13 死を友とし、渇望する
二人が歩いた洞窟は、灼熱の源流、煮えたぎる溶岩が溢れだす口の底へと繋がっていた。
外側の火口よりもずっと深い。
噴火で岩盤ごと吹き飛んでしまったか中は抉れ、今なお活発に活動する真の噴火口よりこちら側に、溶けていない地面が有る。
火口を中心とした扇状の焦土が、二人が今いる洞窟の出口から一望できる。
「出口は……あれか」
索敵がてらにフレイムフォールの終着点を俯瞰していた天城の目に、通ってきた洞窟よりもかなり小さい、穴に近い通路が留まる。
「……ボスが居ませんね」
だがそれよりも、出会い頭にオーガロードが言っていた、主とはどんなボスモンスターか。
カルマの思考はそれに向いていた。
既知のボスはダンジョン最奥の巣か隘路で門番のように待ち受けていた。
出現前のモンスターには使えない《索敵》スキルを試すが前方に反応は無い。
ということは、今回は踏み入ると現れるタイプなのだろうと考えている。
ならばどこからか。奇襲されるのは避けたい。
しかし、あまり悠長に思案している時間的猶予は無さそうだった。
「行けば分かる」
大胆にも、天城はナイフすら持たずにスタスタと進む。
「お客さんも大分焦れてるみたいだからな」
「……」
どこまでもマイペースを貫く天城の胆力に舌を巻きつつカルマも追随する。
落ち着いているのと慎重なものの靴音が足場の中間地点を過ぎた頃合いに、兆候は見えた。
始まりは遠くでなる太鼓のような微かな地響きから、徐々にはっきりとしていく。
「来ました」
《索敵》スキルのレーダーに反応あり。
地響きはいつしか地鳴りに変わり、最高潮に達した地鳴りが地震に変わる。
粘り気のある水の音。
溶岩がうねりを上げて弾ける。
飛び出す赤熱した巨体。威圧の咆哮が鼓膜をつんざいた。
溶岩を高速で泳いでそのまま陸に上がった、高熱で黄金色になった身体中に固形の岩石が付着したモンスター。
ラヴァドラゴン。
それが翼の退化したドラゴンの、このボスの名だった。
「なぁおい、オレはゲームに疎いんだが……アレもブラッドドラゴンと同じドラゴンなのか?」
珍しく戸惑う天城がラヴァドラゴンを指す。
「名前の通りならそうらしいですね」
巨体には違いないが、ブラッドドラゴンにはサイズ、迫力共に劣っている。
「なんかの魚みたいだが」
「環境で変化したって設定じゃないですか?」
天城が驚くのも納得の造形で、龍らしいブラッドドラゴンと違って細長い蜥蜴にクチバシを着けたような妙なシルエットだ。
ブラッドドラゴンと同じように顎を鳴らして威嚇するあたり、同じAIが使われているのだろうか。オーガロードよりも下等なAIは主としてどうなのだろうか。
大剣を抜きながらカルマはふと思う。
「……まあいい。それよりもだ」
入口の洞窟から零れた人影を天城がゆらりと見据える。
「お出ましだ」
異なる装備を身を包んだ漆黒のコートからちらつかせたプレイヤーの集団。
その先陣を切るのは、黒コートのフードを外した緋髪の女。つむじの辺りで纏めた髪が一歩ごとにゆらゆら揺れる。
どんなカラクリか、一団の名前は至近距離でも表示されない。
「こんにちは、プレイヤーキラーです」
ラヴァドラゴンを挟んで、人好きのする明るい笑顔で挨拶をする。
この世界では意味を持たない外見だが、女性としての魅力がある容姿と相まって、見たものに好印象を与える効果をそなえていた。
だが、初日以来命懸けの綱渡りを繰り返し、気の休まらない日々を過ごしてきたカルマは、安らぎではなく不快感を覚え、無言で仏頂面を返した。
天城は女の外面などには興味すら皆無な様子で冷笑する。
