落ちこぼれ精霊使い
世の中、向き、不向きというものがある。
「もう嫌ぁぁぁ」
1人癇癪を起しつつ、半泣きになりながら、カインはトイレに引きこもっていた。個室のトイレの便座に座りながら、顔を覆う。
カインの家は優秀な魔法使いや精霊使いが何人もいる家系だった。職業の方向性は違えども、一族皆、そういう方面に進むのが当たり前と思っている。そんな家系の直系の長女に生まれてしまったカインだったので、一族は皆期待して、カインを勇者養成学校に入れた。
勇者養成学校といえども、そこで学ぶのは勇者の卵だけではない。魔法使いや精霊使い、剣士や弓使いなど魔物を倒す為のスペシャリストを育てる場所だ。
カインはその学校で精霊使いの卵として在学していた。なぜ精霊使いかといえば、魔法使いになるには、魔力が足りなかったからである。しかしカインは精霊使いとしても落ちこぼれだった。
「鬼よ。鬼すぎるわ。あの子達を戦わせるだなんて、鬼畜もいいところよ」
実は精霊使いであるにも関わらず、精霊が可愛すぎて精霊を使っての攻撃ができなかったのだ。
この世界の精霊は色々なタイプが住んでいる。動物のような姿もいれば、人間に近いような姿の者もいる。
精霊使いは、そんな精霊を捕まえ契約し、自分の代わりに魔物と戦わせる者達の事を指す。精霊は能力ごとで、低級、中級、上級にランク分けがされており、上級の中でもさらに上の規格外を超級と呼んでいた。精霊使いは強い精霊を持つものほど、優秀な精霊使いとされている。
「バカイン、いい加減出て来い。てめぇ、まさか2年連続で落第する気じゃないだろうな?!」
「ここは乙女の聖域よ。男はでていきなさい」
女子トイレに全力で引きこもっていると、ドアの向こうからある男子が声をかけた。
「何が聖域だ。ただの便所だろうが。他の女子に協力してもらって俺はここに居るんだ。その理由は分かるよな?!」
「いやぁぁぁ、聞きたくないぃぃぃぃ」
カインは耳を塞いで青年の言葉を拒否する。しかし少年もカインの我儘を聞く気はなかった。
「いい加減諦めて卒業試験に出ろ。教師が呼んでる。それからお前が卒業しないと、俺もまた落第なんだよ」
「この化け猫被りっ!!私の事なんて無視してテイト一人でさっさと卒業しなさいよ」
「そんな事できるわけないだろ。俺はお前の家の金でここに通ってるんだぞ。理由はお前の護衛に決まってるだろうがっ!」
孤児だったテイトは魔力の強さを買われ、カインの家に引き取られた子供だ。そしてその能力の優秀さから、カインの護衛もかねてこの学校に通っている。
カインの家系は政治の中枢にも人を輩出していた為、直系の長女であるカインは一族の恨みや金目当ての人さらいなど本人とは無関係な場所で危険が多数あった。
「出たってどうせ落第だもの。私には才能がないのよ」
「アホか。カインが無駄に飼っているもふもふシリーズ出せば一発合格だろうが」
「あの子達をそんな危険な目に合わせろっていうの? というか、飼ってるわけじゃなくて友達になっているだけだし。それに、もふもふしてない子だっているし――」
「俺がお前の精霊がもふもふかどうかを言い争う為に来たわけじゃないって、分かって言ってるよな――解呪。天啓白系、風神弐度、風刀召喚っ!」
テイトが呪文を唱え腕を振りおろすとドアの扉が切り裂かれる。
木片に姿を変え地面に崩れ落ちるドアの向こうでは、顔色をゾンビよりも青くしたカインの姿があった。
「あ、ああああ、当たったらどうするのよっ?!」
「上手く、水盾を作ったみたいだな。元々魔力の出力は弱くしたけど、凄いじゃないか」
「そんな、私が使った魔法を解説して欲しいわけじゃなくて、部屋の中で何危険なもの振り回してるのって言っているのよ。私の体に当たったらどうするつもり?!」
「どうやって事故死に見せかけるかを教えて欲しいのか?」
意地悪く笑うテイトに、カインはしくしくと顔を覆って泣く。
どうして、私の護衛はドS俺様、猫かぶりなんですかと神様に訴える事はや幾月。しかしカインの護衛が変わった事は今までない。
