意地という名のルール
少女はベガスの妹らしい、母親はそれぞれ違う。その母親は町を襲ったときにさらってきた女性で、産んだ後のことは聞かせてもらえなかった。他の団員達も父親が黒鯨海賊団の船員か攫われて来たかの似たような境遇らしい。親達からは奴隷同然の扱いを受けていたらしいが、それでも仲間達と共に耐え忍んでいた。
だがそんな暮らしも終わりを告げる時がきた。その体格で戦闘員として重宝されていたベガスは、父親である黒鯨海賊団の船長からとある計画を聞かされた。
その計画は貯まった財宝をもって雲隠れするということだ。先ずは死体を用意して自分達の衣服を着せる。次に魔物を放ち死体を食い荒らさせたら今度はその魔物も殺す。最後にこの本拠地をわざと軍にリークして自分たちは財宝を持って抜け出す。軍はその死体を見て海賊団は魔物の襲撃によって全滅してしまい、財宝は魔物が死んでいることから、自分達軍よりも前に別の海賊が魔物を倒して財宝を持ち去ったとされ、晴れて自分達は自由の身となるというのが船長の計画であった。
そしてその死体こそ奴隷同然に扱っている子供達であり、その中には妹も含まれていた。
気付いたらベガスは海賊団を皆殺しにしていた。
ベガス達はすでにこの場所が軍にリーク済みだと知ると、着の身着のままの状態で船に乗り込み逃げ出した。そして途中で軍の追っ手をかわしながら西の海まで逃げ出せたのだ。しかし逃げ切れたのは良いが何をするにしても先立つものがない、仕方がないので父親と同じ、海賊団を結成しこの町を襲おうとして現在に到るそうだ。
これが少女、副船長、そして気がついたベガスから聞いた事のあらましだ。ようは食うに困って海賊を始めたということか…
「でもやっぱり海賊はダメだよ…せっかく海賊から逃げ出せたのに、結局何も替わらないじゃない…」
「そうですよ。船長は自分の為ではなく俺達を思ってのことなのは分かります。でも俺達はもう無茶をする親分の姿を見たくないんです」
「お前達…。だが俺が捕まったらお前達はどうなるんだ」
「ならウチで働きませんか?」
「「「はっ?」」」
僕の提案にベガス達は口をそろえて聞き返してきた。
「だからこの町の沿岸警備隊になるんです。聞く限りではベガスさん以外の人達はここに来るまでは海賊行為をしていないということ、なら僕が黙ってさえいれば軍に引渡しをせずにそのまま働けると思うんですが。あ、ベガスさんも情状酌量の余地はあるので良ければ便宜してあげますよ」
「な、なんでそこまでしてくれるんだ…?」
「まあ、そんな話を聞いてしまったからにはそのまま放っては置けないということと、ちょうど人手がほしいと思っていたところでしたからね。領主の息子と言っても次男坊なのでいずれ町から出なければいけないので、海の警備をこれからどうしようかと考えていたところだったのです」
そう、この町はザックスさんたち守備隊の名が広まってはいるが、海上では甲冑姿では危険なので船上での戦闘は実質僕とお師匠様だけで対処していたのだ。
「だから船を扱え、なおかつ荒事にも対応できる彼らは正に条件にピッタリなんですよ。それにこれであなた達は僕に対して負い目ができたと言うこと、普通に雇うよりもずっと真面目に働いてくれるでしょう。ただ戦闘力に関しては今のままでは雑魚クラスなのでみっちりとこちらで教育させてもらいますよ」
僕はにっこりと笑いかけると何故か副船長は震え上がっていた。
「―――というわけで彼らを雇ってください」
「わざわざ呼びつけた理由はそれか…」
おじいさんが若干呆れた顔になっている。港に戻り、待機していた守備隊にお父さんやおじいさんを呼んできてもらうと、早速雇ってもらうように進言した。屋敷からはお師匠様もついて来ていた。
「まあまあお父さん、海上の警備が手が回らなくなっていたのは事実ですから、アルスの提案は有りだと思いますよ」
「現領主のお前が賛成と言うのならワシからは何も言うことはない。ただあちらさんがどう言ってくるか次第だな」
