気がつけば五年後
二人の師弟が転生されて五年が経った。それはつまり魔王が倒せれて五年が経ったということである。
魔王が居城していた東大陸は現在魔石の最大原産地となっており、東大陸を直轄している王都に莫大な富を潤わせていた。しかしその景気は大陸の西側までには届かず、少しずつではあるが国内に貧富の差が出始めていた。だがそんな西側に一ヶ所、順調に成長し続ける町があった。港町ムロンである。
魔王が倒され平和になったといわれるものの、統率を失った魔物の暴走、魔王によって住む場所を失った者たちの野盗化などゲリラ的な被害は拡大していた。それゆえ優秀な戦闘員、とりわけ魔法使いの確保はどの町も必死であるが、肝心の魔法使いは皆、町が潤っており賃金の良い王都を中心とした大陸の東側へと就くのであった。そのため魔法使いが集まっている東側は治安が良くなり人が集まる、人が集まれば財政も良くなり給金が上がる。お給料が上がれば魔法使いは給料の良い所へと好循環しているのに対し、西側は魔法使いが集まらない、治安が悪くなる、人が集まらず不況になるの悪循環に陥っているのだった。
では西に位置するムロンが繁栄している一番の原因はその治安の良さである。ムロンの町の守備隊は魔法使いを有していないにもかかわらず、隊長の『凶剣』のザックスを始めとする、隊員全員が魔法使いと勝るとも劣らない戦闘力を持っている。正にそれは一騎当千、町を襲う魔物や海賊に連戦連勝。そんな守備隊がいる街なら安心だろうと商人や商戦が集まるのであった。
そんなムロンの領主の館の一室で、老人と少女が何かのボードゲームをしていた。
「私の相手をしてくれるのは嬉しいが、アルスの訓練に付き合わなくても良いのかアリスよ?」
「うむ、付き合いたいのは山々なのじゃが、正直この体ではあやつの練習量についてこれなくなっておるのじゃ」
そう言うとアリスは肩をすくめた。十一を向かえてそろそろ成長期に入るであろう彼女(彼?)の身長は140cmも満たない姿であった。二年前から一向に伸びなくなった身長について、最早アリスは諦めがついていた。無論だからといって弟子に後れを取っているつもりはない、だがそれでも力に関しては兄には敵わなくなってしまった。
「ゆえに父上殿がジジ上殿にしたような別方面からアルスをサポートしたいと思っているのじゃ」
「ほう…ということはいよいよ」
「うむ、副作用が怖くてずいぶんと躊躇をしておったがワシも魔法を覚えようと思う。それで発勁に何も影響がないようならアルスにも魔法を覚えさせたいのじゃが、問題はルクシャナがもう居らんという事なんじゃよな…」
そう、ルクシャナは一年前、アルスとアリスの二人に自分のもてる全ての知識を教えるとムロンの町から旅立ってしまっていたのだった。
「そうなるともうこの町で魔法が使えるのは兄上殿しか居らんが、肝心の魔法が初歩の初歩しか使えないんじゃったよなあ…」
アリスが腕を組んで困っていると、モーリスは何か思い出したかのような顔になった。
「そうだ。確かアルスの年齢は十五になっているはずだろ、それなら―――」
その時ドアからノック音が聞こえてきた。モーリスはとりあえず話を中断させ部屋に入ってくるように声を掛けた。
「失礼します~」
間延びした返事をしながら部屋に入ってきたのは桃色の髪をしたふくよかな女性であった。実はこの五年でドラグナー家は新たに二人の家族を迎え入れていた。そのうちの一人が彼女、ポニーでアルフレッドの妻である。ちなみに残りの一人は二人の間からに生まれた息子のエイリスで、彼が生まれた時点でドラグナー家におけるアルスの継承順位は甥に替わり、アルスはいずれ家を出て独立しなければならなくなっていた。
「あらあら~。おじいさまとアリスちゃんだけでしたか~。アルスちゃんを見かけませんでしたか~?」
「アルスなら外で訓練をしておるが、何か用事でもあるのか義姉上殿よ?」
アリスがそう聞くとポニーは手に持っていた封筒を彼女に見せた。
「実は~、アルスちゃん宛てに~、お手紙が届いてるんです~」
その封筒にはマギウス魔法学園入学案内書と書かれていた。
「おおっ、それだそれだ。私がさっき言いかけていたことは」
