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OVER_THE_HORIZON  作者: 首藤環
一部 第一章いざ、倒れ逝くその時まで
3/20

3 罪の旅路

「むむ〜。何も無いな〜」

モンスターを探しだしては即撲殺のチンピラも裸足で逃げ出す陰惨ファイトを繰り返したライカは、ものの十数分で森の中を粗方制覇してしまった。

「十分だろ」

 何も無いといいつつも、度重なるレベルアップに加え、聖なる雫などという用途の分からないビンに入った真っ赤な液体のアイテムまで拾っている。

 スタート地点から歩いてすぐのダンジョンでこれ以上何を求めろというのか。

「おっかしいな〜。何かある気がしたんだけどな〜」

 発見した中で変わったものを挙げるなら、森の中心に大地が裂けたようなクレバスがぽっかり開いていたくらいだ。

 それも、奈落に落ちていったモンスターの経験値が入ったことに気がついたライカが、次々と蹴り落として利用するだけの処刑用と穴と化した。

 草原と比べ、多めに森に配置された、コボルトやグリーンキャタピラーといったモンスターたちのお陰でレベルが随分上がった。

「う〜ん、どこか探索漏れしたかな…?」

 防具も無いライカとカルマがマップを持っている道理もない。

 森を端から走って脳内の地図を描き上げるのは無理があったか、などと唸るライカは枝葉をかき分け、時にリポップしたモンスターを蹴り殺して探索を続行する。

「おーい、そのくらいにしとけよ。もうすぐイベントが始まる」

 それにライカが気の無い返事をしようとした時だった。

「う〜い―――どわっ!?」


ガキンッ!!


「おい、どうした!?」

 草むらを先行していたライカのただならぬ声にカルマの背中に嫌な汗が流れる。

「あだだだだっ! なにこれ、トラップ!?」

「待ってろ、今――」


 邪魔をする草に苛立ちを覚えながら追いつくと、ライカの左足には鈍色のトラバサミがガッチリ食い込んで血がにじんでいた。

 折も折に、悲鳴に誘われてか、ライカの背後の草むらからコボルトが腐食だらけのナイフをかざして飛び出す。

「ライカ、後ろだ!」

 全力をもってしても間に合わない。

 ライカを一人にした後悔を噛み締め、守りたい一心で手を伸ばす。

「ギャアアア―――」

―――たった一メートルが永久ほどに遠い。

 間延びした時間の中でカルマは半ば諦めていた。

「ギャアアアッ!!」

「――シッッ」

 諦めかけたカルマの眼前で、ライカが上半身だけ捻った。

「ギャ――グギャア!?」

 絶叫を上げて吹き飛んだコボルトは、自身に何が起きたのか分からず倒れただろう。 特等席で見ていたカルマにもはっきりとは分からなかったのだから。

 うっすらと、ライカが腕を振り抜いたとだけ見えた。

「裏拳……?」

「ふぃ〜あぶな。死ぬかと思った」

 横っ面に強烈極まる打撃を受けたコボルトは光の欠片となって砕け散った。

「こんな初心者ダンジョンでやられかけるとか…わたしカッコ悪っ!」

「いや、無事でなによりだ…」

 トラバサミを外してやりながらライカから聞いた話によると、モンスターの声と勘でバックハンドブローを試したそうだ。

「そういやお前、喧嘩強かったな…」

―――繁華街で待ち合わせをした時に、絡んできた男を伸していたのを見たことがある。

「無事じゃないって。あいてて…」

 殴った手の甲足首から血がにじんでいる。

 心配性だとライカに言われても、よくよく調べるとナイフが掠った傷もある。

「欲を出すからだ。その程度で済んでよかったな」

「ま、そうだね。――っとと」

 立ち上がろうとしたライカがふらつく。

「どうした?」

「なんか、痛みがすんごいリアルなんだ…」

 ライカはトラバサミに挟まれた脚を引きずる。

「大丈夫か?」

「…余裕…」

 顔色はあまり良くない。

 ゲームなのにこの痛がりようはただ事ではない。

 血が流れ出ている傷をもっと調べるべきかもしれないが、ここに留まるのは良策とは言えない。

「早く森を出よう」

「…うん…」

 筋力値的に背負うのは難しいと判断し、ライカに肩を貸してカルマは最短距離で草原に出た。



 ステータスが許す可能な限りの早足で急ぎ、ライカを休ませてやれる場所へ辿り着いた。

「ここまでくれば大丈夫だろう」

 小高い丘になっているからモンスターの発見も容易だろう。

 ライカを座らせ、傷口を確かめる。

 血は止まっている。

 だというのに。

「大丈夫か、顔が青いぞ!?」

 さっきよりライカは明らかに衰弱している。

「ハハ……さっきのナイフに、毒でも塗ってあった、みたい…」

「毒だと…?」

 『traveler』において、初期設定ではプレイヤーのHPを初め、状態などは他プレイヤーからは見えない。 見えるように変更してほしいとも思ったが、怪我人に鞭打つのをカルマは躊躇った。

「休んでれば治るから、ちょっと膝、借りて横になって…いい…?

