現状を把握しよう
僕とお師匠様は現在先程まで暴れていた所の家主の屋敷にいる。そこでルクシャナと名乗った日本語を話せる女性から大体のあらましを聞いた。
この体は屋敷の持ち主の子供であるということ、その子供達が亡くなったこと、その為甦らせようと禁呪を使ったこと、そしてその呪文の内容を…
まさかとは思っていたが僕達は本当に異世界に転生されたようだった、やはりあの時、僕とお師匠様は雷に打たれて死んでしまい、非科学的な話だがそれで肉体から離れた魂がルクシャナさんの呪文によって異世界に呼び寄せられこの体に魂が入ったということなのだろう。この見解はルクシャナさんも概ね同意見だった。
それからこの世界について色々聞いてみた。魔法あり、魔物ありと聞けば聞くほどここはファンタジーな世界である、ルクシャナさんもやっぱりエルフであり年齢を聞いて見ると――
「フフ、女性に年齢は聞くものじゃないぞ」
とたしなめられてしまったが、だいたい二百歳ぐらいと答えてくれた。
…たしかに聞くもんじゃないな。それにお師匠様が――
「じゃあワシの倍にとどかないくらいじゃな」
と答えてたのは聞かないことにした。
転生に関しては興味がない様子であったお師匠様は、この世界についての事はグイグイと聞いてくる。その目は爛々と輝かせている姿は見た目の愛らしさも相まって、思わず頬を緩ませてしまう。中身がじじいでなければ…
頬が緩みはするが異性としてはまったくときめかないのは中身がじじいと知っているせいか、または自分が少女には興奮しない健全な精神であるためか、はたまた…体の血縁関係ではお師匠様は僕の妹ということになるためか…
考えてみれば僕がお師匠様に弟子入りしたのも、天涯孤独だった僕は師弟関係でも良いので誰かと何かの繋がりがほしいと思っていたのかも知れない。
「じゃあ魔族がおるのなら魔王もいるということじゃな?」
僕がそんなことを考えていることも露知らずお師匠様はルクシャナさんに質問を浴びせ続けていた。
「いや、魔王は一年前に勇者によって討伐されている」
「やってらんねー」
ルクシャナさんの返答にさっきまでのハイテンションはどこへ行ったのやら、お師匠様は座っていたソファーに体勢を替えて突っ伏してしまった。ああもう、そんなに股を開いてはしたない。
「いや待てよ、その魔王を倒した勇者を倒せば結果的に世界最強という事になる、そうと分かれば行くぞ弟子よ」
言うが早いやお師匠様は素早く起き上がり、部屋から出ようとしたが、ドアノブに手をかける直前、ルクシャナさんに呼び止められた。
「ちょっと待て。どこへ行くつもりだ?」
「山篭りじゃよ。勇者を倒す為に修行をするのじゃ」
「何一つ理解できないぞ?!ただ黙って屋敷から出て行ってもらうわけにはイカン」
まあルクシャナさんの気持ちはすっごく分かる。
「ま、ま、ルクシャナさん落ち着いて、お師匠様がああなったらちょっとやそっとじゃあ止めることはできません。でもどちらにせよ僕らはこの屋敷から出て行かなくてはなりません」
「何?それはどういうことだ」
「当然でしょう。この肉体は確かにこの屋敷の子供、アリスとアルスという子ですが。僕らはそんな名前の子供じゃありません。あちらからすれば子供の体を乗っ取って守備隊をのした化物です。この家の者がこんな得体の知れない僕らを置いてくれるわけないでしょう」
その証拠にこの部屋にいるのは僕らの他には客人であるはずのルクシャナさんしか居らず、屋敷の人はまだ誰も顔を出しに来てはくれなかった。
当たり前だ、子供を蘇らせるはずがこんなおっさんとじいさんの魂が入った子供の顔など見たくもないだろう。
あ、やばい…気分がダウンしてきた。なんとか立て直さないと心がポッキリと折れてしまう。だけど何でこんな気分になってるんだろう?とにかく気持ちを切り替えねば。
「みぎゃんっ!」
変な声で我に返るとお師匠様が倒れていた、どうやら誰かが勢いよくドアを開けたために、ちょうどドアの前に立っていたお師匠様の後頭部に当たってしまったらしい。
ルクシャナさんは部屋に入ってきたいかにも執事っぽい老人と何か話をすると、急いで屋敷から出るように促された。
「いったいどうしたんですか?」
僕は気絶したお師匠様をおぶり、屋敷の裏口へ移動をしながらルクシャナさんに何が起きたのか聞いてみた。
「魔物が現れた。しかも集団でこの屋敷を取り囲むようにな」
「それっておかしくないですか?確か魔王が生きていた頃は魔物を統率をしていたけれど、今の魔物は群れをなさないと聞いたんですけど」
ルクシャナさん自身がそう教えてくれたはずだ。群れを成せばその分エサが多く必要となり、町を襲わなければならない、しかしそうすると人間達も大人数で駆除されると魔物も理解している為、通常は群れを成さず、町の外で狩りをしていると。
「だからこそ非常事態ということで私達を逃がそうとしてるんだ、ここにいるのは家族と使用人だけでザックスたち守備隊は詰め所で治療中だからな。町の方へはすでに伝令が走っているので何としてでも魔物をここで足止めしなければならない」
あれ?ということはモンスターは町の方へはまだ向かってはいないということなのか、この屋敷は町外れで、魔物は最初に目を付いたこの屋敷が襲ったということなるが…
「逃げ出さなきゃいけないほどやばい状況なんですか?」
「ああ、十匹以上はいるそうだ。そんな大群、魔王が倒せれて以降、始めて聞く。私一人じゃどうしようもできない」
やっぱりおかしい、じゃあエサがたくさんあるであろう町には目もくれずわざわざ全員でここに留まっている理由はなんなんだ?
