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OVER_THE_HORIZON  作者: 首藤環
一部 第一章いざ、倒れ逝くその時まで
18/20

18 一時の休息

 カルマと天城がロアキを発った直後、一部のプレイヤーを除いて停滞していた事態は、緩やかに動き始めた。




 東西の最果てを目指していた攻略組がそれぞれ一つずつ町を発見した事に端を発する。

 スタイルの確立された戦術を駆使する攻略組は、南北フィールドに比べて密集したダンジョンの配置に進行を阻まれながらも、版図を広げていった。

 攻撃を引き受ける重装備のプレイヤーと隙を突いてダメージを与えるプレイヤーに

分かれる事で。安全性と安定したダメージ源を両立する戦術は、確実に戦死者を減らしていた。

 幾度の苦難を乗り越えた攻略パーティーにより、辿り着いた各方面の最奥ダンジョンに座すボスは撃破された。

 そして入念な探索の結果、巧妙に隠されていた宝物殿より数振りの特殊かつ強力な装備が、七人のパーティーリーダーの手に渡る。

 特殊な効果を持った至宝の性能を、彼らは公開した。

 それも極めて事細かに。




 使用者は敵に与えたダメージ分の痛みを引き受けるが、切り結んだ敵のagiを一時的に奪う、ドス黒く濁った金剛石の刃のグレートソード、《レイジングソウル》。

 装備中は一歩も動けなくなるが、モンスター、プレイヤーを問わずステータス、所持品、スキル、称号を一瞥するだけで盗み見られるルーペ、《懈怠な賢者》。

 装備者の全ステータスに飛躍的な強化をもたらすが、装備者は自分のHPを確認できなくなる暗赤色の多角的な胴鎧、《驕りの枷》。

 一刺し毎に敵のステータスをランダムに一つ使用者より下げる三十センチほどの鉄の針、《ジェラスソーン》。

 触れたアイテムの所有権を奪う籠手、《飽くなき蒐収者》。

 顔に被った血潮の量に応じてHPを回復する、解れ放題乱れ放題な、常に濡れた真紅のロングコート、《骸布・悪食》。

 一定範囲内の全キャラクターに強制的に顔を向けさせる、中性的美人を模したデスマスク、《愛憎麗人》。


 これらの装備を持ち帰った事で七人の名は、町に滞在している全プレイヤーの耳にまたたく間に広まった。

 彼らが示し会わせたようにこの世界の原点、リフテルに同日に帰還した時刻、それはカルマ達が人里を離れた直後だった。

 

