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OVER_THE_HORIZON  作者: 首藤環
一部 第一章いざ、倒れ逝くその時まで
2/20

2 ある秋の日

 秋の涼しさが寒さに変わりゆく季節、軽い足取りの少女に少年と呼ぶには些か背の高い青年が付いて歩いていた。

「ほら、まー君早く早くっ!」

 ショートカットと化粧っ気の無い笑顔が特徴的な少女が少年の腕を引っ張る。

 端から見れば仕方なく連れていかれているように見えるが、その実、少女の怪力でグイグイ牽引されているのだ。

「ゲームは逃げないだろ。あんまり急いだせいで転んで怪我でもしたら大学推薦がパーになるぞ。あまり親を泣かせるな」

 真っ当な意見に女子バスケットボールの県大会MVPを授与された選手はこう返す。

「時間は逃げるのっ!」

 つまりは一刻も早くキャラメイクをしてプレイしたいと言うのだ。

「はぁ……」


 RPGをこよなく愛する幼なじみは、この青年の分もテスターに応募していた。

 その執念が届いたのか、数日後には二人分の当選通知が届いていた。

 よくこんなゲームマニアが全国大会に行けたものだ、と青年は呆れながら腕時計を見れば四時を過ぎた頃だった。

 無理矢理に聞かされた行動予定では、オープニングイベントは五時からだったはずだ。

 家に帰るのは十分間に合う。急ぐこともあるまいと言いかけた瞬間。

「いいからレベリングだぁっ!」

 少女は凄い剣幕で良い放った。

 二人の家は隣り合わせで、親同士も仲の良い、いわゆる幼なじみである。


 曰く一分一秒でも惜しいらしく、学校側に建っていた少女の自宅に強制的に連れ込まれた。

「ただいまっ!」

 少女は帰宅と同時に二階の自室に駆け込んだ。

「お邪魔します、おばさん」

 青年は脱ぎ散らかされた靴を整え、二階に上がる前に少女の母親に挨拶をしに行った。

「もう、おかあさんって呼んでも良いのよ?」

「え……」

「あなたなら主人も許すと思うし、いい加減なあの子にもようやく安心できるわ」


 やたらと若い幼なじみの母親の、保護者ギャグにしては本気のトーンに固まる。

 幼なじみの年齢とおばさんの若さを考えると、父親はまさかロで始まりンで終わる紳士な人種なのかなどと現実逃避の推察を始めると、不意に頭を撫でられた。

「冗談よ。困らせてごめんね」

 青年の家庭は母親が居らず、海外で仕事をしている父親と会うのも年に数回。小さい頃は遊びにくる度に適当に髪の伸びた頭をこうして撫でられたのを思い出す。

 いつの間にか彼女の背を追い越した今となっては撫でられるのも久しぶりだった。


 感慨にふけながら二階に上がる青年の後ろで妙齢の女性はいたずらっぽく、舌を出す。

「半分は……本気だったりして」





「遅いっ!」

 ベッドに腰かけて待っていた少女は、その他の言葉は不要とプラグを差し出した。

 その先は電脳の広大の海に繋がっている。

「悪い、お前のお袋さんと少し話してた」

「部屋に妹居た?」

「いや。ドアは開いてたが、見なかったな」

「そ、まあいい! さあ、いざ!!」

 青年に一本渡すと、少女はうなじの穴に自分のプラグを差し込んだ。

「先に潜ってるからね」

 それだけ言い残すと電脳にダイブしている時独特の、体の力が抜ける症状、ダイバーダウンという状態に陥る。

「おっと……」

 壁に頭をぶつけないようにせっかちな幼なじみを支えて寝かせた青年も、すぐさま床に座り、壁に寄りかかってダイバーダウンに入る。

 サイトにはすぐに辿り着いた。


大地のない電脳空間に漂う、無数の光の足場を飛び越え、暗幕がかけられている『traveler』のサイトに飛び込んだ。




 真っ黒な空間に突きだした操作パネルに当選通知に添えられていたパスワードを入力すると、アカウント認証とウィンドウに表示され、自動でキャラメイクに入る。

 暗闇に浮かぶのは素顔の自分。体格目鼻立ち、何一つ違う点はない。

 制服のジャケットを脱いだワイシャツ姿まで再現されている。

 人相を変えるための多数の目盛りや項目が用意されているが、以前にやらされたダイブゲームでも顔を変えなかったので、なんとなくそのままに、名前を付けてキャラメイクを終了し、ログインする。


