ただいま修行中
異世界にきて一ヶ月が経とうとしていた、そろそろここの生活にも慣れてきたので今日は僕の一日の生活を紹介したいと思う。
まずは僕が暮らしている町を紹介しよう。ムロンは大陸の西側にある小さな港町で、その昔、前領主、つまり僕のおじいさんが森の中にポコンとあった入り江を見つけて開拓をしたのが始まりである。
王都が反対側の東側、北にここより大きい港町、さらに付近の町村から少し離れた森の中あるという物流の面では少々問題があるが、台風などの影響で北の港の航路から外れたときなどに重宝され、また東の港にはない貴重な交易品も様々あるのでこんな田舎町でもそこそこ栄えていた。ちなみにその交易品の中に米、しかも所謂ジャポニカ米や醤油味噌があると分かったときは、お師匠様と涙を流しながら抱き合い喜んだ。そんな品が交易されている港から少し離れた丘の上に、僕が住んでいる領主の屋敷があった。
早朝、まだ外が白み始めている最中に起床。着替えると台所に置いてある果物を拝借し軽い朝食、そして表へと出る。外ではすでにお師匠様が待っていた。
「おはようございます。お師匠様」
「うむ、おはようございます」
お師匠様も僕と同様に動きやすい格好をしており、背中まで届く髪はツインテールにしている。本当ならバッサリ切りたいらしいのだが、お母さんからやめてくれと懇願されたので今の髪型に落ち着いたのである。
まずは二人でストレッチ、それが終われば町中をジョギングする。やはり走って体力をつけるのはどこのどの時代になろうと変わらない。
「おはようございます。坊ちゃん、嬢ちゃん」
「坊ちゃん、この果実、傷モノで良ければ食べてください」
「お嬢、この間は酔って暴れる客を追い出してくれてありがとよ」
どうやら転生前のアルス君はあまり町には出歩かない子だったらしく、その上領主の息子といっても次男坊、その為住民からは顔も名前も知らない存在だったが、さすがに一ヶ月も毎日欠かさず走っていればさすがに住民にも顔を覚えられ、今ではこのように声を掛けられるようになった。港町のため色んな国の人間と付き合っているためか、住民達もおよそ子供では考えられない戦闘力を誇る僕達をすんなり受け入れてくれている。
町中を走り周ったら最後は山へ向かう、そこで木こりから丸太を購入し、それを引っ張って屋敷へと帰る。
屋敷に戻ると家族揃って朝食を取る。ここで改めてドラグナー一家を紹介しよう。
まずはこの町を作った前領主であり、実質的な家長のモーリスおじいさん、ただの森であったこの場所を木を切り倒し、整地し、港や家を作った190センチあるその姿は、六十を過ぎても尚衰えない筋骨隆々にして精悍な顔つきをしている。その開拓民ゆえか、立って考える暇があるなら動けな思考はお師匠様と馬が合うのか、よく二人で一緒にいるところを見かける。
次に現領主、モーリスおじいさんの息子にして我が父でもあるキリィお父さん。おじいさんが体育会系とすればお父さんは文化系でおじいさんとは似ず、160センチ台の華奢な体つきである。しかしそれはおじいさんと対比しているからであって脱げば結構な細マッチョである。しかしお父さんもそんな体格のため体力ではおじいさんに敵わないと悟ると、おじいさんに足りない部分をフォローしようと、今度は体を鍛えるのではなく猛勉強をした。結果、ムロンの町を作ったのがおじいさんならば、ムロンを町として成立させたのはお父さんの手腕によるものだろう。
次にキャスリンお母さん、元々イイトコロのお嬢様だったらしく、この町では見かけない気品さが彼女にはあった。穏やかな性格をしているが過保護な面もあり、僕とお師匠様の修行にはあまり良い顔はしない、まあ実際アルスは一度死んでいるんだし過保護になってしまう気持ちも分かるので、邪険にせずできるだけ接していこう。