 数パーティーで共同戦線を張り、卓越した戦闘力で名を馳せていた彼らの元に、心を動かされたかのようにプレイヤーが集まり、攻略を目的とするギルドが乱立する事となる。



 ある町に平凡な中級プレイヤーがいた。

 そのプレイヤーは分を弁えていた。慎ましやかに送る日々の糧を得る程度に冒険の範囲を留め、今まで危険なエリアには足を踏み入れる事はなかった。

 しかし、七人の活躍を耳にしてふと思った。否、悪魔が囁いたと言ったほうが正確かも知れない。


 彼らに取り入り仲間になれば、安全により豊かな生活を得られる。クリアの暁には解放に貢献したという名声と巨万の富だって見えてくる。

 皮算用があったとは解放されてからも生涯語らなかったが、その瞬間確かにそう考えた。

 最前線を一部の攻略組に任せ、時たま顔を出して経験値や金などの旨味を啜る。安全にして安定したスタイルがまた一つ組上がった。


 中級プレイヤーの中の一万人前後の人口が、名ばかりの攻略組となった。

 しかし人手の絶対数が少なかったここ七ヶ月よりは格段に好転した前線事情により、事実、加速度的に攻略は速まっている。

 カルマと天城が旅から帰還する八日後には、攻略組は一大勢力として不動の地位を築き上げていた。




 二人が満身創痍で新たな町、ソドムを開拓した翌日。

 カルマは溶かされて全壊した防具の代替品と《スレイヤー》の修繕、天城は投擲用のナイフの補充のためにロアキの繁華街を訪れた。

 拓かれて間もないソドムはプレイヤーの数もまばらで、限られた適正レベルのプレイヤーと出店先の土地を探りに来た生産プレイヤーを合わせても三桁に届かない。

 物流は無いも同然だった。


「しかし、手入れも出来ないってのは困りものだな」

「デッド・ロスの体液でも傷一つ付いてなかったので、今日明日で折れるって訳でも無さそうですが……」

 努めて冷静な口ではいるが、カルマは内心穏やかでない。逸る心が、無意識下で拳を握っている。

 何をまごついているんだ俺は、と。


 一二を争う栄えぶりを見せるロアキの装備系の生産プレイヤーをもってしても、《スレイヤー》を修理することは不可能だった。

「ロアキに居ないとなると、《スレイヤー》を使うのを控えるべきかもしれません。直せるに越した事は無いですが……」

 《鍛冶》スキルを持つプレイヤーを半日掛けて二十人近く当たってはみたが、修理はおろか、必要素材も判別が出来ない有り様だった。

 カルマの買い出しは、目に入った中で高性能だった店置きの防具と予備の大剣、回復薬を購入するに留まった。

 一方、天城も天城で大量のナイフを発注し、出来上がるまで時間を要する。

 今すぐにでも未開のエリアへ飛び出したいカルマが、業を煮やさず大人しくしているのは、先の過酷さを理解しているからだ。

 自分には、瞬間的な攻撃力しか取り柄は無い。生半可な装備で挑んで敵に囲まれた時に、もし、攻め手を欠いたら。

 今回は天城が居て、《スレイヤー》が壊れずにいたから生き延びた。

 だが、だからといって次があるとは考えない。

 半端な装備で死線は越えられない。

 厳しさを増す攻略で、装備のアップグレードの手を抜けば、待つのは死だけだ。

 進みたい心と押し留める現状のジレンマにカルマは焦がれていた。

「……どうすればいい……」

 俯いて呟くカルマの肩を天城が指の関節で叩いた。

「眉間にシワ作るほど思い詰める事はねぇさ。車輪は廻りだした。放っといても運命がドアを叩きに来る」

「どういう……意味ですか?」

「そのままの意味だ。人生なるようになるもんだ」

 半信半疑で聞き返すが天城は気楽とも取れる回答をして人混みの大通りへ歩き出す。

「どこに行くんですか?」

「トニオの店で昼飯にしようぜ。温かい飯は昨日の様子じゃ食えて無いだろう?」

 担がれるようにしてソドムへ入った後、半死半生なカルマに代わって天城が適当な宿を取ってベッドに置いて帰った。

 重たい身体を起こしてまで何かを口にしたいとも思わず、そもそも起き上がるのも困難だった。

 しかし、同じ修羅場を味わった筈の天城は、カルマをベッドに寝かせてから自身は町の賭場に行ったというのだから、朝に聞いたカルマは驚きを禁じ得なかった。

「本当にタフですね……」

 不快感の塊と肉弾戦をした昨日の今日で、カルマは食欲も失せている。

「慣れだぜ、慣れ」

「慣れの範疇じゃないですよ……。少なくとも向こう半年はアレとの殴り合いは御免です」

 腐った吐息を嗅げる距離で延々と乱戦した上

徹夜しておいて、翌日のこの元気はなんなんだとカルマは呆れる。

「まぁ行こうぜ。トニオの飯なら食えるだろ?」

 旅の疲れも何のそのといった余裕の表情の天城は人混みを突っ切る。仕方無くカルマもそれに続いた。



 大通りを過ぎて少し歩き、人口密度が下がった辺りで、二人はトニオのレストランを見つけた。

 トニオ自らが一人でウェイターもこなす店は小さいが清潔で小洒落ている。

「おや、おはようございます。そろそろ来られる頃と思ってましたよ。いらっしゃいませ。天城さん、カルマさん」

「おはようございます、トニオさん」

「また来たぜ」

 客は当然店主自ら出迎える。

「いの一番にお前の料理が食べたくなった」

「その言葉が一料理人として最高の栄誉です。ありがとうございます」

「まさか、いつも料理に変な物混ぜて無いだろうな?」

