9 異物
天城は空を見上げる。
「オレのスキルは少しばかり面白いぜ?」
まるっきり状況が分からないが、そう言ったきりまた歩き始めた天城に追ってカルマも続く。
「何が始まるんです?」
「後五分ほどかかるが、その前にパーティー申請とやらをくれ。やった事がないからオレはやり方がよくわからん」
天城は額に手を当て、遠くを観察している。
「良いですけど……」
ライカと一度組んだきりのカルマも勝手の分からなさは同じようなものだったが、大体は知っている。
不慣れな手つきでウィンドウを操作して天城に申請を送った。
「ありがとよ」
その申請を天城が許可、パーティーが組まれた。
風の音が先から聞こえる。
モンスターの低い唸り声の轟きが、さっきよりも近くから響いている。
といってもまだ十分に遠く、戦闘距離の範囲外のためにそれほど危険視はしていないが、注意を怠らずカルマは《索敵》スキルを頻繁に発動している。
「でも、なんでパーティーを組むんですか?」
雑魚狩りと探索だけの旅でパーティーを組む利点はほぼ無い。
二人ともアタッカーである以上、得られる経験値は大差ない。
「それはだな」
天城が言及しようとする瞬間、天空からの咆哮が大地を揺るがした。
「なっ……」
反射的に見上げたカルマの目に映ったのは、こちらへ高速で飛行する圧倒的な威容を誇る真紅の竜。
表示される名はブラッドドラゴン。
フィールドに生息する数多くのモンスターの中でも、強大な力を持ち、気ままに大空を飛び回る。
ブラッドドラゴンを始めに、特定のテリトリーを周るモンスターを総じてユニークボスと呼ばれている。
ユニークボスは前衛後衛を万全に整えたパーティーですら、勝つ確証は無い強大無比なモンスター。
このエリアでも、時たま徘徊するブラッドドラゴンを発見し、その全てをやり過ごしてきた。
過去に一度経験値を狙って挑み、ノックバック無効、膨大すぎる体力、即死級の遠距離攻撃を前に、命からがら逃げ延びた時以来、遠巻きに眺めるだけにしている。
他のモンスターを狩りレベルを上げた今でも勝てる気はしない。
その敵に完全に捕捉されている。
「クソッ、なんで見つかった!? アレには勝てませんよっ!」
焦りながら大剣を抜くカルマを尻目に天城は余裕綽々で意地悪く笑う。
「……オレが呼んだ」
ブラッドドラゴンが草木の死に絶えた地表に轟音を立てて降り立った。
《隠密》は発見されてからでは効果が無い。
カルマの脳内は緊急警報が鳴りっぱなしである。
「呼んだ? それはどういう……?」
散歩でもするかのような軽い足取りで、天城は威嚇するブラッドドラゴンへ歩く。
「何をしてるんですか天城さん!?」
天城の暴挙に、状況を打破する、正確には逃げおおす算段でいっぱいだったカルマの頭がさらに混乱する。
「オレのスキルはちょいと不便でな……」
背の高いカルマでさえ一飲みに出来そうな顎から歯軋りを鳴らし、翼を畳んだブラッドドラゴンが四つ足で突進する。
「そうそう……ごちゃごちゃ鳴くより攻撃してこい」
天城のVITと最大HPがどの程度かは知る由もないが、ボス級の、それもユニークモンスターの一撃をもろに受ければ無事では済むまい。
だというのに天城の余裕は崩れる素振りが無い。
「無茶ですよ!」
「いいからそこで見てろ」
いつかの図鑑に既視感を覚える、恐竜のような巨体が天城に迫る。
ブラッドドラゴンと天城の距離はすでに目測で三十メートルを切った。
天城の自殺行為を止めるために飛び出そうと身構えるカルマは。
天城の右手に、小さな異変を感じた。
天城の手に握られたそれは、刃物などよりもはるかに地球に氾濫し、洗練された闘争の道具だった。
しかし、剣が主体のこの世界にはあまりに異質な武器。
凝視すれば次第に形状が見えてくる。
黒い光沢を反射する短い金属のフレーム一体型バレル。
バレルの根本に最上部の先端が接続される、六つの穴が空いたシリンダー。
人体工学に基づいてバレルの周囲に配置されたハンマー、トリガー、グリップ。
科学の発展に伴い兵器の進歩も目覚ましく、磁力を帯びたレールで金属弾を射出する物が普及した今日日、それは前時代の遺物とも呼ぶべき銃だった。
機能美と芸術性を併せ持つ美しさの死神を天城は右手に提げていた。
余した左手は、敵へと向けられている。
人工知能を与えられていながら、その危険度が理解しなかったブラッドドラゴンは、異様さを一顧だにせず眼前の天城を引き裂こうとした。
「ッ………!」
「《アローン・リーパー》」
ブラッドドラゴンが不意に大人しくなった。
「何が…起きているんだ…?」
天城が食われたはずが生きている。
カルマにはそれが天城のスキルによる事象だと分からなかった。
やがて戸惑うカルマに、くるりと振り返った天城が答えを出す。
「これが、オレのスキルらしい」
シリンダーをカラカラと回し、口の端だけで笑ったままこめかみに銃口に押し当て、トリガーを引いた。
こめかみから離さず、さらに回数を重ねる。
ただ淡々と。
恐れずに。
血の通わぬ機械のように。
“当たり”を知らせる無機質な金属音の五回目が鳴った。
「今日はついてるな」
涼しげにそう微笑み、ブラッドドラゴンに銃口が向いた銃はシリンダー最後の弾倉をハンマーが叩いた。
バランスブレイクなスキル登場。
それがノーリスクな訳ありませんよね。
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