第一話 異世界の始まりはイチモツから
リメイク版ということで大分変わってしまっていますが、筋書きに変更はないのでご安心ください。
更新は不定期になりますが、どうぞよろしくお願いします。
桜の舞う通学路、スーツを着た男女が周りにちらほらと歩いているのを見かける。というのも今日はとある大学の入学式で、周りを歩いている男女はその大学の新入生だろう。
かく言う俺もその大学の新入生で、周りと同じようなスーツを着てこれまた同じ方向へとのんびりと一人歩を進めている。
高校時代の友人は残念なことに一人も同じ大学に来ることはなかったが、自分の夢を叶えるのに現実的な大学がここしかなかったのだ。だからこそ後悔はしていないが、親しい人がいないことに少し寂しいと思うところもある。
「おぉい! そこの人! 避けてくれぇ!」
「ん?」
晴れ舞台の日にらしくない感傷に浸っていると、唐突に大きな叫び声が後ろから響いてきた。
俺ではない誰かに対しての叫び声かと思ってすぐに左右を確認してみるが、俺の近くには誰も歩いていない。これはやばいと咄嗟に振り向いた先に見えたのは、スーツのようなものを着た男が自転車で爆走しているところだった。
「ちょっ、おい! あぶねえから早く止まれ!」
大声でそう叫ぶも、相手の男は止まる気配がない。どころか、下り坂になっているからか少しずつ加速していっているようにすら見える。
幸いにもあちらとの差はまだ百メートル強はある。道幅もそこそこ広いここなら避けることも難しくない。だけどあのスピードで走り続けるとなると、どこで誰とぶつかるかわかったもんじゃない。最悪死人すら出るだろう。
「無理無理無理っ! ブレーキが壊れてるっ!」
「はぁ!? なんでそんな自転車乗ってんだ!」
相手の男も必死だからか、それ以降ほとんど返事らしい返事は帰ってこない。
一先ず自転車と追突するのを避けるために道の脇に寄り、どこかクッションとして使えるものがないか視線を巡らせれば、ここから少し先に低木の植えられた公園がちょうどよく設置されているのが見えた。
「よしっ、あれなら……。おい! この先に公園がある! そのまま死にたくなけりゃ、そこにある低木に突っ込め!」
その台詞と同時に俺の横を自転車が通過していく。時速で言えば恐らく四十kmは超えているだろう、そんな自転車の上に乗る男は顔を引き攣らせていたが、俺の声はしっかり届いていたようですれ違いざまに何度も頭を上下に振っているのが見えた。
自転車が俺を追い越して行ったあと、すぐにそのあとを追ってみれば大きな音を立てながら低木に突っ込む自転車の姿があった。乗っていた男は自転車の上から飛び、少し先に落ちたようだが大丈夫だろうか……。
「痛ててて……」
急いで駆け寄ってみると、そこには胡座をかいてウルフカットにした頭を押さえている男の姿があった。目立った外傷もなく、押さえた頭を振る姿から大事に至っているようには見えない。強いて言えば新品だっただろうスーツが枝に引っかかってほつれた跡が見られるくらいか。
「おう、無事に自転車から降りられたみたいだな」
「ははは……、いやぁすまんかったな。お陰で助かったぜ」
俺の台詞に少々特徴のある苦笑いで答える男。よく見てみれば年の頃が二十ほど、この時間にここを通ろうとしていたのも考えれば、この男も新入生だろうか。
「しかし、なんでまたブレーキの壊れた自転車になんか乗ってたんだ?」
「それがよぉ、家を出たときにはしっかりブレーキが効いたんだよ。んでこの坂道でブレーキ掛けようとしたら、なぁ……」
溜め息をつきつつそう漏らした。しかし、そんなすぐにブレーキってのは壊れるものだろうか、そんな風に考えて横にある自転車を見てみれば、ブレーキワイヤーが両方とも擦り切れてしまっていた。
「お前なぁ、ワイヤーが擦り切れてるぞ。いつから変えてないんだ?」
「まじか……たしか、二年前に自転車を買って……、それ以来自転車を弄ったことはないから、二年くらいだなぁ」
なるほど、それならいつ切れてもおかしくはないか。そうなると、半ばこの男の自業自得といったところか。
「まぁ怪我したのは自業自得だとして、このあとどうするんだ? ブレーキが壊れてるから歩いて行くしかないが、見たところお前も新入生だろ? どうせなら一緒に行くか?」
「あははは……いやほんと悪かった。あと、よければそうさせてくれ。これもなにかの縁だ、仲良くしてくれよ」
それはこっちの台詞だろうと、男が差し伸ばした手を掴み、引き寄せて立たせてやる。体に引っ付いている葉を手で払いながら、先ほどと同じような苦笑いをする男はどこか憎めない雰囲気で、なんとなく仲良くなれそうな気がした。
「しっかし災難だったな、せっかくの入学式の日にブレーキが壊れるなんてさ」
「全くだよ、新品のスーツもダメにしちまって、帰ったらこっぴどく叱られそうだ……」