そうしておじいさんが指差したのはベガスたちの捕縛を命じられていた海軍少佐のボン・ヴォヤジュ一行だ。どうやらちょうど僕が海賊と接触したときに、お父さんの所へ尋ねてきたらしい。
巻き毛に高い鼻、付け髭でよく見る、カイゼル髭のボン少佐は悪い意味でのイメージ通りな貴族様でさっきから磯臭い町だと悪態づいている。…そりゃ海だから磯臭いに決まっているだろう。
そのボン少佐の部下は何やら無線らしきもので何かの確認を取っている。いや、確認と言うか捕獲をした報告だろう。責任者は頼りなさそうだが装備はやはりそれ相応の物が支給されているようだ、無線機の他にも、まだ王都ぐらいでしか出回っていない銃まで装備されている。一方当のベガス達赤鯨海賊団は現在、腕をロープに縛られて繋がれている状態で僕の後ろ側に立っていた。
「ベガスさん、もう一度確認しますけど本当に黒鯨海賊団を壊滅させてからは犯罪を犯してないんですね」
「ああ、ちょいと追手とやりあったが誓って殺しはしてねぇ」
それなら充分情状の余地はあるはず、しばらくすると軍の人が引渡しを命じてきた。やはりベガス以外の海賊達も調書を取る為に必要なのだろう。
「それじゃあ旦那、いってきやす」
海賊達は皆、引き渡すときに僕のことを旦那と呼んでくる。まったく雇い主はお父さんなのに、帰ってきたらしっかり教育せねばならない。そして残すはベガス兄妹だけとなった。
「……俺はあいつらと違ってすぐにここへは戻って来れないだろう。だが何年かかろうとここへ戻ってくる。勘違いするなよ、会いたいのは子分共がであって、お前とはリベンジを果たすためなんだからな、首を洗って待っていな」
「男のツンデレなんて別にいらないのでさっさと行って下さい」
「やっぱり殺す…」
僕はシッシッとやるとベガスをさっさと軍へ引き渡した。そして最後に少女が残った、彼女だけは縄をしていない。
「あの、便宜を図ってくれて本当にありがとうございます。お兄ちゃんも口ではああ言ってますが、きっと感謝しても仕切れないぐらいに思っているはずです」
「…最初に言ったようにたまたまこちらも人手が必要だっただけです。それよりこれからもあのお兄ちゃんが暴走しないようにしっかり見張っていてください」
「はいっ。あの…アルス様って強くて優しくて、まるで勇者様のようですね」
少女はそう言うとペコリとお辞儀をして皆の方へ駆けていった。勇者ねぇ…、立ち位置的には僕は魔王側になろうとしているんだけどな…。するとお師匠様がニヤニヤした顔でこちらに近づいてきた。
「えらく優しいではないか、お兄ちゃん」
「気持ち悪い呼び方しないでくださいよ。…そうですね、ベガスさんとの戦いは得るものがありましたし、彼らの境遇に対して同情しなかったと言えば嘘になります…」
そう、僕やお師匠様は、別の世界の人間の魂である僕らを家族が受け入れてくれたから、今も普通の暮らしが出来ている。もし拒絶されていたら彼らのようになっていたかもしれない。
僕は海賊団の方を見てみると、少女がこちらの視線に気付いて手を振ってくれている。そういえばあの女の子の名前を聞きそびれていたな。まあ次に会うときに聞けば良いか―――
―――その時銃声が鳴り響いた。
あれだけ僕の拳を受けても立っていたベガスがあっけなく倒れた。ベガスだけではない、彼が守ろうとした副船長や子分たちも、そして少女も―――
頭が真っ白になった。どれくらい時間が経ったのか分からないが、お師匠様に腕を掴まれて僕は我に返った。お師匠様は無言で首を横に振っている。分かってますよ。
周りも皆、僕と同じ気持ちを抱いている。怒りを抑えてお父さんが発砲命令を出したボン少佐に問いただした。
「どういうことかご説明願えませんか…」
「いやいやいや、私もキリィ殿の言うとおり温情を出したかったんですよ。だけど困ったことに逃亡途中に接触してきた部隊というのが新設した魔法部隊だったんですよ。いやいやいや、ここだけの話、色んな所からのお偉いさんのご子息で編成された部隊でね。それを魔法の使えない無能者にあしらわれたとなっちゃあ体裁が悪いんですよ。だからやられたのは、優れた身体強化魔法を使う魔法使いということにすることになりまして、でもあの大男は無能者でしょ。だから生きていては困るんですよ、分かるでしょう」