「あ、ああ…」

 自分より圧倒的にゲーム経験の多いライカの指示に従い、カルマはあぐらをかいて彼女の頭を載せて寝かす。

「あ…」

「どうした?」

 上を向いたライカと目が合う。

「やっぱりオープニングイベント見せて」

「……フッ」

 体調を押してまでイベントが気になるこの幼なじみは、骨の髄までゲーマーだと改めて思わされ、カルマは失笑する。

「ほらよ、好きなだけ見ろ」

 地面の上に垂直にウィンドウを開いて二人で見る。

「ありがと、まー君…」

 ウィンドウの中には二人がキャラメイク直後に降り立った広場が映し出されていた。


 クローズアップされた一人の男がやがて話し始めた。


 どうやら運営の一人らしい。

『――――ようこそ――――』

 実体の無い半透明な男が口を開き、手軽に歓迎の挨拶をする。

『――――――――――』

 その男の話も途中まではどこかで聞いた覚えでもありそうなありふれたものだった。


『さて、諸君。いきなりで申し訳ないが、いくつか、仕様の変更をお伝えしよう』


 そのセリフが序章だった。

 『traveler』が死に満ちた監獄に変貌を遂げる宣告の。


『――――――――このゲームの最終ダンジョンクリアまで、ログアウトの一切は禁じられた』

 指を一本立てた。

 それからの男は徹頭徹尾、薄ら笑い浮かべて上機嫌に、それでいて冷静に告げる。

「どういうことだ…? なあライカ」

 ライカなら何か分かるかもと思い尋ねるが、ウィンドウを見たまま首を横に振られた。


『二つ目に』

 二本目の指を立てる。


『痛覚は解放された。リアルなプレイをするにはこれが大事でね』

「バカな、現実を再現した痛みは違法のはずだ…」


 しかしそれと同時に、やはりと納得する。

 普段弱音を吐かないライカの痩せ我慢が利かないのはあまりにおかしいと、カルマも頭のどこかで考えていた。

「おい…ライカ…」

 不安になってライカを揺すって話しかけるが反応は無い。

『三つ目に……む?』

 三本目の指を立てようとして止まり、画面街から出したタブレットを興味深そうに見つめる。

『……せっかちな人がいたようで実に残念だ』

 タブレットをどこかに置いた男は気を取り直して指を立て、最大にして最悪のルールを告げる。

『三つ目。HPの全損イコール、現実における死だ。正確には精神を失うだけだから植物状態というのが正しいが、人間にとっては自我の消失は死に等しいと言うし、そう大きな差は無いだろう』


 この男は今なんと言った?

 キャラの死が、自分の死に直結?

 そんなバカな。

 だが、ダイブしている状態で目覚めることを阻害されたら、ダイバーダウンはそれこそ肉体が朽ちても終わらない。ログアウトをロックされたらデータの牢獄に永遠に意識を囚われる。

 カルマは反射的メニューからログアウトボタンを探すがどこにも見つからない。

「なんなんだよ。これ……。なぁライカ、ドッキリかなんかなんだよな……?」

 語りかけてもライカはピクリともしない。

「寝てるのか…?」

 起こすために肩を叩いてみようとカルマは手を伸ばす。

「おい、……………え……?」

 手が、ライカの体を突き抜けた。

 つい今しがた、モンスターを倒した時に何度も見てきた現象が起きる。

 眠るライカの体が光の細かい立方体となって消えている。

「致死毒だったのか…!? そんな……呆気なさすぎる……こんなあっさり……」


 ライカが消滅していく。

 無情にも、カルマが触れようとした所から消えていく。

「待てよライカっ!!」

 もう半身ほども残っていないライカの残滓をかき集めようとカルマが覆い被さった瞬間、ついに彼女の体は散った。


『広場にある石碑、それは死にゆく諸君らの墓碑だ。そして今、早くも最初の一人の名が刻まれたようだ』


 墓碑が映し出され、左上の最上段にライカの名前が彫られている。

「……嘘だ……嘘だ…………嘘だ、きっと何かの間違いだ…」

 なんでもいい、カルマは淡い希望に縋りつこうと模索する。

 ついさっきまで共に笑っていたライカがもういないなどと到底信じられない。

 だが、痛覚、ログアウトボタンの消失。

 すべての状況証拠は肯定している。


『―――四つ目に――――』

「……嘘だ……」

 男はまだ話しているが何もカルマには聞こえなかった。

『―――――――――――』


冗談じゃない……こんな理不尽があるか――

「ふざけるな――…頼む…誰でもいい……誰か嘘だと言ってくれッ!!」

 世界は答えない。

 草原に人影は無い。

「……ぐっ…おおお……―――ああ、ライカ……」

 ウィンドウを閉じる気力すらカルマは失い、明るく話す男の声を背に、大地に爪を起てて一人獣のように嗚咽を漏らした。

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