「ほら、さっさと行くぞ」
外面はいいけれど、カインに対してはどこまでも雑なテイトに引っ張られ、カインは世の無常に涙しながら引きずられていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お家に帰りたくないぃぃぃぃ」
祝2回目の落第を言い渡されたカインは、校舎庭の片隅で、体育座りをしながら現実逃避していた。卒業試験は、教師が疑似空間で呼び寄せた魔物を退治すれば卒業とみなされるもの。しかし結局カインは精霊を使って戦うという事ができず、カイン自身の小さな魔力を使った防御魔法でひたすら耐え凌ぎ、タイムオーバーとなった。
元々トイレに籠って試験から逃げ、自ら落第しようとしていたにもかかわらず、いざ落ちたら落ちたで、家に帰って何を言われるのか怖くなったカインは嘆く。
「私を癒して、もふもふさん。召喚。天啓青系、精霊門、お願い私の元へ来て、瑞希」
カインの呪文に合わせて、青色の瞳をした真っ白な毛をした獣が現れる。見た目は大型犬なそれに、カインは抱きついた。
「うわぁん。瑞希来てくれてありがとう」
「どうした。主よ」
「皆、酷いの。無理なことばかりいうの」
わしゃわしゃと、瑞希の毛をなぜ手触りを楽しみながら、カインは愚痴った。瑞希の見た目は、少々抱きつくには勇気が要りそうな大きさだが、カインは気にせず毛並みを楽しむ。
無茶ぶりばかりしてくる親戚やドSの護衛よりも、瑞希の方が癒しだった為に。
「何がひどい事だ。バカイン」
「ひぃぃぃぃっ」
瑞希の毛並みで癒されていると、背後から地獄の底から聞こえてきそうな声が聞こえてきた。カインはその声に顔を青ざめさせる。見たくないとばかりに瑞希の毛並みに顔をうずくめるが、襟首を持ち上げられ強制的にテイトの方を向けられた。
「お前は性懲りにもなく、また落第しやがって」
「わ、わざとじゃないの」
「精霊使いのくせに、試験中に精霊を呼び出さない馬鹿がどこにいるっ!!」
テイトの怒声にカインは震えた。
「えっと……試験内容が、主従契約している精霊を呼べだったから……主従契約している精霊なんていないし」
「お前の隣にいるそれは何だ?!」
「と、友達の、瑞希――」
「どこの世界に、召喚して呼び出すお友達がいるんだっ!!」
テイトの怒号にカインはギュッと瑞希の白い毛並みを握った。瑞希は痛みにちらりとカインを見たが、小動物のようにぷるぷると震えるカインを叱れなかったらしく、テイトの方を見る。
「主をあまりいじめないでくれませんか?」
「いじめてるんじゃない。教育しているんだ。必要な場所で必要な行動が取れない馬鹿だからな。瑞希だって、カインを主と呼んでるだろうが」
「あだ名だもん……」
カインは一生懸命テイトに反論をするがその声は弱い。そして、恐る恐るといった様子で、テイトを見上げる。
「もしかして、テイトも落第したの?」
「ああ。誰かさんの所為でな」
「ごめん、テイトっ!! テイトが卒業できるように、うちの家族にはちゃんと言うから」
テイトがカインと同じ学校に通わせてもらえている理由はカインが学生の間に危険なことが起こらないようにする為だ。だからカインが落第すれば、テイト1人で卒業するわけにはいかず落第するしかない。
「私が学校に通っているのはほとんどうちの家の見栄みたいなもので、私を嫁がせる時に箔をつけるためだけだし。そんな理由にテイトが付き合わされるのは間違っていると思うから。今回は、本当に申し訳ないけど、絶対次はそんなことないようにするから」
「カインが試験に合格して卒業すればそれでいいんだよ。お前は、いつまでも家に買われ続けるつもりか」
カインの必至な様子に、テイトの声の音量も下がる。それでも怒りが消えた様子はないので、カインは瑞希に抱きついたまま上目づかいで見るしかない。
「だって……仕方がないし。生まれはどうにもできないもの」
