12 播種:後編
超常の域に達したオーガロードの速さは、レベルアップ時のボーナスポイントを全部agiに突っ込んだカルマでさえ超える。
盾を捨てて身軽になったのか、ステータスがある程度強化されたのか、二人は知るよしもない。
確実なのは、遭遇直後ならいざ知らず、今はとなっては逃げるのは不可能だろうということ。
やるしかない。
気合いを入れ直して片手剣を迎え撃つ。
速度で負けているなら躱すのも限度がある。
凌ぐには受け流すしかない。
幸いまだオーガロードの動きは目で追えている。
振り下ろされた黒炎の剣を横殴りに【スレイヤー】をぶつけて逸らす。
その瞬きをする余裕もない瞬間、乾いた嫌な音がカルマには聞こえた。
パキッ。
危険が迫っていると、どこかが警鐘を鳴らす。
しかし【スレイヤー】を合わせて打ち返すのに一杯一杯で、目だけで辺りを見回す一刻の猶予もままならない。
プレイヤー全体の中でもagiが極端に高い天城をもってしても、迂闊に首を突っ込めない高速戦闘。
何かの白い欠片が舞い散る。
「ホウ……良イ武器ヲ使ッテイルナ」
二合三合と打ち合い、感心したようにオーガロードはそう言う。
心底、意外そうだった。
それはカルマもある意味同じ思いだった。
意外、というより拍子抜けといった方が正しいか。
こんなものか、という気持ち。
派手にイビルスキルとやらを発動した割には、戦況が一気に傾いた訳でもない。
不気味な劣勢に耐えて体を動かす。
カルマとオーガロードが激しく打ち合って、水溜まりに張った薄氷が割れていくような音が五回目を数えた頃。
上段からの燃える剣による斬撃と【スレイヤー】が噛み合い、鎬を削り合った。
横合いから飛んできたナイフに反応してオーガロードが飛び退く。
「助かりました」
単なるステータス強化でも、元の能力がカルマ並みに高いstrとagi、そして容易には減らないvitの持ち主となれば対応も厳しかった。
完全に後手になっているのが現状。
「手元をよく見ろ」 手にナイフを補充した天城が【スレイヤー】を顎でしゃくる。
「どうやら……事はそう簡単じゃあないらしい」
カルマは今さらのように、新たな相棒を確かめる。
手の先にあったのは惨状だった。
「……そういう事か……」
釈迦力になって振るった【スレイヤー】は、見るも無惨にひび割れ、無数の刃毀れをしていた。
有るべきはずの切っ先は欠け、先端はガタガタに割れている。
装備破壊。
そんな言葉がカルマの頭にふっと浮かんで消えた。
イビルスキル《アビスブレイド》の効果はおそらくそれだ。
そういえば、他のゲームでもこんな敵がいた……。
レアリティの高い装備を破壊されたライカが、悔しくておいおいと泣きながら部屋の壁を叩いていた。
「……」
……感傷的になっている場合じゃない。
不意に目頭が熱くなるのを堪え、装備を壊れかけの【スレイヤー】から、店売りの大剣に変える。
二度と直らないかも知れないが、まだ武器としての使い時はあるだろう。
しかし、正々堂々とやるような口ぶりで、武器破壊のような搦め手とは。
「泣き言を言っても始まらないさ」
天城は変わらず挑む。
「結果は一択だ。奴は倒す」
カルマのステータスでも受けるのが精一杯だった黒炎を、半歩ずれてあっさり躱し、地面を焦がしている間に斬る。
斬る。斬る。斬る。
枯れ葉が嵐の中で踊るように華麗に立ち回る。
オーガロードが脚をスイッチして構えを変えれば、すぐに対応して死角へ移動して斬る。
……自惚れていた。自分こそが、このゲームに最も適応しているとばかり思っていた。
天城に手を焼くオーガロードの背を、カルマが名も無き大剣で斬る。
「クゥッ……」
オーガロードが初めて漏らした苦悶の声。
頭上のHPのバーを見る暇は無い。その声で効いているのだと思える。
その巨大な刃渡りから、性質上大剣は急所の一点を狙うような繊細な制御は出来ないが、天城が注意を逸らしていた隙にしっかりと踏ん張った攻撃が当たる。
