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OVER_THE_HORIZON  作者: 首藤環
一部 第一章いざ、倒れ逝くその時まで
11/20

11 播種:前編

 そこは灼熱の火山地帯だった。

 噴煙を帯びた溶岩が、そびえる火山の火口から時折吹き上がり、大地が煮えたぎる川を随所に成す。


 活火山が連なるフィールドでも、一際活発な噴火を繰り返す火山のダンジョン、フレイムフォール。

 ロアキを発って早五日。

 睡眠をあまり取らず、交代で眠る短い時間の他は食事すらも歩きながら食べ、両側を赤い壁に囲まれた谷に来た。



「なかなかだ。悪くない」

 醜く焼けただれた容姿の、二足歩行する蜥蜴モンスターの脳天からナイフを抜きながら天城は言う。


 カルマは【スレイヤー】の白銀の刀身を汚す、モンスターの血飛沫を黙々と振って払う。


 二人の周囲には十を超す死体が転がり、光となって散っていく。


 ナチュラルボスのドロップした両手剣は、やや過剰気味だった殲滅力をさらに引き上げた。

 カルマがagiに物を言わせて群れを掻き乱し、脇から零れたモンスターを、派手さは無いが沈着に立ち回る天城が仕留める。

 二人は数日で防御面さえ目を瞑れば、バランスのとれている優れたパーティーとなっていた。

 手傷を何度も負うも、行く手を阻むモンスターを片端から葬り、二人のレベルも今や40に迫る。


「しかし暑いな」

「溶岩のせいですかね……」

 不可視の隠しパラメーターとして飲食というものがある。

 食事、飲料を摂取していないとステータスが下がり、一定時間を超えるとHPが減っていく。

 検証好きの貢献で事実だと解明されて以来、カルマは食事はきっちり食べている。

 赤熱した川からの熱気は凄まじく、道中、何度も水を飲んで消耗した体を癒していた。


「妙な所に凝るスタッフだ。トニオの食料セットが美味いのはありがたいが」

 移動時間の確保と美味い食事の両立が出来るモノを作れないかと頼んだ天城に、快諾したトニオが渡した簡易料理セットが生きた。

 通常、料理は時間経過で鮮度が鮮度が落ちると不味いのは勿論、悪くすれば傷んで、食べた者に状態異常とステータス低下を引き起こす。

 どんな料理も長持ちはさせにくい。

 それがプレイヤーが町に依存する要因でもある。

 ところがトニオはその課題を未知のレシピで調理された、しっとりした箱形クッキーと謎のゼリー食品でクリアし、今二人がその効果を体験していた。



 岩影からワラワラ出てくるモンスターを蹴散らして渓谷の底を進む二人の前に、山肌にぽっかり口を開けた洞窟があった。

 控え目に見たとしても、高さは10メートルはある。

 奥は火口に向かい、赤というよりも、もはや黄色や山吹色に見えるほど目映い炎の明かりが漏れている。

「それらしくなってきたじゃないか…」

 盛れ出す光に目を細めて天城が呟く。

 ナチュラルボスを見かけず、スキルを使う機会のなかった天城はやや嬉しそうだった。

 洞窟の中は逆光で見通しが悪く、慎重な移動を余儀なくされた。

 洞窟は幅が広く、隅々は探索出来なかったが、それでも宝石や装備の素材の鉱石が壁のヒビから採れた。

 どれも良質な素材で、町に戻ったら防具を上等なものに代えられるだろう。

「その分、敵も強くなりそうだ……」

 カルマがひっきりなしに発動していた《索敵》スキルに反応が出た。

「何かが来ます」

「数は」

「120メートル先から一体です」

 《索敵》でカルマの脳内に映ったレーダーには、大小や強弱は反映されず、光点としか出ない。

 ゆえに、何が来るかは分からない。

 得物を抜いた二人はゆっくりと歩く。


 50メートルほど歩いた頃、光の奔流の先から鎧の擦れる音が聞こえた。

 地面から吹き出すガスの彼方から現れたものは……異形の騎士だった。

 特筆すべきは巨躯から溢れ出るその風格と、赤く縁取られたツヤの無い鈍色の甲冑。

 関節部の隙間から覗く赤い肌はともかく、鎧の輪郭は人間に近い造形をしている。

 音の発信源たるモンスターは、知性を感じさせる落ち着いた足取りで、二人のすぐそばまで歩いた。

 巨躯のモンスターの名がオーガロードと出る。

「止マレ」

 鮮血のような赤と黒に彩られた兜と面当ての中から、唸るような低い声がする。


「人型は初めてですね…」

 左手に緩やかな丸みのある盾。腰には鋭角的な柄の片手剣を装備しているが攻撃的な空気ではない。

 

