表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の始まりはイチモツから【リメイク版】  作者: 床に落ちたちくわ
異世界の始まりはイチモツから
2/6

第二話 盗賊と捕えられた姫

 その女性の深海を思わせるような蒼色の瞳は冷酷な色を灯し、こんな状況に陥れられているとは思えないほどに落ち着いているように見えた。

 奥にいる少女や女性たちは怒りや憎しみといった、この状況では同然の反応をしている。しかしただ一人だけ、この足元にいる女性だけはどこか異質な雰囲気を醸し出していた。


 それにしても何故俺がこんな目に遭っているのか。今まで人に嫌われるような人生を送った記憶はない。それどころか率先して人助けをするようにしてきたし、あの大学に入学した理由だって、人助けになる仕事に就くためだった。間違っても複数の女性を薄暗い密室に拘束し、辱めるのを夢見てきたわけじゃない。

 もしも今のこれが夢だとしても、その希望は一旦捨てるしかない。まずはこの不可解な状況をどうにかして、落ち着いて考えられる時間を取るのが先決だ。


 まずは足元にいるこの女性を俺からどう引き離すべきか。意識してしまってからは、柔らかい頬の感触に股間のモノは収まる気配をみせない。流石の俺でもこんな場面で常にいきり立たせられるほど神経は図太くないが、それでもこんなに自制が効かなくなっているのはこの体が俺のものではないからだろうか。

 そんな自制の効かない人間が、唐突にやっぱり止めたなんていうのは相手の警戒心を引き上げるだけ。この状況を脱するにはキーとなる情報が少なすぎる、このまま膠着していたら更に不信感を募らせるだけだろう。


「頭ぁ、いきなり止まっちまってどうしたんでさぁ」


 突然後ろから聞こえてきた声に、思わず肩を震わす。前だけに意識を向けていて、後ろに注意がいっていなかった。

 この数の女性を集めるのに、たった一人でどうにかできるはずがない。俺以外にも女性たちを攫った連中がいるという当然のことに、頭が全く回っていなかった。

 それに、傍目には気が付かれていないだろうが、今の震えは俺の腕に掴まれている女性には間違いなく伝わってしまっているだろ。

 しかし今は後ろから聞こえてきた声を優先するしかない。どうせ不審に思われる程度だ、それならばこの手詰まりな状況を打破できるかもしれない後ろの声に賭ける。

 発言の内容からして俺の部下にあたる奴だ、こうして俺が一人美味しいところを頂いているのを鑑みても、俺より偉いもしくは発言力のあるやつはいないと思っていいはず。

 こんなことをしている連中だ、傍若無人で恥知らず、人としての挟持すら持っていないだろう。

 意識するんだ、傲岸不遜で人を家畜としか思わないような、そんな人間を。


「ふん、こいつの反応が薄すぎてつまらんだけだ。鳴かねえ女にゃ興味がねぇ」


 確かに俺の喉から発せられたその声は、今までの少し低めだった声よりも更に低く、太い声だった。

 後ろの疑問に返すついでにそちらを見れば、そこには下卑た表情を浮かべる十人近い数の男たちの姿に、扉が開けられている錆の付いた鉄格子があった。

 なるほど、考えていた通りの容貌だ。全員薄汚れた布の服に革の鎧みたいなものを装備していて、まさしく盗賊といった雰囲気だ。腰には剣もなにも装備していないが、危機管理能力があるようには見えないし、まぁそんなもんだろう。そんな奴らの頭になってしまったのは堪らなく不満だが、下っ端ではなかっただけよかったとしよう。


「ヒッ、ヒヒッ、それじゃあ俺たちが先に後ろの奴ら頂いちまっても……」


 最初に話しかけてきたのとは別の奴が、卑屈な笑い声を漏らして問うてくる。視線は俺の後ろにいる女性たちだけに向けられ、その目は待ち望んでいた蹂躙を思い厭らしく細められ、隠そうともしていない欲望はほかの奴らにまで広がっていく。