「ハハハ、そんな風に言われるとむしろ嬉しい限りです」

「クク、それもそうだな。いつもの席で頼む」

「はい。こちらへどうぞ」

 愛想の良い微笑みを振り撒くトニオに案内される。

 中に入ると真っ白なクロスが掛けられた、趣味の良い二人掛けのテーブルに二人は腰を下ろした。

「今日は軽いものが良いな。大分カルマが疲れてるからな」

「そうですか……カルマさんの顔色がよろしくないとは思いましたが、大丈夫ですか?」

「はい……」

 普段にも増して土気色の顔で言葉も重く吐き出す。

「そういう事ですか……では本日はハモンセラーノのアレンジと、チーズと豆のリゾットをお勧めします」

「それとサンマのマリネをくれ。ハモンセラーノか……現実が恋しくなるな。まったく……」

 天城は残念そうにクロスの上でミネラルウォーターが入るだけの空のワイングラスを眺める。それを対して、トニオは待ってましたと言わんばかりの満面の笑みで応える。

「ハモンセラーノは飲む物と合わせてこそ美味しいですからね……少し待ってて下さい!」

 珍しく天城が驚いている。

 悪戯っぽく含み笑いするトニオに期待している様にもカルマには見えた。

「おい、まさか……本当か?」

「フフ……」

 上機嫌でトニオは厨房に引っ込み、奥で重い戸を開ける音がする。

 三十秒と経たずに戻ったトニオの腕には、外国語のラベルが見えるように、優しく抱擁されたボトルがあった。

「レアワアイテムとして東部でワインが見つかったんです。試飲もしましたから味は保証しますよ」

 産地不明のワインを開け、天城のグラスに注ぐ。ワインレッドの液体が空気に触れて芳醇な香りが店内に溢れる。

「グラン・クリュとはいきませんが、なかなかですよ」

 冗談めかしてカルマのグラスにも四分目程まで注ぐ。

球状に近いグラスに揺れるワインに真昼の日光が透ける素朴な輝きが美しいと、カルマは思った。

 だがグラン・クリュが何の事か分かる程酒の蘊蓄が十代に有るわけもなく、会話の蚊帳の外に弾き出されたカルマはグラスにたゆたう液体を眺める。

「競売か? よく手に入ったな?」

「天城さんのおかげです」

 一食の対価としては法外な金額を天城は惜し気もなく支払う。

 そんなに貰えないとトニオは断ろうと言ったが、何物にも代えがたい安らぎの対価としては安い位だとトニオの感覚を天城は笑い、押し付けて帰るのだ。

 何日か同じような問答を繰り返し、やがてトニオも突っぱねるのが無理だと悟って素直に受け取るようになっていた。

「経営資金を全部突っ込んでしまいましたがなんとか押さえられました。いやぁ、実を言うと次回の仕入れ予算も使ってしまいまして。お二人が来られなかったら店じまいでした。ハハハ……」

 尻に火が着きかけていた経営危機をサラリと笑い話にする。

 食材には鮮度というものがあり、一定期間を過ぎると傷んで使えなくなる。

 資金に乏しい個人営業の小規模なレストランは、安定して客が入らなければ死活問題になる。

 顧客の少なさは昼時にカルマ達以外に客足が無い事が証明している。

 もしカルマ達が死亡して戻らずにいたら、店は潰れた可能性が高い。特に効果が有るわけでもないワインのために大金を払う酔狂なプレイヤーは少ない。

「お前さんにはいつも驚かされる」

「よくいるただの好き者ですよ」

 トニオは照れ隠しに料理人服の結び目を玩ぶ。

「自分の夢と心中出来るなら上等だ。カルマ、飲もうぜ」

 グラスを取った天城に促されてカルマもグラスの脚を指で掴む。

「お前も飲もうぜトニオ」

「いえ、私は試飲しましたから……」

「功労者が飲まないでどうする? ちょっと位良い目を見てもバチは当たらんさ。酒は皆で飲んでこそだぜ」

「では……少しだけ」

 本心では飲みたかったのだろう。仕方なくという口振りとは逆に迅速に同じグラスを取り出す。

 天城がそのグラスに注ぎ、乾杯の音頭をとる。

 それに合わせてカルマとトニオもグラスを掲げる。

 各々が口を付け、ほう、と息を漏らしていく。

「美味いな……」

「ええ……やはり、何とも言えない香りと味わいです。ブルゴーニュに似ているような、違うような。しかし味わい深いのに渋みが少ないですね……」

 トニオは舌で転がして風味を感じ、顔を綻ばす。

「どうした、酒は嫌いだったか?」

 一口飲んで固まっているカルマに天城が怪訝そうに訊く。

「いえ、すごく飲みやすいです。ただ、酒を飲んだ事がなくて……」

「そりゃあいい。初めてが美味い酒なら最高だ」

 グラスを揺らして視覚と嗅覚で美酒を楽しむ。

「実在しない事が泣き所ですけどね」

 トニオはグラスを空にして厨房に入る。

「白昼夢でも、半年振りで気分はロマネ・コンティだ」

 天城はトニオの後ろ姿に乾杯し、一息でワインを飲み干した。

 説明以上になんだかトニオ回だった気もする。

 次回かその次に新キャラ大量登場。七人は揃いも揃って超絶廃人。

 この時点でもカルマや天城と同レベル帯は少ない。


 二人のレベルは52まで上がった。

 カルマは一撃の重さで、天城は手数で遣り繰りしている。


一章終わったら人物紹介を書きます。


ではまた次回。

ご意見ご感想待ってます。

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