「我ハコノ地の守護スル者ナリ。我ガ主ノ臥所ニ何用カ」

 主ということは、このオーガロードは中ボスに当たるらしい。

 手当たり次第に戦闘を仕掛けてこないのを見る限り、ブラッドドラゴンより高性能なAIが搭載されているようだ。


 ならば言わずもがな。

 試してみる価値はある。

「……」

「……」

 カルマと天城の視線が自然と交錯する。


「用ガ無イノナラバ去ルガ良イ」 二人揃って後ろを向く。



 だが、その一歩目はオーガロードに向かって踏み出された。

「《砕破》ぁ!!」

 カルマが上段からソードスキルを叩きつけ、天城が下から鎧の隙間を突きに動く。

 月並みだが、不意を突き、さらに単発のスキルを使う。

 オーガロードが武器を使う、今までに無い難敵だと認識した上での最強の攻撃だった。



「ソレガ答エカ」

 だがオーガロードは、カルマの両手剣を盾で、天城のナイフを抜きかけの片手剣の腹で受け流した。


 盾に押されて少し離れる。

 ―――強い。


 薄々分かっていたが、AIがよほど強力なのか、技術的な強さは奴に分がある。

 スキルを防御して微動だにしないなら、ステータスでも負けていてもおかしくない。


「天城さん。いざとなったら、お願いします」

「ああ…」

 使い手が優秀でも、本来あの手のスキルは乱発するべきものではない。

 そして出来るなら、まだ使い慣れない両手剣の練習もしなくてはいけない。


 油断無く身構えるカルマにオーガロードが突進する。

「来ナイナラバ、コチラカラ行クゾ」


 盾でタックルをしてきたオーガロードを、横っ飛びで躱して足首を斬りつけるが、力の抜けた太刀は脚甲に弾かれる。


 脚甲と擦れた【スレイヤー】が耳障りな悲鳴を上げて火花が散る。

 オーガロードのHPは1パーセントも減っていない。

 禍禍しい鎧は途方もなく硬い。


 岩を背中に生やした亀を甲羅ごと断ち切る切れ味の【スレイヤー】が、なまくら包丁のようだ。

 長々と剣戟を打ち合えば、まとな防御手段が講じられないこちらがじり貧になる目算が高い。

 長引けば不利。

 カルマと天城が挟もうにも、オーガロードは器用な足運びで間合いを取って逃れる。


「連携だ」

「俺が先に」

 同時に走り出し、agiで勝るカルマが先制して斬りかかる。

 今持っているのは大剣ではなく、取り回しのしやすい――一般プレイヤーにはかなり重めの武器と言われるが――両手剣。 大剣を上回る攻撃力と軽さを併せ持つ【スレイヤー】を、闇雲に、力任せに振り回すだけでは宝の持ち腐れだ。


「――――!」


 カルマが無呼吸で剣を繰り出す。

 最初の攻撃のような剣の質量に任せた剛の一撃とは違い、正確に脚の付け根にある鎧の隙間に狙いすました攻撃。


 平均的なdexでも不自由無く操られた【スレイヤー】は吸い込まれるように突き込まれる。


 しかし、それは盾に阻まれた。

 盾で身を守ったことによって生まれた死角に、天城が回り込んでナイフでオーガロードの内肘を軽く斬る。

 オーガロードのHPが雀の涙ほどだが削れた。

「グッ……!」


 オーガロードは回し蹴りでまとわりつく天城を振り払う。

 カルマを凌駕するstrに蹴られた日には、超軽装の天城のHPなどたちまち蒸発するだろう。

 殺人的な威力を秘めた蹴りを天城はバックステップで難なく回避。

 タイミングを見計らって、カルマが軸足を横凪ぎに斬りかかるがこれもガードに弾かれる。

「クソ……防御が堅い」

 有効打をことごとく潰され、カルマはつい、悪態をつく。だが、それとは真逆に天城は機嫌がいい。

「いいや、上々だ」

 何がとは言わず、含み笑いだけを残して天城は再びオーガロードに接近する。

 訳が分からない、とカルマは思った。

 痛打を防がれて何が良かったというのか。

 常々感じるが、天城の思考回路は常人とはかけ離れているらしい。

 天城はドライで内面的な感情を僅かしか表に出さないが、しばらく行動を共にしてきてたまには分かることもある。

 今しがた笑っていたのに、ナイフで華麗に戦っているのに、今はなぜなのか、少し残念そうに見える。


 カルマは疑問を抱いたまま、オーガロードの片手剣と鍔迫り合う。

 押し負ける前に手首から力を抜いて受け流す。

 距離を置こうと低く後ろへ跳んだオーガロードへ、すかさず追い足を踏み出す。


 オーガロードの盾は天城の相手をするのに忙しく、片手剣は逸れて肘が伸びている。

 人を模した関節の構造的欠陥で、斬り上げも防御も間に合わない。


 攻撃の好機。


 オーガロードの開いた体躯に密着する。



「う゛お゛お゛お゛お゛!!」


 こうも近いとナイフや短剣以外はまともに使えない。

 自分も剣が振れないが、【スレイヤー】を得てから剣の使い方は斬るだけではないと学んだ。


 手を支点に回転させた【スレイヤー】の正六面体の柄を、オーガロードの猫の額よりも狭い、剥き出しの首筋を打つ。


 ゴキリ、と手に響く確かな手応え。


「…グボッ……」


 後ずさってむせるように咳き込んだオーガロードの口から血が迸る。

 効いている。

 オーガロードのHPが三割は減った。


 一人ならあっという間に負けていただろう。

 だが天城と二人なら勝てる。


 このまま押し切れるか?