「なに言ってやがる。てめえらが手ぇ出していいのは、俺が食い終わってからだ。それまでに手ぇ出そうとしたら……わかってんな?」


 このままじゃ不味いと、睨みを効かせて忠告する。生まれてこの方殺し合いなんてしたことはないが、流石にこいつらが頭と呼ぶだけはあり、これだけで怖気づいてくれるくらいに頭とあいつらには実力に隔たりがあるらしい。

 しかし目先の欲に弱い盗賊らしく、女性から俺へと視線を移したそいつは、一歩だけこちらに踏み出してくる。ほかの奴らが後ろで待機しているのを見れば、一応こいつが代表扱いなんだろうか。


「なんだその顔は。文句があるなら言ってみろ」


 そいつが声を出すのを遮って、できるだけ威圧するように言葉を発する。意気込んで前に出たんだろうが、今ので一言で再び尻込みをしている。

 とはいえそいつらの性欲はとどまるところを知らないようで、一人気合を入れ、俺に物申すぞといった雰囲気を出している。

 こんな一言二言でそこまで気合を入れなければいけないのかとも思うが、こんな奴らが跋扈している世界なら、下が上に逆らったら殺されるなんていうのも日常茶飯事なんだろう。

 こいつらの話をするのに、ずっと女性の頭を掴んでイチモツを押し付けているのもおかしいだろうという、離すための正当性もやっとできた。

 今までずっとむき出しの地面で膝立ちにさせられていた女性の頭を、勢いをつけず、しかし少しだけ乱暴に離す。突然支えを失った女性は小さな悲鳴を上げ、その場に座り込む。その際奥にいる女性の一人が送ってくる視線が更に鋭くなったが、怪我はさせてないから許して欲しい。

 そのまま女性が後ろに下がっていくのを横目で見つつ、布のズボンをいきり立ったままのイチモツに多少苦戦しながらも履き、なにかを話そうとしている盗賊に体を向ける。


「なあ頭ぁ、俺達も女食わねえでもう数カ月なんですぜ、村の娘も貰えねえで、もう辛抱できねえんでさぁ」


 村娘ってことはまだこいつらに捕まっている女性がいるかもしれないのか。もう既にここにいない可能性もあるが、まだ残っている場合はそっちもどうにかするべきか……。

 そんな考えを頭の中で巡らせていると、鉄格子の奥から一定間隔で靴が床を叩く音が響いてくる。

 音を聞く限りじゃ一人しかいないが、これ以上面倒な展開になるのは勘弁願いたいところだ。


「よぉグリード。戦利品はいつもの場所に置いてきたぜ……って、なんだ、まぁだなにもやってねえのか?」


 そんな台詞とともに鉄格子の奥から出てきたのは、ほかの盗賊よりも体格のいい顎ヒゲを伸ばした男だった。

 不味いな……、頭であるはずの俺と対等な様子で話すこの男があちらに付けば、調子付いた奴らが強硬手段を取るのは目に見えている。


「なに、この女の反応が薄くてな、つまらんから今日はやめにしたところだ」


 今来たばかりのこいつなら、まだ頭の中が性欲に染まっていることはないだろう。下っ端どもが言うには、数ヶ月女性に手を出していないらしいが……頼むから全員が下半身に正直なのはやめてくれ。


「ん……? そうか。まぁおめえの好きにすりゃいい。俺は今までと変わらず、てめぇのやることに文句は言わねえさ」


 大層理性的な盗賊もいたもんだと、表情には出さずに驚く。俺の台詞を聞いたときになにかを考える素振りを取ったが、それもほんの少しだけだ気にする必要はないだろう。

 下半身と脳が直結してるような下っ端とは違い、その目はしっかりとこちらに向けられている。しかし盗賊なだけあり、その目の奥に秘められた卑しさは隠しきれていない。


「おう、おめえは話が早くてほんと助かるぜ」

「なぁに俺とおめえの仲じゃねえか。なぁグリード」


 俺の台詞を聞いて思わずといった様子で笑みを漏らし、意味ありげに俺の名を呼ぶ。その裏にどんな意図があるかはわからないが、盗賊なんてやっている連中だ、全員腹に一物抱えているはず。警戒しておいて損はないだろう。


