を務める盗賊団の数が、あの男を含めて約二十人だということ。喧嘩という喧嘩をしたことのない俺からすれば、一人や二人でも脅威になる。剣を持っている奴の相手なんて、それこそ一般人じゃ一生経験することはないだろう。

 いくら頭であるグリードが下っ端を押さえ込めるほどの力を持っていようと、剣を持ったことのない俺じゃあすぐに殺されてしまう。


 ……詰んでいる。これ以上ないほどに詰んでいる。姫様や村娘たちを助けることを大前提に考えれば、あの盗賊たちと一戦交えることになるのはほぼ確実と言ってもいいはずだ。

 寝ているときにこっそり助ける……? いや、全員が寝ている状況なんて、流石のあいつらでもそんな間違いを犯すわけがない。いつこの洞窟が襲撃されるかもわからないんだ、入り口にも見張りを立てている可能性が高い。

 そして、もしも俺が姫様たちを助けるとき、逆に捕えられないとも言い切れない。あちらから見れば、俺は自分たちを捕まえた張本人なんだ。いくらそこで開放されたとはいえ、相手は憎き敵に変わりない。

 なにをどう考えても詰んでいる。いっそこのまま逃げてしまおうかと、邪な考えが頭の中を(よぎ)るも、すぐに頭を振りその考えを振り払う。

 死ぬのは怖い。当たり前だ、死が身近にあったわけでもない一学生が、突然身一つで殺し合いをしろと言われて、できるはずがない。だからと言って、助けないという選択肢はない。


 思わずこぼれてしまった溜め息は、八方塞がりの状況に辟易した心情を如実に表した、深く重いものだった。

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