それはその名の通り魔法を専攻とする学校で、入学資格はズバリ魔法が使える者。期間は十五歳から三年間、運営は国が行っている、国立学校である。その目的は第一に魔法使いの育成で、慢性的な魔法使い不足の解消である。例え魔力を持った人間がいても周りに魔法が使える人間がいなければそのまま使えない、特に西側にはそういった人間が結構いるらしい、しかし魔力を持つ人間は遺伝性であるため国はそんな人間をある程度把握しており、片っ端から入学案内を送りつけている。学園から遠く離れたムロンに送りつけられたのも、母キャスリンが魔法使いの家系であると国が把握しているからである。
「ちなみにアルフレッドもここへ入学しておったぞ、ただ当時は魔王との戦争が始まってすぐここへ戻ってきおったので、通っていたのは一年程だったがな」
「一年だけだったけど正直良い思い出はなかったなぁ」
すると、ちょうどアルフレッドが皆がいる部屋に入ってきた。
「とにかく自分は特別だというエリート思考の人たちばっかりだったね。たいがいそういう人たちは皆、東側の貴族の方達だから、入学する前から個人的に魔法使いから魔法を既に教わっているんだ。だからボクのような入学前に魔法を覚えていなかった人たちは見下されていた。だから正直アルスには入学してほしくはない。でも出来る限りボクも相談に乗るよ」
「それはありがたいが、兄上殿は何のようでここに?」
この時間ならまだ兄は町の方で仕事をしているはずなのでアリスは尋ねた。
「ああそうだった。お父様が一応お爺様にも知らせておけと言われたので。海賊が現れました」
「ここがムロンの町か…」
ムロンの近海に浮かぶとある船、三角帽子をかぶったいかにも海賊らしい格好をした海賊が望遠鏡でこれから襲う町の様子を眺めていた。
「なあ兄貴…ホントにここを襲うんですかい?ここの守備隊はかなり厄介だと有名じゃないすか…」
そんな弱気な発言をする子分達に、兄貴と呼ばれる海賊は怒鳴り散らした。
「バッキャァロォイ!だからこそだろーが!そいつらを倒せば俺達赤鯨海賊団の名が一気に広まるって寸法さ。……しかし、もうここまで近づけば海賊旗が見えるはずなのに何でこんなに落ち着いてんだ?」
そう言って再び望遠鏡を覗いて見ると港では中年女性がお喋りをしている。だが海賊旗に気付いていないわけではない、現に中年女性たちはたまにこちらに向かって指を指すのだから、だがすぐに井戸端会議に戻ってしまうが。その様子に海賊は憤りを感じた。
「ちっくしょぉ舐めやがって!オイッ、大砲の準備!」
手下達はヘイと返事をすると大砲を港の方へと向けた。
海賊は舐められてると思ったが、彼女達は海賊達を決して舐めているわけではない。
「兄貴ィ!大砲の準備、出来やした!」
知っているのだ。この時間、領主の次男坊があのあたりで遠泳をしていることを。
「いよぉし。では撃―――」
その瞬間、船がズシンと大きく揺れた。
「どうしたっ?!暗礁にでも乗り上げたかっ!」
海賊は伝声管で船底にいる手下に状況を確認した。
「分かりやせんっ!だが船底に穴が開いちまいやした!急いで修復しやすがしばらくは動けやせん!」
そう報告を聞くと海賊は今度は甲板にいる手下に指示を出した。
「何か生物に、下手したら魔物にぶつかったかも知れねぇ!海に何かいねぇか探せっ!」
そうして手下達が海を覗こうとして身を乗り出すと、目の前に丸太が飛んできた。
「ぶべらっ!!」
運悪く手下の一人が顔面に直撃し吹っ飛ばされ、その丸太は甲板に打ち上げられた。
「何で丸太が打ち上げられるんだ…」
確かにこの丸太らしき流木は海面で見かけたが、潮の流れでこちらに来ることはないはずだった。しかも、たかが5mほどの大きさの流木が当たったくらいで船に穴が開くはずなどない、ましてや丸太が飛び跳ねるなど。
そして海賊は気付いた。丸太にロープが結ばれていることに、そのロープは海へと続いている。そうして丸太に注目していた海賊達はロープの先へと一斉に目を向けると、ちょうど何者かがそのロープを伝って船へと乗り込んできた。
何者かは男であった。身長は180センチはあろう締まった体つきは、筋肉質というよりも鋼の肉体と呼んだ方が似合う。何故男の体つきが分かるのかというと男は現在下着一枚の姿だからだ、正確には頭になにかほっかむりをしている。おそらく衣服が濡れないように頭にくくりつけていたのだろうが、精悍そうな
顔つきにその外見はかなり滑稽な姿であった。
その滑稽な男は海賊達を一瞥すると口を開いた。
「一応確認しますが。あなたたちは海賊ですよね?」