七羽の街
「今年もまた、一段と暑いなあ」
そんなことを呟きながら、俺は空を見上げていた。
「私にはよく分からないけれど、そのようね」
真後ろにあった冷凍倉庫の分厚い入口の扉が開き、そう言いながら彼女が出てくる。
「中の温度調節は完了したのか」
「ええ、暫くは私も必要ないでしょう」
時刻的には夕暮れ前に差し掛かって来たのか、空に薄いオレンジ色が広がっていく。
彼女は俺の隣に座ると、生暖かい春の夕差しに手をかざした。
「しかし藍地区は本当に人が少ないな。今日一日ずっと此処に座っていたけどさ、人っ子一人見てないぞ」
「ここは保管地区だから仕方ないわね。そんなに人が見たいなら赤商区か、黄栄区にでも転勤願いを出したらどうかしら」
「通る訳がないだろ。あそこら辺は警備隊の間じゃ人気の地区だぞ。第一、俺は人が沢山いるところが好きな訳じゃない。トラブルは多いし、施設や店の場所を頻繁に聞かれたりもして、何かと面倒だからな」
そう、それに、騒がしいのは嫌いだ。
「ああ、そういえば赤商区で思い出したけどさ、お前と同じ時期に生産された蒼型のアンドロイド、セラスだったか。あの地区にある水飴細工店で働いてたろう。あいつさ、そこの店主と、この前結婚していたぞ。買い物に行った時、街中の協会を通りかかったけどさ、偶然そこで見た。幸せそうだったよ」
「そう、それは良かったわ」
彼女の表情に変化は無かった。
「嫉妬とか、嬉しさとか無いのかお前。同期だろ」
「別に、予想できたことよ」
アンドロイド、特に蒼型は人格が多種に富んでいて不思議だ。セラスのように感情豊かな個体もいれば、こいつみたいに仏頂面で何を考えているか分からないような個体もいる。いっそ藍羽型みたいに全員が全員、同じような顔してれば分かりやすくて良いのだけどな。羽も無いから、たまに普通の、人間の女性と見間違うこともあるし、厄介だ。
「お前は、誰かと結婚しないのか?」
「私は、ここを守るために生まれた」
「いや、割り当てられただけだろ。他のアンドロイドと変われば別の仕事も出来る。そこで出会いとかあるかもしれないだろ」
「いえ、私はここが好きだから、変わるつもりもないわ」
「そうか」
ふと真後ろにある冷蔵倉庫の方を見る。ここで眠っている彼女達も、いつかは外に出て、何処かで俺と関わることもあるのだろうか。赤機型のように鉄やチタンで構成されている訳でもなく、藍羽型みたいに羽を持ち、空を翔ける訳でもない、見た目は普通の人間と変わらない個体。
暫く話し込んでいると、何時の間にか空の彩りは濃厚なオレンジ色に変わっていた。
「もう酉半刻過ぎくらいか。早く帰らないと藍羽型も活動を停止する時間帯になってしまうな」
「そうね。空気の濃いうちにお帰りなさい」
「ああ、じゃあな」
「ええ、また明日」
帰路に着いている途中、辺りがすっかり暗くなり、七羽の街から人の気配も消えた頃、藍羽の子達が、飛翔して、羽から酸素の欠片を振りまきながら、最後の空気調整をしていた。銀色に輝く街の灯りに、交錯するように舞う藍色の羽の光。
煌びやかで美しいその光景が、私にはとても心地よく感じた。