 初めて攻撃が通った。

 刃で斬れたなら今ので倒せていたかも知れない。


 だからカルマは知らず知らずの間に安心し、零コンマ以下刹那、油断していた。

 カルマが剣の柄で攻撃し、それが打撃のダメージ源に出来たということは。

 カルマの視界の外で、重たい金属製の物が落ちる音がした。


「立ち止まるな!!」

 盾を持つ左腕を刺していた天城から、鋭い警告が飛ぶ。


 だが、その意味を理解する前に、脇腹を揺るがした衝撃にカルマは吹き飛ばされた。

「がッ!?」

 岩だらけの傾斜に転がる。

「チッ……」

 天城がもう片手にもナイフを装備し、二本とも素早く投げつけて牽制する。

 オーガロードは一本を盾で弾き、もう一本は首だけを動かして避ける。

 そして、追い討ちするまでもないとばかりに悠々と片手剣を拾い、構えて立つ。


 動く様子が無いオーガロードを尻目に、うつ伏せに倒れたカルマを天城が助け起こす。


「何が……ゲホッ……」

 腹の中身がひっくり返ったような激痛。

 カルマの呼吸に合わせて血のあぶくが気管から湧く。


 カルマのHPは大半が消し飛んで瀕死。あわや即死だった。

 カルマが眼球だけを動かしてオーガロードを見ると土の付いた片手剣を握り直していた。


 ……そうか、あいつは剣を捨てて……。


 防具のに守られていない横っ腹を殴ったのだった。


 フラスコに入った回復薬を天城に半ば無理矢理飲まされる。

 瞬時に傷が癒え、痛みが和らぐ。

「ありがとうございます……」

「立てるか」

「はい――っ」

 カルマは立ち上がろうとするが、脳裏に焼き付いた強烈な幻痛に脚が震え、天城の手に支えられる。


 痛い。

 オーガロードに立ち向かう気力も萎縮する。

 天城も何もかもほっぽりだして逃げたくなるような苦痛だった。


 もう二度と味わうのは御免だ。



 でも。

 ここを出るためになら俺は何にでも耐えてやる。

 そのためになら、ライカを思い出す度に俺は何度でも蘇る。


 吐きそうになった弱音を黙殺して隣の岩に突き刺さっていた【スレイヤー】を掴む。

「すいません……油断……してました」

「分かっているなら良い。仕切り直しだ」


 モンスターの癖に泰然と待つオーガロードを正面に見据える。

 付け入るにはあつらえ向きの時間だっのに、どういう行動プログラムなのか、オーガロードはピクリともせずただ傍観していた。


「面白イ……」


 カルマは顔当ての向こうでオーガロードが笑ったようなような気がした。

「気を引き締めろ。あちらさんはまだまだやる気だ」

 投げつけたナイフの代わりに、天城は全く同じナイフを新しく装備する。

 重苦しい空気に、カルマの仮想の背中に冷や汗が流れる錯覚が起きる。


 今まででも十二分に苦戦していたのに、これ以上強化されるのは不味い。

 だが、そんなカルマの思いとは裏腹に事態は動く。


「最早、出シ惜シミハスマイ」

 盾を持つ左腕を緩め、構えを解くオーガロード。

 二人は反射的に腰を落として攻撃に備える。


「コノ戦イニ、コノヨウナモノハ不粋……」

 盾を投げた。

 投げられた盾は衝突した岩を破壊して瓦礫に埋もれた。

 石礫が飛散する。


「こっちに合わせてくれるとは……随分と律儀だな」 石を避けるように後退する天城が肩を竦める。


 オーガロードの威圧感がより一層増す。

 仮想空間だと忘れそうな負荷が心身にかかる。

 もしかしたら、そういうスキルでもオーガロードが発動したのだろうか。


 オーガロードが片手剣の刃の片面に指を宛がい、撫でるように滑らせる。

「イビルスキル《アビスブレイド》」

 オーガロードの片手剣から黒い火柱が吹き上がる。

「エンチャントっ!?」

 似たものをライカにやらされた他のゲームでカルマは見たことがある。

 その時は確か、武器に属性を付与するスキルだった。

 威力上昇と火傷や冷気の凍傷などの効果だったはず。

 だが、常識から大きく逸脱したこのゲームが、そんな凡庸で手ぬるいはずがない。

 一種の勘とも言える感覚で悪意を感じる。


 片手剣の火柱はやがて収まり、柄から切っ先にかけてを焦がすように火で包む形に収束した。


「ユクゾ……」

 燃え盛る剣を片手に地獄の騎士が走る。

徹底的にガードが堅いとスペランカーな二人は不利……?



何でもいいので感想お待ちしてます。


ついでに評価もポチっと……

いや、何でもありません

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