そして僕やお師匠様の兄であるアルフレッドお兄さん。アルフ兄さんの外見はおじいさん似の巨漢だが、性格はお母さん似で正に気は優しくて力持ちなお方だ。現在は父の元で働いておりいずれ父から領主の座を引き継ぐのだが、彼の心優しい性格は大きな長所となるだろうが同時に短所にもなりえる。まあその辺りは父も分かっているらしく、お兄さんの他にも、将来兄の補佐へ付ける人材も育成しているらしいのでムロンの町はこれからも発展していくことだろう。
そんな家族との朝食が終わると午前中は勉強だ。先生はあれから町に留まることにしたルクシャナさんで、内容はこの世界の読み書き、文化、歴史である。特に読み書きは日本語が分かるのは彼女しかいなかったので家庭教師を買って出たくれたことは非常にありがたかった。
この世界の文化レベルは地球で言えばだいたい十八世紀ぐらいでありこの町の付近にはないが汽車も走っているらしい。その時代の世界と言えば正に産業革命の始まりで、石炭がエネルギー源として用いられるようになったがこの世界では石炭ではなく魔石というものが使われている。魔石は石炭よりもエネルギーが高く、街灯やランプなどの明かりにも使われており、夜も喧騒煌びやかである。
こうして午前中は勉強に費やし、昼食を済ませば再びトレーニングに戻る。まず最初は薪割り、朝木こりから購入し、ここまで引きずってきた丸太を薪にしてしまう。朝のジョギングが下半身を鍛える為ならば薪割りは上半身を鍛える為で、体幹なども鍛えられるかなり効率の良いトレーニングらしい。
ちなみにこの薪割りで出来た薪は屋敷で使われる。先程生活エネルギーは魔石が使われるといったが、魔石は高価のために余程のお金持ちや貴族でない限り、家庭ではまだ薪が使われているのである。さらに蛇足でこの薪割り作業は使用人たちからは代わりにやってもらっているということで地味に感謝されている。
薪割りが終わるとルクシャナさんも伴って、町の外で野外訓練。異世界の動植物にサバイバルの勉強、魔物との戦闘訓練、そして魔法の勉強をする。
実は魔法は使える人間と使えない人間がハッキリと分かれているらしく、100%遺伝性らしい。その為婚姻統制をしている国もあるらしく、それがイヤで国を離れる者もいるらしい。かくいうウチの母親もそのクチらしく、僕らも訓練を受ければ使えるらしいのだが、僕らはその訓練をルクシャナさんから受けてはいない。
その原因は発勁である。遡ること初めての野外訓練の日―――
「アルス、お前達の必殺技である発勁とやらで気になることがある。試しに私に向けて撃ってくれないか」
「ンだとゴルァ、ワシが半世紀以上掛けて編み出したこの技にケチつけるたぁどーゆー了見じゃアァーン?」
「お師匠様落ち着いて、口調が変わってます。それに何か欠陥があるのだとすれば、尚更聞くべきでしょう。ルクシャナさん本当に撃って良いんですね?」
「ああ、でもまあ…できれば手加減してもらえると嬉しいがな」
「では遠慮なく遠慮して」
僕はなるべくダメージが抑えられそうなルクシャナさんの上腕に手を触れると気を送り込んだ。
『発勁』
「…もう撃ったんだな?」
何と彼女には発勁まったく通じていない。お師匠様も目を丸めている。
「何故効いてないんじゃ?アルス、お主もしかして不発でもしたのか?」
僕は首を横に思い切り振り、ルクシャナさんが代わりに答えた。
「いいや、不発ではない。現に私の魔力は大きく減っているからな。引っかかったのは先日の戦闘でビックボアをその技で仕留められなかったことだ。ちなみに他の名前はそれぞれビックベア、一回り大きいのがキングボアとキングベアという名前だ。実は種類によっては魔物も魔法が使えて、魔法を使わない魔物もわずかだが魔法を使う源、魔力を持っている。結論から言うとその技は魔力に相殺されるのだ」
