8 赤い大地
トニオの店での会談から一夜明けた朝。ロアキの町中をカルマと天城が歩いている。
一度は道を違えた二人が連れ立つ理由は二つ。
天城が南に向かって延延と歩を進めた結果、ある地点に見えない壁のようなものに行き着いた。それに沿ってさらに西に進むうちに、その壁に直角に交わるもう一つの壁に当たった。
それが事実上、南方への探索の終了を意味すると考えた天城は細かい調査を後続の攻略組に任せて来たという。
「何も無いという根拠は無いが、ある根拠も無い。引き返したのはただの勘だ」
「天城さんの勘なら言うに及びませんね…」
「不確実なものを、ずいぶんと買うんだな」 白髪に風を孕ませ、両手をポケットに突っ込んで歩く天城は、まるで孤独な悪魔のようだった。
実際に一部のプレイヤーからは悪魔呼ばわりされている。
「聞きましたよ…」
カルマが天城を横目に見て唇の端を歪める。
「プレイヤーが経営するカジノをただのワンペアからダブルアップだけで破産寸前まで追い詰めたそうじゃないですか」
経営者が米搗き飛蝗の如く土下座してやっとテーブルから離れたのは、町にいる時間の少ないカルマの耳に届くほどの伝説的な語り草になっている。
その神懸かった勘の持ち主の直感を、真っ向から否定できる材料をカルマは持っていない。
「イカサマで小銭を巻き上げるような小悪党だった」
「なのに勝っちゃう天城さんが俺は訳わかりません」
「…レベル上げの効率が悪くなってからの暇潰しだったんだがな…」
レベルが上がりづらくなったのを経験値を気にかける必要性の消失という、過渡期だと見切りを付け、貯まった所持金で遊んでからカルマに合流したのだった。
金を浪費するつもりが、むしろ激増してしまっているのはどういう事なんだと、カルマは思うが、ステータスに関わらない能力が頼りになるのは良いことだと割り切る。
それより遊んでいたのに、経験値稼ぎに奔走していた自分と同レベルになっているのが不思議で仕方ない。
「…北はまだまだありそうです…」
南の人手が北に集中する、それはペースが上がっただけの話。フィールドの広さが変わったのではない。
依然として攻略のためにダンジョンにアタックする事に変わりはない。
「しらみ潰しにいくしかないのは歯痒いですね…」
「フン……」
天城はカルマの焦りを鼻で笑って一蹴する。
「そう悲観的になるな。手探りでも、前進はしている」
「……はい…」
目を瞑り、眉間に皺を寄せてそうは言うものの、カルマの顔の影の濃さはあまり変わらない。
だが、幾度の困難が降りかかろうとも、カルマの決意もまた揺るがない。
「行きましょう―――」
「ああ行こうぜ、カルマよ。よろしくな」
天城は右腕をカルマに預け、目を開いたカルマと肩を組む。
そして、それに元気付けられたようにカルマはしっかりと地を踏む。
全プレイヤー中最高のレベルを誇る二人はロアキを後にした。
「そうそう…参考ばかりにスキルは何を使うのか聞いておく」
「大剣系の攻撃用ソードスキルが大半ですね…。あまり使いませんが…」
カルマのスキル欄は長大な大剣を背負った見て呉れ通り、大剣を振り回すもので占拠されている。
「クク…とんだ徒花だな」
天城は肩を震わせて笑い、カルマは肩を落としてため息をつく。
「全くです…」 振り下ろしと切り払いのコンボで大ダメージを叩き込む、ソードスキル《ダブルスラッシュ》に代表される連続攻撃もカルマには無用の長物。
軽装を通り越してノーガードに近い戦闘を展開するカルマには適さないからだ。
そもそも攻撃力なら《復讐者》の効果で倍増したstrで事足りている。
「呑気にブンブン振ってる余裕なんか無い…か……確かに、そんな馬鹿な事してたらすぐにお陀仏だろうよ…」
天城は道とは呼べなくなってきた、僅かに均された狭い道の砂利を蹴飛ばす。
ソードスキルはスタミナの消費とは別の対価として、発動後に硬直が発生する。
黒ずんだ隕石製の薄っぺらい胴鎧以外、初期装備のシャツとズボンのカルマがスキルを使用して硬直している最中にもし、モンスターの生き残りが居たとしたら。
「…堪りませんよ」
ペラペラの装甲に身を包んだカルマの末路は火を見るより明らかにして悲惨だ。
レベルアップのボーナスポイントまでも、速さと膂力に注ぎ込んだカルマの肉体はボロ雑巾となるのが目に見えている。
周囲を警戒してピリピリしている極限の精神状態で使いたくも無くなるというのも当然だった。
空は舞い飛ぶ砂塵で灰色に埋め尽くされている。
その薄暗い大地にもモンスターは生息している。
《ブラックウィドウ》
人型の上半身を黒い蜘蛛の腹の上に備えたモンスター。
六本の脚で高速で動き、二本の人間の腕で剣や槍を使いこなす。
単独行動しかしないが、かなり好戦的であり、経験値は少ない、攻略組も嫌がるモンスターの一種。