「そういうことで解散だ。もう一度言っとくが、俺の許可なしに手ぇ出そうとしたら……わかってんだろうな」


 念のために再度脅しをかけておく。俺と対等に近い奴が反対をしなかったからだろう、最初は期待に膨らませていた表情を沈鬱なものに変え、一人また一人と牢から出ていく。


「んじゃあ俺も戻るとすっか。鍵は持ってんだろ? 鍵閉め忘れるなんてヘマこくなよ」

「ふん、馬鹿にすんじゃねえ」


 下っ端が全員出ていくのを見送った男は、昔なじみの友人をからかうような雰囲気でこの場から立ち去っていった。

 足音が離れていくのをしっかりと聞き届け、静かに一息つく。

 一先ず問題を先送りにできたはいいが、ここからどうするか。未だに憎しみのこもった視線を送ってきている女性たちを、今すぐに開放することは十分に可能だろう。しかし盗賊のアジトであろうここの付近に、人の住んでいる場所なんてあるはずがない。薄着一枚で開放したところで生きて帰れる保証もなく、開放した瞬間に俺が袋叩きにあわないとも限らない。いや、それはほぼ確実にあうだろう、なにせ自分たちを捕まえた張本人なのだから。

 それに、この女性たちの首元に巻かれている黒いチョーカーのようなもの。これはなんなんだろうか。趣味……ではないだろう、服には疎い俺でもわかるくらいにはセンスのないチョーカーだ、なにかの細工がされていると考えるのが妥当か。

 まあいい。ここに俺がいたらこの女性たちも落ち着くこともできないだろうし、すぐにでもここから離れるとしよう。


「そんじゃあ、精々束の間の休息を楽しんでおけよ」


 自分ができる限りの卑しい笑みを作り、しっかりと盗賊団の頭であるグリードという男を演じきる。


「待ってください」

「ひ、姫様!?」


 牢を出ようと背を向けたところで、不意に鈴を転がすような声が掛けられる。次いで聞こえてきたのは驚愕に震える声。

 その声が誰から発せられたものなのかと振り返ってみれば、俺のモノを押し付けられていたあの女性が、強い意志のこもった瞳でこちらを見つめていた。

 ゾッとするようなあの視線は完全に鳴りを潜め、瞬きもせずにこちらを見続ける女性は、俺の全てを見透かそうとしているような、なんとも言えない雰囲気を讃えている。

 いや少し待て、聞き捨てならない単語が一緒に聞こえてきた気がする。……姫? 俺が頬にアレを押し付けていたこの女性が姫様……? ここに捕まっている女性たちはその剣呑な雰囲気を取り除けば、確かに相応の身分を持っているとわかる。

 いや、どう考えてもおかしい。あんなパッとしない盗賊団がそんな身分の女性を、しかもこんな数の女性たちを捕まえたっていうのか。ありえるのか、そんなことが……。

 冷や汗が頬を伝う。もしかしたら俺が思っている以上に事態は深刻なのかもしれない。

 この盗賊団が姫様だと知らずに攫ったという可能性もゼロではないが、それはほとんどありえないだろう。だから努めて平然に、さも知っていて当然であるといった(てい)で会話を続けるしかない。


「なんだ」

「もしかして貴方は……いえ、なんでもありません。忘れてください」


 見透かすような視線に一瞬戸惑いが混じり、なにかを言いかけた唇はその戸惑いのうちに閉じられ、もう話すことはないと言わんばかりに座り込んでしまった。

 一瞬俺がグリードではないと気が付かれたのかと焦ったが、様子を見る限りではそこまでの心配はないはずだ。

 俺が別人格だとバレたところで、姫様を攫ったという事実に変わりはない。それだと結局助けたところで死刑になるのが落ちだろう。もしかしたらここにいる女性のうち、誰かが弁護してくれるかもしれないが、それだけでその罪が許されることはないだろう。

 それ以上話そうとする様子のない姫様を軽く一瞥し、今度こそ牢から出る。

 腰に掛けられていた鍵を取りだし、鍵をしめたあとに万が一のことを考え、しっかりと施錠されているのを確認した。

 あの盗賊たちは牢から出て右へ向かっていた。なら居住区もそっちにあるだろう。

 歩きだす際に牢内の様子を一瞬だけ窺えば、静かにこちらを見つめ続ける姫様の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