何を言ってるのかひとつも理解できない。つまりべガスは魔法使いの面子のために殺されたと言うことなのか?だがそうだとしてもベガスだけ処刑すれば良いはず、なぜ他の海賊たちも殺さなければいけないんだ。
そこで僕は思い出した。ボン少佐の説明では彼らは財宝を奪って逃げたと言っていた。だがベガス達は着の身着のままの状態で船に乗り込み逃げ出したと言った。だいたい財宝を持っていたのなら町を襲おうとはしないはずだ。
「財宝ですか」
「なっ?!い…いやいやいや、何のことでしょう……」
僕がつぶやくとボン少佐はビクンと過剰に反応し、冷や汗を流し始めた。分かりやすい人だ。
「あなたは黒鯨海賊団の本拠地に置き去りされていた財宝を横領したんでしょう。海賊達を全員処刑したのは財宝を奪ったのを赤鯨海賊団に擦り付けるためだ。それで処刑する前に財宝は海に捨てたと証言していたとでっち上げ、財宝は回収できなかったと報告すれば、めでたく財宝はあなたの懐の中ということだ」
「……いやいやいや、真偽はともかく頭の回る子だな。そんなに頭が良いのなら君はどうするべきか分かってるんだろうね」
そう、僕の言っていることはあくまで推測であり、ベガス達から聞いた証言もベガス達が、もしくは僕自身が嘘をついているということにされてしまうだろう。これ以上何か言うのなら軍に逆らったということになるぞと、ボン少佐は脅しをかけてきているのだ。
確かにベガス達がもう死んでしまっている以上、こちらがゴネるメリットがないし家族や町人にも迷惑をかけたくない。もしやそれを見越してさっさと処刑をしたのか?
「……ええ分かっていますよ。以上が僕の妄言でした…。ボン少佐、この件で上司の方からの評判も良くなりこれからますますご活躍されることを心よりお祈り申し上げます。どうかくれぐれもお体にはお気をつけください。今後は一層の重責を担われることになり、ご心労も多くなるかと存じますので」
意訳:とりあえず今回はこちらが引いてやる。どうせその横領した財宝を出世の為に使うんだろう、せいぜい偉くなりな。ただこの仮はいずれ絶対お前の体で帰してもらうからな、それまで枕を高くして寝られる日が来ると思うなよ。
言葉の裏が伝わるような表情で言ったので意訳が通じてくれたらしく、ボン少佐は青い顔をするとさっさと町から出て行った。
ベガス達は海が眺められる丘の上にお墓を立たせてもらえた。墓の前で一人黙祷をしているとお師匠様がやって来た。
「まさかここまで魔法が使える者、使えない者の差別がひどいとはな…」
「…はい。ルクシャナさんには魔法差別のことは教えてもらいましたけど、この町ではそんな差別意識が感じられませんでしたものね」
おそらく王都から遠く離れている上に魔法が使えない、いわゆる無能者のおじいさんたちが開拓した新しい町だからだったのであろう。
「この世界についてはルクシャナ殿に教わり、ある程度は知っているつもりでおったが、実際は何も知らなかったようじゃな」
「お師匠様、決めました。魔法学校へ入学します」
実際はあの事件が終わり、屋敷へ帰ってからもらった入学案内書を見た瞬間から決めていたことだ。
「国中から色んな生徒が集まってくるんでしょう?ならこの学校のトップに立てば王都にも名が広まり、うまくいけばすんなりと勇者に接触できる機会があるかもしれませんし」
「だが良いのか?魔法を覚えたら発勁が使えなくなるやもしれんぞ」
「心配しなくとも魔法を覚える気はありません」
「何?」
「決めたんです。勇者だけでなくこの世界にもケンカを挑もうと、これが僕の意地です。それに考えてみてください、魔法使いが偉い世界の魔法使いしかいない学校で魔法を使わずにトップに立つなんて面白そうじゃありませんか」
僕は笑いながら振り返るとお師匠様もニヤリと笑っていた。
「なるほど。確かに痛快じゃな」