「おい、カルマ。試しにアレに連続攻撃のスキルを使って見てくれ」
「あのブラックウィドウにですか?」
天城が指した、道を外れて丘を下った所にうろつくブラックウィドウの周りを、スキル《索敵》と念じて調べるが他の敵は居ない。
「ああ、一番回数の多いやつで頼む」
ブラックウィドウの感知範囲外なのか、こちらに気付いた様子も無く、手にした長剣をブラブラと遊ばせている。「では、行ってきます」
スキル《隠密》を発動させながら急勾配を静かに下り、銘の無い分厚く長大な大剣を抜いた。
「二、三発も当てれば死ぬだろうが…」
ブラックウィドウの数少ない弱点の背後から近寄る。
ソロの戦闘スタイルによって使い込まれたスキル《隠密》はかなりの熟練度となり、モンスターの感覚器官からカルマを覆い隠した。
「おお、消えたな」
上から眺めていた天城の目にも、フッと溶けるが如く消えたように見えていた。
ブラックウィドウの腹の先がこちらを向いた位置ににじり寄り、呼吸を整えて万全の体勢で大剣を構える。
狙うは真っ黒なシャツを着た女性のような上半身。
「ソードスキル――《遠雷》――」
その肩口に分厚い刃がめり込み、反対の腰までを一瞬にして通り抜ける。
ブラックウィドウは攻撃で《隠密》の効果が切れたカルマに気がつくが、大剣の特徴の一つ、クリーンヒット時のノックバックで動けない。
斬った大剣は左手に持ち代えて地面をかするようなスレスレを這い、カルマの背後で半円を描いて右手に移り、再び襲いかかる。
二撃目。
ブラックウィドウから刹那も目を離さず大剣のエネルギーをそのままに構え直し、斬り上げる。
背中から緑の体液を迸らせるブラックウィドウのHPバーは、もう一割を割っている。
三撃目。
空を突く切っ先を回転させ、瀕死のモンスターの背中を左から右へ斬り払う。
致命傷を負ったブラックウィドウはヒビが埋め尽くす大地に四散していく。
四撃目はキャンセルして深呼吸をする。
大剣に付着した体液をを振って払い、背中のバックルに留めた。
ステータスに表示される、取得した少量の経験値を見て、先の長さを嫌というほど予感させられる。
「…こんな所か…」
丘を登って来たカルマを天城は拍手で迎えた。
「途中でキャンセルしましたが、あれが一応今使える最高の七連続攻撃のスキルです」
「お疲れさん。あれでリスクが無ければ爽快だな」
「そしたら強すぎますがね…」
「そうなのか?」
「他のプレイヤーは盾持ってひいこらガードしたりしながらやってるそうですから」
「そんなものか」
「そんなものです」
二人は赤茶けた道を、また歩き出す。
遥か遠く、煙る空に飛行型モンスターの巨大な影が見えた頃、
カルマはポツリと口を開いた。
「…天城さんはどんな武器を使うんですか?」
「おっと……まだ見せてなかったな」
肩をすくませおどけてみせるが、まだも何も、天城とは共闘した事も無い。
天城もこれから死地に向かうというのに、何処の物好きな生産系プレイヤーが作っているのやら、黒のポロシャツとジーパンという、ラフな格好である。
足元だけはかろうじて丈夫そうなブーツを履いている。
その他、ナイフなど小型の物も含め、武器の類いは影も形も無い。
天城はカルマの問いには答えず、目を細めて空を凝視している。
「……好都合だな…」
「何がですか?」
「そう、せっつくなよ…」
そう静かに言うと。
口笛を一度鳴らした。
おくればせながら情報を徐々に公開していこうかと。
本編ではあまり語られませんが。
ステータスはstr、agi、dex、vit、lukの五種。
str:攻撃力や重めな装備を身に付けるのに必要な数値。
要するにすーぱーぱわぁ。
agi:ダッシュや歩行の速度、または跳躍力や身軽さスタミナ、脚に関わる事全般。
高所からの落下ダメージの軽減効果も有ります。
dex:投擲の精度や生産の成功率、視力、ガードの上手さなどなど、いろんな物に絡んでくる地味に重要な要素。
トニオさんはこれがかなり高い模様。
vit:基礎的な防御力。
被ダメージ時の怯み耐性もこの数値に依存。
シールドバッシュやタックル等の一部、特殊な攻撃はvit依存になったりならなかったり。
vitがゼロのカルマの打たれ弱さは、さながら下戸にスピリタスを飲ませるが如く、かすって大ダメージ。
下手したらワンパンで死亡。
luk:目に見えない所でdex以上に多種のアクションに関係する。
テクニックではどうにもならない時に最後に縋るのがこれ。 強いて言うなら祈りが通じる確率。
各種ステータスはキャラメイク時に完全なランダムで確定する。
が、成長性は均一。
設定紹介は今回はここまで。
またいつか、そのうちに。
追伸:脚の骨が折れました(真実)