「こそこそ隠れてた割りには、正面から来るんだな」
ロアキを発ってから、カルマの《索敵》スキルの範囲ギリギリをプレイヤーが何度も掠めていた。
当初はトップランカーがおこぼれ目当てで着いてきたかとカルマもは考えていたが、それしては、着かず離れずの絶妙な間隔を維持している事を天城に相談し、『放っとけ』という結論に至った。
「殺しは過程が面白いからさ。ま、不意を狙うのも嫌いじゃないけどね?」
均整の取れた並びの歯を剥いてイヒヒ、と笑う。
「あんた今、プレイヤーキラーギルドって言ってたな」
「そう、わたしは連続殺人犯。て言ってもここじゃま~だまだ、四人ぽっちだけどね。後ろの皆はここで暴力の快感を知ったばかりでね、慣れてないから一人か二人だね。ここは良いねぇ……五月蝿い事を言う奴は居ないし、もってこいの場所がいっぱいだよ」
腕を広げて、女は粉塵が充ちる曇天を仰ぎ見る。
何にもってこいなのかは、プレイヤーキラーギルドを自称してそれを率いている事から推して知るべきだろう。
少なくとも、好き好んで人を殺める人種が、人気の無い場所で行う行動が平和な行為だとは思えない。
考えるだけ無駄だと思う。
それに、この上なくどうでもいい事だった。フィールドの難易度を読み違えた攻略組が、あるいは運悪くモンスターに囲まれたプレイヤーが、目の届く近くで追い込まれようと助けようとはしなかった。
不運を哀れんでやる位はしたが、手を差し伸べることは無かった。
カルマの中では、誰が死のうが生きようが自分に不利益にならないのなら放置していた。手を貸せば、助かる命もあっただろうとは今でも思う。
だが、リスクは冒せなかった。
それが自らの願いを現実にするために必要だと、絶望するプレイヤーが包囲殲滅されゆくのを傍観し、押し殺した。
見殺しにするのは気分が良いとは言えないが、恐怖と無念の内にこの仮想世界に散ったプレイヤーの所持品はダンジョンの攻略に役立ててきた。
そう思えば少しは楽だった。犠牲者には、気の毒だったと言う他ない。
しかしながら、誰かを殺めた者の言葉をカルマは訊きたかった。
誰かの生命を摘み取る。
「教えてくれよ」
その後にどんな感情を覚えるのか。
「初めての後はどんな気分だった?」
必要に駆られて。または、他人の苦悶を啜る快感に味を占めたのか。
どんな心理状態ならば同じ罪を繰り返そうと思えるのか。
「う~ん……わたしはの場合は気持ち……とは違うんだ。きっと欲求って言うのが正しいんだろうね。人が死ぬ時にはね……とってもいい匂いがするんだ……。一度知ったら、もう忘れられなくて」
恍惚とした表情で女は自分の胸を抱く。
「ほう……匂いか」
カルマの求めた問いの答えには程遠い、匂いという要領を得ない返答に天城が意外そうに反応を示した。
「そうさ、天城君。体から命が抜けた時にフッと漂うんだ。極楽に咲き誇る花の蜜のような最高の匂い。多分、あれは人の魂の残り香だと思うね」
「奇遇だな」
威嚇のアクションを終え、突進かはたまた噛みつきかへの〝溜め〟をわざとらしく作るラヴァドラゴンへ、天城は自然体で歩く。
「何がだい?」
「死んだ老害も、全く同じような事を言ってやがったぜ」
「失敬な! 現実じゃあ二十歳そこそこだい!」
女はあからさまにへそを曲げてそっぽを向く。そして慈愛を込めた目つきでカルマを見つめる。
「まぁ……強いて君の質問に答えを付けるなら、わたしは殺す事には何も思わないって言おうかな。わたしは輝きを見たいんだ。つまらないヒトだったら死に際か死んだ時に匂いを残すんだ。でも君達は違った」
「まるっきりイカれ野郎の戯れ言だな」
ラヴァドラゴンに天城の指先が接触した。