『travelerへようこそカルマ様!』


 はっきりと大きな白の字幕が現れる。

 世界が明転し、周囲に古めかしい西洋風の町並みが投影される。

 どうやらゲームは始まっているらしい。

 ビギナーに相応しい簡素な服装を着たアバターが、数えきれないペースで周りの広場に次々と生まれている。

 「よしよし、来たね」

 お互いに顔を弄ったりはしないと示し合わせていたので、カルマがフラフラ歩き回っていると程無くして見つかった。

 幼なじみの頭上にはライカと書かれている。

「ほぼ実名だな。良いのか?」

「すっきりしてる良い名前でしょうが!」

「否定はしないが……」

 どうなんだと首を捻るカルマを放置してライカはウィンドウを操作する。

「フレンドとパーティー申請は送った。さあ、行くぞまー君!」

「どこにだ」

 カルマの視界の隅に新着のアイコンがポコンと出た。

 意識をそこに集中するとメッセージメニューが開き、二つの申請を許可する。

 電脳空間では、触らずとも意識すれば任意のメニューを開けるのはもはや当然になっている。

 なんでも、こうして歩くのと同じく、脳がメニューを開こうと考えた時の電気信号をキャッチしているため出来るとか。

「レベリングに決まっているじゃないか!」

 ステータスを見た限りではキャラメイク後には能力値に差は無いようだが、猛るライカはそんなことお構いなしに体重の上回るカルマを牽いて町の出口へ向かう。

 無茶どころの話ではない。

 そもそもカルマはもちろんライカもまともな防具を着けていない。

 おまけに武器すら無いのだから、チュートリアルすら始まっていない現在、モンスターを倒しに出かけるなど無謀である。

 そう説得するも。

「なんとかなる!」

「いや、無理だろ。だいたい、オープニングイベントはどうする」

「まー君が観てくれればいい」

 確かに、歩いているうちに調べたメニューには、運営の動画を生中継で観られるシステムがある。

 ログインしたわずかな時間差でチュートリアルも無いのにここまで調べた幼なじみの廃人ぶりにはカルマも呆れる。



 結局、押しきられて町を取り巻く草原に出てきてしまった。

 歩くだけの移動ひとつとっても、カルマはこの『traveler』には驚かされるばかりだった。

 歩いている地面の感触、木の門扉の質感、風を受ける微妙な圧力。

 さらに言えば砂ぼこりの匂いすら感じた。

 体の重量感も現実とそう変わらない。

 試しに草原の草をちぎって口に入れると青臭い苦味も味わった。

「本当にリアルだな」

 カルマの記憶にある、今までのダイブゲームにはここまでのリアリティーは無かった。

 この世界には五感が揃っている。

 それはプレイヤーとしては喜びべきことなのだろう。


「おっ!? モンスターみっけ!」

 草原の中を地平線の果てまで伸びる、恐らくどこかの町かダンジョンに続く道の脇に、草むらから一匹のモンスターがのそのそと出現した。


 カルマは頑張れとだけエールを送り、路傍の大きめな石に腰を下ろした。


 水滴型をした赤色のモンスターだ。

 モンスターの頭上の、緑色でいっぱいのHPのバーに上に出た名はレッドジェム。

「出くわしたはいいが、どうやって倒す気なんだ?」

 攻撃手段は殴る蹴るしかない。

 しかし、相手は不定形モンスター。

 レベル1プレイヤーのちょっとやそっとの物理攻撃では倒せないのがセオリーだ。

「考えてなかった」

「やっぱりな」

 カルマが熟知する、とりあえず行動するライカの性分から想定はしていた。

 仕方ないので、カルマは無手なりの、『traveler』のリアルさを頼りにした戦い方を提案をしてみる。

「その石をぶつけてみたらどうなるんだ?」

 ライカの足元にも数多転がる砂利石を指す。

「名案だっ!」

 ライカはさっそく拳大の石を握りしめ、高校球児真っ青のダイナミックなフォームでレッドジェム目掛けてぶん投げる。

 目測でも球速は百キロを軽くマークしているだろう。


 果たして石をぶつけられたレッドジェムは体力を一割ほど減らしていた。

 しかし、弾力があるのか石はボヨンと弾かれた。

「おぉ! 効果あり! いや、でもあんまり減ってない…。防御力を攻撃力が上回れてない……?」

 廃人特有の検証モードに入ったライカを放って、カルマは突き抜ける蒼さの空を眺めて欠伸する。

「こうして見ると現実と何も変わらないよな…」

 近年では、仮想通貨がリアルマネーと同じ価値を持ち通用するようになっており、電脳空間は第二の現実とも呼ばれ始めた。

「よし、まー君ちょっとそこどいて」

