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OVER_THE_HORIZON  作者: 首藤環
一部 第一章いざ、倒れ逝くその時まで
4/20

4 立つ者笑う者

 ゲーム内の時間が進み、夕陽が完全に沈んだ頃にはあれほど溢れていた涙も涸れていた。

「……還ってやる…――そしてなにがなんでも、もう一度ライカに現実で会う……」

 奴の言葉の全てが真実なら、クリア出来なければ帰還は望めない。

 厳重なプロテクトに守られた電脳のアカウントへの重大な干渉を、こんな大それた真似を可能とする位だ、外部からの救援はありえないだろう。


 シナリオすら分からない現状、クリアまでにどれほど時間を要するかも定かではない。

 だが、魂の抜けたライカの肉体も俺の体も、時が経てばやがて朽ちる。

 そうなる前に。


 だから俺は立たないといけない。

「少しだけ、待ってろ……ライカ」

 最愛の人を失った青年は、立ち上がり、心に固く誓う。

 もう一度抱きしめてやると。






 町の明かりを目指して確かな足取りで進むカルマの耳に、草を踏み倒して何かがこちらに来るような物音をが聞こえた。

「……モンスターか…?」

 次に聞こえてきたのは若い男の声だった。

「なかなか、面白いじゃないか。ゲームってのを見くびってたな…」

 カサカサと暗がりから現れたのは、カルマよりも何歳か歳上のように見える目つきの鋭い男だった。

 それでも至って普通のプレイヤーである。

 だが、道まで上がってきた男の違和感に、ぼんやりとした月の灯でカルマは気がついた。

「どうした、兄ちゃん」

「おい、あんた大丈夫か?」

 男は頭から脚までべっとりと血に塗れている異形の姿だった。

 体のあちこちには真新しい生傷があり、どうみても瀕死の重症だ。

「痛くないのか?」

「痛いのは生きてる証拠だ」

 カルマの心配をよそに男は、ニヤリとして血を点点と垂らしながら歩き出す。

「オープニングを見てなかったのか!?」

 追加された過酷なルールにカルマに悪寒が走る。

「見てたさ。死んだら現実でもゲームオーバーって話だろ」

 それがどうしたという態度にカルマは驚きを抑えられない。

「存外に、レベルを上げるのが楽しくてな」 カルマがライカの死に嘆く草原のどこかで、たったそれだけの理由でこの男は命を投げ出していたのだ。

「正気かよあんた!?」

「いい年して面白がってやってたら、称号なんてのまで貰っちまった、たしか――…セカンドスマッシュ……だったか」


 その無謀さに閉口するカルマに男が並んで二人は歩く。





 町まで歩く間にカルマはオープニングの全容を聞いた。

 あの男は四つ目に、ラストダンジョンを最初にクリアしたパーティーメンバーそれぞれに、十億円を贈呈すると言ったらしい。

 そして最後に、

『至高至大なるものとして諸君らの到着を切望している』

と締めくくった。


「奴は何がしたくて、こんなことを……」

 町に着いてもカルマの疑念は晴れなかった。

 閉じ込めておきながら、賞金を与えるという矛盾した言からは、その心中は読み取れない。 思い悩むカルマを、隣の男は鼻で笑う。

「フッ――…狙い? 無いだろうよ。ああいう手合いの奴がたまにいるんだ。欲しいものは全部持っている、金にも困ってない。だから他人で遊ぼう――ってな」


 重い体を突き動かして到着した町の明かりが二人を包む。

 カルマは温かな人の光に安堵を覚える。


 ふと隣を見るとそこに出血の状態異常で血染めの男の姿はなく、代わりに白髪の男が立っていた。


 頭上に浮かんでいるプレイヤーネームは―――

「……天城(てんじょう)…?」

「アマギだ」

「………天城さん俺と――」

 ある種の神秘さを醸す天城に、カルマの直感が囁く。

 この人はただのプレイヤーじゃない。

 初日に偶然会っただけの男に、なぜそう思うのかはカルマ自身にも分からない。


 この人に何もかも話せば、何か答えてくれるかも知れない。

 俺が進むべき道を照らしてくれるかも知れない。


 理由も漠然とそう思えるのだ。

 だが。

「俺は―――」

 俺はそれでいいのか?

 さっき出会ったばかりの他人を巻き込んで。

 俺に関わってライカと同じく、その心の自由を奪われてしまうことだってありえるんだ。

 なら、俺はこの人に、いや、他の誰にも関わらず、ただ一人でクリアを目指すのがきっと―――


「間違えるな」

「――っ……」

 瞳を通してカルマの心でも読んだように天城は手を上げてそれを制し、口を噤ませる。

「ここで別れよう。――お前には頭を冷やして考える時間が必要なようだ」

「だが時間が――」

「何をする気かは、知ったことじゃない。一晩一人で考えるんだ。何が瑣末で、何が大事か、これからどうしたいのか、どうするのかを。可能性から最善を選べ」

 天城はウィンドウを操作して、沈痛な面持ちで見つめ返すカルマにフレンド申請を送った。

「答えは明日聞く」

 天城は振り返らず人混みへ歩いていく。


「……天城さん、ありがとうございました」

 目を閉じて礼を言ったカルマが次に見たのは、フレンド認証のウィンドウと不安に駆られて町の片隅で震えるプレイヤーの群れだった。


 町の外に出れば死の危険がつきまとう今、敢えて夜に出歩く者はなく、二万人を超す数のプレイヤーで町はごった返していた。



 カルマはあの広場を目指した。

 足が覚えていた、ライカと歩いた道を辿っていた。

「…ライカ…」

 墓碑には既に何十という名前がライカの下に刻まれていた。

 第三の条件を信じなかったものたちがいたのだろう。

 幸か不幸か、その犠牲は全プレイヤーを信じさせるに足るものだったようだ。


 町の中心部にあたる広場の周りには人影は少なかった。

 その答えはメニューの中の持ち物のやり取りする機能にあった。

 カルマは放置していた、プレゼントのような包装をされた箱のアイコンを開く。

 中身は餞別とタイトルのついた、金や回復薬の詰まったアイテムパックだった。

 カルマがNPCの宿屋と装備屋を何軒か覗いて相場を調べると、その金で二十回は泊まれる、または初期装備が揃うような金額らしかった。

 しかし、怒濤のモンスター狩りをしたライカのパーティーに入っていたカルマはその倍以上の所持金があった。


 腹は減っていたがとてもそんな気分じゃなかった。


 安めの宿の部屋をとり、システム的に密室となった狭い室内でベッドに座る。

「………」

 一人になると悔やみだけが沸き上がる。


 なぜ、どこかで止めさせなかった。

 なぜ、一人にしてしまったのか。


 膝に爪が食い込むほどに自分に怒りを抱いた。


「…やめよう」

 天城に言われたのはこれからのこと。過ぎた事実は変えられない。今は考えるべきじゃない。

 カルマは悲しみと自分への怒りを無理やり押しやった。

「…俺は…クリアする」

 たとえ一人でも。

 天城の言葉が反芻される。

 何が大事なのか。

 やるべきを考えろ。


「ライカに会う。そしたら謝ろう」

 許されるとは思わない。

 俺は家族からライカを奪ったんだ……あの時みたいに……。

 妹が一人いた筈だ。確か、中学生だったか。

「たまに会うけど嫌われてたからな……」

 俺が帰ってやれるのはそれだけでいい。

 その他は、自分の命ですらどうでもいい。

 それからカルマは少し眠った。

カルマは廃人ではない一介の高校生です

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