「だからお前は、バカインなんだよ。自分で自分の可能性をつぶすなんて」
「別に自分の人生を不幸とは思ってないからいいもん。でもテイトはそんなの関係ないし、本当に魔法の才能があると思う。だからテイトこそ好きに生きていいんだよ? もしも私が理由で自由にできないなら、言って。必ず何とかするから」
カインは自分の事を不幸だとは思っていなかった。ただ仕方のない事と割り切っているだけで。
ただしそう割り切れるのは自分の事だからであって、それを血縁関係のないテイトにまで求めるのは申し訳ないと思っていた。だからの申し出だったが、テイトの機嫌は一向に直る事なく、むしろ悪化の一途をたどっていた。
「ほう。俺に好きに生きていいと言うんだな」
「……う、うん」
低い、低い声音に、カインはビビりながらも頷く。
テイトとは半ば幼馴染の様に育ったので、勿論別々の道を歩むのは寂しいとカインは思う。しかしそれを理由にテイトを狭い檻の中に入れておくのもまた、違うと思っていた。
「なら、好きにさせてもらう。いいか。後悔するなよ」
そう言って、何処かへ歩いていってしまったテイトを見送ったカインは、瑞希の毛並みに顔を押し当てた。
「主、辛いのなら、辛いと言った方がいい」
「うん……、ありがとう瑞希。でもね……テイトは兄妹だと思っているから、私の所為で自由になれないのは嫌なの」
瑞希の言葉に、少し鼻声になりながらカインは話す。
これはずっとカインが思っていた事で、たまたまこんなタイミングになってしまったが、言えて良かったと思っていた。むしろもっと早く話すべきだったと後悔はあってもそれだけだ。
「だから――」
突然カインの声を遮るように、警報音が鳴った。これは学校が生徒に危険を知らせる時の非常ベルだ。
避難訓練以外で初めて聞いた警報音に、カインはビクッと肩を揺らしつつ、顔を上げる。そして教師からの放送を聞くために耳を澄ませた。
『試験用の魔物が逃走しました。生徒は速やかに校外へ出て下さい。繰り返します。試験用の魔物が逃走しました――』
魔物が逃走。
その最悪の事態に、カインは青ざめつつも立ち上がる。
教師が用意した魔物はかなり強いものも多いが、試験会場である疑似空間では魔物が最弱化するような仕掛けがしてあった。その為もしもの時に教師が押さえつけられるようになっている。
しかし疑似空間ではない場所に逃走したとなると、大変な事態も推測できた
。逃走した魔物が1匹だけならばいいが、そうではない場合大惨事になりかねない。また魔物は魔物を呼ぶ習性がある。もしも魔物が多くの仲間を呼んでしまった場合、その危険は計り知れない。
校外へ逃げるようにという放送という事は、教師が学校に残り、魔物が出ていかないようにシールドを張ってから魔物狩りを行うのだろう。
そう考えたカインは速やかに放送に従うという選択をした。
「とにかく逃げよう、瑞希」
「主、乗れ」
「ありがとう」
カインが背を低くした瑞希にまたがると、瑞希は郊外に向かって走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇
瑞希の背に乗って校外へ向かったカインだったが、校門を出ようとしたところでその足を止める事になった。
「何でっ」
校門の向こうがまるで半透明の膜でおおわれているように見え、更に大きな魔法陣が頭上に現れていた。その魔法陣は空間を固定し止めるもの。外部から中に入る事ができない代わりに、中から外へ出る事もできない。
校門前には数名の生徒が、カインと同じように立ち往生していた。
試験日だったので下級生は休みであり、また試験も終わり生徒の大半が帰っていたので、その数は少ない。不幸中の幸いではあるが、カインが出られず不幸であることにはかわりない。
「主、どうする?」
「どうするも、教師を待つか、探すしかないけれど……。この魔法陣を解呪するのは大変そうだし、解呪して町の方へ魔物が逃げても困るし」