それだけで大人しくなった。カルマが見るのはこれで二度目となる。
《アローン・リーパー》の行使。
「五月蝿い魚だ」
「トカゲですよ」
本気で話の妨げになるからと思ってあんなスキルを天城は使ってしまう。ホイホイと気安く使う事には、もう何も言うまいと諦め半分にカルマは決めていた。
危険性を喚起するには、自分と天城の感性はかけ離れ過ぎていると、この遠征で冷や汗と共に分からされた。
拳銃を弄り、弾を込める。幾度も繰り返したのだろう。手元を見ずともその動作に淀みは無い。
「おぉ!? それはナチュラルボスにも使ったスキルだ! すんごいスキル持ってるね~。即死とか防御無視とかもうメチャメチャ過ぎるよ」
ラヴァドラゴンなど歯牙にも掛けない。生死を分ける重要なシリンダーを回す天城の関心はあくまでこの女に向いている。
「でも、わたしは鉄砲はいらないかな。すぐに死んじゃうと面白くない」
「覗きの趣味まであるのか」
鎮まったラヴァドラゴンを押し退けて、制限時間が迫るのを楽しむように女との距離をゆっくりと縮める天城。メニューのウィンドウを開いてゲーム内時間を見る気にはならないが、天城がラヴァドラゴンに触れてから一分は過ぎただろうか。
「《千里眼》っていう、遠くの景色が超拡大できる便利なスキルがあってね。それ持ってて覗かない訳には行かないでしょう! 町に行けば覗きたくなる場所はいっくらでもあるしねぇ」
「そうかよ」
自分のこめかみへ、カチカカチカチ、と三回引き金を引いた。視線は常に女に向けている。天城が引く審判の引き金は、まるで自身の破滅を望むようなの軽さだった。
引き金を引く回数に比例して、女の歪んだ笑顔が深くなる。
「……へへヘ、キてるね天城く~ん? アハハ……濡れちゃうよ。んじゃ……天城君が無敵の間はカルマ君としっぽりーー」
下品に唇を舐めた女は、背後の集団から走り出した一際大柄な――背の高いカルマさえ凌ぐ――男に肩を小突かれた。
大男がコートを脱ぎ捨てると『ランボス』と頭上に明記された。
コートがキャラクターネームを隠匿する特殊な効果を持った装備だったのかもしれない。
「何だね何だね、ぼん君」
両刃の戦斧を苛立たしげに弄ぶ、フルフェイスヘルムの大男の鋼板の肩当てが装備された右肩に手を置く。
「お喋りもいい加減にしやがれ! 勿体ぶってねぇでさっさと殺れっつってんだろ! 殺らねぇならカルマは俺がーー」
ランボスはそれを振り払った。
「それは駄目だよ。公平なやり方で決まっただろう? わたしの総取りに」
「公平も何もジャンケンじゃねえか! ギルドなんてお遊びはもうウンザリだ! プレイヤーキラーギルドだぁ? ブヒャヒャヒャ……現実じゃ行き場のねえクズ共がかぁ? くっだらねぇ!!」
下衆な嘲笑をランボスは浮かべる。
暴力の禁忌に魅了されたドロッと濁った眼光をカルマはヘルムの隙間に垣間見た。
自己顕示欲、優越感、嫉妬、そしてちっぽけな自尊心。それらが織り混ざった澱んだ瞳だった。
天城はラヴァドラゴンに向けて撃つ。
本来ならば、硬い装甲に守られたその体を傷つけるにはそれ相応の努力が必要となる。
だが、防御力を無視したスキルの前には意味をなさず、ダメージはすべての守りを透過する。
プログラマーがいかなる意図をしてこのスキルを開発したかは不明だが、確かなことは、最も危険な凶器を、最も渡してはいけない男に渡してしまったことだろう。
どのステータスから計算されたかも分からないダメージは相当な大打撃になったようだった。膨大な筈のボスモンスターのHPが半分も減っている。
しかし、純粋な攻撃ダメージだけではない。
三回分のリスクを上乗せされた弾丸は実に多様な状態異常も引き起こした。
