7 衣食足らずとも人は死せず
「久しぶりだな」
「お久しぶりです天城さん」
「もう半年になるな…」
二日目に別れて以来、カルマと天城が再会をしたのは第六の町が解放された後だった。
時間にして七ヶ月になる。
天城が指定した待ち合わせた場所は大通りから一本外れた二等地の料理店。
町が開かれる度に毎度行われる、生産系のプレイヤーによる物件の奪い合いに微妙に敗北した、コック帽を被り白い料理人の服を着た青年が一人で営んでいる。
どの町も空き家が多く、その空き家に一定期間中により高値を付けたプレイヤーが落札する、競売のような形で手に入る。
敗北した理由は真昼時にこの二人しか客のいない店内がそのまま答えでよさそうだが。 二人が座るテーブルに綺麗に盛り付けられた料理が運ばれてきた。
「食べながら話すとしよう。こいつの作ってくれる飯はどこよりも美味いぜ」
「では、…いただきます」
天城に勧められるがままにナイフとフォークで口に運ぶ。
カルマは自分の味覚を他人よりとりわけ優れているとは思っていなかった。
そして料理について詳しいとも。
この料理がフランス料理かイタリア料理かも見分けがつかない。
だが、口内に発生した感覚器官の異常の理由が察知できないほど、愚かで無知ではなかった。
「…!?」
押し寄せる味の波。この店が寂れている理由を見誤っていたことを知らしめされた。
料理に舌が刺激されて催される、圧倒的な多幸感。それはこの世界に囚われてからというもの、殺伐とした時間にのみ身を置いていたカルマの心に、初めて安らぎを生んだ。
「これは…まるで……」
―――ゲーム内の全食料に美味さというパラメーターが設定されているならば、これはきっと最大値に達している。
「ククク……『魔法』だ、か?」
「はい…!」
天城も上機嫌で食べている。 かなり手慣れた手つきで食べているということは、相当に来店しているのだろう。
「また腕を上げたなトニオ」
「現実でもこれくらい簡単に上手くなればいいんですけどね…。私は現実では料理人だったんですよカルマさん」
「それで有り合わせの材料で料理を作ってみた、と」
プレイヤーからの買い取りはもちろん、NPCの雑貨店にも食材が売っていたりするのだ。 話をしながらもトニオの料理を食べる手は止めない。
「そしたら、料理スキルが身につきましてね」
トニオは明るく微笑む。
プレイヤーは例外はいるが四種類のプレイスタイルに別れている。
カルマのように攻略を目指しひたすらにレベルを上げる者、これは命懸けになるため必然的に少数だ。
次いで少ないのはろくに戦闘をしない、僅かなリスクを恐れて町から出られない者。開拓が進み、装備が整えば序盤のモブモンスターなど一蹴できるといえど、宿に籠ってしまいその金すら無い者だ。
この二種が三割程度の比率で、残りをクリアを積極的に狙いに行くわけではない中級者と町で商売に勤しむプレイヤーが二分している。
現実でもやり手の商売人だったのか、商才を持つ者は多数の店舗を展開し、商会のような組合まで立ち上げている。
今ではそれなりに刺激ある生活を楽しんでいるプレイヤーがほとんどだった。
トニオが空いた食器を下げ、次の皿を白いテーブルクロスの上に並べる。
「お二人の前でこんなことを言うのもどうかと思いますが、率直なところ、私は今とても幸せです。ここでなら、夢だった自分の店を持てて、少しのお客さんに自分の料理を楽しんでいただけますから」
彼のようにクリアを望んではいないプレイヤーだっている。
だが、楽しげに夢を語るトニオをカルマが軽蔑することはない。利益も与れない他人に、自分の主義主張を押し付けるのは無意味で不毛であり、血塗られた修羅の道を往くのは自分だけだと、七ヶ月前のあの夜に誓った。
「お前が外で店を持ってないのが惜しい」
「ハハハ、この前みたいに深夜にドアを連打するのは無しですよ」
「何してんですか天城さん……」
―――天城さんらしいというかやりそうな気はする。
「しかも、天城さんが持ってきた素材で作ったら作ったで、ちょっと食べたら帰っちゃったじゃないですか!」
「あの時は、ボスの前に何か食べたい気分だったんだ」
謎のロジックで行動する天城に振り回され、苦笑して厨房に戻るトニオにカルマは同情を禁じえない。
「で、そっちはどうだ?」
「…レベルアップがほぼ止まりました」
「オレもだ」
当初こそ大きな開きがあったカルマとそれ以外のプレイヤーのレベル差はじわじわと小さくなり、今では攻略組は2、3レベル近くに迫っている。
30を超えたあたりから、次のレベルへ上がるのに必要な経験値が莫大過ぎて、狂ったようにモンスターを狩ろうとも一週間を費やして1も上がらない事態になってきている。 具体的にすると、最前線のモンスター一体の内包する平均経験値は100、ダンジョンボスでさえ1000そこそこ。
そして今のカルマに必要な経験値は100000といった実にひどい効率である。
「ただオレ達に時間を食わせるだけの仕組みじゃあなさそうだがな」
「…それは、きっとあの男の望むところじゃ無いですね」
人が七転八倒するのを観戦する悪趣味な男が、間延びしたプレイを放置するだろうか。