すでに空間を閉じられてしまったという事は、魔物が外へ逃げ出す危険がとても高かったという事だろう。例え外へ逃げたくてもそんな状況で魔方陣を壊したら馬鹿だとカインは思う。
「だとすると、この閉鎖空間の中に、更に閉鎖空間を作って、駆除作業が終わるまで籠るしかないかも。籠るとなると、ある程度の魔力耐性がある場所の方が強度の高いものを作れるから、訓練場が向いてるかなぁ。ただどちらにしろ駆除終了を教えてもらわないと、いつまでも閉鎖空間に引きこもっていないといけないから、教師を探さないとで……」
「つまり早く先生を探さないといけないという事だな」
カインが瑞希に話している事を傍で聞いた生徒がそう声をかけてきた。
「職員室か、放送室に誰かいないかしら?」
この場は協力しなければいけないと思ったらしい近くにいた別の生徒もカインの案を叶える為の案を上げる。
「アンタ凄いな。俺は弓使いのエルだ」
「あっ、私は精霊使いのカイン」
「私は剣士のナディアよ」
カインを含めた校門前に取り残された生徒達は、各々手短に自己紹介をすると、教師を探す為に手分けをする事を決める。そして近くに居た生徒とパーティを組む事になり、カインは自然と、エルやナディアとパーティを組むことになった。
「カインは精霊使いと言ったけど、魔術の心得もあるの?」
「魔力が低いから多少だけど。でも理論だけなら、なんとか」
「心強いわ。私はそういうのは疎いから。じゃあ、とりあえず教師が見つかったら、放送をかけて訓練室に再度集まるという事でいいわよね」
「いや。簡単にそういうわけにはいかなくなたみたいだぞ」
エルの言葉にカインとナディアが校舎側を見れば、竜のような姿の魔物や、狼のような姿の魔物などが校庭へでてきていた。
「ひぃぃぃっ」
カインはその群れを見た瞬間引きつった声を上げる。
「折角試験が終わったばかりなのにね」
「本当に、嫌になるよな」
好戦的なエルとナディアの雰囲気に、自分の嫌の理由とはたぶんまったく違うとカインは思った。戦う術を持たないカインは、防戦しかできない。
「とにかく、逃げなくちゃ」
「逃げたって、どうせ追って来るならここで倒した方が早いだろ」
「私もエルに同感ね。卒業試験を終えた者同士、これぐらいの魔物は倒せないと、今後困るしね」
自分は合格組ではなくて不合格組なのだと伝え損ねたカインは、顔を蒼白にする。何とか勘違いをとかなければと思うが、その前にエルが、弓を使って、一番先頭に居た狼のような魔物を射抜いた。
魔物の目に弓矢は命中したらしく、痛そうに咆哮を上げたのち、魔物が倒れる。しかしこの一撃で、魔物達は、校門前にいる生徒たちを敵だと認識してしまったようだ。バラバラに移動していた魔物達が、まっすぐに人がいる方へ向かって来る。
「主、どうする」
剣を握って飛び出ていったナディアの背を見つめるしかないカインに、瑞希が声をかける。
「どうするって……私にどうしろっていうのよ」
無理だとカインは思う。こんなの逃げるしかないと。しかし、こちらへ向かって来る魔物の数はどんどん増えていて、カインは自分一人で逃げていいのか迷う。
カインはすでに瑞希を召喚しているので、魔物から逃げようと思えば逃げられる。しかし、他の人達は? という疑問が生まれた。
ナディアやエルや、その他の生徒の実力をカインは知らない。だから、大丈夫だとカインは答えを出せなかった。
そしていつも隣にいた人物を無意識に探し、自分が追い払ってしまったのだと思って落ち込む。もしもここにテイトがいればと思っても、テイトを手放したのは自分自身なのだと弱い自分をカインは叱咤した。
「とにかく瑞希。魔法陣に触れない程度で、できるだけ高く空を飛んでもらっていい?」
「承知した」
1人で逃げ出すのだけは駄目だと、何とか踏みとどまったカインは空を飛んで状態の把握をする。
魔物は校舎から続々と出てきているようで、校舎は窓ガラスが割れたりと散々な状態になっていた。校舎から出てくるという事は、教師が上手く食い止められていないという事でもある。非常事態という言葉が頭に浮かぶ。
