15 正しさとは
興が逸れたという胡乱な理由で撤退した紅龍らが《索敵》の範囲外に消えるまでカルマはその場に留まった。それから前後を警戒しながら更なる奥地へと通じる洞窟を下り、フレイムフォールを抜けた。
フレイムフォールの聳える裏側は、谷になっていた。
岩の転がる連峰の丘陵が平坦になる辺りで地面が裂け、広大な裂け目の遥か下の底にどこへ続くとも分からない河が流れている。谷の途中で濃い霧が立ち込めて谷の幅は見当もつかない。見渡す限り地平線の彼方まで亀裂は伸びて、楽観的に見ても飛び越せそうにも無い。
谷の向こうへ渡る手段は目の前から霧の先へと続く、腐りかけて今にも崩れ落ちそうな木の橋だけだった。
橋は狭く、軽装の者なら何とか二人、重装備なら一人が精一杯の横幅しかない。
こちら側ではモンスターは目視では発見できず、カルマの《索敵》スキル範囲である半径三百メートル超の圏内にも姿は無い。しかし渡っている最中に奇襲に遭えば、戦闘どころか橋が衝撃に耐えるかも怪しい。
だが、それよりも二人の関心を呼んだのは橋の手前に転がる十字架に刻まれた碑文だった。
『現し世の果てを巡り、浄化された常世を経て天上を目指し血を流せし子羊にこの言葉を送る。多くの絆を持ち道を造れ。さもなくば智を以て道を切り開き、勇を奮い立たせ進め。長き旅路に幸のあらんことを』
それが墓石を彷彿とさせる十字架に刻まれた一文。
どうやら強引に橋を渡るのは間違いであることを暗示するようだった。
「さて……どうしたもんだか……」
天城はポケットに手を入れて碑文に腰を掛け、その内容を熟考する。
「多くの絆……大勢のパーティーでのことですね。俺達には関係ありませんが」
カルマもゆっくりと咀嚼して意味を考える。
気がかりなことはそれだけではない。霧の中は《索敵》が働いていない。時折確認するように発動しているカルマの《索敵》スキルのレーダーは、霧と重なる数メートル先から先はノイズに覆われ見えていない。不用意に橋を進めば鬼が出るか蛇が出るか。
レーダーが機能していないのは同じ《索敵》スキルを持つ天城も理解しており、敢えて口にすることではない。
今はそれも含めた打開策の模索をしているのだ。
あまり意味の無さそうな代名詞で書かれた文章の前半も無視して考えている。
「最後の文は、仲間の少ない奴でも先に進めることを示唆しているなら……」
新たな橋を作るのは不可能である。材料も機材も無い。それは『多くの絆』すなわち大所帯で建設用のアイテムを持ち込める集団の取る方法だ。
その期待に応えられる攻略組の大型パーティーの到来を待つのも論外。
じっと考えている間にも時間は流れ、出ない答えに痺れを切らしてカルマが立ち上がり周囲にキーアイテムが隠されていないか探し始める。
手当たり次第に岩を崖へ投げ捨てて裏側を探るカルマの様子を見て、天城が腰を上げる。
「カルマ」
「何ですか?」
「石を出来る限り多く持ってきてくれ。お前が投げられる重さなら形は何でもいい」
「構いませんけど……何に使うんですか?」
絶壁に捨てていた大小様々の岩石を言われた通りに十字架の周りに積む。天城はその内の一つを手に取って玩ぶ。
「これが道を作る」
そしてその石を霧の中へ投げる。振り抜いた天城の腕から《投擲》スキルを使用したエフェクトの残光が尾を引く。
天城は《アローン・リーパー》を使うまでも無い雑魚との戦闘時には、しばしばナイフを投げつける戦術を取る。《投擲》スキルは何千、何万回と繰り返され、全プレイヤーの中でも彼のスキルレベルは最高峰と言っても過言ではない。
その手から放たれた石は、尋常ならざる速度で飛び出してほぼ一直線に霧の谷を突っ切る。
されど向こう岸に届く前に失速してしまいどこかで力尽きたのだろう。着弾の音は耳を澄ましていても天城には聞こえなかった。
「お前とパーティーを組んでいて良かった。オレだけでは渡れなかったろうな」
満足したように霧の先を見据え、また石を拾う。
「投げてみろ」
拾った石をカルマに投げ渡す。
「……?」
反射的に石を受け取るが、天城の言っている意味が分からなかった。
「いいからスキルを使って投げてみろ。時間は掛かるが元手はタダだ。やってみる価値はあるぜ」
今ひとつ釈然としないがとりあえず投げる。