この屋敷が一番大きいからか?いや、確かに民家としてはこの領主宅が一番大きいかもしれないが、ここより大きい建築物は待ちの中には他にもたくさんあるはずだ…なら魔物たちの目的は―――
いやそんなことはどうでも良い、今は一刻も早く逃げなければ。人間相手ならともかく化物を相手するつもりなど毛頭ない。
そう思考をめぐらせながら歩いていたら廊下の先に誰かが待っていた。あれはこの屋敷の奥さんであるキャスリンさん…
キャスリンさんはルクシャナさんにおそらくお金が入っているであろう布袋を渡し、二、三会話を交わすと今度をわざわざ膝を突き、同じ目線にして僕を正面から見据えた。
キャスリンさんは笑っていた、いや表情は笑ってはいるが眼は笑ってはいなかった。この眼はなんだろう…恐怖?後悔?切望――
数秒僕の顔を眺めると今度は僕が背負っている、気絶したお師匠様の頭を優しくなでた。そうしてなで終えると背負っているお師匠様ごと僕の体を抱きしめた。
生きて……
この世界の言葉は分からないはずなのに、抱きしめられた途端大きくなった心臓の鼓動と共にキャスリンさんがそう囁いたように感じた。そして彼女は僕達とは反対の方向へ去っていった。
「ルクシャナさん…なんでキャスリンさんはあっちへいったんですか…一緒に逃げるんじゃないんですか?」
なんだろう…心臓の音がますます大きくなってくる。
「いや…逃げるのは私達だけだ。この家の者たちは領主の責務を果たそうとしている、決して逃げたりはしない。エサ箱にエサがなくなったら他のエサ箱へ向かってしまうのだからな……」
この家の者たちって……それじゃあ僕とお師匠様は……
口から吐き出してしまいそうなほど心臓の鼓動が高まってくる。
「領主達はこれでお前達のことを許してもらえるとは思ってないが、それでも生きてもらってほしいと言っていた」
僕の動悸は治まり一瞬にして頭が冷えた。だが決して冷静になったわけでではない、次の瞬間怒りがこみ上げてきた。
ふざけんな、許してほしいだと!?なんであんたらが謝るんだよ。あんたらは自分の子供を生き返らせたかったんじゃないのかよ!子供の体を乗っ取って暴れた僕達が憎く思ってるんじゃないのかよ?こんな、こんな僕達のことを―――
「……ルクシャナさん、お師匠様をお願いします」
僕は背負っていたお師匠様をルクシャナさんに預けるとキャスリンさんが去っていった方を向いた。
「どうするつもりじゃ?」
背後から声を掛けられた。ルクシャナさんではない、お師匠様だ。いつの間に目を覚ましたんだ?いや、最初から気絶なんてしていなかったのかもしれない。
「この家の人たちを助けます」
「何故助ける?お前とこの屋敷の者たちとは何も関係ないはずじゃ?」
そうだけどそうじゃない。
「いいえ、キャスリンさんは…あの人はまだ僕らのことを自分の子供だと思っています」
「そりゃあこの体はあのご夫人の子供じゃからな。だがお主は彼女の子供ではないじゃろ」
分かってる!けど分からないんだ。
「頭では分かってます!けど体が…心臓があの人を助けろと言ってるんです」
これは僕自身が心の奥底で家族を求めているからかもしれない。それともこの体に、死んだ元の持ち主の思念が残っているのかもしれない。とにかくここで見捨てたら僕は一生後悔することになるだろう。
「ならば行け、お主の想うように行動しろアルス」
お師匠様の言葉が開始の合図であったかのように僕は駆け出して行った。おそらく現在、正面玄関は魔物が入ってこられないように塞がれていて、外にいる魔物はその玄関を突き破ろうとしているだろう。ならば二階、奇襲を掛けるには玄関の真上の窓からだ、僕は玄関へは向かわず階段を上がった。
母さんは僕のことを子供だと思ってくれていても、他の家族はそうは思っていないかもしれない。ここに居させてもらうために助けようなんて思っちゃいない。消えてくれといわれれば大人しく出て行きます。ただ、今だけはアルス・ドラグナーとして家族を助けさせてください。
僕は二階の窓を突き破った。