「ナディア、エル。こんなの新卒で何とかできる量じゃないっ!」
逃げなければ。
そう思い、上空から戦闘に入ってしまった2人に声をかける。しかし2人にその声は届かない。あるいは、今更戦闘を辞める事は出来ないという事だろう。
「せめて魔物の動きを止めないと――」
「できるのか?」
「魔物の動きが一時的に止まれば、魔法で縛れるとは思う」
カインは魔力が小さい分、魔法を使った細かい作業は得意だった。しかしこれだけ大量になるとできるかどうかは、賭けにも近い。
ここで魔力を消費しきってしまったら、次はない。
「もしくは、疑似空間を作って、そっちに魔物を全て入れるかだけど……たぶん私の魔力だと、大した時間は保てないから……」
どうしたらいい。どうしたら、全員で助かる事ができる。
そんな事を思いながら、カインは必死に考えた。そして、せめてここにテイトがいればと思う。テイトの魔力はカインとは違って無尽蔵に近い。
カインが術式を作ってテイトに維持してもらえればとても簡単だ。
あんな別れ方をしてしまったのにとカインは思う。それでも、自分の小さな見栄など張っている場合ではないと、カインは息を大きく吸った。
テイトと別れてからそれほど時間はたっていない。だとしたら、どこかに居るかもしれない。
「テイトッ!! いるなら私に協力してっ!!」
「遅い」
「テイト?!」
「お前は、俺を呼ぶのに一体どれだけ時間をかけてるんだ。お前一人ではどうにもできないだろうが」
瑞希に乗って空を飛んでいるカインの隣に、テイトは現れる。常識外れにも、自身の魔力だけで空を飛んでいるテイトを見て、カインはやっぱりテイトは凄い魔法使いだと感じる。
「テイト来てくれてありがとう」
「ったく。それで、俺を呼んでどうする気だ?」
「あの魔物達を強制的に別の空間に一時閉じ込めたいから力を貸して欲しいの」
「ふーん。でも、俺は好きにしていいんだろ? だったら俺がカインに協力するかどうかも俺次第というわけだな」
こんな非常時でさえ、意地悪く言うテイトに、カインはムッとした。確かに、好きにしていいと言ったのはカインの方で、テイトがカインを助けるかどうかを選ぶ権利はある。
でも非常事態なのだ。
今やらなければ、死者が出る可能性があるぐらいの。
「……テイト。確かに好きに生きていいと言ったけれど、私が主よ」
まだ、家の契約は切れていないと思ったカインはそうテイトに伝える。
「まだ私を守る義務があるわ」
「それで?」
「私に従いなさい。これは命令よ」
カインはこれで本当にテイトに嫌われたと思った。それでも、やるしかないのだと割り切る。どうせこれが終わったら切れてしまう縁だ。
「我が主の言うままに」
テイトは恭しく頭を垂れた。まるで寸劇のような動きに、まだ馬鹿にしているなとカインは思ったが、もう諦めた。
「私がすべての魔物を違う空間に移動させる魔法陣を作るから、それを維持して」
カインは苦い思いは全て後回しだと呑み込み、そうテイトに命じた。
「了解。で、どうやるんだ?一発だと人も異空間に巻き込むだろ」
「逃走中の魔物の種類はそれほど多くなさそうだから、地道に限定転移させるわ。解呪、天啓白系、空間創造、無系無力、天地無用、識別転移――」
「最初から意地をはらずにちゃんとそうやっておねだりすればいいんだよ。上手いんだから。転用、魔力転用――」
カインの魔法に合わせて、テイトもまた魔法を紡いだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「えっ? 合格?」
「教授、ありがとうございます」
驚きであんぐりと口を開けているカインの横で、テイトは持ち前の猫かぶりを発揮し、優等生ぶったお辞儀をした。
「今回、魔物が空間の亀裂から逃げて、他の空間も壊してしまい困っていたのだよ。今回君らが解決してくれたようなものだ。十分君たちには、合格に値する能力があると判断した。受け取って欲しい」