カルマは距離を置いて手数で攻めるよりも、モンスターの懐に潜っての一撃を重視したインファイトのスタイルでここまで来ている。その為、《投擲》のスキルレベルは攻略組とは思えないほど低い。
だがカルマの投じた石も、高レベルの天城と遜色無い速度で飛んでいく。フレイムフォールでオーガロードに投げつけた大剣より遥かに速かった。
「どういう事だ?」
スキルレベルが低いのだから投げたものは当然遅くなるのではないのか。
カルマはその疑問も天城に答えてもらおうとはせず、次は大きめを選び直径十五センチ程の石を拾ってまた投げる。すると今度は飛距離がやや落ちたように思えた。
そこでカルマはある仮説を立てる。
「重さに比例しているのか」
三個目の石を投げた時にそれは確信に変わった。
「重さ……いや、筋力も関係している……」
投擲物の飛距離は筋力と重量の比率で決まる。だから大剣は低速で飛び、石ころは剛速球になる。《投擲》はそれをスキルレベルの高さで決まる一定の倍率で強化する。スキルの有無での違いは使い始めた初期に発見している。
これなら天城のスキルレベルに並ぶ速度で投げられる説明がつく。
「いい答えだ」
思案するカルマの横で佇んでいた天城は、優秀な教え子に対する教師のような眼差しを向ける。
「情報は力だ。ついでに《投擲》の効率的な上げ方も教えておく」
「そんな方法があるんですか?」
「事は単純だ。スキルを使って重い物を投げるだけだからな」
「初めて聞きますね」
《投擲》は取得条件が物を二十回投げるという容易な代わりに、スキルレベルが上がるのに必要な発動回数が非常に多い。あらゆるスキルの中でも特に隙が小さいが、ダメージソースとしては頼りないせいもあってか熟練した《投擲》を使うプレイヤーも少ない。必然的に実用に足るテクニックは発見されていなかった。
この人はどこからネタを仕入れるのだろうかとカルマは思う。
「だろうな。オレもつい最近聞いた話でまだ一般には知れ渡っていない情報だ。そしてお前向きだ。重ければ重いだけ比例した効果が望めるらしいからな」
持ち上げられる重量がstrで判定されるのは言わずもがな。そして《投擲》は持ち上がるものはなんでも投げられる。
それも前に大岩を持ち上げてカルマは気づいている。
「じゃあ、試しに岩を投げてみます」
「そうだな」
平地といってもフレイムフォールから下ってきた道の脇にはまだまだ岩石が転がっている。その中から大人三人が手を繋いでちょうど一周する程の岩の下に手を入れる。《スレイヤー》で深い傷を岩肌につけ、持ち上げる支点にする。
少し力を入れればいとも呆気なく岩は持ち上がった。感覚としては《スレイヤー》よりは軽い。
今となっては、小岩をライカと力を合わせてジェムに落としていたのが懐かしく思えた。
「投げます」
「ああ」
《投擲》が発動し、岩はカルマの手から離れる。投げたといっても、岩塊は十メートルも飛ばずに落ちた。
二人の足まで衝撃が伝播する。それだけの質量がある物を投げたという事だ。
今投げた岩は片手に収まる小石とは重さの桁が違う。重量がスキルレベルアップに必要な経験値に関わるのが事実だとすれば、相当な回数に匹敵する。
「どうだ?」
「ちょっと待って下さい……今調べて……」
ステータス画面を起動してスキルのページをスクロールしていく。
ほとんどが攻撃系だけで占められたページの最下層に、数少ない防御スキルと並んで目当ての《投擲》はある。
スキルを選択して詳細情報を閲覧する。
「……上がってます」
前に確認した時よりレベルが一つ上がっている。だが見間違いを考慮して、カルマはウィンドウを開いたままで再度岩を拾って投げる。
岩が手を離れた瞬間に確かにスキルレベルが変動した。
「間違いありません。当たりです」
「そうか……オレも試してはみたんだが、どうにも……strってのが低いからな。今一つ実感出来なかった。」
天城はレベルアップ時のボーナスポイントをdexとagiに全振りしている。strの高さはカルマとは雲泥の差だった。
また、《投擲》のレベルが上がりすぎて持ち上げられる重量物では誤差の範囲内程度の効率であった。
「よし……次はこれを持ってみろ」
順調な事の運びに頷いた天城は剣を取り出し、抜き取って刃を摘んでカルマに渡した。
「お次は何ですか?」
柄頭がリングになっていること以外は取り立てて変わった剣ではない。最初の町でも他の装備とまとめて十把一絡げで売っているような純度の低い金属製の安物のロングソード。