二人が出した解答は否。この広大なワールドの地上をあまねく解明するより先に、何かしらの動きがあるだろう。
「何をおっ始めるかは見当もつかないが……幸い、まだ大して死んでない」
「…そうですね…」
死亡遊戯の死者は最後にみた一昨日の墓碑に変動が無ければ、三百人弱。
全体の二万五千人の1パーセントだ。
その“幸いの三百”に、ライカが含まれているのだという思いから苛立ちかけるが馬鹿馬鹿しくて逆に頭が冷めた。
この天城が自分と半年も付き合って、何も察してないわけが無い。
ライカのことを口にした覚えは無いが、言葉の端端から推測され、俺がキレないと踏んでいるから言ったのだろう。いやキレても言ったかも知れないのが天城の恐ろしい所。
「何か見落としてるのかもな」
「二万人の目がですか?」
「ああ。人間は緊張すると大きなモノだって見落とすもんだ。しかも命を賭けるとなると、なおさら往往にしてな」
だがそう断定するには『traveler』の世界はまだまだ未開発だ。
第一の町リフテルを筆頭に、タルマ、リーカー、チェリオ、シエン、そして二人が滞在する町ロアキ。
その全てをカルマと天城が解放してきたが、その偉業を讃えるイベントは無く、NPCもいない。作業的になりつつある町の解放に、達成感は無い。あるのは焦燥感だけだ。
「俺の方は特に真新しい発見は有りませんでした」
「そうか……」
天城が口の端だけで笑う。
「こっちは収穫アリだ」
意味ありげな微笑にカルマの背筋に冷たい電流が走る。
「お待たせしました!」
「!?」
だが、トニオが次の料理を配膳すると意識をジャックされた。
「おお、これも美味そうだなトニオ!」
「……トニオさん。いつか“向こう”で店を開いたその時は教えて下さい」
それから暫し、攻略の話は置いて料理に没頭していた。
「何を材料に使ってるんだ?」
「それには羊型モンスターの肉ですね。一時期市場に大量に出回っていまして、値崩れのおかげで美味しいのに安く仕入れられたんです」
「そんな騒動があったな…。どこぞの“のっぽ”が百単位で、当時は攻略組でも格上のモンスターの、肉系のドロップを売り捌いて大混乱になった、だったか?」
のっぽに含みを持たせて強調するあたり、天城は真相を知っているようだ。
「…それってファットシープだったりしません…よ…ね…?」
「その通りですけど、知っているんですか?」
「知っているというより…」
口内を支配する肉料理の旨味の余韻とは裏腹に、カルマの表情はこの上なく微妙だった。
「……その騒ぎ…震源地はたぶん俺です…」
「…えっ?」
「レベル上げに最適だったもんで、日がな一日、ファットシープ狩りをしてた時ですね…」
ファットシープは十から三十体で群れる性質がある細い脚とは不釣り合いに太めな羊のモンスター。
しかし、デブと侮るなかれ。
一度走り出せば、タックルの速さとそれなりに高い防御力に打撃力に乏しい軽装系のプレイヤーは苦戦する。
しかも一体が初めてターゲッティングしたプレイヤー目掛けて群れが殺到するので、パーティーを組んでいても重装で敵を引き付ける役が連続するタックルであっという間にHPを削られる。
レベル上げ帰りに遠目にカルマが見物した時に眼にした、重装プレイヤーが打ち上げられ、パーティーを瓦解せしめた突撃の様は苛烈の一言に尽きた。
間違っても正面で立ち止まるまいと思いながら、死んだプレイヤーが撒き散らした、回復薬といった所持品を火事場泥棒のようにくすねて帰ったのはいい思い出だ。
当のカルマはソロにしてどうやって挑んだかといえば―――
「匍匐でコソコソ近づいて、群れの後ろの方から滅多切りにするのがコツですね」
「………」
トニオは青ざめて絶句している。トニオも食材を求めてたまにフィールドに赴く中級者の一人であり、ファットシープは出くわしたくないモンスターの一種類だった。
セオリーもへったくれもない気違いじみたカルマの戦術にドン引きでる。
「そんな真似が出来るのは一撃で倒すお前だけだぜ」
「レベルが低い時は毎回楽勝じゃありませんでしたよ? でも、まとまって生息している分、いちいち索敵する手間がかからないから魅力的で…」
カルマの剣に触れた所からモンスターが爆ぜて消えていく。
まるで膨らんだ風船の山に針ネズミが飛び込んだようだ。トニオはそんな光景を想像した。
「その光景を観てみたかったですね」
「血だらけの地獄絵図ですよ」
「やっぱり遠慮します」
一度は瞳を輝かせたトニオだったが、戦闘を思い出して辟易するようなカルマに気圧されてあっさりと辞退して厨房に引き下がった。
「クク……」
その会話を見ていた天城が目を細めて笑い、口を開く。
「さて、どこまで話したか……オレの収穫から…だったな」
「何か…分かったんですか?」
ナイフとフォークを置いたカルマが耳を傾ける。
「シエンのさらに南西にフィールドに明確な端がある」
バランス型プレイヤーのステータスが筋力100、敏捷100耐久100だとしたらば、
カルマの200、200の耐久0といった壊れ具合です。
レベルはカルマと天城双方34で停滞しています。
まだまだイージーモードですね。
ライカとは別のヒロイン、出せるのか(困惑)