「うちの姫は、あまりに簡単な試験だとやる気をなくしてしまうようでして。カイン様の実力を認めて下さってありがとうございます」
「は?」
なにその傲慢な人。
どこの同姓同名の人ですかとカインは文句を言いたかったが、テイトは知らん顔をしている。
今回の事を教授と話す際に、全てテイトに一任するという事で、テイトが許すと言ったのでカインは大人しくしていたが、あまりの話にぎょっとするしかない。
「それは頼もしい。学生のうちから、まさかすでに上級の水獣を持っているなんて知らなかったよ。何故隠していたのかね」
「カイン様は慎ましく、あえて力の誇示などされませんので」
「いや、でも本当に驚きだよ。これからしっかりこの国を守ってくれ」
バンバンと背中を叩かれ、カインは内心叫んだ。絶対何か誤解されてるぅぅぅと。でも、心の声など聞こえるはずもない。
立ち去った教授を見送りながら、終始驚いたままのカインの隣でテイトは爆笑した。
「何笑ってるのよ」
「お前、少しは賢そうな顔をしたらどうなんだ。馬鹿丸出しすぎ」
「テイトが変な事言うからでしょうが?!」
笑い続けるテイトにカインは怒鳴る。
「嘘は言ってないだろ。試験で手を抜いたのは本当だし」
「抜いてないもん」
「本番は命令できるのに、試験ではお前が持っている一番強い精霊に命令しなかっただろ。友達だかなんだか知らないが」
「瑞希に命令はしてないもん。お願いしてあの場所までつれてきてもらっただけだし」
カインはテイトの間違いを正そうと説明をした。しかしテイトは爆笑する。
なぜ笑われているのか理解できないカインは眉を寄せた。
「お前の一番強い精霊はそいつじゃないだろ」
「えっ?」
「やっぱり覚えていないのか」
何の話か分からずカインはさらに眉間の皺を深くする。その皺をテイトは突っついた。
「俺を人の枠組みに入れたのはカインだろう? 当時5歳のハナタレガキだったお前が、友人がいなくて寂しいだのなんだのと言って」
「はい?」
「お前が持つ精霊で一番強いのは俺だ。お前が好き勝手していいと言うから、今後は好き勝手させてもらうが」
テイトの思わぬ告白に、カインは目を見開いた。
「再試験は楽しかったか?」
「再試験……えっ? まさかあの騒動って――」
「さあて。人が作った脆弱な空間など、間違えて壊してしまうこともあるかもな。1回だけなら誤射だろ」
「いやいやいや。えっ?、ええっ?!」
状況が飲み込めず、カインは混乱する。
「俺様が契約してやってるんだから、もちろん最強の精霊使いを目指すぞ。俺と契約しておいて落ちこぼれだから結婚だなんてふざけるな」
「ちょっと待って」
手を上げて必死な様子でカインはテイトを止めた。しかしテイトは止まらない。
「よろしくなご主人様。ちなみに、卒業後の1年間の旅は俺とペアにしておいたから喜べ」
「いつの間に?!」
さっき教授に合格通知を言い渡されたばかりなのにとカインは思う。
勇者養成学校を卒業した生徒は、1年間は武者修行として、卒業者同士でパーティーを組み旅をする事が義務付けられていた。
「この世で一番優秀な精霊使いなんだから、絶対名を残すぞ。カインには素で言われたら超恥ずかしい2つ名をつけてやるからな。喜べ」
テイトの清々しい笑顔にカインは顔を盛大にひきつらせた。一番優秀ってなに? というか、さりげなく上級の瑞希よりも強い精霊と言わなかった? と疑問が頭に浮かぶが、カインは何処から突っ込みを入れて良いのか分からない。
「私は今のままで――」
「精霊王と契約したんだ。諦めろ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
これが後の世で【精霊姫】と呼ばれた伝説の精霊使いが誕生した瞬間だった。しかし精霊姫の内面がどこまでも凡庸で、そんな伝説なんて残したくないと思う小心者だったと知る人は、彼女の契約精霊のおかげで誰もいない。