ブレーキの壊れた自転車を横手に押し、気の重くなるような溜め息をついている。ほつれたスーツは今すぐどうこうできるものでもないので、今日はこの少し薄汚れた状態で入学式に参加することになった。
「そう落ち込むなって、ほらせっかくの晴れ舞台だ、もっと気分上げていこうぜ」
「ん、そうだな。むしろこんな格好で来るやつなんていねえからな、ほかの奴らを驚かせてやるか!」
ガッツポーズをこちらに向けながら啖呵を切っている。先ほどの自分を棚上げしての台詞だったが、元気になったようでなによりだ。しかしこいつは気が付いていないんだろうか、周りを歩く新入生たちがこちらを見ながら小声で話しているのを。……ガッツポーズを保ちつつ意気揚々とこれから先の話に花を咲かせる姿をみて、なんとなく察した。実際道行くほかの新入生たちも多少驚いてはいるが、特に悪目立ちをしているわけでもないし放っておいていいだろう。
「それでな、あそこの食堂が美味くてなぁ……値段は安いし量も多い! 大学から近いから昼はあそこで食べるのもありだ」
「へぇ、いいなそりゃ。もしかしてあそこの飯が毎日食いたいからこの大学を選んだ……とかか?」
「あっはっは! 流石の俺でもそこまでじゃねえよ! ま、三割くらいはあそこの飯だけどな!」
あながち間違ってもいないな。と心の中で思いながら頷く。しかし本当によく笑うし、よく喋る。俺がこの辺のことに詳しくないと言ったあ、便利な店や使える店、地元の人でもあまり知らなそうなところでさえ詳しく教えてくれた。人懐っこそうな笑顔で色々と話すこの男は、その雰囲気も相まってどこにいてもその場を明るくしてくれそうだ。
この男と出会ってから約十分ほど経ち、他愛のない話しをしつつ俺達はやっと大学へと辿り着いた。
「入学式の会場は……あっちか」
「らしいなぁ、しっかし思った以上に人が多いもんなんだなー」
「少し大きめの大学だしな、まぁこんなもんだろ」
「ん、そんなもんか」
軽く帰ってきた返事にこちらも軽く頷き返し、人の波に従って会場へと向かう。
数分して会場に辿り着き中へと入る。座っている人数はまだまだ半分ほどだが、割りとバラけて座っているため、好きな席に座っていいものかどうかわかりにくい。
近くには丁度学校の関係者らしき人が立っていることだし、聞いてみるのが一番早いか。
「すみません」
「どうかしたかい?」
近づく俺達に気が付いていたメガネの男性は、柔らかい雰囲気で応じてくれた。胸元にある名札は林 哲郎と書かれている。
「今来たところなんですが、座る席に決まりってありますか?」
「学科別だよ。君たちはどの学科なんだい? 見ての通りここは広いからね、場所くらいなら教えてあげられるよ」
何度も聞かれているのだろう、俺達の伝えた学科の場所をすぐさま答えてくれた。
「ありがとうございました、林先生」
「うん。楽しい学校生活を祈っているよ。あぁそれと。君、次からはしっかりと綺麗な服装にしてきなさいね」
「あはは……気をつけます」
「ん。よろしい」
苦笑いで返す男に、柔らかい笑顔で頷く林先生。
しかしせっかく仲良くなったこの男とは席が離れているらしく、ここで一旦別れることになってしまった。
「それじゃ、またあとでな」
「おう! 帰りは校門で待ち合わせでいいか?」
「あぁ。また問題起こすんじゃねえぞ」
「安心しろって。そもそも! 自転車だって俺がやりたくてやったわけじゃねえからな!」
そう叫びながら自分の席へ向かっていく。結局最初から最後まで騒がしい男だったなと、自分の学科の席がある場所へ向かいつつ思う。
「そういえば、あいつの名前を聞いてなかったな……」
自分の席に着いて、ふと頭の中に疑問が浮かんでくる。
自分の名前すら名乗っていないことにすら気が付いていなかった。あんな出会い方をしたから忘れていただけか。そう結論づけ、顎に手を当て瞑っていた目を開けた。
「うおっ」
「んっ……」
突然の浮遊感に、誰のものかわからない小さな甘い声。
先ほどまで聞こえていた会場の喧騒は消え、辺りには火の弾ける音が響き、開いた視界に広がるのは火に照らされる岩肌と、扇情的な姿をした両手両足を縛られている女性や少女たちの姿だった。
なにが起きたのか、どうしてこうなっているのか。まるで頭が働かない。これは夢なのか現実なのか、現実感のないこの空間のなかで、しかしただひとつだけ、手元にある柔らかくて暖かいものだけが、今ここが現実なんだと告げているような気がした。
視線が高い。今まで座っていたはずなのに、どうやらいつの間にか立ってしまっていたらしい。先ほどの浮遊感はこの差異によるものか。少しずつ回復している思考でそう判断するも、この状況に陥ってしまった原因、それだけはわからない。
不意に、手元にある柔らかいものが動いた気がする。この状況で手元になにがあるか気になった俺は、ゆっくりと視線を下へずらした
「は……?」
視線の先にあったのは、自分のものとは思えないほどに筋骨隆々な腕で捕まれ、張り裂けそうなほどに膨張したイチモツを頬に押し付けられている女性の姿だった。