「それが崖の斜面に刺せるか?」
「はい。簡単ですけど……」
カルマは谷の縁に足を掛け、それがどうかしたかと言わんばかりに深々と岩肌を刺し貫いて見せる。簡単そうにカルマはこなすが、切れ味の悪い刃物で岩を刺すことはstrのみを集中して強化している攻略組のプレイヤーでも成功するかは五分五分。カルマは意識していないが、《復讐者》の称号の真価が発揮されているからこその芸当だった。
「上出来だ。後は《投擲》を鍛えるだけだ。あの岩なら三十回も投げれば十分だろう」
カルマからロングソードを受け取ると、とてつもなく長いロープを取り出して先端と柄のリングを固く結んでいく。
ロープを結び始めたのを岩を投げながら横目に見て、カルマは天城の無茶なプランを理解してしまった。
「本気ですか?」
《索敵》のレーダーで霧のノイズの中に、巨大な影が違うパターンのノイズとして一瞬だけ横切った。何が潜んでいるのかは想像に難くない。
天城の《索敵》にも引っ掛かったはずだ。
「オレは……人間の能力で最も優れいているのは無限の想像力だと思っている。殴られたくないから芸を覚えるのは犬でも出来る。事前に危険を予想して回避し得たり利益を得るのは人間の特権だ」
ロープにほつれや綻びがないかを天城はゆっくりとチェックしていく。
「だがな、それは同時に自分に枷を作っている。底の見えない暗い穴に飛び込めば怪我をする。癪に障る奴でも殴れば社会的に破滅する。効率の良い金の稼ぎ方でも法に触れる。強者に媚びへつらわなければ生きていけない……一つ一つは避けて歩ける小さな煉瓦でも、やがてはいくつかの壁になり、いつの間にか上下左右を封じられた囚人の出来上がりだ。そうなれば、想像力を持ち腐れる。想像の自由を失くして、手段を考える為の頭は夢を見るだけの自慰行為の為の装置に成り下がる」
ロープのチェックを終えて、ちょうど岩を三十回投げ終わったカルマにロングソードを渡す。
「だから……オレは禁忌を作らない。進む為にやれる事は全部やる。そしてそれを阻むものは、何であっても排除する」
目の前の二十そこそこの男の口から出た言葉は、若造に醸せる筈のない重みを含んでいた。
「お前もそうだろう……カルマ?」
天城の優しげな微笑は劇薬に思えた。
この先、もし自分がやむにやまれず罪を犯しても、この人はきっと、それが目的のための行為だったなら赦すだろう。
でも、永遠に誰かに甘えながら生きては行けない。天城の強さに甘えてはいけないのだ。
「……そんな状況にならない事を祈ります」
スキルレベルが十分と思わしき数値に達したのを確かめ、カルマはウィンドウを閉じて剣を逆手に強く握る。
「もし、そうなってしまっても……信じる道を進むだけです」
「だといいな……それがお前の輝きだ」
地面に剣を刺して立て、初心者向けのこの剣と体感重量が同じ位の石を拾う。
レベルが上昇した《投擲》スキルに後押しされた石は鋭い音を立てて風を切って飛び、瞬きするより早く霧を突き抜けた。そして霧の彼方で石が硬いものに当たって砕ける音が木霊して、谷の反対にいるカルマの耳にも届いた。
更新が遅くなってすみません。
引っ越してからいろいろありまして……
それはそうと設定公開デス!
またしてもスキルの詳細設定ですけど、今回はもちっと細かく。
スキルレベルの最大値にはいくつかの種類があり、100・50・25・10の四種類あります。レベルが無く、効果あ変わらないスキルもありますが、少数です。
《投擲》のスキルレベル上限は100です。現在天城が62、カルマが57です。
他に使ったスキルのレベルを一覧にすると
《索敵》カルマ73、天城69
《隠密》カルマ66、天城55
《遠雷》(上限50)カルマ34
《断頭》(上限25)カルマ18
《影縛り》(上限25)天城15
《アローン・リーパー》天城1(レベルアップ無し)
《???》(上限???)カルマ???
《???》(上限10)紅龍???
あとどれぐらいでレベルアップかは、ステータス画面でスキルの下に経験値のようなバーが表示されています。
ちなみにヘルプは無く、武器のシステムもカルマ達は五里霧中です。
次の公開は装備の設定にしようかと思ってますが、それ以外でも気になる方は感想などで聞いていただければ可能な限り答えようかと考えてます。
それでは。
ご意見ご感想待ってます。