つまりこういうことか、発勁は100Pのダメージを与えられるとして、HP100、MP0の守備隊はダイレクトにダメージを与えられ倒せて。ビックボアはHP100、MP5だったから、MP5分ダメージが相殺され95Pしかダメージを与えられなかったのでHPが5余り、仕留められなく。HP100、MP100のルクシャナさんはMPで全て相殺できたのでノーダメージだったということか。
「最初私は発勁を魔法の一種かと思っていたが、どうやら違ったようだ。こんな現象は聞いたことがない」
ルクシャナさんがそう言うと、お師匠様は珍しく難しい顔をした。
「ふうむ…、そうなると迂闊に魔法を覚えることはできんのう……。下手に魔法を覚えて、発勁の能力が相殺され、両方使えなくなってしまっては目も当てられない。アルスよ、魔法を覚えるのはしばらく見送りじゃ」
―――そんなことがあったので魔法の勉強は専ら対魔法使いの模擬戦となっている。
そうして日が傾くまで野外訓練をやったら、ルクシャナさんと別れ、再び木こりの家まで行き丸太をもらい、海岸まで引っ張っていく。海岸に着いたら丸太を繋いだロープを腰にくくりつけたまま遠泳、遠泳が終わり丸太を木材を交易している商会に引き渡せば本日の訓練は終了となる。
しかし水泳は体に負担をかけずスタミナや肺活量が鍛えられるというのがお師匠様の弁だが…丸太、必要なくね?浮いて重石の役割を果たしていない。だいたいなんで訓練の最後に水泳なんだよ、なんでトライアスロンは水泳が最初の競技なのか知ってるか。最後にしたら競技者が力尽きて溺れてしまうからだよ。やば…言ってるそばから力尽きそう…もうダメだ……。僕は必死で浮いている丸太にしがみついた。……役に立ったな……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
モーリスは遠泳をしている孫達を遠巻きで眺めていた。
「珍しいですね。こんな時間にこんな場所にいるなんて」
モーリスが声を掛けられたほうを向いて見ると、その人物は巡回中のザックスだった。
「この近くで会議があっての、そういえばこの時間は孫達が遠泳をしとると聞いていたのでちと様子を見ていたのだ。足の方はもう大丈夫なのか?」
「ええ、ルクシャナの回復魔法のおかげですっかりこの通り」
ザックスは膝を上げバシンと腿を叩くと海岸を眺めた。
「しっかし毎日よく続けられますね、俺なら三日も持ちませんよ。それゆえにもったいない、世が世ならあの子たちが勇者になっていたかもしれないんですから。あと十年早ければ…」
そこでザックスは自分の失言に気付いてしまった。
「あ、いえ…別に前の坊ちゃん達がもっと早くいなくなればという事ではなく…」
ザックスは慌てて言い繕うと、モーリスは気にするなと笑い飛ばした。
「フォッフォッ、悪気なく言ったことは分かっておる、それだけあの子たちが今の生活になじんでいる証拠だ。アリスもお前さんと同じことを言うとったよ。ただできればあの子達の力が必要となる時代がまた来てほしくないものだがな…」
そう言うと二人は黙ってアルスたちを眺めているとやがてキリィが小走りでこちらに近づいてきた。
「ああっお父さん、ここにいたんですか探しましたよ。お?ザックス君もいたのか、それならちょうど良い」
「ほう、という事は例の議案は通ったのだな」
「ええ、守備隊全員分の丸太を確保することができました」
そこでザックスはピクリと反応し、恐る恐るキリィの持っている書類に目を向けると表紙にはこう書かれていた。
『守備隊強化計画書』
「あの…モーリス様、もしかしてこれってつまりあれということで…」
ザックスは怖くてそれ以上聞けなかった、守備隊もアルス達の訓練をやれということですかと。
モーリスは黙ってにっこりと笑い、眼で語りかけた。
(子供に負けた守備隊長が文句言える立場なの?何のためにお給料払っていると思ってるの?)
ザックスは半泣きで笑い返すしかなかった。
(ですよねー……)