直撃のノックバックにふらつくも、打撃力のあるカルマから排除すべく、振り向き様にオーガロードが薙ぐ。
ボウッ。
耳元で炎がはためくのが聞こえる。
やや大振りだったそれを屈んで避け、髪が焼ける臭いを嗅ぎながら胴体を垂直に斬り上げる。
天城も同調してうなじ抉っている。
今度はいけるか。
思い上がりや油断を抜きにした客観的な戦況判断で考えても押している。
熱が籠もる体とは反対に、冷えた思考でカルマは思った。
やはり、勝負の決め手は連携か。前後で挟めたのが大きい。
だが、オーガロードもただでは終わらない。
剣を左手に持ち代えて疾風迅雷の切り返しを放つ。
0コンマ数秒を競う戦いでは優れた手だった。
大剣を振り上げた影響で、重心が浮き上がってしまっていたカルマはすぐには動けない。
かといって、天城も反対側にいるので、今回ばかりはどうにもならない。
避けられない。
自分の感覚だけが加速したように、やけに世界がゆっくりと緩慢に動く。
黒炎は弧を描いて刃の先から三分の一ほどの辺りが脇腹に当たろうとしている。
大剣では引き戻しても届かない事が分かる。
そして、直撃すれば自分のHPは軽く消し飛ぶ事も。
カルマはその現実を諦観をもって受け止める。
今やれるのは……賭ける事だけか。【スレイヤー】は破壊のダメージに五回は耐えた。なら、他の装備で出来ない道理はない。
大剣の慣性に引かれて上がった体を、僅かに左へ捻る事に成功した。
……後は成り行き任せだ。
感覚の加速が解ける。
ガツンというインパクトがカルマの胴に掛かって体が押された。
破砕音がして、胴にだけ着ていた隕鉄の鎧が砕けたポリゴンとなって視界を埋め尽くす。
同時に胸が真一文字に痛みが走り抜けた。
隕鉄の鎧が壊れる瞬間の斥力に後ずさり、痛みに震える。
「ぐぅっ……」
覚悟はしていたが……痛い。焼けるようだ。
何年か前にナイフで刺された経験があるが、それによく似ている。だが、その何倍も酷い痛みだ。
たんぱく質が熱された臭いに、カルマは自分の胸元を見ると、深い裂傷がカリカリに焦げていた。
血管まで火傷で溶けてしまったように血も出ない。
だが、その痛みもまだ生きていることの最大の証明に他ならない。
オーガロードが天城に気を取られている間にHPを確認すると、カルマは残り数ドット。
オーガロードは、天城が刺して断続的にグリグリと抉った功績か、二割ほどだった。
果たして危険を冒すだけの収穫はあった。
今ある情報は、装備が壊れるエフェクト。《投擲》スキル。それと素手での攻撃のダメージ。
「……」
戦術は立てた。
だが、失敗すれば次はない。
回復薬を飲む。あれだけ酷かった火傷の痛みが嘘のように消えていき、残ったのは焦げて素肌が覗く服だけだった。
HPは全快した。早く始めなくては。
オーガロードが100パーセントの全力を出し始めたのか、天城の顔からも遊ぶような雰囲気が消えている。
「天城さん! 失敗したらすいません!!」
「ノーリスクの勝負がどこにある? いいからさっさとやっちまえ」
「はい! ――《投擲》!」
単独で戦っていたカルマは一人で多くの事をこなしていた。その一つが投擲による牽制だった。 直接斬る方が手っ取り早いために好んで多様はしなかったが、そこそこのスキルレベルにはなっていた。
その、そこそこなのがカルマが立てた作戦の骨子になる。
その短所を逆手に取る。
逆に、そこそこの速度で投げつけた大剣になら、カルマのagiなら追いつける。
今のカルマには、本来の動きを妨げる大剣も鎧も無い。速さだけなら、今は身を重厚な甲冑に固めたオーガロードにも勝てる。
熱い大地を蹴って、飛びゆく大剣を追走する。
天城にてこずり、半分ほどカルマに背を見せていたオーガロードがそれを察知し、打ち落とすべく構える。
「剣を捨テルトハ……自棄ニナッタカ……」
大剣とそれを追うカルマを認めた天城がニヤリと笑う。
「なるほど……」