 ある結論に至ったらしいライカにカルマは座っていた石からどかされる。

「それとこの石持ち上げるのを手伝って」

「おいおい、本気かよ」

 カルマにもライカの狙いが読めてきた。

 今の石をはるかに上回る重量物でレッドジェムを攻撃しようという作戦らしい。


「面倒な…」

「しゃきっとしろまー君! 全中MVPの名が泣くぞっ!?」

「ゲームに関係ないだろ。しかも何年前の話だ」

「たった三年だい! んなことはどうでもいいから手伝って!」

「わかったよ。やってやるよ」

 ――ったく仕方ねぇなあ。

 手間のかかる幼なじみだと、ため息をつきながらも手を貸してやる。

 カルマはそんな男だった。

「よっこいしょっ!」

「女子高生がババくせぇな」

「だまらっしゃい!」

 設定された質量が重すぎて筋力値が足りない石を二人で補い、えんやこらとレッドジェムの近くまで運ぶ。

「三二一で行くよ」

「あいよ」

 幸い、レッドジェムは初心者のレベリング用モンスターのようで、攻撃を仕掛けてこない、ノンアクティブモンスターらしい。

 せっかくなので遠慮なく近寄り、鈍重なレッドジェムの真横に位置取らせてもらう。

 少しでもダメージを与える小細工として、振り子のように振って勢いをつける。

「ハイ、さーん、にー、いーち」

「「ゼロ」」

 ゼロで投げるとは言わなかったライカの落ち度も、カルマからすると長らくの付き合いから予想通りで珍しくなく、なんとなく読んで合わせる。

 短い放物線を描いて飛んだ石はレッドジェムのど真ん中に命中した。


ベチャッ……


 なんとも後味の悪い音と、血かそれとも肉体なのか分からない赤い飛沫を撒き散らしつつ、レッドジェムはポリゴンに分解されて虚空に消えた。

「お、おお……倒した?」

「らしいな」


 カルマには石がめり込んだ瞬間にHPのバーが激減したのが見えた。

 空っぽだったはずのアイテム欄を開くとドロップのゼリーがポツンとあった。

「まー君! なんか称号ってのが貰えたぞ!」

「俺もだな」

 ステータスの能力値の横の空欄にはファーストスマッシュという文字が書かれている。

 レッドジェムを倒す前には無かったものだ。

 タッチしてみるとサーバー内全プレイヤー中、最初にモンスターを倒した者、とある。

 特に能力値が上昇することはない記念みたいな物のようだ。運営もまさか、武器を持たずにフィールドに出てモンスターを倒すなどという、死に急ぐような輩がいるとは夢にも思わなかっただろう。

「経験値も貯まってるね」

「そりゃな」

「この調子でガンガンいくぞぉ!」

 まだオープニングイベントには三十分はある。

「回復手段が無いだろ」

「当たらなければどうということはなぁい!」

 確かにレッドジェムは弱かったが、この先に潜むモンスターも弱いという保証はない。

 しかし、ステータスが低くとも現実では年齢層でも最高レベルの反応速度を持つライカなら、大丈夫かとも思う。

「……危ないと感じたら帰るぞ」

「そうこなくっちゃ!」

 逡巡の後、カルマは渋い顔をして幼なじみの欲求に付き合ってやることに決めた。




 事実、エンカウントするのはレッドジェムばかりで、ライカが効率を重視した投石攻撃を繰り返せば、十分と経たずにレベルが何度か上がった。

「このボーナスポイントって何に振る?」

 『traveler』はレベルアップごとにボーナスポイントを獲得でき、レベルアップによるステータス上昇とは別に、筋力や敏捷、器用さといった能力値をカスタマイズ出来るようだ。

「リセットはできないみたいだな」

「う〜ん……なら、まだ振らないのが吉、だよねぇ」

 このゲームの能力値の仕組みが分からない内は下手に振らない方がいいと判断してライカはウィンドウを閉じる。

「ま、いっか」

基礎ステータスアップにより、蹴りでレッドジェムを倒せるようになったライカは気にしない。

「次はあの森に行こう」

 レベルアップに必要な経験値貯めに、レッドジェム狩りでは頭打ちを感じるライカが指した先には、緑豊かな森が生い茂っている。

「おいおい」

「いや、すんごいイベント臭がするんだよね」

 行こう行こうと目を輝かすライカに押され、またもカルマは屈する。

「わかったわかった」

 レベルの上がった今なら、そう無茶でもないだろう。

「お先っ!」

 森へ一直線に草原を駆け出したライカは、たまに出るレッドジェムを走る脚で蹴り殺して進む。

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