大ダメージを受けたラヴァドラゴンは天城に腹を見せて横倒しになり、四肢と尾を激しくばたつかせて悪あがきを試みた。出血の効果で血を垂れ流しながら失明や毒にもがき苦しんでいる。麻痺で起き上がることもかなわない。
AIも考えるのだろうか。せめて近づかれまいとジタバタと暴れる。
地面を四本の足と尻尾が耕す。それ一つを取ってもカルマや天城にとっては即死級の威力を秘めていることは言うまでもない。
飛び退いて範囲外に移動するカルマとは対照的に、天城は前へ進んだ。
「ククク……どうした、仲間内で揉めてるじゃないか?」
「ごめんごめーん。ちょっと待ってて、す~ぐ終わるから」
ランボスとにらみ合いをしていた女が、片手でジェスチャーをしながら苦笑いで謝る。
降りかかる足も見ずに天城は紙一重で避ける。ギリギリ過ぎて、見ているカルマの方が肝を冷やす程だった。
それなのに、割れた岩の一片はおろか、砂の一粒も被ってはいない。
前後左右に回避しながらも一歩一歩着実に迫り、やがて天城はラヴァドラゴンが懸命に近寄らせまいとしていた場所、麻痺で動かせない胴体に着いた。
躊躇なくラヴァドラゴンに、《アローン・リーパー》を使う。
再び現れた拳銃に、さっきよりも幾分手早く弾を込めて弾倉を回す。
一方、女とランボスはまだ揉めていた。
「ぼん君……それは仲間に向けて言う言葉じゃないよ」
「うるせぇな! 殺人鬼を気取ってるようなバカに言われたくねぇんだよ!!」
宥めようと奮闘する女をにべもなく突き飛ばし、吐き捨てるように言う。
「ぼん君。これはギルドの長を務める者としての命令だよ。下がって」
「ハッ! ギルドマスターがどうした! 知ったことか!!」
カルマへ走り出した矢先、ランボスの体がガクンと止まった。ブレーキの役割をしたのは女の左手だった。
たった一本の女の細腕が、ランボスが斧を留めていたベルトに食らいついて引きずり戻していた。
「ランボス」
尻餅をついたランボスの肩に腕をかけ、ヘルムに額を押し付けて細い最低限の視野を確保する為の堅牢な穴越しに目を合わせる。
穏和な微笑で、しかし底冷えするマイナスの温度の声音でゆっくり言う。
「もういい、回りくどいのは止めだ。簡潔に言う。口を閉じて、大人しく、皆の位置まで、下がれ」
ランボスの体を守る強固な筈の金属の重装備の鎧が、ギギ、と 悲鳴を上げて軋む。
「…………」
「…………」
先に動いたのはランボスだった。
舌打ちを鳴らして不満を顕わにして目を逸らした。
「……いいね?」
「……チッ」
女が腕を放せば、不満がありありと見える緩慢な動作で立ち上がる。興が冷めたように首を鳴らしてカルマを睨んでいる。
ああ言った手前、他のメンバーがたむろする辺りへ帰れる雰囲気ではない。ランボスに向けられた視線は全て嫌悪感だった。協調性の乏しい攻撃的な性格が災いして、以前から彼はギルド内でも浮いていた。それが今回の言動でさらに顕著になった。
しかし、緩やかにだがランボスは戻り始めた。
女の実力をランボスは知っているのだ。直情型で暴力的な男の考えをも改めさせる程の更なる暴力を。
やっと訪れた静寂に嬉しそうに女は頷く。
「うんうん。こうでなくっちゃねぇ」
ところがその静けさは火口中に響いた断末魔によって破られた。
忙しくて遅くなりました。
天城無双回です。
カルマの空気っぷりがデンジャーゾーンに突入してます。
次回もまだ続きます。
天城もメインキャラなので仕方ないと言えば仕方ないのかなぁ。
メインキャラは三人です。あと一人がレギュラーになるには後半です。
ご意見ご感想をお待ちしてます。