飛来した大剣を易々と打ち払う。が、そこでオーガロードはカルマの策を身をもって理解した。
死体、防具、あるいは武器。これらがデータの海に還る時に起こる光の飛散は、そのサイズに比例する。
つまり、カルマの身の丈ほどにも及ぶ大剣が破壊された今、オーガロードの視界は光の奔流に埋め尽くされた状態になっていた。
オーガロードに視覚が有るかは不明瞭だったが、こちらを攻撃する時は必ず、動きなり剣なりに目を向けて戦闘していた。だからこの方法をカルマは思いついた。
視力を失いはしない。
だが、カルマの姿を隠すには足りていた。
突然のホワイトアウトにも慌てず、疾走していたカルマが居るであろう未来位置へ返す黒炎で光ごと切り裂く。
――光の先はもぬけの殻だった。
オーガロードに影が落ちる。
「ソコカァッッ!!」
驚異的なagiを持つカルマならば、超常の脚力が宿っている。
直前に空へ跳躍していたカルマへ、必殺の突きを繰り出す。
所詮は跳躍。飛び上がれば落ちるのみであり、空中で自在に動ける訳ではない。
いい的になるだけだった。
だから、カルマは今の今まで使うのを躊躇っていた。
もし、この場に第三者が居たなら、カルマの背中の中心、心臓の裏から炎が吹き出すのを予想しただろう。「ソードスキル《影縛り》」
「グッ!?」
オーガロードの体が硬直する。
オーガロードの足首には、天城がナイフを突き立てていた。
刺している相手の動きを禁じるこのスキルは、筋力対抗で効果時間が決まる。
圧倒的にstrで劣る天城では、一瞬と呼ぶのもおこがましい刹那。
硬直が解けたオーガロードに蹴られ、天城はナイフのガードの上から吹き飛ばされる。
しかし、それでも僅かに稼いだ時間は、カルマには価千金。
勢いは死んだが、それでも刺さればカルマを十回は殺せる黒炎の剣。
カルマは躊躇なくその中程を掴み、逸らした。
炎を握った手のひらとかすった肩から煙がもうもうと立ち、火傷を負うが、その目はオーガロードだけを見ている。
身をよじって肩車のような形でオーガロードのうなじに降り立った。
その代償にオーガロードの左の拳に片足が砕かれる。
オーガロードが黒炎を振りかざしてカルマの体を何度も刺す。
勢いが乗らない使い方で浅くしか入らないが、それでも容赦なく体力を奪っていく。
だが今はどうでもいい。
これで倒せなければ、どうしようもない。
天城なら一人でも倒せるだろうが、それは自分は死んだ後だろう。
オーガロードの首に縋り付き、兜に付いた角を模す、二本の飾りと顎に手を這わす。 そして回すように力を込める。
狙いに気づいたオーガロードは剣すらも捨て、遮二無二にカルマの手を剥がしにかかる。
「お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッッ!!」
顎を掴んでいた右手の親指が折られても、カルマはやめない。
首を曲げられる苦しみに耐えかねてか、オーガロードが膝を折って地に伏し、手当たり次第にもがく。
今度は小指が折られた。
しかし、カルマは折れた指の関節から白い骨が覗き、血が吹き出しても渾身の力を込め続ける。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!!!!」
血を吐くような悲壮な声も嗄れ始め、最後の力も振り絞り尽くした頃に、その時は訪れた。
カルマの手に、骨を伝わるようなゴキリという重い音が響き、それきりオーガロードが身動きを止めた。
オーガロードの名前の下に付属しているはずの、体力を示すバーが消滅している。
モンスターは死ぬとHPのバーが消える仕様だ。
とどのつまり、オーガロードを倒したのだ。
「……カハッ!」
その事実を飲み込み、全力を尽くすあまりに忘れていた呼吸をする。
「ハアッ……ハアッ……」
オーガロードは恐ろしく強かった。
攻防の隙の少なさ、威力は出会ったモンスターの中で群を抜いていた。
「ぐうっ……」
集中が切れて、オーガロードの死体の重みや全身負傷の激痛が帰ってきた。
「おい……生きてるか……?」
脚を引きずる天城が歩み寄った。
「一歩も……くっ……動けませんが……」
「動かなくていい……今飲ませてやる」
天城が膝を着けて回復薬をカルマの口に宛がう。
「クク……面白かったな……」
「そうですか……?」
カルマのHPバーは真っ赤に染まったギリギリの極み。
肉体的にも精神的にも凄まじく消耗する激戦だったことは間違いない。
HPの低いカルマが、天城が所有する物では最高級の回復薬でも全快には至らなかった事が、今の戦闘の激しさを物語っている。
「もう……大丈夫です」
ある程度は癒され、自分で回復薬を飲もうとオーガロードの死体の下から這い出ようとする。
「強者ヨ……」
「!?」
倒したはずのオーガロードが再び声を出した。
すわ復活かと、とっさに身構えるが、カルマはまだ脚を挟まれている。
「いや……違うな。見ろ」
天城が顎で指した爪先から、オーガロードは分解され、消えている。
あっという間に胸と左腕までも消え、残る腕を持ち上げた。
「我ヲ倒シタ貴様ニコソ、コノ褒美ハ相応シイ」
右手に、散々にやられたあの黒炎が宿る。
それを避ける時間を与えず、カルマの胸に押し当てた。
「なっ!?」
いたちの最後っ屁を貰ったかと思い、自分の体力を確認するが、HPは減っておらず、状態異常にもなっていない。
「何をされた?」
「……分かりません」
「クハハハ!!」 混乱するカルマを嘲笑うかのようにオーガロードは消えていく。
「愉しかったぞ」
オーガロードが最後に一言を置いて、脚にかかる重さが無くなった。
「で、どうする……このまま進むか?」
二人はオーガロードと戦っていた場所で手頃な石に腰掛け、天城が腕を組む。
「万全を期するなら帰るべきだろうな」
「俺は……まだ進みたいです」
オーガロード戦では使う余裕があまりなかったために、回復薬はまだまだ有る。
武器は【スレイヤー】は使えないだろうが、カルマは旧装備の大剣を一本持っている。
オーガロード撃破に伴うレベルアップでステータスも上がっている。攻撃面では問題ないと思っていた。
精神的に疲労して集中を欠いた状態では危険だということは分かっている。
「リスキーなのは分かってますが、それでも俺は……」
「……」
天城は黙りこみ、そして口の端を吊り上げた。
「同感だ。リスキーでもいいじゃないか」
それにと、付け加える。
「次のエリアを見ないことには、次回の遠征の準備が難しい」
「天城さん……」
「お前一人なら我が儘だが、オレもなら立派にパーティーの方針だ」
天城はそう言って腰を上げる。
「行くぞ」
「はい」
朝靄に差す曙光のように、噴煙の向こうから赤い光を放つ火口へ、二人は軽い足取りで出発した。
凶悪ボス登場!
というわけで、そろそろ物語も佳境に近づいて……ないです。ごめんなさい。
本作は三部構成で、まだ一部の第一章。
自分で言うのもなんですが、長すぎだろぉ!?
全三章で第一部は終わりますが、まだまだかかりそうです。 二部はともかく、三部は短めの予定です。
それはさておき設定紹介。
称号には特殊効果が有るものと無いものがあります。
有るものにも、常時発動型と一定状況下での発動型の区分がされています。
スキルは一般的なソードスキル、天城のようなスペシャルスキル等、何種類か存在しています。
それぞれの条件を満たせば取得できます。
方法は同じアクションを反復したり、特殊な行為をする事です。
『traveler』には法や禁止行為はありません(重要)
ゆえに、なんでもやれないことは無く、現実で生きるのと同じように振る舞うことが可能です。
では今回はこれぐらいで。
追伸
アクセス数を初めて見たら、こんな作品を見てくれているが人がいてびっくりしました。
お気に入り登録までされとる!?(驚愕)
感想が頂けたらもっとやる気が出ます(ゲス顔)




